第5話 ガンマ発進
あたしと巧、由衣はまたさっきの見張りの男の前に転がされていた。今回は拘束はされてないものの、デルタにしっかり銃を向けられている。
イプシロンは奴等が乗ってきたトラックに積まれようとしていた。
デカい機体に対して荷台はギリギリなようで、積み込むのにかなり苦労している。ビッチおっぱいがハッチを開けたままイプシロンに乗り込んで、少しずつ操作をしている。後の2台のデルタはその補助をしていた。
「まっずいな。このままだとイプシロンを持っていかれちゃう」
あのテロ組織がどう使うかを考えたら、それは絶対に避けたい。
どうにかこの事態を打開しないと、そう思いつつ巧くんを見ると、彼はすっかり打ち拉がれていた。ビッチの裏切りがよっぽど応えたんだろう。
生まれてすぐに母親を失い、二ヶ月前に父親も失ったまだ小6の彼にとって、仕事のサポートをしてくれた彼女の存在はどんなに大きかっただろう。
たぶん、家族のように思っていたんじゃないか。それがアッサリと裏切られ、今心血を注いだイプシロンをも奪われようとしている。あたしだったら立ち直れないほどのダメージだ。
「いいよ、もう。皆んないなくなる。勝手にしてくれ」
下を向き、半笑いのような表情でそんな言葉を吐き捨てる。
正直、どんな言葉を掛けていいのかわからなかった。
が、お嬢様は違った。
由衣がいきなり巧くんの襟首を引っ掴み、そのまま頭突きをかました。
ゴツっ
そんな鈍い音がした。
「えぇーっ!」
あたしは間抜けな声を上げてしまう。お嬢様、過激過ぎ。
頭突きをかまされた巧くんが茫然としてる。
「アンタ、なに諦めてんのっ⁉正太郎さんがいつも言ってたでしょ⁉
諦めたらそこで試合終了だって!」
由衣が目に涙を貯めながらそう叫ぶ。
「えっ……なんでお前がそれ知ってんの?」
巧くんが赤く腫れ上がった頬を撫でながら、訳がわからない風に聞く。
そっかあ。そういう事か。あたしは何となくわかってしまった。
「幼馴染みだから、じゃないの?」
そう由衣に問い掛ける。すると由衣は黙ったままうなずいた。
「……幼馴染み?」
巧くんはまだピンと来てないみたいだった。
そうだ! えーっと、アレがどこかにあるハズ。あたしはゴソゴソとポケットの中を探る。あっこれだ。
「ほら、この写真。こっちは巧くんだよね? じゃあこっちの子は誰?」
「あれ、この写真なんでジミーちゃんが? この子は昔よくここに遊びに来てた近所の男の子だと思うけど?」
「この真っ黒な子さあ、男の子じゃないよ。たぶん、遠くから来てた女の子だったんだよ? つまり、由衣ちゃんだった訳」
「ふえぇぇ⁉」
巧くんが目を剥き出して驚いてる。
「これはあくまで推測だけどさ、須藤正太郎と門脇厚司はケンカ別れした訳でも、発明を盗んだ訳でもなかったんだよ。二人は別々の道を進んだけど、お互いをリスペクトし続けてた。ほら、この写真見て?」
もう一枚の方、須藤正太郎とその奥さん、そして門脇厚司が仲良く写った写真を取り出した。それを食い入るように見つめる巧。
「君のお母さんが亡くなった後、正太郎さんを心配した門脇氏はしょっちゅうここを訪れてた。自分の娘を連れてね。それが由衣ちゃんだったんだよ」
巧くんが由衣を見る。由衣は照れたように頷いた。
「由衣ちゃんは幼馴染みの君を発奮させたかったんだ。お父さんを亡くしてふさぎ込んでたから。それがちよっと暴走しちゃったけどね」
そう、あれはイジメではなく、由衣なりのエールだったのだ。
そしてカドワキ重工が作ったギア、ベータの次がガンマを飛ばしてデルタなのは何故か?ガンマがここで作られてる事を門脇氏が知っていたからじゃないのか? つまり、お互いそれだけ親交があったわけだ。
「巧くん、君はひとりじゃないよ。この由衣ちゃんがいるし、たぶん門脇厚司氏も影ながら応援してるだろう。それに、なにより、このあたしが付いてる」
そう言ってあたしはない胸を張る。
「ジミーちゃんに付きまとわれてもなぁ」
巧くんが顔をしっかり上げて、うっすら笑いながらそう言った。
「よおし、ちょっと元気出たところでこの危機を突破と行こうか?」
二人とも力強くうなずいた。
「でもどうやって?」
由衣が聞いてくる。
「うーん、どーしよ?」
「えぇっ、まさかの考え無し⁉」
と、お嬢様にツッコまれてしまった。何か手があるならもうやってるって。
「……イプシロンを遠隔操作できるかもしれない」
と、巧くんが言う。
「えっ、そうなの?それいけるんじゃない?」
「一応その機能はあるけど、使えるかどうかはわからない。それに、操作できるノートパソコンは工場の中だし」
今、やや離れた場所に見張りのデルタがこちらに銃を向けている。
あの見張りを何とかしないとどうしようもない。
「三人バラバラでダッシュっていうのは?」
またお嬢様が無茶な事を言う。確かに向こうのデルタは1台しか動けないだろうし、三人が違う方向に行けば、1人くらいなら工場まで辿り着けるかもしれない。まあ、銃を使わなければの話だけど。ボスのビッチが言った、銃声は出したくないってのは案外本気かもしれない。
「それしかないな。じゃあ門脇は左、ジミーちゃんは真っ直ぐ、ワンテンポ置いて僕が工場へ走る」
「いやちょっと、真っ直ぐってモロ見張りがいるんだけど⁉」
「仕方ないじゃん。後ろはスクラップの山だし、三方向にしか行けないんだからさ?」
「先生なんだから頑張ってよ?」
巧も由衣もあっさり言い放つ。コイツらはまったく。
「わかったわよ。あたしが傷物になったら巧くん、責任取ってよね?」
シナを作って言ってみたら普通に引かれた。
「ええー、やだよ。どんだけ歳離れてんだよ。好みでもないし」
むちゃくちゃ失礼なヤツだな。そこは盛り上がり的になんかカッコいい事言おうよ?
