第173話 対話再び

 (これからあいつらと自由気ままに暮らしながら小説執筆かー。くぅー! 楽しみだぜ! アニメで例えるなら二期ってところだな。俺の作品を異世界全土に広める! ってのがメインストーリーのな)


 期待に胸躍らせながら想像を膨らませていく。


 (ん? ちょっと待てよ。よく考えたら異世界にはネット環境も小説サイトもないじゃねーか! おいおいおい、そこからかよー。こりゃ国家プロジェクトだなー、おい)


 ヤファスは目を開けると、視界に広がるのは異世界の風景ではなく、真っ暗闇であった。


 (今回の異世界への転移は処理時間が長いみたいだな)


 処理が完了するまで目を閉じた状態のまま待機することにした。


 (国家プロジェクトかー、これだけで話一つ作れるわ。おっ! こいつをスピンオフ作品にしよう)


 ヤファスは先ほどのカイルとのやり取りを振り返る。


 (男は勝つための手段を選ばない。そして戦の武器は剣からペンへと移り、物語は再び鼓動を刻む……導入も良い感じだわ、これ!)


 目を開くが、まだ転移が完了していないため、次回作の構想を練り始める。


 (複数アカウント所持、評価クラスター構築、ポイントや評価の水増し、評価が伸びなければ作品削除後、再投稿のリセマラ……いや、初動打ち上げガチャだな)


 思考を深める。


 (……後は異世界に着いてから考えるとするか。やっぱこういうさー、勝つための新スキルってかチートスキルを貪欲に取得してかないとダメだよなー)


 さらに思考を深めていく。


 (つーか、そもそも作品の主人公がチート使ってんのに作者がチート使わなくてどーすんだ! って話だしな。うん、何も問題はないな。営業活動、営業活動!)


 突如脳裏に何度も夢に出てきたリーダーのことが浮かび、暗闇の中で彼が自身の正面にいるかのように指差す。


 (見てろよ、リーダー。俺の異世界での実体験の臨場感へ新スキルが加わり、作品はロードトゥ最強……そしてその先のフロンティアへ! おいおい、この物語どうなっちまうんだよー! ワクワクしかねーぞ!)


 (…………ヤファス君……)


 突然声が聞こえてくる。


 相変わらず周囲は漆黒で環境音なども全く聞こえない。


 (ん? 確かに声が聞こえた気がしたが…………気のせいか)


 (…………ヤファス君……ヤファス君)


 (やっぱり聞こえる! ……この声は! もしかして……博士! ローム博士なんですか!?)


 (あぁ、そうだよ)


 周囲を見渡すがローム博士の姿はどこにも見当たらなかった。


 (博士、生きていたんですか! ってかどこにいるんですか?)


 (あぁ、生きていると言っても正確には思念体でだがね。姿は見えないよ、君の意識と会話しているからね)


 (おぉ! 博士、お久しぶりです。俺、これから異世界に行くところなんです)


 (そうみたいだね)


 (異世界、本当に楽しいです! おかげで最高の仲間たちにも出会えました!)


 (気に入ってもらえたようだね)


 (はい!)


 (……ご苦労……では君の身体は私が引き継ごう)


 (……えっ!? どういうことですか? それじゃ俺はどうなるんですか!?)


 (君の大好きな転生ができるんじゃないのかね? もっとも、うまくいく保障どころか、そもそもそんなことができるのか知らんがね)


 (今はそういう気分じゃないんです! 異世界であいつらが待ってるんですよ!)


 (ははははは! そんな都合の良いことばかりを望まれても困る。ましてや君の執筆していたWEB小説じゃあるまいし)


 (博士、冗談ですよね? 博士もWEB小説が好きだって言ってたじゃないですか!)


 (覚えているかね? 私は好きではなく、興味深いと言ったのだよ)


 (同じ意味でしょ!)


 (……君は異世界に行くことやチート能力を得ることに何も疑問を持たなかったのかね?)


 (疑問? いや、特にないです)


 (君は無給で働けと言われて素直に従うのかね?)


 (無給なんて絶対嫌です。急に何の話をするんですか?)


 (つまり君は見返りや対価がないと嫌だと主張しているわけだ)


 (はい。だって普通そうでしょ)


 (あぁ、そうだね。それは相手も同じだとは考えないのかね?)


 (ん? 条件や見返りなんか全くなくてチート能力をくれますよ。それにチート能力を使うことに制限はないし、デメリットもないです)


 (あぁ、私が読んだWEB小説もそういう設定だったよ)


 (そうでしょ! だからそういうものなんです! これが普通! これがテンプレ!)


