P.O.K.D
シロクマKun
第一部 楓
第1話 ジミーと巧
あたしはおっぱいが嫌いだ。
あの無駄に柔らか過ぎるプニプニした物体が嫌いだ。
アレの大きさで、女の存在価値を上げ下げする現代社会が嫌いだ。
これみよがしにおっぱいの谷間を強調してくる女も嫌いだ。
なにより、あたしは自分のおっぱいが大嫌いだった。
「アアアアアアアアっ」
あたし、
「オイオイ、人間辞めそーな声出してどーしたん?」
隣の席のおっぱいがすかさず声を掛けてくる。いやおっぱいが直接話かけてきたりはしない。その無駄にポヨョンとした物体を二つ、恥ずかしげもなく身体の前面にぶら下げた破廉恥な人間が話かけてきたのだ。うん、まあ早い話が、隣の席のおっぱいのデカイ女があたしに話して掛けてきたって事だ。因みにこのおっぱいが服着たよーな女はあたしの同期の教師だ。
「いや、おっぱいのデカイあんたには関係ない話だから」
あたしはきっぱりとおっぱいを拒絶する。
「はあ?そんな言い方されたら余計気になるでしよ?言ってみんさい?」
と、しつこいおっぱいだ。
「あたしのクラスの
「いるね。あの登校拒否の子でしょ?」
「時々は来るんだよ。でもなんかイジメられてるっぽい」
「あぁ、そりゃマズイね。で、おっぱいの要素どこ?」
「は?なに?おっぱいの要素って?」
「いやアンタ言ったよね?おっぱいの大きなヤツには関係ないって?」
「だからこの話におっぱいは関係ないでしょ?」
「……」
服を着たおっぱいが、「ダメだコイツ」みたいな顔してこっち見てくる。
「アンタがなんで教員試験受かったか謎だわ」
「だよね」それに関してはあたしも異論ない。日々思うもの。なんであたし、小学校のセンセーなんかやってんだろ?って。
話しは数カ月前に遡る。
結構な広さの土地に乱雑に積まれたスクラップの数々。車のシャーシにバイクのエンジン、その他モロモロの機械の山。そんな中にその工場はあった。
『須藤モータース』
一度外されたその看板は、まだ営業してますよと言わんばかりに工場入口に立て掛けられていた。
工場の中に入ると、ちゃんと動力は通っているらしく、何台かの機械が稼働している。金属が焼ける匂いやオイルの匂いが混ざり合って、ガレージ独特の空気感を醸し出していた。あたし的にこの匂いは嫌いじゃない。The町工場って雰囲気がぷんぷんするから。
「こんにちは〜」
奥に向かって声を掛けたら、オイルで汚れた作業着姿の少年が出てきた。
訝しげにコッチを眺めてから少年が呟く。
「なんだ、ジミーちゃんか」
彼は我が6年3組の生徒であり、あたしはその担任であるにも関わらず、この言い草。コイツを含めたクラスの奴らは、いや他のクラスもだけど、あたしの事をジミーちゃんと呼ぶ。大西でもヘンドリックスでもなく、地味のジミーである。そりゃバサッとした黒髪をゴムバンドひとまとめにしただけの超手抜きヘアースタイルに黒縁メガネといった分かりやすい地味さ加減に、胸もほぼ出っ張りなしというガッカリさ。おまけに服装もほぼグレーのスーツという、地味コンボ炸裂のあたし。ジミーちゃんという呼び名も納得である。
「何しにきたの?」
「ん、家庭訪問。お家の方行ったらさ、お婆ちゃんがコッチだって言うから」
「ふうん」
彼、
「ここお父さんがやってらした工場でしょ?まだ営業してるの?」
ここの経営者だった彼の父親は、2ヶ月前に交通事故で亡くなってる。従業員とかはいなくて、1人で工場を切り盛りしてたらしい。
「営業はしてない。本当は閉めるって話しだったけど、いろいろサポートしてくれてた人が手を回して休業中って事にしてくれた」
「ふうん、須藤くん、ここ継ぐつもりなんだ?」
そう聞いたけど彼は特に答えなかった。彼は黙々とメカの整備をしている。
親の仕事を見て覚えたのかな?