「とにかく、行くよ?いい?3、2、1、ゴー!」
まず由衣が左に走り出した。すぐ見張りのデルタが反応し由衣を捉えようとする。すかさずあたしが正面方向にダッシュした。デルタが由衣の方向に動きながらあたしの方に腕を伸ばしてくる。その腕をくぐるように避けた。が、バランスを崩し、倒れそうになる。
そのままデルタの腕に掴まれるかと思ったら、デルタはあたしと由衣を無視して、工場へと走った巧の方に向かった。恐らく、咄嗟に捉えるべき優先順位を付けたのだろう。
あっという間に巧に追いつき、そのまま追い越すデルタ。前に回り込まれた巧は低く沈み込んでデルタの腕をかわそうとする。が、腕の方が速く、巧の身体にヒットする。おそらくはヒットの瞬間、デルタはかなり威力を抑えたのだろう。そりゃまともに入れば、体はバラバラになるから。インパクトの衝撃は抑えられたものの、その分、巧の身体は後ろに飛ばされることになった。
ふわりと宙を飛ばされていく巧に向って、あたしは無意識のままダッシュする。飛んできた巧をなんとか受け止めるが、あたしも勢いで一緒に飛ばされしまう。巧の身体をぐっと抱えつつ、背中からスクラップの山に突っ込んだ。
身体中に衝撃が走る。ガラガラと小さな鉄屑が被さってきた。
「巧くん!先生!」
由衣が駆け寄ってくる。あたしは背中を打った衝撃で暫く息ができなかった。
「おい、どーした?」
遠くの方からビッチの声が聞こえる。アイツはまだイプシロンの積み込みに手こずっているようだった。
「大丈夫です。ガキと女が逃げようとしたんで」
その見張りの言葉をあたしは瓦礫の中で聞いていた。
身体のあちこちが痛い。しっかりと抱き抱えていた巧が動き出した。
「ジミーちゃん、ゴメン、僕のために……」
どうやら巧に怪我はないようだ。あたしの腕からするりと抜け、心配そうに覗いてくる。由衣もやって来た。
「怪我なかったんだね、良かった。あたしも大丈夫だからさ?」
そう言いつつ上半身をおこす。はらりと顔に髪が掛かった。ひとまとめにしてたゴムが吹っ飛んだのか、髪がばさりと広がっている。目も少しぼやけると思ったら、メガネもどこかに吹っ飛んだみたいだ。あたしは身体の痛みを確認しながらゆっくり立ち上がる。スカートのサイドがスリットが入ったみたいに切れ上がってる。もう少しでパンツが見えそうだ。上着も、ジャケットはボロボロで中のシャツも背中からお腹の辺りまで破れてしまっている。図らずしてへそ出しルックになってしまった。
あれ?ヘソが見えてる?コルセット付けてた筈なんだけどな?って思ったら、すぐ横にボロボロになったコルセットが落ちていた。どうやらコイツのお陰で背中への衝撃に耐えられたようだ。
ふと気がつくとその場にいる全員の視線を受けていた。
巧も由衣も、ビッチ達さえも積み込む手を止めてこちらを凝視している。
「じ、ジミーちゃん?……その胸……」
巧はあたしの胸を食い入るように見つめていた。
「な、なによ、全然地味じゃないじゃない……」
お嬢様はあたしの顔をガン見している。
ああ、そうか。今あたしは素の自分を晒しちゃってるんだ。コルセットが外れちゃったから。
あたしのGカップの胸と腰のくびれを隠して、寸胴に見せていた特殊コルセットが
「な、な、なんだっそのおっぱいは⁉」
ビッチがイプシロンのコクピットから身を乗り出して叫んでる。
「なんだって言われても。これがホントのおっぱいなんだけどね」
締め付けられてたコルセットが外れて、開放感は心地良いい。
「騙したなーっ!おっぱいなんか嫌いだ、とか言っといて⁉」
ビッチのヤツは何をムキになってるんだろう?
