第二部 遥

第9話 ハルカと直虎

 


『おっぱい でかい 悩み』


 スマホにそう入力して検索をかけたアタシ(朝倉 遥あさくら はるか 現在高二の17歳)は出た結果を見てため息をひとつついた。

 そこには我が同胞達のタマシイの叫びがずらりと並んでる。

 曰く、肩凝りがヒドイ、太って見える、服が合わない、運動するとあり得ないほど揺れる、汗疹ができやすい、等々。

 このへんは身体的な苦痛だな、うん、あるあるって感じ。

 あと精神的な方は、男の視線がウザい、同性からのやっかみがひどい、変な人に絡まれる、とか。

 うーん、皆苦労してるなぁw

 

 まあ、男って脊髄反射的に胸見るよね。なんなんだろね? アレ。

 で、たいがい初対面で言われるセリフが

「胸でかいね?」

 だったりする訳なんだな。つか初対面でソレ言う?

 で、ある程度顔見知りなったら

「今日も胸でかいね」だと。

 んな「今日もいい天気ですね」みたいなノリで言うなっつーの。

 おっぱいのデカさなんて日によって変わんないんだよっ。あんたが見てない時もずーっとでかいんだよっ。コッチはそれを持て余してんだよ。

 

 だいたい必要以上にデカイおっぱいの存在意義って何?


 男にモテる? 

 それはあるかもしれないけどさ、そもそも男を必要としてない人なら意味ないじゃん? 

 いや、贅沢言うなって一部の人から恨まれそーだけどさ。


 少なくともスポーツをやる上では、でかいおっぱいなんて短所でしかないんだよ。

 アタシみたいにね。





 ――季節は春、場所は学校の屋上で、アタシは腐ってた。


 つか、ゾンビ的な意味じゃなくてね。

 あくまで比喩的な意味の方だけどさ、このままダラダラしてたらホントに身体が腐りそうな気がするんだよねぇ。


 この高校に入学してきた当時はまだアタシも希望に溢れてたんだけどなぁ。

 2年生になった今じゃ、完全に落ちこぼれだ。


 放課後の校庭からは様々なクラブ活動の音が聞こえてくる。

 バットでボールを打つ音、陸上部の掛け声、ブラスバンドの個人練習の音……。

 この屋上から見下ろせば、そんなワラワラと動く生徒達が嫌でも目に飛び込んでくるんだよね。

 がこの光景を見たらやっぱり、『人がゴミのようだ』って言っちゃうんだろうか?

 でも実際は、ゴミはアタシの方だ。


 そんな屈折した感情を持て余しながらぼんやり下を眺めてると、結構激しめの機械音が聞こえてきた。

 校庭と反対側の中庭の方へと目を向けると、そこはロボット達がたむろする、近未来を思わせるような光景が広がってたりするのだった。

 

 ――パワードギア

 あまりメカに興味がないアタシでも、その成り立ちは多少知ってる。

 確か最初は体が不自由な人の補助として、或いは建築現場とかで働く人の補助として、開発された武骨なフレームの塊みたいなヤツだった。

 それが段々と開発が進んで、今では人型のロボットみたいな姿になってるんだよね。

 犯罪に使われたり、不正改造されてテロに使われたりってマイナス面もあったんだけど、スポーツ専用ギアが開発された事で全世界的に一気にギアスポーツってのがブレイクしちゃった。

 今やeスポーツを越えるほどの人気ぶりのソレは通称Gスポーツって呼ばれてる。

 そりゃ仮想現実じゃなくてリアルなロボット同士が実際に戦うんだもの、世の男達が興奮しない訳ないよね?


 一口にGスポーツって言ってもその種類は色々あって、格闘技系のヤツ、球技系のヤツ、サバゲー系のヤツ、モータースポーツ系のヤツ、それぞれに熱狂的なファンが付いてる。

 目を剥くような賞金付きの大会も世界規模で盛んに行われてて、プロのプレイヤーを有した団体もどんどん登場してきてる、そんな状態。

 

 その流れが高校大学にも広まって、今やインターハイの種目にまでGスポーツが入り込んでるんだよね。

 ただギア自体かなり高価な物だから、参加校はまだ多くはないんだけど。

 まあぶっちゃけ、お金持ちな学校に限られてくる訳で、ウチはその数少ないお金持ち校であり、実力の方もトップクラスなんだそうだ。

 今アタシが屋上から見下ろしてる彼等も、そんなエリートって事なんだよね。

 まぁ、落ちこぼれたアタシとは真逆の存在って訳だ。



 そんなエリート達の様子を何気に見てたら、ちょっと離れた場所でギアらしき物をいじってる生徒がいるのに気がついた。

 屋上を回り込んで丁度真下に見えるくらいの位置に移動してみる。

 わざわざ校舎と体育館の間の狭いスペースで作業してるところを見ると、あのエリート連中から仲間外れにされてるっぽい。

 中庭のギアがどれもピカピカで綺麗なのに比べて、コッチのギアは外部カバーもなくて機械剥き出しだし、どう見てもスクラップの寄せ集めって感じだ。

 作業してる生徒は三年生かな?

