第24話 ヒデヨシ商会へ
8月に入ってもアタシたちG同好会はほぼ毎日忙しく活動していた。
巧が担当する2機のデルタ、直虎専用機と巧専用機はほぼ完成に近い所まで来ている。まあこれは元からある中古の機体の改造だから、特に問題なくスムーズにいってるようだ。
問題は直虎が担当しているアタシ専用機、ガンマの製作がかなり難航している事だった。時々巧が手伝っているとはいえ、ほぼ1から作り上げるようなもんだから手探り状態でかなり大変そうた。
初代ガンマはこの工場に存在しているんだけど、この初代と今製作中の二代目はスケールが全く違うので、あまり参考にならないらしい。初代のサイズはデカ過ぎて、Gスポーツの規約から外れてしまうのだ。
二代目ガンマは直虎が作ったハンドメイドギアがベースになっている。
これだとアマチュアGスポーツで使われるπギアとほぼ同サイズなので問題なく使える訳だ。
つまり、初代に備わっていたPOKDシステムを小型化するのにかなり手こずっているっていう現状なのである。
因みに、POKDがどんなシステムなのかについては未だにはっきりと教えてもらってなかったりする。
巧に聞いてもぼかしてくるんで直虎にも聞いてみたら、何故か顔を赤くして「僕では上手く説明できないから巧くんに聞いて」の一点張りだし。
まあ、メカの事は説明されてもあんまり理解できないかもだからいいけどさ。
「……という訳で、ガンマⅡの完成はギリギリになるかもなんです。下手したらろくに試乗も出来ないまま本番もありえますね」
「それはちょっと怖いなぁ。ローラーダッシュだっけ? 体験しときたかったんだけど」
「朝倉さんは一流のスケーターだから、すぐ乗りこなせそうな気がするけどねえ」
と、直虎は言うけどそれは違うと思う。
「多分、逆じゃないかな? アイススケートの癖が付き過ぎてるから、ギアのローラーと違い過ぎて苦労しそうなんだけど」
応用は効くとは思うけど、それはある程度慣れた後の話だろう。いきなりじゃ流石にキツいはず。
「なので、ハルカさんには別の場所で体験してもらおうと思ってます。俺の知り合いの所で、タイプMのπギアが試乗できる施設があるんです」
タイプMとはモータースポーツタイプのπギアの事らしい。つまり、ローラーダッシュ機能が付いている訳だ。
因みに『タイプ〇〇』ってのはGスポーツの中の種目別に分ける時に使われていて、『スペック〇〇』ってのはその機体のグレードを表しているんだそうだ。
しかし、いつもながら巧の顔の広さには驚きだな。コイツ、この業界で相当名が通ってるんじゃないか?
ある意味、伝説の男には間違いないしさ。
あ、伝説っていえば、ここに伝説の機体が保管されてるんだったな。
「ねぇ、ちょっと思ったんだけどさ、初代ガンマは乗ってみたりできないの?」
無理だとは思うけど一応聞いてみる。
「あれは動かせないって言うか、動かしちゃダメなんです。そういう約束でここに置かせてもらってるんで。だから定期的に整備はしてますけど、それ以外はバッテリーも外してますからね」
頭に『都市』が付くとはいえ、流石に伝説級の機体だもんねえ。そう安安と使えないか。だとしたら普通のπギアタイプMで経験積むしかなさそうだな。
「ガンマと圧倒的に違うけど、タイプMで慣れておく事も必要だと思いますからね」
そんな訳でアタシは今、巧が紹介してくれた場所へとやってきたのだった。
◇
巧の工場と同じ市内ながら、その店は結構自然に囲まれた場所にあった。
早い話がかなり田舎って事だ。田んぼや畑が広がる中にポツンと倉庫のような建物が立っている。看板には
「Gスポーツ専門店 ヒデヨシ商会」
と書かれていた。
中に入ってみると、様々なギアのパーツが飾られているブースと、整備やらを行なうであろう、作業ブースに分かれていた。
誰もいなさそうなので声を掛けると、奥の方から男の人が出て来た。
30代半ばくらいで長い髪を後ろで束ねた、昔チャラかったけどちょっと渋目に歳をとりました、みたいな感じの人だった。目が鋭くてちょっとだけ怖い雰囲気かも。
「あの、アタシ、須藤巧の紹介で来たんですけど……」
と言うと、怖そうな雰囲気が一変して、柔らかい表情になった。
「おー、君かぁ。巧から聞いてるよ。いやー、こんな可愛いお嬢さんが来るとは、ちょっとビックリだわw」
笑うと結構、人が良さそうな感じだった。
「今日はお世話になります。朝倉遥です」
「うん、ハルカちゃんかぁ。俺、ここの店主のヒデヨシ。ヨロシク!」
ヒデヨシ……、あの秀吉って字かな? そもそも名字か名前かどっちだろ?
