第11話 新入部員



 放課後いつもの如くガレージに向かうと、珍しく直虎が中でギアをイジってた。

 この時間帯は大抵、調整を兼ねてオンボロギアで外を歩き回ってる事が多いんだけどな?


「やあ朝倉さん、こんちゃ」

 アタシを見つけた直虎が作業しながら挨拶してくる。


「チワ。今日は外回りしないの?」

 昨日、Gクラブの三馬鹿に絡まれたのを気にしてるのかな?


「いやもう一回、回ってきたよ?」


「へえ、随分早いじゃん? いつものコースでしょ?」

 直虎はいつも同じコースをボロギアで歩くんだけど、人の足で歩くより遥かに遅かったりする。

 本来ギアって人の運動能力を倍増させる為の物だから、逆に遅くなってどーすんだ?って話だったんだけど、やっと人の歩くスピードくらいには近付いたって事かな。


「そうだよ。実は昨日彼が言ってた通り、両腰のサスペンション調整したらすごく挙動が安定するようになったんだよね」


「彼って、えーっと1年の奴? そんなアドバイスみたいな事言ってたっけ?」


 あの生意気そうな1年、なんて名前だったかな? 結構イケメンだったけど、1年らしからぬ態度がなんか気に入らないんだよね。情報通っぽいのも感じ悪いし。


「言ってたよ。エリート達を持ち上げてコッチを落とすような言い方だったけど、アレわざとそうしたんだと思う」


「えー、なんでそう思うのよ? アイツ、明らかにバカにしてたでしょ?」

 

「多分あの場を収める為だよ。彼がああ言わなかったら乱闘になってたでしよ?」


 まあ、それはそうかもだけどさ。直虎こいつも案外切れやすいみたいだし。かと言ってあの1年を認める気にはならないんだけど。


「アイツが来なくてもアタシが止めてたのに……」


「いや君、真っ先に噛み付いてたよね?」


 うっ、確かに。なんならアタシが火種か?って気がしないでもない。


「彼、あいつ等のπパイギアをひと目でスペックスリーだと見抜いたし、僕のギアの微妙な不具合さえ指摘したからね。実際そこを調整したらびっくりするくらい挙動が安定したもん」


 因みにスペックⅢとはπシリーズの中の種類の事で、Ⅲ型が最高品質らしい。

 

「じゃあ、かなりギアに詳しいって事?」


「詳しいどころじゃないよ。何処で得た知識かしらないけど、ギアに関しては超一流のメカニックじゃないかな?」


 あの1年坊主が? やっぱり生意気だな、気に入らない。


「……でも多分、Gクラブの方に入っちゃうんだろうなぁ」


 そう呟いた直虎はすごく寂しそうに見えた。






  ◇




 例の1年坊主は突如ガレージに現れた。

 最初に遭遇してから一週間程たってからの事だった。


 放課後アタシが1人、ガレージで留守番ぐだぐだしていると、またなんの躊躇もなく飄々とヤツが入って来たのである。


「あ、こんちは。ここであのギア、整備してるんですね」

 1年坊主はソファーで寝そべって勉強ゲームしてたアタシを見つけると、笑顔でそう声を掛けてきた。


「ああっ、アンタこの間のっ! 何しに来たのよ! さてはスパイね?」


「……いや、それ意味わかんないですって。それより見えちゃってますけど?」

 そう言って何故かそっぽ向く1年。


「見えてるって何がよ?」


「パンツ」


 あー、ソファーで寝そべってたからスカートずり上がってったな。しかもスパッツ履いてないしー、っておい‼


「あんた、アタシのパンツ、ガン見しやがったのね⁉」


「見たくて見たわけじゃないですよ。勝手にってゆーか」


「なっ⁉ もうのっ⁉ この変態‼ ジ○○ィ・○ング‼」


 流石の生意気一年坊主もアタシの魅力に魅了されちゃったか。意外と結構イケるんじゃないの、アタシ?


「……なんスカ、○ュデ○・オ○○って? つか、勘違いしてません?」


 そんなやり取りしてるとウィーンウイーンと直虎がギアに乗って戻ってきた。そのまま中に入ってきて、すぐに1年に気付いたようだ。


「あっれー⁉ 君あの時の……」

 直虎がギアから降りながら、何故か嬉しそうに言う。


「ども、お邪魔してます。須藤巧すどう たくみです」

 アタシに魅了された1年坊主がそう挨拶した。


「コイツさあ、ここにスパイに来たんだよ? そんでアタシの魅力で参らせたの」


 アタシがそう言うと、何故か男二人顔を見合わせて『????』みたいな顔してるし。


「この人、何言ってんですかね?」


「ああ、気にしないで。いつもこんなんだから。あ、僕部長の沖田直虎です、よろしく。君、もしかして入部希望?……なわけないか」

 

 ん? アタシの時より落胆加減、大きくない⁉


「それよりさあ、アタシがここの会長、2年の朝倉遥よ。覚えときなさい?」

 と、1年坊主を見据えて胸を張る。


「えぇっ、君いつの間に会長になったの⁉ ってか、そもそも会員ですらないよね?」

  

「うっさいなぁ、今日から……じゃなくて、ずっと前から会員なんだよっ?

