第22話 夏休み突入
夏休み初日、暑くなる前に家を出ようと思ったら、午前中で既に日差しがやたらきつかった。半袖短パンで行きたいとこだけど紫外線が怖いんで長袖のジャージで行くことにする。一応着換えもリュックの中に入れてある。
ここから巧の工場までは3駅分程の距離だ。ランニングで行くには遠からず近からずってところか。暑さがなければ楽勝だと思うんだけど、これが毎日となるとちょっとしんどいな。でも決めた事たからやり遂げないとね。
実際走ってみると、さほど時間は掛からなかった。ほんの30分程度で工場すぐ近くの公園に着く。直接工場まで行かず、ここで軽く体をほぐし、ある程度運動してからの方がいいだろう。アタシの当面の目標は、全盛期の頃の体に戻す事だ。とは言うもののアタシの全盛期って小6くらいだし、今は体つきが全然違うから、また新たに筋肉を付けつつカンを取り戻すってのがベストかな。
公園で約2時間ほどみっちり体を動かしてから巧の工場へ向かった。
工場に入ると、ほぼバラバラにされたギアの前で直虎と巧がパソコンに向かって何やら話し込んでいる。ムッとするような熱気の中でお揃いの白いツナギを着た二人は、まるでプロの整備士のようでちょっと笑ってしまう。
「ちわー。あっついねぇ」
「やあ、朝倉さん、おつかれ」
「こんちは、ハルカさん。丁度良いところにw 」
何か含みのある言い方の巧を制して先にこっちの要件を言う。
「あ、ゴメン。出来たら先にシャワー借りていい? かなり汗かいちゃったから」
「ああ、なら2階が住居なんで行って下さい。今、天草さんも居ますから」
ん? あいつもう早来てんの? 下心満タンだなぁ。
工場の外に2階へと続く階段があり、上がっていく。
簡易的な玄関ドアを開けると、割と普通な住居が現れた。整理されたのか、物があんまり無いといった印象で、田舎のちょっと古い民宿に来たような気がした。かつてここに巧とお父さんが二人で暮らしてたのか。
台所から何やらいい匂いが漂ってくる。そこにはエプロン姿で調理に勤しむ天草の姿があった。Tシャツ短パンにピンクのエプロンという、前から見たら裸エプロンにも見えそうな格好がいかにもあざとい。
「ああ、ハルカさん、こんちは。今、昼食の用意してるんですよ。ハルカさんも食べるでしょ?」
「うんまあ、先にシャワー浴びようかと思ってさ。生姜焼き? 美味そうだけどアンタ、初日から飛ばし過ぎじゃない?」
「いや、これただ焼いてるだけなんすよね。ちゃんと下ごしらえとかしてあって。巧くんって料理もできちゃうんですねぇ。おまけに冷蔵庫に食材ガッツリあって用意周到だし。これじゃ、付け入る隙がないですよ」
いや、そもそも付け入るなよと思ったけど言うのはやめといた。
「そりゃ一人で苦労してきてるからね。家事は何でもできるんじゃない?」
「ホント、何でもそつなくこなしちゃいますよねぇ。お互い、えらい人を好きになっちゃいましたねぇ」
「そーだねえ……ん!?」
何の気なしに返事してしまうと案の定、天草がしてやったりって顔をしていた。
「ふ〜ん、やっぱりそーゆー事ですか」
「いやいや、今のは引っ掛けでしょ⁉ つられて返事しちゃっただけだから! と、とにかく先にシャワー行ってくるから!」
と、激しく動揺しながら逃げるようにその場を後にしたのが、我ながら情けない。やばいな、なんでこんなにドキドキしてんだろ?
