第10話 都市伝説



 鮮やかな青空の下、漆黒の機体が滑るように石畳の道を駆けていく。

 小さな石のアーチをくぐり、レンガの塀を飛び越え、噴水の広場で踊る様にターンを決める。

 やがて場面は近代的な都会の夜へと変わり、その機体は車の波を泳ぐ様に優雅に躱しなから駆け抜け、ライトアップされた公園で時に激しく舞い踊り、建ち並ぶ高層ビルの前で静かにその動きを止める。

 肩から上の部分がゆっくりと開いていき、中から現れたのはハッとするほど美しい少女だった。

 少女はスルリと漆黒の機体からその身を抜いていき、肩の上に立ち上がり、

その完璧なスタイルを月光の下にさらす。

 ピタリと身体に張り付いた薄いスーツは、彼女の豊満な胸部からくびれた腰にかけての優美なラインを際立たせていた。

 不意にカメラは彼女の全身から顔、更にその切れ長の目へとズームしていく。そのうっとりするような美しい瞳の中に激しい閃光が交差し、やがて画面全体が白く霞んだ後、文字が現れる。

『新たな時代へ、ζゼータの閃光』





 アタシはタブレットから顔を上げ、ふうっとため息をひとつつき、壁のポスターを見上げる。

 暫くぼーっとポスターを見つめた後、またタブレットで動画を再生する。

 そしてまたため息をひとつつきポスターを見上げ……


「……無限ループしてるよ?」

 直虎がポンコツギアをイジりながら、呆れたようにアタシに声をかけてくる。


「うっさいっ」

 自分でもわかってるわっ。でもループの輪から出れないでいる。

 

 最初にこのガレージに来てから三日ほどたったんだけど、その間、アタシはずーっとこの調子だ。

 見事にハマってしまった。

 パワードギアζゼータの動画に、いやそれを操るユイ姫に。

 アタシもアスリート(だった)だから解るんだ。

 武骨なメカのくせに細やか過ぎる動きが。

 その動きを実現する圧倒的な技術力が。

 なにより、見る者を魅了する表現力の凄さが。


 聞けばこのユイ姫、アタシより1コ下の16歳なんだとか。

 それで、この色気、この気品、この技術。

 アタシは激しく嫉妬し、それ以上に憧れた。

 その結果がこの動画再生無限ループだ。



「この動きの凄ささぁ、アンタ解かんないでしょ? アタシは同じアスリートだから解るのっ」


「へぇ、君アスリートだったの? 意外だね」

 直虎が整備の手を止めて聞いてくる。


「そりゃ今はこんなだけどさ? 結構将来有望なフィギアスケートの選手だったんだよ?」


「そーなんだ? でも僕だってその動画の凄さは解るよ? ストレートからいきなり高速ターンして一切崩れないバランスとか、ジャンプ時の姿勢制御とか」


「それはζゼータの凄さでしょ? アタシは姫の操縦技術の事を言ってるのっ」


 どうも、アタシと直虎では見るポイントが違うらしい。アタシはアスリートだからプレイヤーに注目するし、直虎はメカ専門だからメカに注目がいくのだ。まあ、当然と言えば当然か。


「うん、まあ綺麗だなぁ、ってのは思うよ?」


「はぁ?なにそのうっすい感想。アンタどうせ姫のおっぱいしか見てないんでしよ? アタシのおっぱいもしょっちゅうチラ見してくるしね」


「な、な、なに言っての⁉」

 しどろもどろになってるとこを見ると図星だったみたい。


「まあ別にいいけどさ。ところでコレ生で見れないかなぁ?」

 