 黒縁メガネにボサボサ頭のいかにも冴えない容姿だけど、楽しげにギアをいじってるのがこの屋上からでもわかる。


 そんなメガネ君に生徒が3人近付いていく。

 中庭の方のエリートギアプレーヤーだ。


「おいおい、お前まだそんなガラクタいじってんの?」

 三人の内、いかにも自意識過剰そうなヤツがあからさまに見下して言う。


「ここにそんなゴミ置くなよ、迷惑だわw」

 ニヤニヤと下品な笑いを貼り付けながら他の二人も同調する。

 うわぁ嫌な感じ。まるっきりイジメじゃん?


「ここなら空いてるって言われたし。それに君らに迷惑掛かんないだろ?」

 メガネ君も反論してるけど多勢に無勢、エリートたちのヘラヘラを止める気迫はぜんぜん足りてない感じだ。

「視界に入るだけで不愉快なんだよ、こんなゴミ!」

 そう言いながらエリートの一人がメガネ君のギアを足蹴にした。

 流石に金属の塊だから足で蹴ったってダメージはないだろうけど、感情的には許せる行為じゃない。


「止めろよっ、コイツは君らのギアみたいに正規品じゃないけど、僕にとっては大事な物なんだ!」

 ギアを守ろうとするメガネ君のお腹に卑劣な蹴りが入る。

「ぐはっ」

「ゴミはゴミなんだよっ、お前もコイツもな!」


 あーあ、見てらんない。あいつらサイテーだな。

 アタシはバカ共の真上辺りから飲みかけのペットボトルのお茶を逆さにして振りまいてやった。


「あぁ? 雨かぁ?」

「いやなんか香ばしいぞ? お茶じゃねぇ?」

「おらっお茶かけやがったヤツ、誰だっ⁉」

 真っ白いきれいなジャージにお茶が掛かって慌てる奴ら。

 はっ、ざまあみろだw。ここまで探しに来られちゃマズイからすぐ、移動するかな。さっと顔引っ込めたから顔を見られてないと思うけど。



 ◇


 とりあえず下に降りてきた。

 当分、屋上には行かない方がいいかな? だってアイツら執念深そうだったもん。

 快適な居場所がなくなっちゃったから、またどこか探さないとね。安全にサボれる場所をw


 そんな感じで取り壊し予定の旧校舎の方まで来てみた。

 校舎自体は立ち入り禁止区域なんだけど、倉庫や部室なんかは一部まだ使われてるんだよね。

 そんな建物の一つ、他より少し大きめだけどボロボロで痛みが酷いガレージらしき場所の引戸が少し開いてる。

 アタシは興味本位でちょっと覗いて見る事にした。


 中は思ったよりかは広かったものの、わけのわかんない機械やら、道具やらが散乱していてゴチャゴチャしてる。


 そんな中、壁に一際目を引く、でっかいポスターが貼られてるのに気付いた。

 カドワキのスポーツ専用ギア、ζゼータのポスターだ。

 『ζゼータの閃光』

 そんなコピーと共に、滑らかな曲線美を持つ漆黒の機体ζゼータの肩から上が開き、女性のプレイヤーが出てこようとしている、まるでハリウッドのSF映画ばりに格好いい構図だった。

 高級車並の美しい光沢のζゼータはもとより、薄いピタリとしたスーツを身に着けた女性がなんともセクシーて言うか、女のアタシから見ても凄く扇情的だ。しかも、スーツでかなり押さえてあるっぽいけど、結構な巨乳だったり。間違いなくアタシらの同類って訳だ。

 つかこのモデルとこのζゼータ、最近ネット広告でやたら見掛けるんだよね。名前は知らないけど、相当売れてるグラビアモデルなんだろう。

 

 そんなポスターに見入ってたら、外からガッシャンガッシャンと間の抜けた機械音が聞こえてきた。

 それは段々このガレージに近付いてきて、やがて入口前にその姿を現す。


 まぁ予想通りってゆーか、ガレージ内に散乱してる部品やらポスターやらからここはパワードギアの作業場ってのはわかってたけどね。


「うわぁ、それ動くんだ……」

 思わずそう呟いちゃったのは、やって来たのがさっき屋上から見たオンボロギアだったからだ。勿論、操作してるのはボサボサ頭のメガネ君だった。


「ん? そりゃ動くよ? 動くよーに作ってるから……って、君もしかして入部希望者? いやそんな訳ないか」

 メガネ君がガレージ内にいたアタシにちょっと驚きながら自嘲気味にそう言った。


「入部? ここってGスポーツ部だったの?」

 つか、そもそもこのガラクタ部屋みたいなのが部室?