「あ、秀吉が名字な?
「豪勢なお名前ですね」
盛り過ぎって気もするけど。
「ははっ気ぃ使わんでいいよ。じゃ、時間が勿体ないから早速やるか。こっち来て」
秀吉店長はそう言いながら奥へと歩いていく。
壁に貼られた【G-SPORT倶楽部員募集中】というポスターをチラ見しながらついて行くと、店の裏手に出た。そこはかなり規模は小さいけど、結構立派な競技用トラックになっていた。
トラックの真ん中に1台のギアがあり、作業着姿の女性がなにやら整備をしているっぽい。
「
秀吉店長がそう呼び掛けると、朝日と呼ばれた女性が近付いてきた。
「こいつ、Gスポインストラクターの朝日。俺の嫁さんだw」
店長さんか紹介する。
「へぇ、この子が巧の? 朝日です、宜しくね」
歳は店長よりだいぶ下かな? まだ20代に見えるその女性はガッチリしたアスリートっぽい体型ながら、なかなかの美人さんだった。例えるなら女子プロレスの看板スター選手ってところか。
「朝倉遥です。今日は宜しくお願いしま……えっ⁉」
挨拶も終わらない内に朝日さんがアタシの身体をベタベタと触ってきたので思わず声を上げてしまう。
「うんうん、鍛えてあるねぇ。いい体してるじゃん?」
ふくらはぎとか太ももとかスリスリしながらニィと笑う朝日さん。
「ばっか、オメー、びっくりしてるだろが? わりぃな、ハルカちゃん。こいつ仕事柄、筋肉が気になってしょーがねぇんだわw」
ああ、Gスポインストラクターって言ってたな。つまり、ギアの操作とかを指導してくれる人って事か。
「巧から聞いてるけど、スケートの選手だったんだって? まあ、ギアと生身は違うけどさ、この筋肉ならすぐ上達するよ、うんw」
ものすごくグイグイ来るけど、それが心地よく思えちゃう人だなあ。巧って普段、こういう人達と付き合ってるのか。
殆ど見せない巧のプライベートの一端に触れた気がしたのだった。
◇
Tシャツと短パンになってπギア、タイプMに乗り込む。
「ギアの経験はある?」
「はい、デルタに少し」
朝日さんに聞かれてそう答えたけど、考えてみたらマトモなスポーツ用ギアに乗るのは初めてか。前に乗ったのは中古の改造デルタだったから。
あれに比べたらこのπギアは、見た目も全然綺麗だし、乗り込むのもスムーズだし、操作関係もしっかりしてるように思える。正に値段の違いが顕著に現れている感じだ。まあ、アッチがボロ過ぎたって気がしないでもないけど。
胸部と頭のハッチを締めると、ウィーンという小さな音と共に涼しさまで感じる。うわぁ、これが巧が言ってたクーラーか。全然快適じゃん? こりゃ真夏に乗る時は必須だわ。
『どう? ハルカ。キツかったりしない?』
朝日さんからの無線が入る。彼女はトラックの外に移動して、そこからインカムで指示を出してくれるらしい。って、いつの間にか呼び捨てにされてるけど、フレンドリーで悪い気はしなかった。
「大丈夫です。すごく快適です」
そう返事しながら朝日さんに向かって両手で丸を作ったら、彼女も手を上げてくれた。
『オッケー。じゃあ最初はトラックに沿って歩いてみようか?』
「はい」
慎重に一歩を踏み出す。更に一歩、ニ歩。
確かに機体自体がデルタより軽い感じがする。でも足首から膝の辺りの関節はやや硬いか? 朝日さんにそう伝えると、
『ああ、それはタイプMだからね。つまり、歩くよりもスピード上げて走る事に重点置いてるから関節は硬めなんだよ』
つまり、車のサスペンションを固くする様なもんか。ローラーで滑る前提になってる訳だ。
『慣れたらローラーダッシュでゆっくり回ろうか。膝を曲げて前傾姿勢取るとローラーが出てくるから、後はゆっくり前に体重かけていけば自然に走り出すって感じかな? やってみて』