 (ふふふふふ……)


 (博士! 俺は真面目に話してるんです!)


 (あぁ、私も至極真面目だよ。だからこそだ、それがおかしいとは思わんのかね?)


 (おかしいって何が?)


 (その全てが)


 (全て? ちょっと何言ってるのか分かりません。博士もWEB小説に詳しいんだから、むしろ俺の話してる意味が分かるでしょ?)


 (あぁ、分かるよ。手に取るようにね)


 (それならなぜ?)


 (……君は私を神と崇めたね。あいにく私は人間なのだよ。つまりだ、君たちの小説に出てくるような主人公にだけ都合の良い神ではない)


 (そ、そんな……まさか異世界に行くことやチートを得ることに条件があったなんて……)


 (いやはやこれほどまでとは……)


 (博士……信じていたのに……)


 (欲望の強い人間ほど御しやすい。俗な人間であればあるほどよいのだ。ちょうど君みたいなね……)


 (俺は自由に生きたかっただけだ)


 (ならばこの状況、チートでどうにかすればよかろう。異世界で自由自在にチートを我が物顔で扱っていたようにね)


 (今は俺の力が何も使えない状態なのを知っていて!)


 (おっと失礼。チートはズルという意味だったね。授かった後は君自身の力になると。だからチートやズルではない、君はそう解釈しているのだね)


 (ギフトが使えない俺からしたら、ギフトを使える奴らはみんなチートだろ! なんで俺だけチートやズルって言われなきゃならないんだ! むしろ奴らこそチートでズルだろ!)


 (人は建前上平等であるが、現実はそうではない。君は身をもって実感しているはずだが……導き出した答えがそれかね?)


 (俺は……俺は! 他人から説教されるのが大嫌いなんだ!)


 (だが、人は持って生まれたものを抱えて生きていかねばならない。そしてそれを活かすも殺すも自分次第)


 (止めろ! 俺に説教は止めろ!)


 (では君の最高の仲間たちに擁護してもらってはどうかね。「あなたは本当はそんな人じゃない」などと)


 (仲間はさっきの戦いで強制送還された!)


 (ならば君自身で擁護するしかないね。ほらいつものだよ、得意だろう君は。自身のチートは棚に上げて敵対者の不正は絶対に許さない)


 (うるさい!)


 (同じような事象でも自分の場合はあれこれ理由をつけて正当化するが、敵対者の場合は断罪するというのもあるね)


 (うるさい! うるさい! うるさい!)


 (君はいつまで自分自身を棚に上げ、目を背けて他人、社会、環境、境遇へ責任を押し付けるつもりなのかね?)


 (止めろって言ってるだろ!)


 (……君は異世界で何を学んだのだね?)


 (異世界は何かを学ぶところじゃない! ひたすら俺が気持ちよくなるところ! ユートピアなんだ!)


 (君やハーレム要員などの利益享受者以外の異世界人にとってはディストピアであろう。あぁ、君が執筆していたWEB小説の作風がそうだったか)


 (あれは読者が求めるから! そうだ! むしろあいつら読者こそ諸悪の根源だ! 自身の欲望の捌け口を作者に代行させやがって!)


 (ついさっきの話をもう忘れてしまったのかね?)


 (だってそうだろ!? あいつらどーせ、まるで自分が主人公にでもなったかのように物語を追体験して、自身に抱え込んだドス黒い欲望を発散してるんだろ! しかも無料で読んでるくせに感想欄で好き勝手言いやがって! そのくせ、展開が気に入らなければすぐ別の作品に鞍替えするくせによ!)


 (しかし、君は彼らの気持ちに便乗した。あわよくば、君は彼らの支持を得て作家として認められたかったのだろう?)


 (そ、それは……)


 (君自身がそういう展開を望んでいた。そして、読者と利害が一致した。所詮同じ穴の狢ということだよ)


 (…………殺してやる……殺してやる……殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!! 俺を騙した奴ら、利用した奴ら、全員ぶっ殺してやる!!)


 (あぁ、そういう作風のWEB小説も読んだね。さしずめ復讐もの、いや追放ものともいったかね? マッチポンプや逆恨みの類も少なくなかったが、君の場合はどちらなのだね?)


 (……くぅ……なんで……なんでぇ! …………くそぉぉぉぉ!!)


 (また君に会えて楽しかったよ。最後にプレゼントを用意しておいた。では、さらばだ)

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