第3話  デルタ襲撃




 その日、εイプシロンが動き出す事はなかった。

 事実上、起動実験は失敗という事だか、原因はハッキリしている。


「恐らく正太郎さんが万が一を想定して、予めロックを仕込んでいたんでしょう」

 ビッチさんがそう分析する。


「スマホのロックみたいなもん?じゃあ、解除方法さえわかれば動かせるんだよね?」


「ええ。でも逆に言うと、解除方法がわからないと一生動かせないって事です」 


 それって何か不具合があって動かないってより深刻だよね?不具合なら見つけようがあるけど、解除方法となると正太郎さんしかわからないだろうし、その正太郎さんは二ヶ月前に亡くなってる。


「巧くん、お父さんから何かキーワードみたいなもの、聞いてない?」

 と、ビッチさんが問いかける。


 だが巧くんは力なく首を振るだけだった。


「そもそもキーワードを打ち込むだけのロックなの?それとも物理的な鍵みたいなのがいるとか?」


「それすらわからないんですよ」

 こうなるとほぼお手上げに思える。正直、正太郎氏の慎重さが恨めしい。


「でも、それだけ慎重にならざるを得ない機体なんてすよ。こんなのがテロリストの手に渡ったら大変ですからね」


 確かに今世間を騒がせてる不正改造ギアのテロリストに奪われたら目も当てられない。このεイプシロンにはδデルタ数体で当たっても、制圧できるどうかか疑問だ。


「ひとまず『鍵』を探そうよ。調度明日土曜日じゃん?あたしも朝から来るからさ?」


「うん、がんばって考えてみるよ。父さんがいつも言ってたもん。『諦めたらそこで試合終了だ』って」


 なるほど、正太郎氏はあたしと同じスラムダンク信者だったのか。


「ああ、本当良く言ってましたね。その言葉を信じましょう」


 そして、この日はこれで解散となった。






   ◇




 翌日、ちょっと寝坊してから工場へと足を踏み入れたあたしは、外のスクラップ置き場で異様な光景を目にした。


 山積みになったスクラップに周りをグルリと取り囲まれた中は、平らなちょっとしたスペースになっている。テニスコート2面程度はあるだろう。

 その真ん中に、例の門脇のお嬢様とその取り巻き4、5人の男子、それに対峙するように須藤巧が立っていた。幸いどちらもまだ手を出した気配はない。あたしはスクラップに隠れながら、良くみえる場所まで移動した。もし嫌がらせや暴力行為が確認できたなら、証拠を押さえなくてはならない。


