第7話 死闘
深く響くような重いエンジン音と共にイプシロンがその姿を現した。
トラックに積み込んでる場合じゃなくなったって事か。
モニターの隅に最早以前とは人相が違うビッチが映し出された。通信設定は一緒のようだ。
『その機体、私でも動かせなかったのに何でお前が……』
憎々し気に呟く。
『ガンマはGカップ以上じゃないと起動しないんだよ。有沙さん、アンタの偽パイじゃ無理って事さ』
うわぁ辛辣だなぁ。巧がビッチの無い胸を更にえぐる。
『いくらなんでもパット入れ過ぎよねぇ。あたしより無い胸じゃ、気持ちわからなくもないけど』
お嬢様がえぐった胸を更に掘り下げる。この子、清々しいほどのSだな。
小6にして、おっぱいの主張がハンパないしね。将来、素敵な女王様になる事だろう。
『お前らぁ全員つぶすぅぅぅっ!!』
ぶちギレて叫ぶビッチに呼応するようにイプシロンのエンジン音が高まっていく。
『お前なんかに負けないっ! 行っけぇーっ
負けずに叫ぶ巧。
イプシロンが唸りを上げてダッシュしてきた。
『恥ずかしい名前付けやがってーっ! イプシロンで叩きのめしてくれるっ』
あ、前半激しく同意するわ。だか、後半は断るっ!!
あたしもガンマを思いっきりダッシュさせていく。
ギリギリまで接近し、左方向に90度の急ターン、一気にイプシロンの側面に回り込む。瞬間的な加速や旋回スピードはこちらに分がある。だがそれは僅かな差だった。側面から攻撃しようとモーションに入った段階でもうイプシロンはこちらを向いていた。攻撃は即中止してバックダッシュで距離を取る。
機体のギリギリをイプシロンのアームが薙いでいった。あのまま攻撃を加えていたら、モロ、カウンターを食らっていただろう。
背筋がヒヤッとした。
こちらが距離を取ってもイプシロンは追って来ない。どっしり構えて、受けに回るつもりか。
『先生、
「なんかよくわかんないけど、照れ屋さんなのね?」
『その、はにかむじゃねえわ!』
何故かビッチに突っ込まれた。相変わらず突っ込まずにはいられないヤツだな。
「突っ込む暇があったら攻撃してきたら?」
と挑発してみたが、
『ちょこまか逃げるヤツを追い回わすのも面倒だわ。こっちはどっしり構えてなんぼの機体なんでね』
と、乗ってくる様子もない。あくまで攻撃を捌いて、カウンターを入れるって戦法か。
ならこちらから攻撃するまでだ。
再びイプシロンへ向かってダッシュ、今度は急旋回もしない。さすがに一直線過ぎて予想外だったのか、イプシロンの対応がワンテンポ遅れる。即バックダッシュに切り替えた。ものすごいGに耐えながら、イプシロンが遅めに繰り出してきたパンチをすかす。
伸び切ったイプシロンのアームの間接辺りに横からフックを叩きこんだ。
すかさずバックダッシュで大きく距離を取る。
イプシロンの腕はさほどダメージを受けてはいないようだった。しかし、大きなダメージはなくとも、小さなダメージはあるはず。
この小さなダメージを積み重ねれば、アームの故障ぐらいには持っていけるかもしれない。このガンマでできる事といえば、そのくらいしかないだろう。
『ふん、ずいぶんセコい手を使うもんだな?』
「仕方ないでしょ?デカさに差が有りすぎるんだから」
イプシロンは大き目の乗用車を縦にしたくらい、対するガンマは小さ目の軽自動車を立てたくらいの大きさだ。
だが、何故かビッチがキレた。
『貴様ーっ! そんなにデカイおっぱいが自慢かーっ!?』
はあ? いやいや、機体の話ししてんのに、なんでおっぱいの話しになるんだよ? どんだけ被害妄想強いんだ、こいつ?
