第25話 初恋の人


 πギアタイプMで集中して走り込んでたらあっと言う間に昼になった。「暫く無理ない程度に走ってて」って朝日さんに言われてたんだけどどうしようかな?

 そう考えてたら朝日さんが戻ってきた。


『ハルカ、戻っておいで。お昼にするよ』

 と、インカムで伝えてくる。

 ギアから出て休憩室に行くと、そこには結構ちゃんとした料理が並んでた。途中から居なくなったと思ったら朝日さん、これを用意してたのか。


「ハルカちゃん、お疲れ。なんかとんでもないタイム出したんだって? まあ、そこに座りなよ」

 秀吉店長が食器やらを並べながら勧めてくれた。

 とは言え、ギアとコース貸し切りで昼食まで出してくれるって、料金とかどうなってるんだろ?

 巧は何も言わなかったし、気になったんで恐る恐る聞いてみると、


「代金? なんだ、そんな事心配してたんかw。巧には散々、世話になってるからなあ。金なんて取れねぇよ。これでやっと借りが返せるってもんだわw」

 と、一笑されてしまった。


「そうなんですか?」

 世話してる、じゃなくて世話になってる、か。ますますあの男の普段の生活がわからなくなってくる。


「ウチはパーツの取り付けもやっててな、手が回んない時はあいつに助けて貰ってんだよ。あいつ、あの若さで資格も持ってるし、俺なんかより腕も知識も経験もあるからなぁ。しかもこっちはレベルに合わせた報酬出したいのに、あいつ絶対、普通のバイト代程度しか受け取らねぇんだよ。いくら言ってもあの野郎、ムダに頭かてぇしw。そんな訳で、今日はあいつに借りを返せる絶好のチャンスなんだわ」

 うわぁ、巧らしい話だなぁ。


「よく学校休んでたのはここでバイトしてたんですね」

 って言うと、丁度お茶を運んできた朝日さんが否定する。


「ああ、それはまた違うと思うよ? ウチが頼んだ回数はそんなに頻繁じゃないし、あの子他でも依頼受けてるみたいだからね」


「そうそう、ウチなんかよりもっと大手から仕事受けてるらしいわ。具体的な名前は教えてくれねぇけどw」

 アララ、また秘密が増えちゃったな。どんだけ秘密持ってんだろ? あいつ。


「お二人は巧とつき合い長いんですか?」


「うーん、3年くらいか?」

 

「そーだね、出会った頃はまだ中坊になりたてで可愛らしかったもんねぇ。今じゃすっかりいい男になっちゃったけど」

 そう言って笑う朝日さんたち。って事は例の伝説の真相はどこまで知ってるんだろ? 聞きたいけど、迂闊に聞けないのがもどかしい。


「じゃあ、俺は作業があるから。ハルカちゃんはゆっくりしててな」

 そう言って秀吉店長は食事もそこそこに出て行ってしまった。


 朝日さんと二人っきりになったので、思い切って聞いてみる。


「あのアタシ、普段の巧のプライベートな部分とか全然聞いてなくて……できれば教えて貰えないですか?」

 うわっ、要領を得ない言い方になってしまった。でも、朝日さんは何か察したみたいだ。意味深な笑顔でこっちを見てくるし。


「はは〜ん、つまり巧の女関係が知りたいとか?」

 あまりにもストレートに聞かれたので慌ててしまう。


「い、いえ別にそういう事ではなく……い、いや確かにそれも気になりますけど……それだけじゃなくてですね、えーっと……」

 と、何言ってんのかわからなくなってたら、朝日さんがめっちゃニヤニヤ見てるし。


「あたしも詳しくは知らないけどさ、今は付き合ってる娘とかいないみたいだよ? 昔は仲いい娘がいたみたいだけど。まあ、本人は友達って言ってたからそーなんだろね。だいたい小学生やそこらで彼氏彼女って言っても、深い関係になる訳ないしね」

 天草が言ってたお嬢様の事だろうな。


「ただこれは女のカンなんだけどさ、あいつ、好きな人ってのはちゃんといるよ。いや、いたって言うべきかな」


「えっそれはどういう……」

 

「やっぱ気になる?」

 ニヤニヤ笑ってたのが急に真顔になる朝日さん。


「ハルカ、あんたガンマを受け継いだんでしょ? だったら例の事件は知ってるよね?」

 やっぱりこの人もあの都市伝説の真相を知ってたのか。


「はい、テロリスト襲撃の事ですよね?」


「そう。だったらその登場人物も知ってるでしょ? 巧が、自分の恩師だって慕ってる人。命懸けであいつを助けてくれたっていう先生。その人があいつの初恋の相手だよ。そんで多分、今でも引きずってると思う」


