とこなつの深海魚

 ひりひりと肌の焼ける音がする。


 ぼくによくしてくれたお爺さんから借りたトナカイはこの国の近くまで流れている川でぼくをおろして、頬ずりを1つした後すぐぼくに背中を向けた。大地に戻ってきた緑の命の芽吹きをかみしめて、一歩、また一歩と彼らが遠ざかる度に大地の揺れが小さくなっていく。


 大きく振っていた両手をおろして、ぼくも彼らに背を向けるとすぐに入国審査を受けた。冬になるとサンタクロースがやってくる。そんな謳い文句が出来るほど強いつながりのある『常夏の国』は、必ず持ち歩くよう言われているサンタマップにもおおきな赤丸と共に記されていた。季節外れの若いサンタクロースはやっぱり少し目立っていて、若い門番の人は不思議そうにしていたけど、「忘れ物を探している」と真剣に伝えるとぼくを一日だけ通してくれた。


 汗まみれのぼくに冷たいパイナップルジュースを出してくれた露店のおじさんや白い紙の上の模様をじっと見ていたおにいさんに「困ったことはないか」と聞いても、いつも返ってくる元気な返事はおなじだった。


 海の向こうで、キラキラと白い丸が光っていた。あんなにいた人だかりも今では影1つもなく、ひりひりする痛みも無くなっていた。ぼくを照らすものは月明かりだけで、冷たい風が右から左へぼくのことが見えないように素っ気ない雰囲気ですぐに走り去っていった。


「サンタさん、こんなところにいたら風邪をひいちゃうよ」


「ぼくはサンタだから、寒いのは平気だよ。君こそ、ここにいてもいいの?」


「お父さん、待ってるの。あの中の1つがお父さん」


「お父さん、きれいだね」


「うん」


 お互いそれ以上は多くを語らなかった。海が砂を飲み込んだり、吐き出したりを繰り返して水の鼓動をぼくらに魅せていた。


 ざああ。さあああ。こおおおお。さああああ。


「ずっと、泣いてる」


「お父さん、きれいなこえ」


「悲しくて、きっと泣いてる。あっちに私も」


 白鳥のようなきれいな手が、一番おおきくてまっしろな光を。

 指を目一杯にひらいて、ゆっくりと、包み込んで。


 大きく息を吸う。


 こおおおお。ざあああああああ。


 一際大きな鼓動がぼくらを包んだ。


「サンタさんは特別なんだ。どうか、沢山の人に――」


 知らない人の声と海の声が重なった。となりに目を向けると両手をぎゅっと握る少女が目を瞑って大切そうに光を抱き締めていた。


「サンタさん、ありがとう。お父さんが帰ってきた、ほら」


 楽しそうに両手をぼくに差し出して、まばゆい光が暖かくてやさしい温度がぼくを包んだ。


「わすれもの、ずっと、ずっと大事にしてあげてね」


「うん!」


 地平線の向こうから、赤い光が戻って来た。海の鼓動がちいさくなっていく。

 しろいちいさな光が空気にとけていくと、だんだんと少女は笑顔に変わっていった。きっと、この子のわすれものは憂いがかくしていたのだろう。


「本当にありがとう」


 もうその姿形は保っていないけれど、その代わりに舞いあがる光たちは粉雪のようで、ぼくにとっては親しみのある風景だった。


 大きく両手を振って、空に帰っていく少女を見送った。

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からっぽ記憶のサンタクロース 人の焼き肉で金食いてえ!!! @Danbouchaaan

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