「いや、Gスポーツ部は別にあるよ。ここはGスポーツ同好会。部員は僕しかいないけど」

 オンボロギアから降りながらメガネ君が言う。

 ああ、中庭の連中が正規のクラブで、おそらくメガネ君は入れてもらえなかったんだろう。それで自分で同好会を作った、ってトコか。よくあるパターンだな。

 どう見てもアッチはセレブ達の集まりだし、こっちはスクラップ屋って感じだもん。


「アタシ別に入部希望じゃないんだけどさ、ちょっと興味あったから見学しよっかな~なんて……」

 まさか正直に昼寝が出来そうな場所探してました、なんて言えないしね。


「そーなの? あ、お茶入れるからちょっと待ってね」

 ありゃ、適当に言い訳したら思いの外、食い付かれちゃった。まいったな。


「あ、お構い無く」


「遠慮しなくていいよ。君のお茶はさっきぶちまけちゃたでしょ?」


「え? ギクッなんの事やら」

 

「さっき君が頭引っ込めるのがチラっと見えたんだよねぇ。そんな髪の色してるの、この学園じゃ君くらいだからね」

 

 うわあ、バレてたか。まあ、比較的上流階級が多いこの学園じゃ、乙女はみんな黒髪だもんなあ。やたら明るい茶髪なのはたぶん、アタシしかいないだろう。


「とにかくありがとう。ちょっとスッとした」


「いや別にアンタの為にやったんじゃないし。つかアンタさぁ、あんな事言われて悔しくないわけ?」


「そりゃ悔しいけど。どうせならGスポーツで見返したいしね」

 そんなオンボロギアで? とは流石に言えなかったわw。

 まあどうでもいいんだけどさ。


「自己紹介遅れたけど、僕ここの部長で3年の沖田直虎おきた なおとらです」

 仕切り直すように突然名乗ってきたけどさ、こんな見事に名前負けしてる人、初めて見たな。それに同好会なんだから部長じゃなくて会長じゃないの?


「へぇ、戦国武将みたいだね。アタシ、2年の朝倉遥あさくら はるか。宜しく、直虎くん?」


「あ、先輩ってわかってもタメ口なんだね。しかも君付けとか……」


「なに、悪い?」


「いや問題ないです、はい」

 

 ……ああ、こりゃ舐められるわ。



 ◇



 部室、ってかガレージには何処から拾ってきたのか一応ソファがあって、冷蔵庫も完備してるから、とりあえず休憩するには申し分なかった。

 アタシはソファーでゴロゴロしながら何ともなしに直虎が作業してるのを見てる状態だ。

 直虎の方はたまにこっちをチラ見してくるけど、どうも視線が胸元に来てるんだよね。気弱でもやっぱそのへんは男の子だわ。


「ねえ、それってζゼータ?」

 彼が整備してるオンボロギアを見ながら聞いてみた。


「違うよ。コレはδデルタのスクラップを寄せ集めて作ったハンドメイドだから」

 δデルタって確か一つ前の世代の作業用ギアだっけ。

「じゃあ、中庭のエリート達が乗ってるのがζゼータ?」

 

「アレも違うって。ζゼータってのはBランク以上のプロが使う機体の事だから。僕らみたいなCランクのアマチュアが使えるのはπパイシリーズ。ζゼータの廉価版の機体だよ」


 パイとはまたかわいいってか、個人的にはイラッとする名前だなあ。格好いいζゼータとは真逆な感じじゃん?


「パイって、おっぱいのパイ?」


「違うよ。おっぱいじゃなくて、ギリシャ文字のπパイだよ」


「ふぅん? δデルタとかζゼータは何となくわかるけどパイなんてギリシャ文字にあったっけ?」


「結構後ろの方にあるよ。ギアシリーズはみんなギリシャ文字に沿ってネーミングされてるからね」


 言われてちょっとスマホで検索してみた。

 

「えーと、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン、ゼータ、イータ……パイってすごい飛んでるじゃん? なんでだろ?」


 それに、ガンマとイプシロンって名前のギアも聞いた事ないし。


「進化版じゃなくて廉価版だからじゃないの? まあ、πパイって名前を強引に通したのは彼女らしいけど」

 直虎はそう言って、壁のポスターを指差す。


「ええ⁉ グラビアモデルが名前つけたの?」

 やっぱり自分の胸にあやかったんだろうか?


「えっ君、知らないの? 彼女は単なるグラビアモデルじゃないよ? カドワキグループの広告塔にしてA級プレイヤーのユイ姫って聞いたことない? 今や世界レベルでGスポーツ人気を牽引してるカリスマプレーヤーだよ?」


 へぇ、ネットのコマーシャルで何度も目にしてるけど、そんな世界的大スターだったとは知らなかったな。



「彼女、ユイ姫って呼ばれてるんだ?」




「そう。彼女こそ現カドワキ社長の娘のユイ姫こと、門脇由衣かどわき ゆいだよ」







 



 











 

 



 

 

 

 

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