第174話 対話再び 2

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 (俺は……死んだのか?)


 ヤファスの視界には見覚えのない空間が広がっている。


 空間には地面がなく、遥か遠くで光源や銀河のようなものが明滅していた。


 それらの光景は宇宙空間を彷彿とさせる。


 身体を動かそうとしたが、手足の感覚は全くない。


 視線は自由に動かすことができた。


 (ここはどこなんだ?)


 そう考えた矢先、遠くからヤファスへ向かって光を放つ球のようなものが三つ近づいてくる。


 近づくにつれて光の勢いは弱まり、それぞれ人の形へと変化していく。


 正体はヤファスのよく知っている三人の少女だった。


「ゼシリカ、メフィアーネ、ベルナ! 助けに来てくれたのか!」


 口を動かしている感覚はなかったが、言葉を発している感覚は得ることができた。


 三人の少女たちはヤファスの声に対して訝しむ表情を浮かべる。


 (俺だと気づいていないのか?)


「ゼシリカ! メフィアーネ! ベルナ! 正真正銘、俺だ! ヤファスだ!」


 彼の問いかけにメフィアーネがようやく口を開く。


「ええ、存じておりますわ。ヤファス様」


「おぉ! ちゃんと言葉が通じてたか! ところでここは何処なんだ?」


「わたくしも知りませんわ」


「そうだよな。よし、まずはここから脱出しよう! お前ら手を貸してくれ!」


「いいえ、その必要はありませんわ」


「……えっ!? なんで?」


「…………全て把握させて頂きましたわ。貴方のこと」


「全て把握したって何を……?」


「急に私たちの頭の中に流れ込んで来ましたの。貴方の記憶が……」


「メフィアーネ……?」


「もちろん、最初は俄かに信じがたかったですわ……」


「私やベルナちゃんにも同じ記憶が流れ込んできました」


 ゼシリカが話すとベルナが静かに頷く。


「……他者からの貰い物の力をさも自分自身の力のように振るっていたのですわね。確かチートと言ったかしら?」


「チートはズルや不正行為っていう意味なんだっけ?」


「その意味で合っている」


 メフィアーネの言葉にゼシリカが反応し、ベルナが回答する。


「ははは……何言ってるんだ? お前たちは騙されているんだ。惑わされるな」


「ええ、騙されているのはわたくしたちですわ……ヤファス様に…………いいえ! ヤファス!」


 メフィアーネは今まで一度もヤファスに見せたことのない冷ややかな視線を送る。


「目を覚ませ! 俺たちの育んだ絆は、そんな薄っぺらいものじゃないだろ?」


「――この……卑怯者!!」


 メフィアーネが返事しようとしたところ、ゼシリカが会話に割り込み、ヤファスへ向かって言い放つ。


「急にうっせーよ!」


「お前なー……ええ加減にせーよ……」


 ヤファスがゼシリカを一声で鎮めようとしたところで、メフィアーネの口調が変化する。


「えっ!?」


「……百歩、いや万歩譲って偶然チートを得たとしてや。他人から授かった能力やねんから、もうちょっと謙虚になれや」


「メフィアーネ……?」


「さんを付けろや」


「……メフィアーネ……さん……」


「お前それで思い出したわ。そういえば王や権力者にタメ口で接してたけど、あれなんなん?」


「舐められないようになんだが」


「はっ? お前のその態度が人を舐め腐っとるやろがい!」


「その方がカッコい――」


「ダサいんじゃい!」


 ヤファスは言葉に詰まるが、メフィアーネは構わず話を続ける。


「……お前、チートが絶対バレへんって思ってたやろ?」


「そ、そのチートってのが俺には何のことか分からないけどな」


「すっとぼけんなよ……自分だけズルや不正してたら周りの人間の気分悪くなるの理解できんのか? お前が逆にそれされたらどんな気分になるねん?」


「そ、それは……」


「次、女の子の扱いや」


「扱いってハーレムのことか? それはお前たちも認めていただろ?」


「ハーレム自体は別にええねん。問題はその形成の仕方や」


「形成の……仕方?」


「女の子にチートの力を見せつけて称賛させて惚れさせて、挙句の果てには物や金で釣ってハーレムに加えるのがお前の手口やろ?」


「手口って……もうちょっと言い方があるだろ?」


「お前が言い方に言及するなんてな……片腹痛いわ」


「……やり方自体に問題はないだろ?」


「問題や 気付かぬ彼は クソザコよ。思わず吟じてもうたわ」


「俳句に季語が入っていない」


「お前はこれからオールシーズン、クソザコになるやろ。だからクソザコが季語や」


「そんな都合のいいことが……」


「急に自己紹介すな」


「……」


「……話を戻すとやなー、お前が得た力、権力、金なんてのはなー、お前自身の努力の積み重ねや研鑽やなくて、全てチートに起因するものやろがい」


「それは違う!」


「ほな、チートがなくても同じことできるんか?」


「…………で、でも俺に惚れたのは事実だろ?」


「さっきも言うたけど、それは力の根源が、お前自身の努力の積み重ねや研鑽に起因してるものと女の子は思っとるからや。それが借り物、チートによるものなんて露知らずってわけや」


「過程があるかないかで結果は同じだ。だからどっちも一緒だろ?」


「全然ちゃうわい! 過程すっ飛ばして楽に結果だけポンと手に入れたお前に人間的な魅力があるわけないやろ。それに加えて、さも自分の力で獲得しましたーみたいな雰囲気醸し出してたら尚更や」


「い、意味が分からん……」


「チートなどという一種の惚れ薬を使って作り上げた関係を愛や絆などと呼べるだろうか? 彼女が言いたいのはチートなどに頼らず、自分自身の魅力で女の子と恋愛しろ……少しは男気を見せろということだと思う」


