第23話 初めての……


 夏休みに入って数日、アタシは日曜以外は毎日、巧の工場に通っていた。逆に直虎は、ずっと巧ん家に泊まり込み、日曜だけ家に帰ってるそうだ。

 あと、天草は部員でもないのにほぼ毎日通ってくるのが健気というか、ちょっとウザイというか、微妙な所だ。

 完全に取材という名目を忘れてるのは間違いなさそうだけど。



 7月も終わりかけたある日、いつものように工場へ行くと、珍しく入口も窓も締めて冷房が入れられていた。

 ヒンヤリと心地いい作業場の中はある程度片付けられ、まだ改造途中のデルタが一台置かれていた。


「はぁ、涼し〜。冷房あったんだね。暑いから入れたの?」

 普段は工場用の大型扇風機を回してたんだけど。


「いえ、そろそろハルカさんにもギアを経験してもらいたくて冷房入れたんです。今日外でやったら茹で上がりますからね」

 確かに外は日差しが半端ないもんね。


「このデルタ、もう動かせるの?」

 カバー類が外されて中の機械が全部剥き出し状態なんだけど。


「コイツは直虎さん用に仕上げるんですけど、動かすのは問題ないですよ。見た目はこんなんですけどね」

 

「ふうん。ねぇ、ちょっと思ったんだけどさ、Gクラブの奴らも涼しい場所で練習とかしてんのかな?」

 ギアって体がすっぽり入るから着ぐるみ着てるようなもんだし、いや機械が熱を持つだろうからもっと暑いはず。こんな真夏の日なんかどうしてるんだろ?


「ギアは基本、内部の空気を循環させるファンが付いてますからね、さほど暑くはないですよ? ただコイツは軽量化の為に最低限の装備にしてますからファンも外してるんです。イベントがあるのは秋ですからね」


 なるほど、だから今日は冷房入れてるのか。


「じゃあまず、服脱いでください」

 と、淡々と言う巧。


「えっ! ここで⁉」

 ってちょいびっくりしたけど、全部脱ぐ必要ないんだったな。ジャージの上脱いでTシャツで、って事か。

 と、そこで閃いてしまった。 


 わざと全部脱いだらコイツ、どんな反応するだろう?


 幸い直虎は奥の部屋で作業してるし、天草も今日は来てないし、今ここにいるのはアタシと巧だけ。正に絶好のチャンスじゃない?

 男女間の深いやり取りになるとヘタれるくせに、こういうイタズラ思いつくとやらずにはいられないタチなのだ、アタシって。

 だいたい巧の、おっぱいに対する反応の悪さも何気にムカつくしね。

 よぉし、確かめてやろうじゃないか。


 巧が向こうを向いてる間にさっとTシャツも脱ぎ、ブラも外す。流石に正面から見られるのは恥ずかしいから、斜め後ろを向いて背中から腰のラインが丸見えになるようにした。更に髪を上げてうなじを見せつけるポーズをとり、脇の間からヨコパイが微妙に見えるよう肘の位置を調整して準備完了。


 さあ巧よ、こっちを向いて驚き、我がおっぱいに魅了されるがいい!



 が、その時である。


「こんにちは~……!!!?」


 なんという奇跡的バットタイミング、いや、お約束の神が舞い降りたというべきか。

 元気良く入口の戸を開けて入ってきた天草と半裸のアタシの目と目が合い、真正面から向き合ったまま凍りつく。

 因みにおっぱいの先っちょは手ブラで隠してあるけど、収まりきれない房の方は丸見えなんでかえってエロかったりする。下は短パン履いといて良かったけど、今はそんな問題じゃないよな。つかコイツ、なんで今日に限ってこのタイミングで来るんだよ? つくづく期待を裏切らないヤツだな。 

 互いに視線を絡ませながらいろんな感情が渦巻くアタシと天草。

 固まったまま動けない二人の時を動かしたのは、何ら慌てた様子のない巧の言葉だった。


「あぁ、天草さん、チワっす。あれ? ハルカさん、上全部脱いじゃったんですか? Tシャツで大丈夫ですよ? 俺、向こう向いてるんで着て下さい」

 と言ってフツーに後ろ向く巧。


「あっ、あ、そーなの! うっかり脱いじゃった、ハハ」

 と、我ながら下手な言い訳してたら、天草がツカツカと近寄ってきた。


「アンタいったい何やってんすか⁉」

 頭突きしそうな勢いで顔を寄せてきて吠える天草。


「いや、誤解だってば。さっきの巧の言葉で状況察したでしょ?」


「えーえー、察しましたよ? 察しましたとも。色仕掛けで落とそうとして見事に空振ったんすよね?」


「うっ」

 だいたい合ってるけど、そうハッキリ言われたら見も蓋もないじゃん?