 やがて、門脇由衣の声が聞こえてきた。 

「……で、δデルタを超えるギアはできたんでしょうね?」


「完成はした。けど……今はまだ動かせない」

 巧くんが悲痛な声を出す。


「はあ?何それ?ホントはできてないんでしょ?こーんな所で作れる訳ないもんねぇ?」

 「そうだそうだ」

 「この嘘つき‼」

 「ビンボー人が偉そーにすんなや」


 そんな取り巻き達の心無いヤジが巧くんに突き刺さる。

 巧くんは両手のこぶしを握りしめながら、必死に耐えているようだった。

 あたしも飛び出したい衝動を必死に抑える。イジメを証明するにほ、もっと決定的な証拠が必要だ。


「……お前らなんかに、何もいう事はない」

 そう言って巧くんが工場内へと行こうとした時、取り巻き連中が飛び出して巧くんを取り囲んだ。


「待てよ、なに逃げてんだよ」

「気取りやがって。やっちゃおーぜ?」


 あたしはスマホを取り出して構える。これがボスの門脇由衣がやらせているなら、そこを押さえなくては意味がない。


 が、門脇由衣は予想外なセリフを口にした。


「やめなさい。暴力はふるっちゃダメ!」

 激しいとも言える口調で、男子達を制した。男子達も驚いた顔で由衣を見る。どの顔も不服そうだった。


「なんでよ由衣さん?痛めつけんじゃないの?」

「そーだよ、こんな嘘つきの不登校。やっちゃっても誰も文句言わないって?」


「いいから手を離しなさい!」

 男子達は渋々それに従った。





 その時、1台のトラックがかなりの勢いでこのスクラップ置き場にバッグで突っ込んできた。土煙を上げながら急停車する。

 唖然としている子供たちとあたしが見守る中、トラックの後のドアが開き、中から信じられないものが出てきた。





 それはパワードギアδデルタタイプだった。


 しかも3台、軽快なモーター音を響かせながら、軽やかに降りてきた。


 それが不正改造されたギアであるのは明白だった。何故なら、その手にはギア用に改造されたアサルトライフルが握られていたからた。


 言うまでもなく、彼等は不正改造ギアのテロ集団【ウラノメトリア】だった。






   ◇




 固まった子供達の前に1台のギアが歩いて行く。そして近くまで来ると、その頭部のハッチが開いた。

 δデルタタイプは大きめの着ぐるみのようなずんぐりしたボディに、操縦者は上からスルリと入り込むようになっている。具体的な大きささは2.5メートルくらいか。

 ハッチが開いて見えたのは、傷だらけでいかにも凶悪そうな男の顔だった。


「よう、お取り込み中のようだが、須藤くんってのはどいつだい?」

 ギアの男が子供達に乱暴に声を掛ける。

 固まってた男の子達が慌てたように巧くんを前に押し出した。


「こ、こいつです!こいつが須藤です!」


 無理やり男の前に差し出される巧くん。が、意外な事に門脇由衣が男と須巧くんの間に割込んだ。


「な、なんなんですか?あなた達!」

 由衣はまるで巧くんをかばうように前に出て、果敢にもキッと男を睨みつける。そのスキを突いたように取り巻きの男の子達がワラワラと逃げ出した。

 しかし、後に控えていた2台のギアに皆あっさり捕まってしまう。


「よぉ、コイツらどうする?」

 男の子らを捕まえたヤツがリーダー風の男に聞く。


「車の中にでも閉じ込めとけ」

 そう指示されて、子供らは連れていかれた。残ったのは巧くんと由衣だけだ。


「さて、須藤くんってのはお前か。新型のギアはドコだ?」

 やっぱりコイツらεイプシロンが狙いか。あたしは警察を呼ぼうとスマホを取り出したその時、後から誰かに腕をガシッと掴まれた。

 びっくりして振り向くと、ビッチさんがサッとあたしの口を手でふさぎ、指を立ててシーっていうポーズをとった。静かにしろって事か。


『今、警察呼んだらマズイです。人質が多すぎるし、あいつら警察が来たら何するかわかりませんよ?』

 ビッチさんが小声でそう言ってくる。


『じゃあ、どうするのよ?』


『多分、巧くんとあの子はここで拘束されると思います。その後εイプシロンを探しに行ったら、2人を助けましょう』


 果たしてそんなに上手くいくだろうか?って見てたら、ホントに巧くんと由衣は結束バンドで後ろ手に拘束され、そのままそこに放置された。


 見張りのギアが離れた場所で一台残り、後の二台のギアは工場内へと向かって行った。おそらくεイプシロンを探しに行ったんだろう。よし、チャンスだ。あたしとビッチさんは積み上がったスクラップの後ろを移動し、巧くん達の真後ろに回り込んだ。スクラップの隙間から2人が見える。山積みスクラップを挟んで、その距離約1メートルだ。あたしはそこから巧くんに小声で声を掛けた。


『巧くん、あ、後ろは向かないで、怪しまれるから』


「……ジミーちゃん?」

 巧くんが前を向いたまま答えた。


『うん、ビッチさんもいる』

『ミサトですっ!』

 

『いやこんな時にも律儀に突っ込まなくていいから』

『こんな時にボケてるの、アンタですよね?』


「ちょっとあなた達、助けに来たんならサッサと助けなさいよ⁉」

 いつものやり取りしてると門脇のお嬢様がイライラしたようにそうのたまう。


『待って。今、あなた達を解放しても、すぐに捕まってしまうでしょう』

 と、ビッチさんが言う。


『じゃ、どうするのよ?』

 あたしが聞くと、ビッチおっぱいはちょっとためながらこう答えた。


『戦うべきです』


「はあ?何言ってんのよ!相手はテロリストよ?しかもギアに乗ってんのよ?」お嬢様が激しく突っ込む。


『手はあります。εイプシロンで対抗するんです』


『待ってよ、そのεイプシロンは動かないじゃない?』

 

『動かすんです。巧くん、思い出して?正太郎さんが言ってた事、やってた事。そこに必ずロック解除のヒントがあるハズ』

 ビッチさんが巧くんに熱く語る。が、肝心の巧くんの方は困惑するばかりだった。


「そんな事言われても……」


『このままじゃ、アイツらにεイプシロン持って行かれちゃいますよ?そのまま悪い事に使われるんですよ?それでもいいんですか?』


 ビッチさんがそう畳み掛ける。確かにロックが掛かってるとはいえ、持って帰られて解析されればどうなってしまうかわからない。最悪、テロ兵器にされてしまうだろう。

 かといってこんな切羽詰まった状況で思い出せというのも酷な話だ。せめてほんの少しでもヒントがあれば……。


『ねぇ、巧くん。コックピットにはなにか用途不明の部品とかスロットとかなかった?』

 あたしが素人考えでそう尋ねる。昔あったロボットアニメとかだと、主人公が身に付けてるアクセサリーやらをセットしたらロボットが動き出す、なんてのがあったもの。ん?アクセサリー?


