第12話 三者三様
アタシは物心つく前から氷上に立っていた。
スケートを始めた理由を聞かれても、わかりませんと答えるしかない。
親がやらせようとしたのか、自分からやりたいと言い出したのか、まあ、特に考える事もなかったし。スケート靴を履いて氷上に立つ事はごく当たり前の事だったのだ。
幼稚園が終わればそのままスケート教室向かった。良くは知らなかったけど、そこには元オリンピック選手だったコーチがいて、本格的な指導を行う
そのスパルタ度合いはどうかというと、ハッキリ言ってよく分からない。何故なら、最初からずっとそこに通い、他は知らなかったからだ。
今から考えると、有り得ない程の厳しさだったと思うんだが、当時としてはそれが当たり前であり、疑う余地もなかったし、アタシ自身普通について行けてたから、特に問題はなかったと思う。
小学校に上がってもその生活はなんら変わる事がなかった。
学校が終わればそのまま教室へ行く。日曜祭日なら朝から行く。お盆や正月だけ休みはあったけど、せいぜい1日か2日くらいだった。
アタシはそれが当たり前だったけど、親はかなり大変だったと思う。
そんな生活だからアタシに友達と呼べる人間はいなかった。
その代わり、スケート教室のお兄さんお姉さんが可愛がってくれたから、寂しくはなかった。
そんな感じで、アタシのスケーターとしての実力はどんどん上がっていった。
片っ端からコンテストに出て、賞という賞を総なめにしていった。
アタシが表彰台に上がるとお兄さんお姉さん達も凄く喜んで褒めてくれた。
それが嬉しくてアタシは一層練習に励み、急速に実力をつけていき、いつしか教室の誰よりも上手くなっていた。
しかし、それに比例するようにアタシから人が離れていく。賞を取っても褒めてくれるのはコーチと親だけで、仲間だと思ってた人達からは次第に無視されるようになってしまった。今から考えるとそれは明らかに嫉妬や妬みだったのだけど、当時のアタシには理解できなかった。
何故みんな自分から離れて行くのだろう?
まだ努力が足りないのだろうか?
不安な気持ちを誤魔化すように、更に練習にのめり込んでいく。当然、ますます孤立した。
精神のアンバランスを抱えたまま練習する日々。自分にはそうするしかなかった、ただそれだけの事だ。
大きな変化が訪れたのは、小学校の5、6年の頃だった。
所謂第二次成長期というやつで、体つきが変わり背が伸び、極端に胸が膨らんだ。その変化はスケートをやる上ではかなりの影響大だった。
いやスケートに限らず、普段の生活でさえとにかく邪魔なのだ。
巨大な胸が。
スケートの成績はどんどん落ちていく。
反対に手のひらを返したように、離れていたお兄さん達が周りに集まってきた。何かと世話を焼こうとしてくる彼らの下心は見え見えだった。
そして、そんな状態を面白くないと思うお姉さん達の嫌がらせが始まり、アタシの精神はゴリゴリと削られていく。
肉体的にも精神的にもバランスを欠いたアタシは、遂に大きな大会でジャンプに失敗し怪我を負い、長期休養を余儀なくされる。
そこでアタシの心はポキリと折れた。
その後、アタシが氷上に立つ事はなく、今日に至るのである。
◇
季節は春から初夏へと移り変わろうとしていた。
わがG会もメンバーが増えたくらいで特に変わりはない。
ああ、直虎のオンボロギアの動きがかなり良くなってきたってのはあるかな。巧が加わった事で、整備が劇的に進んでるらしい。
アタシはメカの事は丸っきりわかんないんだけど、それでも日に日にボロギアがまともになっていくくらいの実感はあるんだよね。
もう頭に『オンボロ』とか付けられないかもね。
「ねぇ、このガレージ暑くない? ムシムシしてるんだけど?」
ソファーでゲームしてたらおっぱいの下辺りが汗でじっとりしてきて、たまらず直虎に訴える。このガレージはやたら空気の通りが悪く、熱がこもるんだよね。
「最近急に空気変わったからねぇ。でも、この時期で文句言ってたら夏本番なんて乗り切れないよ?」
と、ギアをいじりながら直虎が言う。こいつ、きっちり作業着着込んでバーナーとかも使ってるし、暑くないのかな?
