第2話 完成イプシロン
相変わらず須藤くんは不登校だが、代わりにあたしは放課後毎日のように工場に通っている。別になんとか登校させようとか、整備の手伝いしようとかって訳じゃない。
ただ単に新型パワードギアに惹かれるものがあっただけだ。
須藤くんがせっせと整備するのを眺めていると、例のビッチおっぱいも差し入れ持ってやって来る。そんな平和な日常が続いていた。
「ああ、平和だねぇ。この平和な日常がずっと続けばいいのに」
あたしがそう呟くと、決まってデカパイが絡んでくる。
「いやアンタ、巧くんを登校させるって目的忘れてないですか? 毎日毎日、ここで私が差し入れしたお菓子食べてのほほんとしてますけど?」
「だってさ、あの巨大ロボが完成するまで頑張るって彼が言ってんだし。その気持ちを尊重してあげたいじゃん?」
お前絶対そんな事思ってないだろ?って顔でおっぱいが睨んでくるけどまあ気にしない。
「ジミーちゃん、巨大ロボじゃなくてイプシロンな?」
こちらの会話が聞こえてたのか、そう須藤くんにツッコまれてしまった。
「あーはいはい。でも実際、カドワキ重工の最新モデルより遥かにデカイでしょ?戦ったら圧倒するんじゃない?」
「パワードギアはあくまで工事現場や災害現場用です。兵器として使用したら捕まりますよ? まあ、本当に戦ったら、カドワキのデルタ型なんか目じゃないと思いますけど」
「でもさ、既に悪用してる組織いたじゃん?【ウラメシヤ】だっけ?」
「【ウラノメトリア】ですね。たしかにパワードギアを不正改造して犯罪に使用してますね。許せないです」
そうデカパイが怒りをあらわにする。
「あ、そーいやさ、カドワキ重工の最新パワードギアは『デルタ』なんでしょ?」
「はい、最近出たモデルですね。最初のベータ型は強化フレームを着るって感じでしたけど、、デルタはちゃんとボディもありますから中に入るって感じで、よりマンガとかのロボットに近いですね」
パワードギアマニアのおっぱいが詳しく説明してくれる。
「ってことはプロトタイプって『アルファ型』だったわけ?」
「へえ、よくわかったね?そーだよ、父さんがアルファって言ってた」
須藤くんが初めて感心したように言う。
「そりゃわかるよ。
言うまでもなくギリシャ文字だ。
「でも、
と言うと、須藤くんもビッチさんも黙ってしまった。
「それは、……欠番なんだよ」
須藤くんがそう呟いたのがかろうじて聞こえた。
◇
その後も相変わらずあたしは放課後、工場へ足を運んだ。流石に毎日整備の見物しながらお菓子食べてるだけなのも悪いんで、ちょっと手伝ったら、
「頼むからジミーちゃんはお菓子食べてじっとしてて」って言われてしまった。そりゃ間違って配線つないじゃったり、ネジ山潰しちゃったりしたけどさ、何もすんな、はあんまりじゃない?だもんで、その辺の片付けをやる事にした。これには須藤くんも何も言わずにいてくれてる。
「ねえ、ジミーちゃんさあ、僕に学校来いって、言わないの?」
ある時、ふと彼はそんな事を聞いてきた。
「んー?そりゃ、集団行動も大事だけどさぁ、今の君には一刻も早くコレ(イプシロン)を動かす事の方が大事なんでしょ?学校なんてバカでも行けるけどさー、こんなロボット作れるヤツなんて、大人でもそうはいないよ?だから君はこれでいいと思う」
「ジミーちゃんって、ホントに教師?」
「そうだけど?」
たまにはビシッとした姿を見せるあたし。
「……いや、無い胸張らなくていいから」
彼は残念なものを見るような目でそう言った。
◇
片付け始めて数日後、工場内はそれなりにさっぱりしたんだけど、1箇所どうにもスクラップにまみれて開かないドアがあった。最初部屋かと思ったんだけど、そこは部屋じゃなくてでかいコンテナだった。なんとかドア前のガラクタを片付け、錆びついたドアを開ける。
すると中には、カバーが掛けられた何かメカらしい物が横たわっていた。大きさは軽自動車くらい。
パワードギアかな?