「え? おっぱいを?」


「ばっかっ! なにトチリ狂ってんのさ? 演技だよ、この動画の演技!」


「ああ、そっちねどっちだよ?。ユイ姫は今アメリカで活動してるからなぁ。アメリカまで行かないとだね」


「うっ、無理じゃん……そうだ‼ アンタがそのボロいギアで有名になったらアメリカ行けるんじゃないの? アタシ、マネージャーで」


 コイツ馬鹿か?って顔されてしまった。


「あのねぇ、向こうは世界的トッププレイヤー、かたやこっちは底辺中の底辺だし。どんだけ差があると思ってんだよ?」


「あーね、そのポンコツじゃあねぇ。ロボってゆーより、ボロだもんねぇ」


「……うん、まぁ自虐しといてアレだけど、そこまで言われると凹むなぁ」





  ◇




 相変わらずアタシは放課後になるとガレージに向かう生活が続いていた。

 まぁ行って何する訳でもなく、ボロいソファーに寝そべって動画見るくらいなんだけど。

 因みに同好会に入ってもないし、この先入るつもりもないんだなこれが。


 その日もガレージに勝手に入ってくつろいでいると、ウィーンガシャンって音が外から段々近付いてきた。

 やがてボロギアに乗った直虎が現れて、そのまま中へと入ってくる。


「……心なしか歩く音がマシになってる?」

 前はもっと酷かったと思うんだけど。


「そりゃ、毎日調整してるもの。歩くのはだいぶスムーズになったよ。まだ走れないけど。……ってか何食べてるの?」

 ガレージ内な漂う匂いに気付いたのか、そう聞いてくる。


「ん? 豚汁」


「……君、ここを休憩所かなんかだと思ってない? いろいろ物も増えてきてるしさ? 調理器具まで持ち込んだわけ?」


「違うよー、今はフリーズドライがあるからお湯があれば出来るんだよ。まあ、ポットは持ち込んだけどさ。アンタも食べる? 豚汁か、みそ汁もあるよ?」


何故なにゆえそんなに自由なのか……まぁ頂くけど」


 素直にそう言えばいいんだよ。アタシは冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、ポットに注ぎ入れた。流石にここは水道通ってないんだよね。


 直虎はといえば、お湯が湧く間も作業の手を止めるつもりはないようだ。

 作業中も気持ち悪い笑顔浮かべてるし、ホントにメカいじるのが好きなんだろうなあ。


「アンタいつからソレ作ってんの?」


「うーん、入学して直ぐだから、もう二年とちょっとになるかなぁ」


 そんなに長い間、1人でコツコツ作ってたのか。ある意味変態的だよねぇ。


「あっちのGスポーツ部には入れてもらえなかったんでしょ? よく諦めなかったよね?」


「昔からこういうの好きだったからね。パワードギアが世に出だしたのは小学生くらいの事だったから凄く興奮したなぁ。でも、決定的にのめり込んだのは4年程前に世間を騒がせた出来事からなんだけど」


「4年くらい前? 何かあったっけ?」

 

「改造ギアのテロ集団が何人か捕まったのは知ってる?」


「あ〜、なんかそんなような事あったねぇ」

 確かギア使ってテロやってた連中が初めて捕まったから、連日ニュースで盛んに報道されてたな。しかも、そのリーダー格がかなりの美女だったから、余計加熱報道されてた気がする。


「その時にマニアの間である噂が流れたんだよね。改造ギア、あ、当時はδデルタタイプだったんだけど、そのδデルタ数体とやり合って制したギアがあるって。どうやらそれはεイプシロンだったらしいって。しかもそれはカドワキ重工製じゃなくて、何処かの個人が作った物なんだって」


「はあ? 何それ。マンガじゃあるまいし。あり得ないでしょ?」


「だから都市伝説なんだけどさ。実際、δデルタの次に来たのがζゼータだから順番で言うとεイプシロンが飛んでるんだよね」


 ああ、それアタシも前にギリシャ文字検索した時に思ったなあ。こんな感じで都市伝説って作られちゃうんだろうね。

 ん? でももう一つ何か飛ばしてなかったっけ?


「だからさ、イプシロンって機体は確かに存在するんだよ? まあ、だけどね」

 そう言ってドヤ顔を向けてくる直虎がかなりウザいんだけど。 

 話が一段落した所で丁度お湯も湧いたみたいだ。


「ふう〜ん、でアンタはどっち?」


「僕はやっぱり信じるよ。なんと言ってもロマンがあるし……」


「違う違う」


 アタシは手に持ったフリーズドライの小袋を振って見せる。


です」


「……」





 ……すっごい寒い空気が流れた。


 って、なんか突っ込めよっ!




  ◇




 平和でぬるい日々にも容赦なくトラブルは舞い込んでくる。


 ある日の放課後、例によってガレージに向かう途中、歩行調整中の直虎と出くわした。彼はポンコツギアをちょっとを調整しては歩行テストし、また調整してはテスト、と日々飽きずに繰り返しているのだ。


「どう? 調子は?」

 アタシがそう声を掛けると直虎が嬉しそうに答える。


「かなり良いよ。そろそろ走るとこまでいけるかも」


「へぇ、すごいじゃん?」

 ついζゼータや、エリート達のπパイと比べガチになるけど、彼のギアは完全ハンドメイドなのだ。日々どんなにコツコツと作業しているかを近くで見てるから今では『走る』事がどんなに大変か良く分かる。

 