「……そう言えば、コンソールに変なバッテンの形の凹みがあるけど……」

 

 バッテン?

 ☓?

 エックス?


 って、あーっ!


『それバッテンじゃなくてクロスじゃない?巧くんがしてるクロスのペンダントってお父さんの形見でしょ?』


 スクラップの向こうで巧くんが自分の胸元を確認してる気配があった。


「これ、この形だった!これ、父さんが息を引き取る前に、必ず息子に渡してくれって救命士の人に託したって聞いた!」


 あたしとビッチさんは顔を見合わせ、軽くハイタッチした。


『それです、巧くん。貸してください。私がεイプシロンを動かします!』

 ビッチおっぱいが興奮したように言う。


「ちょっと待ってて」

 そう言って巧くんはなんとかネックレスを外そうと悪戦苦闘する。両手は背中に回されて結束バンドで固定されてるので使えないのだ。


「おい!なんやってんだガキ?大人しくしてろ!」

 見張りの男がそう怒鳴るのが聞こえた。怒鳴りはするものの、こちらに来る気配はない。恐らく車に詰め込んだ男の子達の方も同時に見張ってるんだろう。


「くっ、」

 外れそうもないネックレスにひたすらあがく巧くん。見ているコチラも思わず力が入る。と、突然門脇お嬢様が巧くんの首元に噛み付いた。


「えっ!」

 焦る巧くんにお嬢様が、

「じっとして!」

 鋭く小さく叫ぶ。お嬢様が噛み付いたのは首ではなく、ネックレスだった。

 クロスを噛み、体ごと仰け反って、鎖を切る。


「おいっ、そこ!じゃれつくな!全く」

 見張りの男から見たらじゃれついているだけに見えただろう。お嬢様はクロスを咥えたまま、顔をスクラップの隙間に差し入れた。あたしは思わず手を伸ばす。ギリギリ届いた。クロスのネックレスを引き寄せると、隙間からお嬢様と目が合った。パチっとキザにウインクするお嬢様。


「ソレでいいんでしょう?」そう言ってニヤっと笑う。

 

 流石に一流のお嬢様はやる事成す事憎らしい、いい意味で。


 クロスを確認してると、横からサッと手が出てアッサリ持っていかれた。

 ビッチおっぱいがクロス片手にあたしを見る。


『私がコレでεイプシロンを動かします。先生は騒ぎを起こしてあいつ等の注意を引きつけて下さい』


『了解!』

 って思わずそう返事しちゃったけど、いやちょっと待て!あたしは行こうとして背を向けたビッチおっぱいの襟首を掴んた。


『ぐへっ』

 変な声を出すおっぱい。

 涙目でむせながら、ビッチおっぱいが噛み付いてくる。


『ごはっ、はっ、な、何すんですか‼ 首締まりましたよ⁉』


『いや、待て待て。アイツ等ギアに乗ってんだよ? 銃も持ってんだよ? 騒ぎ立てたらあたし殺されちゃうでしょーが?』


『大丈夫ですって! 奴等の狙いはあくまでεイプシロンですから、こんな町中で銃声響かせて大事にしたくない筈です』


 いやいや大丈夫じゃないだろ?


『それに騒ぎ立てるたって、どーやって?』


『そりゃ、女の武器使って色気で攻めるとかしてくださいよ?』


『はあ? そりゃ、アンタのおっぱいの方が適任じゃない?』


 ビッチおっぱいがあたしの顔から下の方へと視線を移動させる。あ、何コイツ、だめだこりゃ的な顔してやがる。


『それは全くその通りですけど、私でないと操縦できないでしょ?』


 全力で肯定すんなよ。それに確かにあたしじゃ操縦無理だ。


『わかったよ。やりゃあいいんでしょ?』


『ホント、頼みましたよ?』

 そう言ってビッチおっぱいは行ってしまった。ハァ。


「ジミーちゃん、期待してないけど、頑張って?」

 巧くんが気休めみたいに激励してくれた。疑問形なのが気になるけど。




 よし、ここは一つ、女を魅せるか。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る