でも、
逆に
って事は、これが
周りを見ると、コンテナの壁に貼られた一枚の写真を見つけた。
30代後半位の無精髭の男性と、全身日に焼けて真っ黒の幼い少年が2人写っている。恐らくこの男性が須藤くん父親、正太郎だろう。首に須藤くんと同じクロスのネックレスしてるもん。
で、少年の1人が巧くんか。もう1人は当時の友達かな?
他に写真がないか探してみると、コンテナの壁の隙間に挟まった一枚を見つけた。
こちらには大人が三人写ってる。1人はさっきの写真よりすこし若い正太郎氏、そしてパワードギアの操縦席に座るおっぱいのデカイ女性。たぶん、正太郎氏の奥さん、即ち巧くんのお母さんだろう。だとすると、もう1人の精悍な顔つきの男性は誰だろう?ひょっとして門脇厚司?
その時、誰の足音が近付いて来るのが聞こえた。あたしは咄嗟にその2枚の写真をポケットに入れてしまう。
「あーっ、ジミーちゃん、ここ入っちゃ駄目だって!」
来たのは須藤巧くんだった。
「ゴメンゴメン、入口前片付けたら、中も片付けたくなっちゃってさ」
「ったく、よく入れたね?ドア錆びてたでしょ?」
巧は意外と怒ったりはしなかった。
「ねぇ、コレって
そう聞くと、巧くんは少し声のトーンを落とした。
「……見たの?」
「いや、まだめくってはいないよ?」
「……確かにコレは
巧は悲しそうにそう言った。
「コレ見つけたの、父さんが死んじゃってすぐなんだけど、整備は完璧にやれてるんだ。部品の劣化もないし、バッテリーも充電し直したし、メイン電源はちゃんと入る。だけど起動はしないんだよね。有紗さんにも協力してもらったんだけどダメだった」
多分これは中にがっちり乗り込むタイプか。だったら、小六の巧くんの体じゃ、合わないもんね。それで、あのおっぱいに頼んだ訳か。
「あのおっぱ…、ビッチさんってパワードギアの操縦できるの?」
「言い直してるけどミサトさん、な? あの人、マニアだから出来るよ。まあ、この
トレースシステム、操縦者の動きをなぞる機能って事か。
「実はこの機体の事は父さんから何度か聞いた事あるんだ。僕がまだ小さい頃の事だから、ほとんど覚えてないけどね。これは母さん専用機なんだよ」
「専用機?」
「うん、これは母さんしか動かせない機体だって父さんが言ってた。身体が弱かった母さんが、自由自在に動く為の機体なんだ」
確かにギアには体の不自由な人をサポートする目的もある。しかし、この大きさのギアを妻の為だけに作るなんて、正太郎氏はどれほど奥さんの事を愛していたんだろう。
「まあでもコイツは過去の機体だし、今は
巧くんがそう言ったんで、この話しはここで終わってしまった。
◇
数日後、あたしは学校で思い掛けない人と遭遇した。
「あれーっ、巧くんじゃん。どうしたの?こんなトコで?」
「いや、ジミーちゃん、僕が生徒だって忘れてない?」
そーいえばいつもの作業着と違って、今日は子供らしいTシャツに半ズボン姿だ。クロスのネックレスはいつも通りだけど。
「そっか、学校来てくれたんだねぇ。
「もうすぐ完成するよ。だからたまには学校行こうかな、って」
なるほど、気持ち的に余裕が出来たって事か。なんにせよ、学校に来る気になってくれたのは大歓迎だ。
「そっか。クラスメートと上手くやれそう?」
本人がやる気出しても、周りがそれを受け入れないと、歪みができるもんね。ちょっとそれが心配だ。
「んー、みんな割と普通に話しかけて来たし、大丈夫だよ」
「良かったぁ。それ聞いて安心したよ」
あたしは心の底から安堵した。
が、数時間後、あたしは自分の判断の甘さを思い知る事になる。