「今でも暑いもんは暑いのっ。おっぱいの下に汗たまるしさぁ。ここクーラーとかないの?」
「ないよ。あっ、CPUクーラーならあるけど。おっぱいの下に付ける?」
「それパソコンとかに入ってるヤツ? あほかっ……って案外良いかもねぇ? 巧に作らせよーかな? ブラのカップに付けるの。CPUクーラー改め、CUPクーラーってねw」
「何上手いこと言ってんだよ。僕、冗談で言ったんだけどね? ウチの優秀なメカニックに変なもん作らせないでくれる?」
「えーっ、いいじゃん。汗疹に困ってる巨乳持ち多いしさぁ、作ったら売れるかもよ? そしたらホントのクーラー買えるじゃん?」
「君、ホントにやらせようとするから怖いんだけど」
直虎が作業の手を止めてこっちをジト目で見てくるし。
「だってGクラブの部室とかは空調効いてるんでしょ? 不公平だよねー」
「そりゃ向こうは実績あるもん。つい最近も小規模だけど大会で優勝してたしね。比べる方が間違ってるよ」
「えーっ、そんな大会あったんだ。ウチは出ないの?」
「出れるわけないでしょ? 唯一のギアがまだこんな状態なのに」
確かに動きは良くなったけど、まだ機械剥き出しでガワもついてないんだよね、ウチのギア。
「アンタ、これでG部奴ら見返してやる、とか言ってなかった?」
この分だとまだまだ先かなぁ。
「うん、まあそれはあくまで夢だったんだけどね。でも最近、ホントに叶いそうな気がするんだよねぇ。巧くんがいるから」
直虎が手放しでべた褒めするくらい、巧の知識とスキルはすごかった。そりゃ、あのポンコツギアが日に日にマトモになっていくのを見れば納得だわね。
いっそ巧に全て任せっきりにした方が早くて完成度高いと思うんだけど、巧はそれを良しとはしなかった。直虎の手によって生み出されたギアは、直虎の手によって仕上げられなければならない、というのが巧の信念なのだ。
だから自分はあくまで補助という立場を崩さないんだよね。
こういうのを職人気質って言うんだろうね。
「で、その優秀なメカニックはどこ行ったのよ?」
「さあ? 今回の休みは長いよねぇ」
巧は最初に宣言した通り、時折こうして休みを取る。部活だけじゃなくて学校も来ていないんだよね。いったい、何処で何してるやら。
「多分さ、病弱な彼女がいるんだよ。そんで最期が近い彼女の為にいっぱい思い出作りしてあげてるんだよ、きっと。ううっ」
あ、やばっ。なんか泣けてきたよ、ぐすっ。
「君、映画の見過ぎじゃない? そんな事ある訳ないでしょ? 真面目な話、整備の勉強してるか、それともバイトしてるかだと思うよ? 早く独立したいって言ってたもん」
と、直虎が冷静に言う。
「独立?」
「彼はご両親を早くに亡くされてるからね。それで今は知り合いの所で世話になってるとか」
へえ、アイツにそんな事情があったのか。苦労してるんだなあ。しかもそれを見せないし。
グダグダしてるだけのアタシとは大違いだ。
◇
「あ、これこれ。さっき言ってたギアの大会、動画が上がってる」
直虎がそう言いながらノートPCの画面をこちらに向けた。
「へぇ、アマチュアのギアの競技ってあんまり見た事なかったなぁ」
プロの競技ならTVやネットで頻繁にやってるからね。
「コレ、種目はなんなの?」
一口にギア競技と言ってもいろいろ種類があるのだ。
「『クラッシュ』だよ」
「えーっと、サバゲーみたいなやつだっけ?」
「うん、まあサバゲーっていうか、雪合戦の方が近いかな?」
クラッシュとは、簡単にいえばギア3対3で行われるバトルの事だ。
それぞれ機体に小さなカプセルが何個か付いてて、相手のカプセルを全部壊した方が勝ちって競技だ。
「これ全部
画面には鮮やかな白いギアとブルーのギアが駆け回ってた。
「そーだよ。それが決勝戦みたいだね」
競技フィールドはだいたいサッカーフィールドの半分くらいかな?
そこに大小様々な障害物が置かれている。その障害物をたくみに利用しながら戦っていくのだ。
「あの肩のトコに赤いラインが入ってる機体ってなんかあるわけ? どっちのチームにもいるけど」
「あのラインが付いてるのが『キング』、付いてないのは『ナイト』、キングが倒されたらそこで負けって事だよ」
つまり3機のギアの内、1機がキングで、残る2機がナイト。
それぞれの機体には5個のカプセルが付いていて、ナイトの場合、カプセルが全部壊されたらフィールドから退場、キングの場合は即チームの負けとなる訳だ。
「武器持ってる奴と持ってない奴がいるのはなんで?」
見るとどちらのチームにも、銃みたいなの持ってる奴と、長い棒持ってる奴と、何も持ってない奴がいる。
「武器を持つか持たないかは自由だからね。銃なら1チーム3丁、剣も3本まで持てるから」
「ならみんな銃持った方が有利なんじゃないの?」
「銃っていっても弾はピン球くらいの大きさのゴム弾だから、カプセルに直接当てるのは難しいし、せいぜい牽制に使うくらいかな。剣も先の丸い強化プラスチックだからリーチが長いってメリットくらいだし。どっちも使いこなすのが難しいんだよ。結局、ギアの素手でカプセル潰すのが一番早かったりするからね」