そんで、アンタが部長でアタシが会長。これでいいでしょ?」


「えーっと、それどっちが偉いんです?」

 一年坊主、巧が聞いてきた。


「そりゃ会長の方が立場は上でしょ? ただし、実質的に回すのは部長のお仕事ね?」


「あんな事言ってますけどいいんですかね?」

「まあ、今もあんまり変わらないからいいんじゃない? 生あったかい目で見てあげよう」


 あれ? 何かいきなり男同士で結託してない?




 ◇




「ウチに仮入部? Gクラブじゃなくて?」

 直虎がちょっと驚いたような声を上げた。


「はい、ここがいいです。ただ俺、休むことが多いと思うんで迷惑掛からない程度に参加させてもらえたらと」

 あくまで真剣な表情の須藤巧が言う。


「休みが多いって、体がどこか悪いとかかな?」


「いや、体は至って健康です。事情は……ちょっと今は言えないです、すいません」


「ほらやっぱりスパイじゃん。こっちの情報集めるのが目的なんでしょ?」

 って言ったら直虎に睨まれた。


「あのさあ、朝倉さん。こっちからGクラブにスパイ出すならまだわかるけど、アッチからここにスパイに来たって得るものなんて何もないでしょ? 向こうは最先端で、こっちは底辺なんだしさ」


「あ、そりゃそうね」


「……いや、納得するの早くない? それはそれで凹むんだけど」


 そんなアタシと直虎のやり取りを尻目に、須藤巧はおもむろに立ち上がり、ポンコツギアを優しく触りながら呟いた。


「いや、得るものはなくないですよ。Gクラブのギアは単なるメーカーの規格物に過ぎないのに比べて、このギアは1からコツコツ組み上げた唯一無二のギアだから。これこそがギアの原点だし、だから格好いいんです」


 こんなオンボロギアが?

 

 そう言い掛けたけど口に出せなかった。


 ボロギアをいつくしむように見る須藤巧の表情から、それが彼の本心だとわかったから。




 そして悔しいけどその彼の横顔に見惚みとれてしまった自分がいたから。






  ◇





 結局、須藤巧は我がGスポーツ同好会(略してG会)に仮入部する事になった。

 いろいろ引っ掛かる点はあるけど、部長の直虎が涙を流さんばかりに喜んでたからしょーがない。

 彼の実力は戦力的にも計り知れないしね。

 つか、アタシも正式に入ったんだけどなぁ? ちっとは喜んでる?


「君、ずっと前から入ってたって言ったじゃん?」


「いや、それは勢いで言ったまででね、うん、まぁいいけど」

 後先考えずにその場その場でテキトーに喋るなって事だねー。


「ところで巧! 我がG会に入ったからにはきっつい掟に従ってもらうからね?」

 アタシは先輩らしく、新入りの巧をビシッと指導してあげる事にした。


「はぁ、そーなんですか?」

 と、いまいち気合いの入らない返事の巧。

 これは鍛え甲斐があるなぁ。


「えっ、いつの間にそんな掟できたの?」

 だから直虎あんたはいちいち突っ込んでくるなよ? 巧に話してんだから。


「我がG会には、代々受け継がれてきたルールというモノがあってだね……」


「代々って、僕が初代なんだけど?」

 

「えーい、うるさいっ! メンバー増えたらルールも必要でしょ⁉」


「まぁそーだけど、一番破りそーなの君じゃない?」


「うっ、確かに」


「だから、認めるの早いって」

 呆れたように直虎に言われてしまった。

 うーんこれじゃ、先輩としての示しがつかないじゃん?

 アタシは改めて巧に向き直る。


「とにかく!! 運動部において上下関係は絶対なの!! 無条件で先輩に従わなくっちゃいけないの! わかった?」


「君、今すっごいブーメランぶん投げたよ?」

 相変わらず突っ込んでくる直虎がマジうざい。


「あぁっもうっ! 直虎うるさいっ!!」


「あれ? 先輩の言う事は絶対って言ってませんでした?」

 巧までもが突っ込み入れて来るし。


「はい、アンタもいちいちアゲアシを取らない!」

 ヤッパ生意気だな、コイツは。

 

「朝倉さんもちょっと抑えてよ? ほら、巧くんが苦笑いしてるじゃない」

 直虎に言われて見ると、巧がうっすら笑ってた。

 コイツ、説教されてるのに笑うとか舐めてるな?


「いや苦笑いじゃないですよ? こんな和気あいあいとした感じ、久し振りだなぁって思ってたんで」


 なんだ? その、いい男は過去に色々ありました的な含みは?