◇
職員室にウチのクラスの女の子達が飛び込んできたのは、放課後になってからの事だった。
「ジミーちゃん、大変!須藤くんが!」
何が起こったのかもわからず女の子達に引っ張ってこられ、体育館裏でその光景を目にした。
巧くんが4、5人の男子に組み伏せられ、その前に1人の少女が立って巧くんを見下ろしていた。ツインテールにした髪型と綺麗な顔立ちが特徴的な女の子。
パっと見でもこの子がこの場を支配しているのがわかった。女ボスとその手下の男子達が須藤巧くんと揉めてる、ってか巧くんが一方的にやられているっぽい。
「何してんの!離しなさい」
あたしは巧くんに群がってた男子達を強引に剥がす。男子達は「チッ」と舌打ちしつつ、渋々巧くんから離れた。
「ジミーかよ」と聞こえよがしにバカにした口調で言ってくる。
コイツら、あたしが教師の立場じゃなかったら絶対蹴飛ばしてたのに。
「これはどういう事?」
巧くんに怪我がないかを確認しつつ、ボスらしき女子に聞く。幸い巧くんに怪我はなさそうだ。
「どうもこうもないです。彼が私に突っかかってきただけですから」
「お前が父さんをバカにしたからだろ⁉」
目に涙を滲ませながら、巧くんが叫ぶ。
「とりあえず最初から説明して?」
あたしはぐるりと見渡しながらそう言った。
◇
話を要約するとこうだ。
まずツインテール少女が須藤巧に声を掛けた。
「今まで休んで何してたの?」
「パワードギアを作ってた」そう答える巧。
「バッカじゃない?あんな町工場でパワードギアなんて作れる訳ないでしょ?」と少女。
「パワードギアを最初に作ったのはウチの父さんだし、今も
「なにそれ?
「嘘じゃないし。カドワキ重工は父さんから盗んだギアで大儲けした泥棒だよ」この巧の言葉に切れた少女が取り巻きの男子に命じて、巧を押さえつけた、と。
そして少女がキレた理由、それは少女の名が
そう、少女はあのカドワキ重工の現社長、門脇厚司の娘だった。
その後、須藤巧は時々気が向いたように学校に登校するようになった。
門脇由衣との直接的なトラブルは無かったものの、どうやら由衣の取り巻き連中からの嫌がらせがちょこちょこあるらしい。なんと言っても門脇由衣は校内カーストトップの存在であり、彼女に敵対する事は学校生活が非常に厳しくなるという事と同義なのだ。
そして話は冒頭へ戻る。
「だからさ、須藤くんは何も言わないんだけど、いろいろ嫌がらせは受けてるみたいなんだよね」
と、あたしは隣の同僚おっぱいに説明する。
「ふーん、それは上手く現場を押さえるしかないよねぇ。でも須藤くん、めげずに来てるんでしょ?アンタに義理果たしてんじゃないの?」
それって須藤くんがあたしに気を使ってるって事?
「ん?いやあたしは関係ないでしょ?多分、
実際にカドワキ重工の
……多分。
◇
相変わらず毎日のように顔出すあたしとビッチさんが見守る中、巧くんが操縦席に乗り込み、最終チェックをしている。因みにこの
巧くんがこちらにちょっと手を上げて合図した後、メイン電源を入れる。ウィーンという軽いモーター音がアチコチから微かに聞こえた。
あとは動き出すのを待つだけだ。
……が、いつまで立っても
やかでハッチが開くと、エラー音が聞こえてきた。
「どうしたの?どこか不具合?」
ビッチさんが巧くんに呼び掛ける。
「いや、システムは動いてる。何かロックが掛かってるんだ」
操縦席から巧くんがそう苦しげに叫んだ。
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