 えっ、どーゆー事? 朝日さんの言ってる意味がまるでわからなかった。勿論、巧から先生の話は聞いたし、すごいかっこいい人だなぁ、とは思ったけど、その人が初恋の相手だなんて……。


 まさか巧ってそっち系だったの⁉ 


「巧ってそういう趣味だったんですか⁉」

 思わず朝日さんに詰め寄ってしまう。


「はぁ? そういう趣味? 何それ?」

 怪訝な顔で聞き返して来る朝日さん。


「いやだから、男の人が好きなのかなあ、と」

 って言ったら朝日さんが思いっきり吹き出した。


「ブハッ、あんた、巧の先生が男だと思ってたの? 女だよ、オンナ。巧の奴、言わなかった?」


「エエッ⁉ 女の人だったんですか⁉ ガンマに乗って活躍したって言うから、てっきり男の人だと」

 あいつ、アタシが勘違いしてる事気付いてたハズなのに敢えて訂正しなかったな⁉


「まあ、照れもあったんじゃない? それにあいつ自身も気づいてないみたいだしさ、先生に惹かれてる事にね。でもあいつが先生の事を話す口振りからバレバレなんだよねぇw」


「どんな風にですか?」

 思わず聞かずにはいられない。


「巧曰く、先生あの人は地味で雑でいい加減でとても教師とは思えない人だったんだけど、人と違う自分を認めてくれて、命懸けで守ってくれた最高な人、だとさ。それ聞いて、ああコイツ間違いなく惚れてるな?って思ったね。あたしは実際その先生に会った事はないけどさ」


「そうなんですか……」

 なんか軽くショックだなあ。あいつにそんな感情があるとは思わなかったもん。


「でもまあ終わってる話だからさ、ここから進展とかないから安心しなよ? あの辺の男の子が年上の女性に憧れるのは通過儀礼みたいなもんだし。それに……いや、いいか」


 朝日さんが何かを言い掛けて止めたのが気になったけど、そこで何となく話は終わってしまったのだった。





  ◇




 昼食が終わり、モヤモヤした気持ちで再び練習場に出てくると、様子がえらく変わってて驚いた。トラックの内側に砂袋やらパイロンやらがそこかしこに置いてある。これってもしかして……。


「どーよ? クラッシュのフィールドを簡易的に再現してみたぞ。これなら実践的な練習が出来るだろ?」

 秀吉店長、昼食もそこそこに出で行ったのはこの為だったのか。アタシなんかの為にここまでしてくれるなんて、こりゃ、落ち込んでる場合じゃない。


 気合を入れてπギアに乗り込みフィールド内に足を踏み入れる。実際その場に立つと、走り回れる範囲の狭さに愕然としてしまう。何も考えずに走ってたら必ず何処かにぶち当たってしまうだろう。障害物の位置を正確に頭に叩き込んで、ルートをその都度組み上げていく必要がある。

 ひとまず体感してみようとローラーダッシュを始めて、また戸惑ってしまった。午前中に乗った時より加速が段違いに鋭くなっていたのだ。


『気がついたか? ギア比を変えたからな。最高速度は落として、加速重視の設定にしてある。これでちょっとでもガンマに近くなったはずだわw』

 おそらく巧からガンマの事を聞いた秀吉店長が考えてくれたんだろう。有り難い話だ。


『ハルカ、まずはその中で自在に動けるようになってみな?』

 朝日さんがそう指示を出してくる。

 

「はい!」

 と返事はしたももの、障害物の中で走り続けるのはかなり困難だった。急加速するとすぐにぶつかりそうになるから急停止してしまう。ターンで躱すタイミングがなかなか掴めない。何度もぶつかりそうになりながらも、スピードは決して緩めなかった。ゆっくり安全に走ってたんじゃ意味がない。ここまで本気でセッティングしてくれた秀吉夫婦の為にも、ギリギリまで攻め続けなきゃ駄目だ。何度も何度もトライし続ける事で頭の中に明確なラインが出来上がっていく。最初は一本だったそのラインが次第に二本、三本と増えていき、最終的に常に変化していく複雑なラインが完成する。

 そこまで来たらもう身体の反応速度か思考を追い越していた。考える前にすでに身体が反応している状態。でも何も考えてないわけじゃない。頭のどこか一部で高速に新たなルートが組み上がり続けている感じ。でも一方でそれを冷めた感情で認識しているアタシもいる。身体と頭と感情がそれぞれバラバラに別の仕事をしながら、それでいて極めて高い統一感がある、正にベストな状態。


 ――ああこの感じ、久し振りだな。

 フィギアの選手として全盛期だった頃もこんな感じだった。

 心折れてから完全に忘れていた感情が蘇る。


 単純に楽しい。

 自由自在に舞うだけで幸福感に包まれていく。


 そんな刹那、視界に入ってきた黒い影を捉えた身体が即反応し、急ターンでギリギリかわしていった。新たなルートを構築する一方、今のは何だったのかという思考が後から追いついてきた。ターンしながら周りを確認する。後ろから黒い物体が飛んでくるのが見えた。

 ドローン?