「ったく……油断も隙もない。やっぱ毎日来ないと……」


 こいつが毎日通ってくるのはアタシへの牽制の為でもあるのか。それは考え過ぎだと思うんだけどなあ。




  ◇



 散々文句を言い散らかして天草は2階の住居へと上がって行った。


 アタシは結局、Tシャツに短パン姿でデルタギアに乗り込む事になる。

 この機体はまず頭部のハッチが上にパカっと開き、次に肩と胸が前に開く。その状態でプレイヤーは上からスルリと入って行くのだ。

 が、実際入ってみると「スルリと」とはいかず、お尻がつっかえながらも何とか押し込み、胸部を閉めようとしたら今度はおっぱいがつっかえてしまった。

 無理やり閉めようとしても閉まらない。


「これは直虎さん用に調整してあるから入んないすね。ちょっと調整しますで一旦出て下さい」そりゃ直虎はアタシよりお尻も胸も細いもんね。

 

 でも簡単に言ってくれるけど、腰回りもいっぱいいっぱいなんだよなぁ。両手で踏ん張って腰を抜こうとしても引っ掛かってなかなか抜けそうにない。


「ふぬぬぬぬぬ〜」

 う〜んダメだこりゃ。ちょっと恥ずかしいけど巧に頼るしかないな。


「あのさ、巧……腰が抜けないんだけど……」

 顔を赤らめながら申し訳無さそうに言うと巧が寄ってきた。


「入ったんなら出るはずだから、俺がひっぱりますね」

 と言いながら前からアタシの両脇の下に手を入れようとする巧。


「ちょっ、ちょっと待って! 前からいくの?」


「だって後ろからだとギアの背中があるから手が回んないすよ? 少しだけ我慢して下さい」

 と言うなり脇の下に手を入れ、力を込め始める。


「ひゃっ!」

 脇の下、汗かいてなかったろうな?とか心配しなから耐えてたら、困ったような巧の声がした。


「こりゃ相当キツくハマってますね。もっとしっかり持つんで失礼しますよ?」

 と、今度は脇の下に入れた手を背中まで回され、しっかり抱き締められた。

 巧の顔がすぐ横にあって軽くパニックになる。


「ひゃあーっ! ちょっと待ってちょっと待って!! ヤバいやばい!!」

 

「バタバタしないで我慢して下さいって」

 我慢しろって言われたって正直、男の人にハグされるの初めてなんだよっ!


 更に巧にギュッと抱き締められる。おっぱいは当然、巧の意外と逞しい胸板にぴったり押し付けられてるし、耳元すぐから聞こえる巧の息遣いと男の汗の匂いに頭が真っ白になりそうだった。自然と体から力が抜けていく。


「そうそう、力抜いてて下さいね。ゆっくり抜きますからね」

 と、なんか別の意味に聞こえてしまうのはアタシが変になってるからか?


 ぐっと胸と胸が密着し、ゆっくり上に持ち上げられる。力が抜けたのが良かったのか、お尻が多少引っ掛かったくらいでなんとか腰は抜けた。Tシャツが上にズレていく感覚があるけどそれは仕方ないな。そのまま更にゆっくり持ち上げてくれる巧。結構、力あるんだなあ。そりゃ小さい頃からいつもギアの整備やってたんだから、重い物持ち上げるのも得意なんだろうな。

 ……つか、なんか腰の周りがスースーするのは気のせいか?

 とーってもヤな予感がするんだけど。


「こんな場面、誰かに見られたら誤解されちゃいますね」

 と、アタシを持ち上げながら何気にフラグを立ててしまう巧。


 立ったフラグは回収されるのがお約束である。


 案の定、奥の部屋へと続く引戸が開き、直虎が顔を見せた。


「変な声が聞こえたけどなんかあっ……⁉…………………………し、失礼!」


 ピシャと引戸を閉めて消える直虎。


 あちゃ〜、完全に勘違いされたな〜。

 まぁ、天草に見られるよりかはマシか。←フラグ


 そして立ったフラグはやっぱり回収されるのである。


「なんか変な声が、ああっ⁉」

 今度は入口から天草が入ってきた。2階で声を聞きつけたのだろうか? どんだけ地獄耳デビルイヤーなんだよ?


