第4話  イプシロン起動



  あたしは積み上がったスクラップの後ろを周り、見張りのギアのすぐ横辺りまで来た。3メートル程の高さに積み上がったスクラップの上の方を確認する。バイクのエンジンやらが乱雑に積まれていて、一つ一つの重量はかなりありそうだけど、崩すのは比較的簡単かも、と思う。

 その辺の適当な鉄パイプを拾って、崩れやすそうな隙間に差し入れた。グッと気合いを入れ、そのままぶら下がるようにパイプに体重を掛ける。スクラップの隙間が大きくなり、そのまま前に滑っていった一つが転げ落ちていく。

 1箇所が崩れるとそれに連動するように周りも次々と崩れ出した。


「な、なんだあ⁉」

 山の向こう側で焦る見張りの声が聞こえた。スクラップはちょっとした雪崩のように崩れていく。ゴゴゴという地鳴りのようなかなり大きな音が響いた。


「スクラップが崩れた。誰かいるようだ。確認する」


 見張りが工場に入った二人に連絡したようだ。これであっちの方も注意は反らせたろう。後はあのおっぱいが頼みだ。


 と、一瞬の気の緩みの間に、見張りのギアがするすると残ったスクラップの山を超えてきた。ずんぐりしたフォルムのδデルタがこんなにも軽快に動くとは思わなかった。


「お前か?」

 あたしは逃げる間もなくデルタに抱えこまれてしまう。そのデルタはあたしを抱えたまま、また軽快にスクラップの山を超えて元の位置に戻った。そこで地面にドスンと落とされる。


「なんか地味な女が1人いた。捕まえたから問題ない」

 って仲間に知らせてる。畜生、地味で悪かったな。尻もち突いたお尻をさすりながら立ち上がろうとすると、容赦なく銃を向けられた。オイオイ、話が違うんじゃない?


「動くんじゃない」

 低い声で警告される。


「ちょっと待って、待って!撃たないで!○○○でも☓☓☓でも何でもするからっ」およそ活字に出来ないような言葉を口走りながら、太ももがあらわになる様に微妙に足を広げていった。うう、なにやってんだろ?あたし。


「姉ちゃん、悪い。好みじゃねぇわ」

 ぐふっ、なんか銃向けられるよりダメージ受けたんだけど。チラッと巧くん達の方見たら明らかにダメだこりゃって顔してるし。いや、これあたしが悪いのか?


 またデルタに小脇に抱えられ、巧くん達の前まで運ばれてしまった。ポイッて感じで地面に放り投げられる。


「あいたぁ」またもや尻をしたたかに打ち付けられてしまった。


「遊びじゃないんだ。次に変な動きしたら容赦なく撃つ」

 男は冷ややかにそう言い放つ。



 その時、工場の方で何かが壊れたようなどえらい音が聞こえてきた。

 見張りの男も、あたしも、巧くん達も、咄嗟に工場の方を見る。


 まずデルタが1台工場から走って飛び出して来た。すく続いてもう1台も飛び出してくる。そしてその後方から、爆音と共にどデカいロボットがキャタピラを高速回転させながら、工場の入口をぶち破る様に飛び出して来た。


「「イプシロン‼」」


 あたしと巧くんが同時に叫ぶ。由衣お嬢は口をあんぐりと開け、呆然とその光景を見つめていた。


 デルタギアは三台合流し、後方から追ってくるイプシロンに向き直る。


「あれが新型かよ?バケモンだなww」

 男達の誰かがそう言った。


「おもしれえ。どこまでやれるか試してやる」

 リーダー格の男はあまりイプシロンを脅威に感じていないらしかった。


 あたしと巧くん、由衣お嬢が見守る中、デルタギア3台とイプシロンが対峙する。デルタもイプシロンもみんなハッチを閉めているため、その表情を伺い知ることはできなかった。あのおっぱいは今、どんな顔してイプシロンの操縦してるんだろ?