「はあ?騙してないし、おっぱいが嫌いなのもホントだよ?昔からこのおっぱいで苦労したもん」
「ふざけんなーっ!昔からだとっ⁉そんなエロい身体して何贅沢いってんだーっ!」
「いや、アンタ、なんでそんなに興奮してんだよ?」
その時、由衣が何かに気付いた。
「あーっ!あの人のおっぱい、ズレてる⁉」
ビッチを見てそう叫ぶ。その言葉に全員が反応して、ビッチのおっぱいに注目が集まる。
当のビッチはやたら焦りながら自分のおっぱいを触って確かめている。
すると、ビッチの大きく開いた胸元からなにか丸い物がいくつか飛びだした。
「あ、あっ。あっあーっ」
飛びだしたなにかを必死に集めようとするビッチ。
「あれパットだよね?」
「うわっ、何枚入れてんだ?」
巧と由衣が容赦なく、言葉でビッチの胸をえぐる。
「あ、姐さん……嘘でしょ?」
手下のおじさん達も知らなかったみたいで、えらくショックを受けていらっしゃる。
ビッチはついに開き直って、自分で残ったパットも取り出して放り投げた。
後に残るは、おおよそBにも届かないであろう、断崖絶壁だった。
「……見たな」
まるで地獄の底からのうめき声のようなビッチの呟きが聞こえた。
「えーっと、なんてっかその……ご愁傷さま?」
あたしがそう声を掛けたらビッチがキレた。
「&♢▼%#*♡♧ゞふじこ▽∌∑‼⁉」
半分ほど荷台に収まったイプシロンに乗り込んで再び暴れようとする。
「あ、姐さん、落ち着いて⁉ 今下手に動かしたら挟まっちゃいますって」
おっさん達が必死に止めるも、半狂乱のビッチの暴走は止まらない。
その時、あたしの手をぐっと引っ張る小さな影があった。
「ジミ……、先生! コッチ来て! コッチ‼」
なぜか先生と言い直しながら、巧があたしを工場の方へ連れて行こうとする。由衣もその後に続いた。
「どうするの?」
と、巧に尋ねる。
「
「えっ? あれ動かないんじゃないの?」
「思い出したんだ。あれは母さんしか使えない機体じゃない。母さんみたいな人しか使えないって言ってたんだ! だから、先生ならきっと動かせる!」
巧くんの母さんみたいな人? え、なにその条件?
工場までやって来てノートパソコンを引っ掴んだ巧は、そのまま奥のあの開かずの扉に走る。ガンマが眠るコンテナはあたしが片付けたままの状態だった。三人共コンテナの中に突入し、ガンマに掛けられたカバーを剥ぎ取る。
「「これがガンマ……」」
機体を初めて見るあたしと由衣のセリフが被った。
それは丸みを帯びた滑らかな曲線が印象的なメカだった。デルタより一回り大きく、イプシロンよりはだいぶ小さい。軽自動車を縦にしたくらいのおおきさで、ちゃんと足もある。コクピットは胴体にあった。
「先生、乗って!」
巧に言われてコクピットへ入り込む。かなり窮屈というか、ぎちぎちだった。操縦席に座るんじゃなく、着ぐるみに入るような感じ。多分デルタと同じタイプなんだろう。中に入り込んだらハッチを閉められた。閉まると同時に前のモニターがつき、巧の顔が小さく映し出される。その後ろには巧に顔をくっつけるようにして覗き込んでる由衣の姿も見えた。ノートパソコンと繋がっているらしい。
『先生、左右にレバーがあるでしょ? それ握って』
ボタンが何個かついたレバーを握り締める。
「握ったよ?」
『そのまま身体を前に倒して!』
言われた通り、身体を前に倒していく。すぐに身体をホールドするクッション性のある部品におっぱいが当たり、それ以上進まない。
「倒したけどおっぱいが当たってこれ以上倒れないよ?」
『もっとおっぱいを押し付けて! 力いっぱい』
ええ、まだ押し付けるの? 仕方ない、ぐっとおっぱいを押し付ける。
「お、押したよぉ?」
『まだ、もっと、もっと、限界までおっぱい押し付けて!』
ええっ、まだ? あたしは気合いを込めておっぱいを押し付けた。
「ふんががが」
その瞬間、モニターが一瞬消え、激しく点灯を始める。
アチコチからモーターの唸る音が聞こえてきた。
モニターに大きく文字が浮かび上がる。
……P.……
……O.……
……K.……
……D.……
『 P. O. K. D. STANDBY OK 』
機械音声がスタンバイの完了を告げる。
長い間眠りについていた機体が今、目覚めた瞬間だった。
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