言われた通りの体勢をとると、ガチャンという音と共にローラーが出てきた感触があった。更に爪先に力を入れながら前傾していくとゆっくりと前に進み出す。スケートみたいに足で蹴らなくても勝手に進むのに、多少違和感を感じてしまう。走行中のバランスもある程度、機体が取ってくれるのか。なんかラクしすぎてないか、逆に不安になる。
徐々にスピードを上げてくがコーナーも全然安定してて、むしろ物足りない感じ。
「もっとスピード出していいですか?」
こちらから朝日さんに聞いてみた。
『物足りないんでしよ? 良いよ、好きなだけ出してみな?』
朝日さんのOKが出たので、一段、二段とスピードを上げていく。
流石にスピードが乗ってくるとコーナーで外に滑りそうになる感覚が出てきた。それを自分自身のバランス感覚で抑えていく。やはり一定の速度を超えたら機体任せだけでは無理が生じる訳か。
そんな感じて順調に速度を上げていくと、あるところから違和感が出始め、それ以上伸びなくなってきた。
『よーし、一旦止まろうか。初めてにしちゃ上出来っつーか、出来過ぎなくらいだね。初心者じゃあり得ないタイム出てるし』
一応はそう褒めてくれたけど、アタシ自身まだ納得出来てないし、それは朝日さんも同じのようだった。
『最後の方、なんか遠慮してたみたいだったけど?』
流石にインストラクターだけあってよく見てるなあ。
「遠慮というか……何か違和感あって、それが何なのか考えてたんです」
本物のアスリートなら、違和感の正体が判明するまでは絶対無理しないものなのだ。試行錯誤を繰り返し、それが何なのかを突き止め、クリアした上で限界に挑むのである。
『なるほど、あんた優秀なプレイヤーだね。で、違和感ってのはアイススケートと比べてって事?』
あ、そうか、言われて気がついた。無意識の内にアイススケートと比べてたんだ。
「あの、このギアって基本、両足地面に付けっぱなしですよね? 片足上げる事ってないんですか?」
『うん? そりゃ両足のローラーで駆動してるわけだからね、片足でも上げたら力のロスになってその分、スピード落ちちゃうよ? スケートみたいに氷面を蹴るんじゃないからね』
多分、アタシが違和感を感じているのはその辺りだ。
「他のプレイヤーってコーナー回る時、どんな体勢なんですか?」
って聞いたら朝日さんがびっくりしたように答えた。
『えっ、あんた、それすら知らなくてあんなタイム出してたの? どんだけ潜在能力高いのよ? まあ、いいわ。あのね、外側の足を少し伸ばして踏ん張って、内側の足はそっと置いてる感じ。上半身は内側に傾けて遠心力に対抗する感じね』
その体勢をキープしながら回るわけか。スケートみたいに足を小刻みに動かしたりしないんだ。あれでバランスを取ってる部分も大きいんだけど、ギアの場合はやる必要ないというか、やったらむしろ力のロスになるだけなんだな。
じゃあ、片足を地面から上げずに付けたまま、バランス調整の為だけに小刻みに動かしてみたらどうだろう?
それを朝日さんに提案してみたら、
『ふうん、そんな事やってるプレイヤー見た事ないなあ。でも、ハルカが行けそうだと思うんならやってみな?』
そう言ってくれた。
実際その方法で回ってみると、最初の方こそコツを掴むのに苦労したものの、一旦掴んでしまえば後はもう面白いようにタイムが上がっていく。
この辺が限界かな?ってとこまで行けたので、そこで止めておいた。
「どんな感じでした?」
と尋ねると、朝日さんは極めて真面目な口調で、
『どんな感じもなにも……どえらいタイム出ちゃってんだけど。すっごいよ、ハルカ。あんた、本気でモータースポーツ系に行くべきだよ』
と言われてしまった。
人から評価されるのは久し振りだけど、ストレートに喜んでくれる人がいるって事はこんなにも気持ちのいい事だったんだな。
そう思いながら胸が熱くなるアタシなのだった。
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