なるほど、だから相手チームのブルーの方は腰に銃と剣を付けてるけど、あんまり使ってないのか。
それに対して、ウチの白い機体の方は武器をすごく有効に使ってる。
ナイトの1機が銃と剣を交互に使いこなし、もう1機のナイトは銃を2丁持ち、かなり正確にカプセルに当てている。
「ウチはあの砲台役のナイトが上手いんだよね。副部長の
「あっ、もしかしていっつも絡んでくるエラソーなアイツ⁉」
嫌味なだけかと思ったら、実力も高かったのか、アイツ。だから余計、エラソーなんだな。
でも、それにも増して凄い動きをしているのが、剣を2本持ったキングだった。二刀流って言うのかな? 障害物を上手く使って常に相手の死角にまわり、両手の剣を器用に使ってカプセルにヒットさせてる。
素人目に見ても、他の機体とは別格な動きだった。
「あのキングが部長の
「アンタ、その格が違うのに挑もうとしてる訳?」
どう考えてもやる前から無理ゲーとしか思えないんだけど。
「やる前から諦めたら一歩も進めないでしょ? 立ち止まってたら何にも変わらないけど、僅かでも進んだら取り敢えず景色は変わるしね」
なんの気負いもなくそう言ってのける直虎。
その言葉になんか軽くショックを受けた。
この男は周りがどんなに激流だろうと常にマイペースで進んで行くんだろう。
実際、アタシや巧がここに来る前からずっと一人でやってきてるんだもの。
そして巧もまた、見えない所で頑張っているんだろう。
このG会の三者三様の姿がありありと浮かんでくる。
おそらくは今この瞬間も先を見据えて走ってる巧。
地道に一歩ずつ歩いてる直虎。
アタシはといえば未だ立ち止まってる状態だ。
果たしてこのままでいいのだろうか?
◇
「新しい技が出来るようになったんだよねーっ。朝倉さん、見る?」
そんな直虎のセリフから事件は起こった。
とある放課後アタシがガレージに向かうと、ガレージ前でギアに乗って待機していた直虎にそう言われたのだ。どうやらアタシが来るのをわざわざ外で待っていたらしい。
なんだろ? バク転でも出来るようになったのかな?
やけにテンション高い直虎がちょっとウザいけど、いかにも見てほしそうだったんで、見てあげる事にした。
すると直虎はギアでヒョコヒョコと小さなジャンプを繰り返す。
「……もしかして、スキップしてる?」
アタシか言うと直虎が嬉しそうに答えた。
「うん、そう。すごいでしょ」
うーん、すごいのかなぁ? いや、まあ走るまでも大変だったから、スキップも大幅な進化だとは思うよ? でも、あのG部の対戦動画見てからだと、どうしてもチープ感が拭えない。
彼らは障害物の間を縫うように走ったり、時には飛び越えたりしてたもの。
しかも武器を使用しながらだし。
でもこのギアはあくまでハンドメイドだもんねえ。
ここは一つ、ここまでの努力を讃えよう。
そう思った時、また例によって嫌味な外野からの声が入るのだった。
「ほーっ、スゴイスゴイ。ポンコツ同好会は楽しそーだねぇ」
その声と共にカチャンカチャンと音がする。
見ると、G部の嫌味な副部長、小早川だっけ?がπギアで手を打ってた。
まあ、拍手のつもりか知らないけど、不快感が半端ない。
後ろに控える取り巻きもニヤニヤとウザいし。
「なに? アンタらまた嫌がらせ? ウチに構わないでくれる?」
最近おとなしいと思ったけど、大会が終わったらまたこれか。
でも、嫌味な言葉の裏に嫉妬じみた微妙なニュアンスを感じるのは気のせいかな?
「そのガラクタ、ちっとは動くよーになってきたじゃんか、生意気によぉ?
まぁ、せっかくだから俺が手合わせしてやるよ」
コイツ、ウチのギアが急速に進化してるのが、よっぽど気に入らないみたいだ。
上手いこと言って潰そうって魂胆だな?
「やらないよ? アマチュアがギアで格闘戦やるのは禁止だよね?」
と、直虎が冷静に言う。
あっ、それ前に巧も言ってたな。
「はぁ? 馬鹿かw? そのポンコツと俺のギアじゃ、模擬戦にもならねぇわ。動作確認してやるって言ってんだよw」
「遠慮しとくよ。じゃ、朝倉さん、帰るよ?」
直虎がアタシを促し帰りかけた時、何故か大勢の生徒達がぞろぞろとやってきて、アタシたちの周りを取り囲むように立ち止まる。
どうやら小早川の取り巻きが一般生徒を誘導してきたらしい。
大勢の生徒の前で恥をかかせるのが目的か。こいつ、とことん腐ってるな。
「ほら、みんなお前のギアが動くトコ見たいってよ?」
動く所じゃなくて無様に倒れる所だろ?
「そんなに見たいのなら見せてあげるよ。僕の、G同好会のギアの凄さを」
あーあ、乗せられたというか、退路を断たれちゃったから仕方ないか。
せめてそこまで作ったギアを壊さないで。
アタシはそう祈るしかなかった。
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