動かないって言ってた癖に猛ダッシュしてきた。子供のケンカみたいに両手をブンブン振り回す。
『おっぱいなんてっ、おっぱいなんて単なる脂肪の塊だろうがっ!!』
バカみたいな攻撃でも当たるとヤバイ。あたしはバックダッシュしながら必死でかわしまくる。
「あたしもついさっき迄はそう思ってたよっ。おっぱいなんて単なる脂肪の塊だってっ」
あたしは前後左右から容赦なく襲ってくるGに耐えながらなおも叫ぶ。
「けど、気付いた。おっぱいは単に脂肪が詰まってるだけじゃないっ! おっぱいには希望も詰まってるんだ!」
その言葉にイプシロンが一瞬止まった後、再び狂った様に攻撃してきた。
『ふざけんなっ! それじゃ、私には希望もないじゃない!?』
「大丈夫、気にすんな、貧乳だってなんとかなる。1%でいい。昨日のおっぱいを超えてみせろ!」
『簡単に言うなっ! デカパイにチッパイの辛さがわかるか⁉ やる事いっぱいでもおっぱいは無いんだっ』
イプシロンのアームは、片方は打撃技として、もう片方は掴み技として、怒涛の攻めをみせてくる。一瞬たりとも動きを止めれば、そこで終わってしまいそうだった。絶えず動きながらあたしは叫ぶ。
「おっぱいに根拠はいらないっ。たたひたすらにおっぱいを信じてやればいい。自分のおっぱいは自分で揉め! アンタのおっぱいがそそり立つ時、すべての過去が踏み台になるんだっ!」
『上から目線で語るなっ!』
イプシロンの大振りパンチがに
「ぐはっ」
よろけつつも、なんとかダッシュで距離を開ける。ボディは多少凹んだものの、機能的に不具合はなさそうだ。あたし自身へのダメージは決して小さくないが。
やはり機体のデカさの差は攻撃時にも守備時にも顕著に現れる。イプシロンのほんの一発一発がガンマにとっての致命傷となるのだ。逆にこちらの攻撃は何発いれれば有効なのかわからない。気が遠くなりそうな程なのは確実だろう。
さっきのデルタ戦で、素人のあたしがプロに勝てたのは、体格差があったからだ。ヘビー級とJrヘビー級の間には圧倒的な壁があるのと同じだ。ましてや、相手はビッチだけじゃない。向こうにはAIというやっかいな補助がついている。一瞬の隙きを突く事さえ難しい。
あたしにはあのイプシロンに勝てるビジョンが全く見えなかった。
できることなら「熱血」か「魂」でも使いたいもんだ。
「うぇっぶ」
散々内蔵を揺さぶられたから、胃から内容物がこみ上げてくる。
めちゃくちゃ気分悪くて吐きそうだがなんとか耐えた。
勝てる見込みが無くったって、ここで諦める訳にはいかない。生徒達が見てるんだ。逃げずに立ち向かうからこそ、その先が見えるんだ。
再び
『もう止めて! 先生死んじゃう!』
モニターの中で由衣が叫んでる。
『先生、もういい! イプシロンに勝つのは無理だから!』
同じく巧も叫んでる。
だがあたしは動くのを止めなかった。もう既に思考力もだいぶバカになってる。ほとんど無意識のままあたしは動いていた。ひたすらバカの一つ覚えのようにヒットアンドウェーを繰り返す。
そんな中でふと思う。あたしは何故こんな事をしてるんだろう? これ、教師の仕事じゃないよな。いや、そもそもなんで教師になんてなったんだろう? こんな面倒くさがりやのいい加減な人間が。
昔は派手好きで華やかな子供だった。
自分で言うのもなんだけど、周りからチヤホヤされるような可愛らしい美少女だった。
幼少の頃から結構目立ってたあたしはその分、何度も襲われ危ない目にあった。
実際にさらわれた事もある。幸い大事には至らなかったけど、その出来事がトラウマとなってあたしの性格を大きく変えた。
いつしか、襲われない為に地味に生きるようになり、今もそうして生きている。教師になったのも、なんとなくだ。自分に人を指導する資格なんでないと思う。ずっと本性を隠して、逃げて生きてきたから。
でも、素直に尊敬できる人間に出会った。それはまだ小6という、幼い少年だったのだけれど。
須藤巧は尊敬できる人間だった。父の残したロボットを自らの手で完成させようとしていた。コツコツとひたすら時間を掛けて、そして遂にかれはやり遂げた。はっきり言って、自分なんかより遥かに優れた人間だ。
由衣にしたって、幼なじみの友達を救おうとした、よく出来たお嬢様だ。
あたしには彼等を指導する力も資格もない。
ただ、諦め悪く足掻く姿なら見せる事ができるかもしれない。
それが唯一、今のあたしが出来る事だ。
『先生、アンタの機体じゃ、このイプシロンに勝てないよ。パワーも機動力も、防御力も、どれ一つイプシロンを超える事はできないじゃないか。もう、諦めな? 終わったんだよ』
激しく攻撃を繰り出しながら、ビッチが見下したようにそう言ってくる。
「いや、まだだ。どん底からドラマは始まるんだよ。勝てない理由を探すな」
あたしは腹の底から声を絞り出す。
イプシロンのエグい攻撃を避けながら、何発目かの関節へのパンチを繰り出す。バギッと何かの部品が弾け飛んだ。欠けた部分からバチバチと火花が上がる。
やっと効いてきた。
そう思った瞬間、隙が生まれた。まともにイプシロンの裏拳をボディに受けてしまう。バックダッシュでなんとか距離を取ったものの、ついに
マズい。今攻められたらどうする事も出来ない。
『『先生ーっ!』』
巧と由衣がモニターから叫んでる。
万事休す、そう思われたが、イプシロンは一向に攻撃して来なかった。
モニターを見るとビッチがガックリとうなだれている。吐いたのか、胸の辺りが吐瀉物にまみれていた。
『……イプシロンも、有沙さんも凄いGに耐えてたんだ……。でも、おっぱいがない分、Gを緩和できなかったんだろうな』
巧がそう呟く。
『やった……のね? やったーっ! 先生が勝ったーっ!』
モニターの中で、由衣が巧に抱きついていた。
『ちょっ、ちょっとっ!』
巧が顔を真っ赤にして慌ててる。
あらら、由衣のヤツ、ちゃっかりおっぱいを巧に押し付けてる。
こりゃ、天才少年も肩無しだね。
本当に終わったのか。ああ、マジ死ぬかと思ったわ。
巧と由衣が駆け寄ってくる。
どっちも最高の笑顔だった。
ああ、あたしはこの笑顔を見る為に教師になったんだ。
不思議とそんな気がした。
左右から抱きついてくる巧と、結衣。
二人に抱きつかれながら……
あたしはしこたま吐いた。
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