ってかあたしはそのメカに心が惹きつけられた。
「ねえねえこれってパワードギアじゃないの?」
パワードギア、簡単に言うとそれは、『着る機械』ってところかな。
もともとは介助の現場や、工事現場等用に開発された、補助機械だった。重たい物でも楽々持ったり運んだりできる、そんなメカだ。それがどんどん開発が進み、今では人型の着ぐるみみたいに機械にすっぽり人が入り、中の人が動いた通りに自由自在に動くという、かつてのSFオタクが泣いて喜ぶようなメカとなった。もちろん、力や瞬発力も大幅に増幅される為、ここ最近では犯罪使用や軍事転用が問題視されている。
「こんな町工場なのにすっごい本格的だよねえ?」
あたしは良く知らないけど、パワードギアで有名なのはカドワキ重工っていう大企業だけだ。
何気ないあたしのその言葉に彼は極端に反応した。
「パワードギアのプロトタイプはこの工場でできたんだ。作ったのは父さんなんだ。それをあの男が盗んでいったんだ!」
そう言い放って唇を強く噛んでる。
「どういう事?あの男って誰?」
うわっなんか凄い含みもたせてるなぁ。あんまりややこしい事に巻き込まれたくないんだけど。
でも須藤くんはそのまま奥へと走って行ってしまった。
追うべきかそっとしとくべきか悩んでいると、後ろから女の人の声がした。
「あの男っていうのは昔、この工場を彼の父と一緒に立ち上げた人の事です」
振り向くとそこに、これでもかとデカさを主張するおっぱいがいた。
いかにも仕事ができそうなクールに整った顔と、モデルみたいなスラリとした手足がついたおっぱいだ。
「えっと、どちら様?あ、あたし巧くんの担任の牧野と言います」
あたしがそういうと、綺麗なおっぱいはニコリと微笑みながら、慣れた手付きで名刺を差し出してきた。
「始めまして、私、彼のお父さんと取引させて貰ってた者です」
三東商会
美知 有紗
と、書いてある。
「これは……素敵なお名前ですね」
「えっ?ありがとうございます。普通だと思いますけど……。因みになんて読まれました?」
「びっち ありさ」
「みさとですっ!
「ですよねぇ」
まああたしの中では完全に『ビッチありさ』=(クールデカパイ)でインプットされたけど。名前覚えるの苦手なあたしには有り難い。
「それで、ビッチさん、さっきのあの男云々の話し、良かったら聞かせてもらえます?」
「ミサトです。うーん、これはかなりプライベートな事なので……」
おいおい、出だしでいきなり意味深な事言っといて、今更言い渋るとか、面倒くさいおっぱいだな。
「巧くん、今学校来てないんですよ。ですからなにかあったなら出来るだけ把握しといてケアしていきたいんです。お願いします」
あたしはデカイおっぱいを拝み倒す。
「そんなに言うなら……わかりました、教えます。但し条件が一つ」
おっぱいはあたしの顔の前で指を一本立てる。
「なんでしょう?身体で払えと言うなら払いますよ?」
「いえ、そんな趣味ないです」
デカパイは眉一つ動かさずクールに言い放つ。
「良かった。あたしもそんな趣味ないです。で、条件とは?」
デカパイに尋ねる。
「えーっと、牧野先生。私の胸をガン見するの止めてもらえます?」
「えっ、そんな事でいいんですか?大丈夫です、見てません」
「いやいやアンタ、最初からおっぱいしか見てないから。名刺見た時以外、おっぱいから全然視線が外れてないから。ってかどんだけおっぱい好きなんです?」
「いえ、あたしおっぱい大嫌いです」
「そうですか。そりゃそんな出っ張りのない胸なら無理ないと思いますが」
「同情は結構です。好きで無い胸やってますから。こんな言葉もありますし。
『おっぱいとは、性行する前に揉むものである』」
「それ、『失敗とは、成功する前にやめることである』ですよね? あんた、松○幸之助に殴られますよ?」