 コイツ、明らかに何か隠してる匂いがぷんぷんするんだけど。まあ、今はまだ追求しないけどさ、その内必ず暴いてやるんだから。


「ちょっ、そんな怖い顔して睨まないでくださいよ、ハルカさん?」


「えっ⁉」

 ぐはっ、あっやばっ、何か刺さった。

 アタシはドサッとソファーに倒れ込んでしまった。そのまま顔を両手で覆ってバタバタと身悶えしてしまう。


「えっ、ハルカさん⁉ いきなりどうしたんです⁉」

 巧がビックリしてなんかオロオロしてるみたいだけど、こっちはそれどころじゃない。


「あ〜、たぶんイケメンに名前呼ばれ慣れてないんだよ、きっと」

 直虎が呑気に分析してるけど、ダサキャラのクセにどーしてそんなトコだけ察しがいいんだ⁉ こいつは。



「巧君、まあウチはこんな感じだけどさ、楽しくやろうね?」


「はい、宜しくです」


 おいおい、会長置いといて勝手に締めないでよ? まったく。






  ◇




 なんやかんやで三人体制となった翌日の放課後、いつもの如くガレージにやってきたアタシは中に入ろうとした足を止め、入口引戸の隙間からそーっと中を覗き込んだ。

 傍から見たらまるで泥棒みたいな体勢になってるけど、中に巧だけが居るのは確認できた。

 昨日、『新入りは先輩より先に来て、掃除しておく事』ってすっぱく言っておいたから、それをちゃんと守っているのは感心感心。

 パッと見でも、ガレージ内がスッキリしているのがわかる。

 しかーし!

 今の行動はいただけないなーっ?

 アタシはガラッと引戸を開けてズカズカと入っていく。


「あっ朝倉先輩、こんにちは」


「……」


「あの、朝倉先輩?」


「……」


「……ハルカさん、こんちわス」


「ぐふっ、うん、こんちは」


 軽く心臓を押さえつつ挨拶を返したら、巧にめっちゃ微妙な顔付きで見られた。


「あーっ、アンタ今、めんどくせぇって思ったでしょ?」


「そりゃちょっとは思いましたよ。ハルカさん、名前で呼ばれるの苦手なんすよね?」


「うっ、べ、別に苦手じゃないわよ? 慣れないだけだし。いや、そんな事はどーでもいいけどね、アンタ今、そのポスターガン見してたでしょ!?」

 そう、アタシは隙間からちゃーんと覗いてたのだ。

 巧が例のζゼータとユイ姫のポスターをじっと見てたのを。

 しかも口元に笑みを浮かべながら穴が開くほど見てたのを。


「い、いやまあζゼータ、カッコいいなって思って見てましたけども」

 あーっ、明らかにキョドってるな、こいつ?

 普段クールぶってるこいつが珍しく取り乱してるって事は、何かやましい気持ちがある証拠だよね?


「アンタが見てたのはゼータじゃなくてユイ姫の方だよね? いや、正確に言うと、ズバリおっぱいガン見してたでしょ!!」


「うっ、違いますって」


「嘘おっしゃい! どーせ、あの豊満なおっぱい揉みてぇーっ、みたいな事思ってたのよね?」


「んな事思ってないですって!………………むしろ当分揉みたくないってゆーか……」


「んーっ?」

 後半なんかゴニョゴニョ言ってたのが気になるんだけど⁉


 そう、わちゃわちゃしてたら、直虎がギアで戻ってきた。


「あっ、部長、お帰りなさい」

 天の助けとばかりに、大袈裟に直虎を迎える巧。


「うん、ただいまっ ううっ、迎えてくれる仲間がいるっていいなぁ。朝倉さんなんか、ソファーで尻掻きながら寝そべってるだけだったし」


 あほか、なに涙ぐんでんだ?こいつ。


「ちょっと、アタシがいつソファーで尻掻いてたよ⁉」


「いや、君そーゆーイメージだから」

 はあ? どーゆーイメージだよ!


「つかさあ、聞いて? 巧がアタシのユイ姫のおっぱいガン見してたの。こんな顔してこいつ、ムッツリスケベだよ?」


「だからアイツのおっぱいなんて見てませんって」

 

「はぁ⁉ あたしのユイ姫をアイツ呼ばわり⁉」

  

「うん、まず君のユイ姫でもないからね? あのポスターも僕のだし」

 と、直虎に呆れたように言われてしまった。こいつはホントにギアにしか興味ないやつだからなぁ。

 あれ?そういえば巧のやつもあんまりアタシのおっぱいには興味を示さないような気がする。こんなに美味しそうな爆乳なのに?

 ひょっとして女に興味ないとか?

 いや、でもさっきポスターの中のユイ姫を見る、なんとも言えない優しい表情が頭から離れない。


 もしあんな表情で見つめられたら………


 いやいや、なに考えてんだ?アタシ。


 直虎が巧を促して、二人でギアの調整を始める。


 そんな作業を見ながら、アタシはなんだかモヤモヤする気持ちを抱え込むのだった。









 

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