 ベルナが補足説明をする。


「むしろそういうのが分からんから、こういうことを平然とできるんやろな。えーと、異世界では俺の気持ちよさが最優先やったかいな?」


「そ、それをどこで?」


「さっき記憶が入ってきた言うたやろ。まさか、ずーっとハリボテを見せられてたとはな。トロフィー感覚で女の子をぽんぽん集め寄ってからに。バカに力を与えると碌なことにならんってのは、ほんまやったな……」


「メフィアーネ、もうそれぐらいでいいだろう。……方言が出てるぞ」


 会話の間が開いたところでベルナが仲裁に入る。


「わたくしとしたことが……ごめん遊ばせ。けれど、まだ言い足りませんわ」


 メフィアーネが一瞬驚いた表情をした後、いつもの口調に戻り話し始めた。


「私もまだまだ言いたいことがあるんだけど?」


 ゼシリカが同調する。


「二人とも」


 ベルナが言葉を発した直後、メフィアーネとゼシリカの顔を交互に見る。


「真剣な表情をして。ベルナちゃんも彼に言いたいことがあるのかしら?」


「そうではない。二人とも少し頭を冷やせ」


「どういうことなのかしら?」


「確かにメフィアーネとゼシリカの主張には大いに賛同できる」


「だったら何も問題はないんじゃないの?」


 ゼシリカが首を傾げながら話す。


「しかし、彼のチートを笠に着て異世界で自由に振舞っていたのも事実だろう?」


「そ、それは……」


 メフィアーネが言葉に詰まり、ゼシリカも同じく言葉を返せない。


「自分たちの快楽を優先した結果、意向にそぐわない多くの異世界人の気持ち……時には命を犠牲にした」


「けれど彼らは不満もなく、わたくしたちに付き従っておりますわ」


「表面上はな」


「表面上?」


「ヤファス……彼が存命中であれば問題ない。何か反乱が発生しても、恐らく彼のことだから圧倒的な力でねじ伏せるのであろう」


 メフィアーネとゼシリカが頷く。


「だが、彼がいなくなった時、もしくは彼の力に陰りが見えた時に民衆の不満は一気に爆発する」


 二人は真剣な表情になり、ベルナの話に耳を傾ける。


「彼の気持ちいいことが正義。それ以外は悪。このルールが崩れる。そうなると民衆の感情の捌け口、怒りの矛先はどこに向くだろうか?」


「…………わたくしたち……ということですわね?」


 ベルナは静かに頷いた。


「わたくし……そのことが頭からすっぽりと抜け落ちておりましたわ……」


「今ふと思ったけど彼、ずっと私たちをマギアで洗脳していたんじゃないの?」


 ゼシリカが声を上げる。


「違う! それだけは絶対にしていない!」


 ヤファスが即座に反論した。


「さぁ、どうかしら? 信用できませんわ」


「実際そうであったかは重要ではない。これからどうするかだ」


 メフィアーネがヤファスを睨みつけたところでベルナが制止する。


「……そうですわね」


「先ほどは二人を責めるような物言いをしたが、実のところ私も同罪だ。彼を諫めることができなかったのだから……」


「ベルナちゃんが気に病むことはありませんわ。貴女はわたくしたちから見て異世界の住人なんですもの」


「事情を知ったからには私も当事者だ。彼の残した負の遺産を可能な限り次世代へ引き継がないよう尽力したい」


「ベルナちゃん……ここから戻ったら贖罪の旅になりますわね。ゼシリカちゃんもそれでいいですわね?」


「そうだね、私……何も考えていなかったのが分かって、このまま消えてしまいたいぐらい恥ずかしい……」


「わたくしも同じ気持ちですわ」


「今から民衆に寄り添って許してくれるか正直分からない。我々はそれだけのことをやってきたのだから」


「はい……そうですわね」


「うん……」


「とにかく行動だ。そして彼らと真摯に向き合ってできる限りのことをやってみよう」


 ベルナがメフィアーネとゼシリカの顔を交互に見ると、二人は凛とした表情でゆっくり頷いた。


「てかお前たち、何勝手に話を進めて――」


 ヤファスが話し終える途中でゼシリカとメフィアーネは蔑んだ表情を彼に向ける。


「や、止めろ! そんな表情で俺を見るな!」


 二人は彼の言葉が全く聞こえていないかのように、しばらく無言で視線を送り続ける。


 それから二人はぴったり息を合わせたようにヤファスへ同時に背を向けた。


 徐々に彼から遠ざかっていき、再び身体は光球と化して消え去る。


 ヤファスは光球が消え去るまで目で追っていき、消滅を確認すると今度はベルナに視線を合わせた。


「……辛い経験をしてきたのは重々理解している……」


「なら俺の気持ちも理解できるだろ?」


「…………けれど、あなたはチートで力を得て、あろうことか虐められる側から虐める側になった」


「それの何がダメなんだよ!? むしろ虐められる方が悪いだろ!」


 ヤファスの問いかけに彼女は無言で憐れみの表情を返す。


「そんな目で! そんな目で俺を見るな! 見るなぁ!!」


「……………………さようなら」


 ベルナが一言呟いた後、先に離れた二人と同じように消え去った。


 ヤファスは空間に一人取り残される。


「…………博士が言ってたプレゼントってこういうことかぁぁぁぁ!!」


 独り虚しく叫ぶが、何も反応は返ってこない。


 しばらくすると、光球が先ほどと同じようにヤファスへと近づいてくるのが見えた。


 (おっ! …………あれは!)


「ユムユム!」

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