 

『おおっ、アレがよくかわせたな。あんたがとんでもないのは解ったから、こっから本気でぶつけに行くぜ?』

 そう店長がインカムで言ってきた。チラリとフィールドの外を見ると、VRゴーグルをつけた店長がコントローラーらしき物を操作している。

 どうやら店長がドローンを操作してるらしい。


『ハルカ! 言いたかないけどそのドローン、20万もすっからさ? 死ぬ気で避けなよ?』

 

 はぁ⁉ にじゅうまんのドローン、ぶつけてくるって⁉ 何してくれてんの⁉


 朝日さんに脅されてまんまとパニクるアタシ。いやいや、パニクってる場合じゃない。マジで死ぬ気で避けないと!


 だいたい、フィールドを自在に走れるようになったくらいで満足してるなんて、アタシってホント馬鹿だ。実際のクラッシュじゃ、敵も四方から攻撃してくるし、こっちから攻撃だってしなくちゃいけないじゃん!?


 かなり本気で向かってくるドローンをギリギリで避けまくってると、朝日さんのダメ出しが入る。


『ハルカ! 見てからでも反応できるのはあんたの強みだけどさ、そんなんじゃいつかはやられるよ? 絶えず四方八方を見回す癖をつけな。そうすりゃ、先回りして対応できるようになるからさ』


 そうか、走る事と避ける事だけにとらわれてちゃ、ダメなんだ。もっと回りを見る事が必要なんだ。


 ターンを繰り返しながら常に首を振り、できる限りの風景を視野に入れていく。認識して判断している暇はない。ほんの一瞬でもドローンの影を捉えると、頭の一部がその軌道の計算を始め、そして別の神経が筋肉にその情報を伝える。そんなレベルまでいく必要があるのだ。最初はなかなか上手く連動しなかったそれらのシステムが経験を積み重ねながら少しずつズレが修正されていく。頭が真っ白になるぼど集中した中、瞬時に反応する回路が構築され始める。痺れるような高揚感と狂気的興奮のため、時間の経過もわからなくなっていく。

 やがて遂に、先回りして対応する事に余裕さえ生まれてくるのだった。




 気がついたらπギアがゆるやかに動きを止めようとしていた。


『あ~、バッテリー切れだわw まさかここまでやるとはなあ。やっぱすげぇわ、ハルカちゃんw』


『ハルカ、お疲れ。最高にいい動きだったよ』


 二人からのねぎらいの言葉をフワフワした気分で聞いていた。

 力を出し尽くした疲労感と満足感で胸いっぱいだった。

 こんな感情を味わってしまったらもう、アタシはこの世界にハマらずにはいられないのかもしれない。


 それもいいかな。

 そう本気で思えた。


 そして気づく。


 折れた心が翼となって再び羽ばたき始めた事を。





   ◇





「今日は本当にありがとうございました。無茶苦茶勉強になりました」


 帰りがけ、秀吉夫婦にそう挨拶すると二人共、笑顔いっぱいで見送ってくれた。


「うん、またいつでも遊びに来いよ? そんで将来有名人になったらウチの宣伝してくれやw」

 と、夢みたいな事を言う秀吉店長。

 朝日さんも

「あんた、ホントにいいプレイヤーになれるよ」

 そう言ってハグしてくれた。

 そして耳元でこう囁く。


「これはあくまであたしの考えだけどさ、………」

 




  ◇



 秀吉商会を後にして帰宅途中、スマホが震えて巧からメッセージが入った。



巧 『お疲れさまです。どうでしたか?』


遥 『凄くいい経験できたよ。二人ともいい人だったし。行ってホントに良かった』


巧 『それは何よりです。紹介した甲斐がありました』


遥 『うん、ありがとう』


巧 『……珍しくめっちゃ素直っすね。なんかありました?』


遥 『バカ、体動かして気分が良いだけだよ』


巧 『そーすか(^^) 今日はゆっくり休んで下さい。じゃ、また明日』


遥 『うん、また明日』





 文字を打ちながらニヤけてしまう自分がいた。

 確かに今すごく気分がいい。 

 それは、巧に言ったように思い切り体を動かしたって事もあるけど、最後に朝日さんに言われた言葉がまだ頭に残ってるからかもしれなかった。





 朝日さんは耳打ちするようにこう言ったのだ。






「これはあくまであたしの考えなんだけどさ、巧が教えてくれた先生のイメージがなんかあんたと被るんだよ。多分、先生とあんたはよく似てるんじゃないかな? あたしはそう思うね。だからあんた、頑張んなさい」















 

 

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