「あー、良く元ネタ知ってたねぇ」
「ネタってゆーなよ。とりあえず視線をおっぱいから外してくれます?」
「ああ、すいません。ではお話どうぞ」
おっぱいに付いてるクールな顔がやれやれって表情してる。
◇
「今から15、6年前、このガレージで1人の青年がパワードギアの開発を始めたんです。それが巧くんのお父さん、須藤正太郎さんでした」
と、彼女は話し始める。
「彼は天才的な腕と頭脳を持っていましたが、経済的にはかなり苦しかった。それを経済的にバックアップしたのが友人だった門脇厚司という人です」
「カドワキ?あの大企業と関係ある人ですか?」
「そう、当時のカドワキ重工の社長の息子が門脇厚司です」
彼女の重い話しは続く。
「門脇厚司の協力を得て、須藤正太郎はパワードギアの開発を順調に進めて行きました。ところがそんな中、須藤正太郎の恋人の大病が発覚します。仕事か、恋人かを選ばなけれならなくなった須藤正太郎は門脇厚司の反対を押し切り、仕事を捨て恋人の看病を選びます。結局、彼等は喧嘩別れをし、門脇厚司はパワードギアを父親の企業に持ち込みそれでカドワキ重工は大発展、一方の須藤正太郎は恋人と結婚し子供を授かりましたが、その後すぐに奥さんが他界。その子供というのが須藤巧くんなんです」
「ああ、それで。パワードギアのプロトタイプを開発したのは、本当に巧くんのお父さんだったんですねぇ」
「そうです。だから彼にとってカドワキ重工は、父親の発明を奪っていった憎むべき相手なんですよ」
「なるほど〜。ところで貴女、なんでそんなに詳しいんです?」
あたしはデカパイに疑問をぶつけた。
「私は正太郎さんの腕を買ってましたから。何度か取引してるウチに、ポツポツ話してくださいまして。だから交通事故でお亡くなりになったのが残念でなりません。でもいつか、巧くんがこのガレージを復活させてくれる事を信じてます」
と、熱く語るおっぱい。親父さんが亡くなってからいろいろ助けてくれた人がいるって須藤くんが言ってたのはこのおっぱいか。
「で、びっちさん、今日は何か用あったんですよね?須藤くん呼んできましょうか?」
「あ、特に用はないんです。今日も様子を覗きに来ただけで。それよりミサトですから」
と、言ってるけどあたしは奥へと進んで、須藤くんに呼び掛けた。
「おーい、須藤くん!エロいおっぱいのびっちさんが来てるよー?」
「だからミサトですってば!」
奥に入っていくと、そこには驚くべき大きさのパワードギアが鎮座していた。いや、パワードギアというにはそれはあまりにもでかかった。普通のパワードギアが着ぐるみ程度の大きさだとすれば、このメカは普通車を縦にしたくらいの大きさだ。巨大ロボ、とはいかないまでも、半巨大ロボくらいには言えるんじゃないだろうか。
上半身は人型で、下半身は足ではなく小型のキャタピラになっている。某有名ロボットアニメのガ○タンクみたいな形、といえばわかるかな。
須藤くんはそのコクピットに乗り込み、なにやら整備を続けている。
「……凄いね。これ動くの?」
思わずそう聞くと、須藤くんがやっとコッチを向いた。
「まだ動かないよ。今整備中。これが動いたら凄い事になるよ?」
「これが須藤正太郎さんが残した最新型パワードギア、『イプシロン』です」
いつの間にかそばに来てたビッチおっぱいが言う。
「足がない……」
あたしはそう呟いて意味深にデカパイを見る。
「……あんなの飾りですよ。偉い人にはそれが分からんのです、って何言わせるんですか」
わりとノリのいいおっぱいだ。
「?何言ってんの?ジミーちゃん。ああ、有紗さん、こんちゃ」
「こんにちは巧くん。あの、この人本当に学校の先生?」
おいおい、何確認してんのさ?このおっぱい。
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