ホントにそんな事考えてないのにな。
とりあえずシャワー浴びて頭を冷やさないと、どんな顔して巧の前に出ればいいのか、わからなくなりそうだった。
◇
シャワーでスッキリして出てきたら、丁度みんなで食卓を囲んでるトコだった。一応アタシを待っててくれてたらしい。
「ああ、朝倉さん、待ってたよ。座って……」
ん?、
「ちょっ、なんちゅうカッコしてんですか!」
と天草に責められてしまった。
「はぁ? 普通の、ってか、アンタとおんなじカッコじゃない。何が悪いのよ?」
風呂上がりだからTシャツに短パンっていう、天草と同じ格好なんだけど。
「同じじゃないですよっ! おっぱいのデカさとか全然違うでしょーが!って何言わせんです⁉ とにかくあんた、ムダにエロいんすよっ。健全な男子の目の毒です!」
「いや、前から見たら裸エプロンに見えるアンタに言われたくないんだけど?」
「そんな計算してません! だいたい胸のソレ、なんすか!? スイカでも入れてんすか!? 胸の谷がウシか⁉」
「ジ○リ映画みたいに言うなよ、うっさいなぁ。こっちも好きでデカい訳じゃないんだよ?」
「あたしだって好きで小さい訳じゃないですっ!」
とまあいつものようにやり合ってたら、何故か嬉しそうに見てた巧がポツリと呟いた。
「こういう賑やかな食卓っていいもんすね。なんか、家族って感じがします」
皆、巧の生い立ちを知ってるだけに、一瞬黙り込んでしまった。
普段クールで大人っぽい巧が年相応の少年のように見えてくる。
「そうだね。僕らはチームであって、それはもう家族みたいなもんだと思うよ」
「うん、まあそうかもね」
流れでアタシも直虎に同意する。
「そーです。何ならあたしと家族になっちゃいましょう、巧くん!」
って、どさくさに紛れて何言ってんだ、
「はは、いいですね。考えときます」
と、軽く流す巧。いやそこは完全否定しといた方がいいと思うぞ?
ちょっと微妙な空気になったんで雰囲気を変えるべく、違う話を振ってみる。
「そーいえばさ、さっき『丁度いいとこに来た』とか言ってたけど、何か用事あったの?」
「ああ、実はハルカさんに大事なお願いがあったんですよ」
「ん? あらたまって何よ?」
って聞いたら、巧と直虎が何やら目で合図しあってるのが気になる。
「えっと……それはまあ先に食べて落ち着いてからにしようよ」
と流す直虎。
この勿体つける感じがなんか怪しいんだけど。
◇
「で、何?」
食事が済んでお茶飲みながらまた切り出す。
「えーっと、ぶっちゃけ朝倉さんの身体測定させてもらいたいんだけどね?」
恐る恐るって感じで直虎が言う。
「身体測定⁉ スリーサイズも?」
「そだね。スリーサイズ重要だし」
「はあ? なんでよ?」
「ギアを完全オーダーメイドにする為ですよ。ハルカさんの体に合わせて組み上げるんです」
と、巧が直虎の言葉を補完する。
「いやそれはわかるけど、普通そこまでするもんなの?」
「アマ用のπギアならやらないですね。でも、プロのゼータならある程度、プレイヤーの体に合わせて作られます。まあ、流石に0から完全オーダーメイドで作るってのは聞いた事ないですけどね」
「えーっ、プロですらやらない事をする必要あるわけ?」
「一体感が違ってきますからね、ギリギリの攻防とかで真価を発揮すると思います。これがハンドメイドの利点ですからやらない選択はないです」
「うーん、それはわかるけどね……」
一応乙女なんだしさ、直虎はともかく巧に知られるのはちょっと抵抗あるし……ってそんな事言えないけどさ。
「朝倉さん、諦めた方がいいよ? 彼本気だからさ、最初なんかもっとすごい案、考えてたんだよね」
「因みにどんな案よ?」
何かすごく嫌な予感がするんだけど。
「え? そんな大した案じゃないですよ?3Dプリンターでハルカさんの等身大モデル作って、それに合わせて行こうっていう……」
「アホかっ!!」思わず叫んでしまった。
何故か天草もあたふたしてるし。
「ダメです!! そんな違う用途に使えそうな物、絶対ダメです!! 何考えてんですかっ!!」
いや、違う用途ってなんだよ? つか、お前が何考えてんだよ? 生々しいな。
「うん、流石に僕もそれは無理だと思ったから
「そんなにダメですかね? いい案だと思ったんだけどなぁ」
と、本気で残念がる巧。やっぱりこいつも結構変人だわ。
「だいたい、そんな大層なスキャナーとか3Dプリンターとかないでしょ?」
「ここにはないですけど知り合いに話はついてるんで、使おうと思えばいつでも使えますよ?」
もう既にやる気満々だったんかいっ!