 ゆっくり確実に歩き続ける姿を、まるで子ガモを見守る親ガモのような気分で見てたのに、突然厄介な奴らが前に立ち塞がり、一気に気が滅入る事となった。


「なんだぁ? 女連れてヨチヨチとデートかよw? 相変わらずみっともねえなあ?」


 うわあ、いつぞやのエリート達だよ。しかも、三人ともπパイギアに乗ってるし。これみよがしにからかいに来たのがミエミエなんだよね。


「はぁ? みっともないのはどっちだよ? アンタらさぁ、仲間とつるんでないとイジメもできないわけ?」


 アタシは直虎の前に仁王立ちし、エリート達を睨みつけてやった。

 因みに向こうは上部のハッチを開け、顔は出ている状態だ。


「ふんっなんだよ、その下品な茶髪? そんな髪してるトコ見るとコイツも落ちこぼれかよw」


三人どっと笑う姿にカチンときた。


「うっせーっ! アタシはクォーターなんだよ! テメエらみたいに女にもてないドーテーなんぞ相手にしねーよ」


 そう吐き捨てて胸を殊更強調してやった。

 因みにクォーターってのは大嘘だ。


「くっ、ホルスタインみたいな乳しやがって。バカは胸までバカだな」


「なんだとーっ」

 

 アタシとバカ三人と言い合いしてたら、直虎がスッと間に入ってきた。

 ……いや、実際はスッと、じゃなくて、ガシャガシャとだけど。


「僕やこのギアをバカにするのはいいけど、ウチの大事なメンバーをバカにするのは許せないな?」


 うん、セリフは格好いいけど、いつからアタシは同好会メンバーになったんだ?


「ほー、許せないならどーするんだよ? そのゴミみたいなので掛かってくんのか?w」


 明らかに挑発してるなあ? これはあれか、先に相手に攻撃してくるよう仕向けて、反撃しといて正当防衛主張するつもりだな。

 でも生憎とこっちの部長はそんなすぐ切れるよーな奴じゃないん……


「ゴミって言うなーっ!‼」


 うわあ、すでにぶちキレてんじゃん⁉

 さっき自分で『ギアをバカにするのはいい』とか言ってなかった⁉


 正に一触即発のピンチ。

 

 その時だった。


 1人の男子生徒が三馬鹿πパイギアの前にスッと今度はホントにスッと入ってきた。

 何の気負いもなく、あまりにも飄々ひょうひょうとしたその雰囲気は一触即発の場の空気を一気に散らしてしまう。


「なんだぁ、お前? 邪魔だっ、どけよ!」

 気を取り直したように1人のバカが叫ぶけど、男子生徒は我関せずって様子でしげしげとπパイギアを眺めているばかりだ。


「へぇ、このπパイギア、スペックスリーだよ? 金掛かってるなぁ。流石、強豪魁聖かいせい高校Gクラブだね、うん」

 ひとしきり眺めた後、そんな独り言をまるで周りに聞かせるように言う。


「ん? 解るのか? お前、見ない顔だな? 新入生か?」

 彼の言葉に三馬鹿のリーダー格が食い付いた。


「解りますよ。魁聖のGクラブと言えばプロも注目してる名門でしょ? 特に部長の佐久間さくまさんはGフェニックスからスカウトされそうだとか」


「ええっ、ウチの部長にそんな話がきてるのか⁉」

「すっげぇ、ヤバいっすよ⁉ あの人ならあり得ますよ!」

 

 ……なんか、訳のわかんない単語がいっぱい出てきたけど、取り敢えず三馬鹿が彼の話に夢中になってるのはわかった。

 直虎は?と見れば、コッチもポカーンと口開けて馬鹿面晒してるし。


「ところで、あっちの人と何か揉めてました? 知ってるとは思いますけど、アマチュアがギアで格闘するのは禁じられてますよ?」

 と、男子生徒が直虎の方をチラ見しながら三馬鹿に言う。


「い、いや、別に揉めてないさ。軽くアドバイスしてやってただけだから」


 うわっ、よくそんなバレバレの嘘が言えるもんだ。でも、男子生徒はそれを否定しなかった。


「ですよねーっ。 名門のプレイヤーがあんな腰のサスペンションのバランスが取れてないハンドメイドなんか相手にするわけないですよね?」


 と、にこやかに言う。

 その言葉にアタシはカチンときた。


「ちょっと、アンタいきなり入ってきて……」

 文句を言いかけたけど、何故か直虎に途中で止められてしまう。


 その後、三馬鹿達は男子生徒と何か一言二言話し、そのまま何事もなかったように去って行った。


 残った男子生徒が真顔で近付いてくる。

 シュッとした結構いい男だけど、そんな事はどうでもいい。


「アンタいったいなんなの⁉ 何者⁉」

 噛み付いたアタシに動じる気配も無いのが憎らしい。


 彼はアタシとギアに乗った直虎の前まで来て立ち止まった。


 

「宜しく先輩方。いいギアですね」

 そう言いながらまるで少年のような笑顔を見せる彼。








 ――これが後にアタシの運命を大きく変える事になる人物、須藤巧すどう たくみとの出逢いだった。


















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