 しかし、あの二人のテロリストを出し抜いてイプシロンを起動し、今もこうしてデルタ三台相手に渡り合ってるあたり、あのおっぱい、単にデカパイなだけじゃないな、見直した。


 イプシロンが相手の挙動を窺いつつ、一定の距離を保っている。その相手の三台のデルタは皆、銃を背中にしまい込んだ。どうやら銃撃戦をするつもりはないようだ。代わりに積み上げてあるスクラップの中から、車のシャフトやエンジン付きのバイクのフレームやら建築物の鉄骨やらを持ち出してきた。シャフトや鉄骨は槍っぽいし、エンジンの付いたフレーム振り回したら、ガン○ムハンマーばりに破壊力ありそうだ。


 まずは鉄骨を持ったデルタがイプシロンの前に軽快に走っていく。あの重い鉄骨もデルタには苦にならないようだ。デルタはイプシロンの目前でいきなり加速し左側に回り込んでいく。が、二台目のデルタもすぐ後から加速し、逆の右側に回り込もうとしていた。コイツはバイクのフレームを持っている。

 二台のデルタに左右から挟み撃ちされる寸前、イプシロンが強烈にキャタピラを回しながら、まるでバッグステップをするように一瞬でほんの少し後に移動した。イプシロンがいなくなった空間を鉄骨の突きとエンジンフレームのハンマーが交差する。

 イプシロンはまるで剣の達人バリに敵の攻撃をギリギリでかわしてみせたのだ。それも左右からの同時攻撃を。

 かわされた方のデルタ二台はバランスを崩しながらも耐え、そのままニ撃、三撃と攻撃を繋げていく。鉄骨の方は突きで、バイクフレームの方は振り回しで、それぞれ攻撃の手を休めない。その左右からの怒涛の攻撃を、イプシロンは微妙にキャタピラを前後左右に動かしながら、まるでボクサーのパリングのように手を使って受け流していく。攻撃を受け止めるのではなく、そのままの勢いでそらしていくのだ。これはイプシロンの性能なのか、それとも操縦者の技術なのか、恐らくはどちらも驚くほど高レベルなんだろう。なにより、乗用車を縦にしたくらいのデカさのイプシロンでこの動きは驚異的だった。


 いい加減当たらない攻撃に業を煮やしたのか、片方のデルタが体当たりを試みた。その隙にもう一方はジャンプして空中から襲いかかる。まず空中から攻めたデルタはアッサリ、イプシロンの腕で弾き返された。かなりの重量のデルタを軽々と吹き飛ばす。7、8メートルはぶっ飛ばしたイプシロンのその腕は、なんの損傷もないようだった。

 もう一方の地上から体当たりをして来たデルタは、イプシロンの繊細なキャタピラの動きでギリギリでかわされ、姿勢を崩した所へ裏拳を入れられる。

 こちらのデルタもボディを大きくへこまされながら、吹っ飛ばされた。


「すごい……」

 由衣お嬢が驚嘆したように呟く。カドワキ現行モデルのデルタが子供扱いされている事より、単純にイプシロンの性能に感動しているようだった。


「あのおっぱい、初めて乗ってよくあれだけ動かせるよね?」

 あたしが言うと、隣で見ていた巧くんが口を開いた。


「有紗さんは多分、前に進むとか、避けるとか、単純な動きしかしてないと思うよ。イプシロンはAIによるサポートが大きいんだ。例えば、格闘技の達人がデルタの操縦すれば、デルタの動きも達人の動きになるけど、素人が操縦したら、素人の動きにしかならない。その点、イプシロンだと、素人が操縦しても達人の動きになるよう、AIがサポートしてくれるんだ。しかも動けば動くほど、AIは学習していく。機体の至る所にセンサーが付いてるから死角もない」


 なるほど、そんなの絶対、テロリストには渡せない。改造デルタ二台を赤子扱いする程の機体なのだ。


 先行した二台が動きを止め、残るはリーダー格のデルタ1台となった。コイツは手に車のシャフトを持っている。あれで突いたり、振り回したりするつもりか。


 またデルタから仕掛けるかと思ってたら、突如イプシロンの方がダッシュしたからびっくりしてしまった。イプシロンは変幻自在に動く小型キャタピラによって驚異の運動性能を誇る。単純に前にダッシュするだけでも、足で走るデルタとは段違いのスピードと迫力だ。デルタのリーダーも虚を付かれたのか、その場から移動するタイミングを削がれ、迎え撃つような形になった。


 迫り来るイプシロンに対してカウンターでシャフトの突きを入れようとする。が、イプシロンはその巨体に似合わない旋回性能を見せた。ほぼダッシュのスピードを落とさないまま90度に近い角度のターンを決め、そのボディは常にデルタを前面に捉えたまま、デルタの背後に回り込んだ。キャタピラの下半身が360度回転するイプシロンならではの動きだった。