てか、相変わらずの人脈の広さにもびっくりだしさ。
「まあそういう訳でさ、せめてアナログな身体測定で我慢しようって事なんだよね」
いや、我慢すんのはアタシの方じゃん⁉
うう、まあそこまで言われたら仕方ない。嫌だけど。
「……わかった。で、誰が測るの?」
適当なのは一人しかいないけど。
「うん、それは僕が測るよ」
と、直虎。
「はあ💢!?」
「……いや、ジョーダンだってば。そんなに睨まないでよ。……天草さん、頼めるかな?」
最初からそう言えよ、バカ。
「あたしがですか? 仕方ないですね。あんまり気が進まないけど、この人のドエロいラ○ドール作られるよりマシだし。やりますよ」
「○ブドールとか言うなよ!!」
こいつ、幼い顔してどんだけエロい事ばっか考えてんだ?
「ん? ラ○ドールって何すか?」
って本当にわかってないらしい巧が聞いてきた。
「巧くんはそんな物、知らなくていいですよー?」
と、とぼける天草。元はお前が言い出したんだろーが!
◇
「じゃ、俺らはまた下で作業してますんで、身体測定はここでやって下さい」
そう言いながら巧と直虎が1階作業場へ降りていった。
まさか隠しカメラとか仕込んでないよね?ってチラッと思ったけど、あの巧だもんなあ。腹立たしい程タンパクだし、むしろもっとギラギラしててもいいんじゃないか?って思えるほどだもの。
「はい、じゃあ服脱いで下さい」
って言ってる
逆らっても面倒くさいんで素直にTシャツを脱ぐ。
「下も脱いで下さい」
短パンも脱いだ。
「それも取って下さい」
ブラも取る。
「下も取っちゃいましょう」
パンツも脱ぎ掛けて『ん?』となった。すっほんぽんでギアに乗る訳じゃあるまいし、なんで脱がされたんだ?
と思って天草見たら、アタシのブラの紐持ってブラブラさせてるし。
「……なにやってんの、アンタ?」
「いやコレ、スイカ持って来る時に丁度いいなと思って」
「人のブラでスイカ運ぼうとすんじゃないよ!! つかアタシ、裸になる意味あった⁉」
「えっ、ないですよ? ジョーダンだったんですけど、気がつかなかったですか?」
「お前な……今度やったらぶん殴る」
「ひょっ、
◇
改めておっぱいを測りながらグチる天草。
「うっう、なにが悲しゅーてこんな爆乳測らにゃならんのだ……」
いちいち人のおっぱいで一喜一憂しないで欲しい。
「たく、どんだけ節操なくデカいんですか⁉ ちょっとはこっちにも回してく
ださいよ?」
「やれるもんならやるわよ。だけど、肝心の巧は無関心ぽいけどね」
なにか引っかかる部分があったのか、天草が激しく同意してきた。
「そーですよね! あの人、こんなドエロいおっぱい見てもあんまり反応ないですよね⁉ なんでですかね? 今までよっぽどエロい事してきて耐性があるんですかね?」
「何でそっち行くのよ? そういうことに疎いって考えた方が自然でしょ? つか、いちいちドエロいって表現しないでくれる?」
「うーん、彼、どんなのが好みなんすかねぇ?」
……って、こっちの話、全然聞いてないなコイツ。
「さあね? 女の好みなんか聞いたことないし。そもそも女に興味あるのかさえも……あっ!」
そーいえばアレは……。
「何です?」
「あいつさあ、時々ガレージでボーッとする時があるんだよね。あのポスター見ながら」
「それって、ユイ姫の? 彼案外、ミーハーなんすかね?」
「いや、アイドルを見るような目じゃなかったなあ。もっとこう、懐かしいものを見るような感じ?」
「ふーん?」
「……ってか、早く計測してくんない? いい加減、おっぱい丸出しでバカみたいなんだけど」
「ハイハイ」
で結局、その話はそこで終わったんだけと、もっと話しておけばあるいは真相にたどり着いていたのかもしれない。そしたらその後の出来事であんなにもショックを受ける事がなかったのに……と、後になって思うのだった。
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