「ふう、やっと抜けた。あれ? 天草さん、なんか顔が怖いっすよ?」

 アタシをデルタの肩の上に立たせた巧が天草の顔見て言う。


「な、なにやってんすか、二人共ーっ!!」

 天草の怒声がガレージ中に響いた。


「なにって…、あっ!」

 流石にまだアタシと抱き合ってたのはまずいと巧も気付いたらしい。

 しかも何かスースーすると思ったら、腰抜く時に短パンが引っ掛かって脱げてたようだ。おまけにTシャツもかなりズレてるし。なので巧が慌ててアタシを放した時は、アタシのTシャツは上にめくれ上がってブラ丸出しで、下は短パンが脱げてパンツ一丁という、果たしてどこから説明したらいいのやら?状態。ああ、こりゃ直虎が勘違いするのも無理ないや。


 イノシシのように突進してくる天草に必死で弁解する。


「お、落ち着けっ! 変な事はしてないって! 状況を察しろよ?」


「察しましたよ、ああ、察しましたとも。こりもせずエロい事やってたんでしよ⁉」


「いや、全然察してないやん⁉」

 まあ、ブラとおパンツ晒しながら抱き合ってたんだから、今更説明したって説得力の欠片もないよなあ。





 その後、天草を納得させるのに、実に2時間も掛かってしまったのだった。




  ◇


 なんやかんやありながらやっとの事でギアに乗り込めた。


 この初体験までどれだけ時間がかかった事か。

 入れようとしたら入らないし、入れたら入れたで今度は抜けないし。

 ……ってギアの話だからね?


 そうそう、一応あの後、直虎にもちゃんと説明したんで誤解はとけたんだけどさ、おパンツ姿はバッチリ見られちゃったんで、暫くはアタシの顔見るたび顔を赤くする直虎がひたすらウザかったな。だって、あのあられもない姿を想像してるから赤くなるわけでしょ?

 まあ逆に、あんな事がありながらまるっきり顔色すら変えない巧に比べたら可愛いもんか。


「初体験はどんな感じです?」

 唐突に巧に聞かれて少し慌ててしまう。


「えっ⁉ あ、ああギアね、うん、思ったよりスムーズに動くんだね」

 もっとロボットしてんのかと思ってた。カクカク動くって事ね。


「何と勘違いしたんすか? どーせまたエロい事考えてたんでしょ?」

 2階に上がらずにまだいる天草がジト〜って見ながら言ってきた。アタシと巧が二人きりになるのがよっぽど気に入らないらしい。


「それはアンタでしょ? だいたいアレは事故だったんだしさ?」


「ふん、どーだか」

 相当面倒くさいんでとりあえず構わない事にした。今はギアに集中する。


 しかし、良く考えたら凄いメカだなって思う。ほぼ生身の体を動かすのと同じ動きするし、重い物でも軽々と持ち上げてしまう。なんか自分自身がすごい力持ちの大男になった気分だ。

 ただ、少し違和感が無いこともなかったりする。

 例えば腕を上げようとして、途中で急に横に動かそうとすると僅かにタイムラグが発生する。何かをやろうとして、急に動きを変えると微妙な間が空くのだ。そのほんの僅かなタイムラグを違和感として感じてしまうのである。


「そのタイムラグはある程度詰めていけるんですけど、反応が良すぎてもマズいんですよ。プレイヤーの関節とかに余計な負担が掛かってしまうんで。ギアはあくまでもプレイヤーの動きを追従する物ですから、プレイヤーの動きに並んでしまうと不具合が起きるんです」

 と、巧が説明してくれた。

 なるほど、そりゃ中に人がいてその人の動きと連動してるんだから、格闘ゲームみたいな反応を求める方が不自然なのか。大きな動きには反動もあるしね。


「だからそういうタイムラグを計算しながら動く事に慣れてもらいたいんです。計算って言いましたけど、操作してれば自然に身に付きますからね。今日一日、その格好でいてもらっていいですか?」


「うん、まあ冷房効いて涼しいからいいけど。実際何したらいい?」


「この作業場を片付けて貰うと助かります。細かい作業も慣れに繋がるから一石二鳥ですし」


「わかった」


 という訳でデルタギアに乗ったまま、部屋の片付けに取り掛かる。

 元が作業用のギアなんで細かい作業も重い物を運ぶのも快適なくらいだった。これを一日続けてればおそらく、ほとんど違和感なく動けるようになるだろう。


「じゃあ俺は奥で直虎さんと作業してるんで、なんかあったら呼んで下さい」

 そう言って巧は奥の作業場へと消えていく。


「で、アンタはまだココにいる訳? 巧に付いて行かないの?」

 と、いまだ不機嫌そうな天草に問い掛けた。


「そりゃ巧くん見てたいですけど……巧くんの作業の邪魔したくないじゃないですか」

 うっ、コイツ、たま〜に可愛いんだよなぁ。勿論、アタシはそっちの気は全くないけど。なにもあんなギアの事しか考えてないようなヤツに挑まなくても、他で結構モテるはずなのに。


「健気だねぇ。そんなにアイツがいいのかね?」

 アタシがそう言うと、天草は意外なほど挑戦的な目を向けてきて、こう言い放ったのだった。


「そんな余裕ぶってていいんすか? いい加減、自分の気持ちに気付いた方がいいですよ?」














 








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