 イプシロンはその強力なアームでデルタの背後からその両肩をがっしり掴んた。デルタは何とか逃れるようと暴れるが、イプシロンのアームはびくともしない。

 やがて諦めたのかデルタのハッチが開き、テロリストのリーダーが顔を出した。


「参った。降参だ」

 そう言いながら自分の両手を上に上げる。


「やった、の?すごーいっ!やっつけちゃった!ねぇ、見た?見た?」

 由衣お嬢様が興奮したようにそう叫び、巧くんの肩を掴んで激しくゆすった。父親の会社のギアが負けた事など、全く気にしていないようだった。

 

「あ……うん、うん」

 巧くんはと言えば、由衣に揺さぶられながら感無量って感じだ。


「やったね、巧くん。おめでとう」

 あたしは巧くんに向かって右手を上げ、ハイタッチを促した。

 巧くんが嬉しそうに頷きながら手を上げようとした時、イプシロンの前面のハッチが開いた。その場の皆が注目するなか、ビッチさんがユラリと姿をあらわす。その顔には今まで見た事がないような笑いが貼り付いていた。


「ハハハっ、すごい!とんでもない性能だわっ!散々待った甲斐があったわ、ハハハハっ」


 らしくない、品の無い笑いを続けるビッチさん。何か凄く嫌な感じがした。

 そんな様子を戸惑いながら見ていた巧くんが声を掛ける。


「有紗さん、ありがとう。動かしてくれて」

 

 ビッチが嫌な笑いを顔に貼り付けながら、それに答える。


「いやいや、礼を言いたいのはこっちだわ、須藤巧くん。こんないい機体をあたしの為に、いやあたし達の為に作ってくれてwww」


「ちょっと、ビッチさん?それどういう意味よ?」

 

「ミサトだよ!……ってまあ、どうでもいいか。どうせ偽名だしww」


 偽名って、やっぱりそういう事なのか?


「ねぇ、どういう事なの?あの人、ここの仕事仲間じゃなかったの⁉ねえ!」


 由衣が巧くんの肩を揺すって詰め寄ってる。その巧くんは呆然としていた。


「とりあえず降ろしてくれませんかね?姐さん?」

 イプシロンに掴まれたままのリーダー格がビッチに向かってそう言った。


「あー、悪い悪い」

 ビッチがイプシロンを操作してデルタをゆっくりと地面に降ろした。

 倒れていた2台にデルタもイプシロンの元に集まって来る。やはりそうなのか。


「アンタ、テロリストの仲間だったのか……」


 あたしの口からそんな言葉が出た。できれば信じたくなかった。


「そういう事ww。いやぁ長かったよ、正太郎氏の頃からだもんなぁ。ざっと半年は掛かったなww」


「最初からイプシロン目当てでここに入り込んだって事?」


「そう。須藤正太郎が新しいギアを作ってるって聞きつけてね。仮の会社作ってここに仕事を回しながら、須藤正太郎に接近していった。勿論、完成したら即戴くためにね。でも正太郎氏が交通事故で亡くなったのは完全に誤算だったよ。仕方ないから制作途中の機体を貰っていこうかと思ってたら、うまい具合に優秀な息子が現れた」


「それで僕にいろいろ協力してくれたのか……」

 

 巧くんが苦しげに顔を歪めながらビッチに問いかける。


「そうだよ、巧くん。君は本当に優秀だったww ウチの組織に招待したいくらいだよww」


「ふざけんなっ!いやらしい偽名使いやがって。巧くんに近づくんじゃないっ!」


 思わずあたしは叫ぶ。


「いや、勝手にいやらしい読み方したのお前だろっ」


 あ、やっぱりツッコまれてしまった。コイツのツッコみ属性だけは芝居じゃなくて本性だったみたいだ。


「でもまあ、アンタのおかげで巧くんは頑張ってくれたし、ロック解除のヒントもくれたし、そこそこ役に立ったよ?センセーww。アンタの事は別に嫌いじゃなかったわ。違う場所で出逢ってたら、或いは本当の友達になれてたかもねww」



「あたしはおっぱいのデカい女は嫌いだ。でも……

アンタの事は友達だと思ってたよ」


 あたしは吐き捨てるようにそうつぶやいた。 


「だけど、絶対許さない」






 










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