第172話 吐露

 カイルは地面で仰向けに倒れているヤファスへゆっくり近づいていく。


「俺はまだ負けてない! 負けたくない! 負けない! 勝ちたい! 本当の俺はこんなもんじゃない!」


 ヤファスは起き上がれず、声を振り絞るのが精一杯であった。


「勝負にこだわるのなら、あんたの勝ちでいい」


 カイルはヘッドアーマーをパージし、落ち着いた口調で話す。


「お前に! お前に俺の気持ちが分かるか!」


「今は分からない。これから分かりたい……だから話がしたい」


「俺は……ずっと苛められて、虐げられて、蔑まれて! それでやっと社会に出たら、無能のレッテルを貼られ!」


 ヤファスが語り始めるとカイルは静聴する。


「けど、誰も俺を助けてくれなかった!」


 下唇を噛み締め、さらに言葉を続ける。


「だからだ! 俺はな! お前みたいなヒーロー然とした善人ぶった奴見てると気持ち悪くなってくるんだよ!」


「俺はヒーローなんかじゃない……普通の商人だ」


「嘘つけ! お前ヒーローなんだろ? アーマー着て、そうなんだろ? 憧れてんだろ? ヒーローの存在に!」


「できる限り助けになりたいと思ってる」


「じゃー、なんで助けてくれなかったんだ!? あの時も……あの時も! あの時も!!」


「あんたが辛い経験をしてきたのは理解できる」


「理解できるだと!? 口でなら何とでも言える! お前の言葉は紙のように薄っぺらなんだよ!」


「そうかもしれない。あんたと全く同じ体験をしたわけじゃないからな」


「ほら見ろ!」


「それでも理解したいと思ってる」


「偽善者が!」


「……ここまで来れたのは俺一人の力じゃない。このアーマーはスピラ博士とノーアさんから託されたものだし、サークリーゼさんやミーリカさんの助けがなかったら確実にあんたに殺されてた」


「当然だ。俺は異世界最強であり、賢者かつ勇者だからな」


「それに比べて俺は才能もないし、中途半端でいい加減な人間だ」


「お前がどういう人間かなんて知るかよ」


「あんたは俺にできないことを全て自分でこなした。俺からしたら完璧人間に見える」


「いまさら異世界人みたいにヨイショしたところで……」


「辛い過去の経験をバネにして皆から賢者や勇者と呼ばれるまでになった。これはあんたの才能と努力の賜物だ」


「こ、これは……俺の力だけど……俺の力だけど! あぁ……あぁ!!」


 ヤファスは喉に刺さった小骨のように心へ引っかかる感覚を得る。


 うまく言葉にできないもどかしさに苛まれ、苦しそうに声を絞り出す。


「自分では気づきにくいかもしれないが、素晴らしく誇らしいことだと思う」


「だったら……俺は……どうしたらいいんだ? どうしたらよかったんだ? なぁ?」


 ヤファスはカイルの顔をじっと見つめて返事を待つ。


「…………なんか……なんか言えよ! 俺に答えを! 正解をくれよ!」


「…………俺はあんたに説教できるほどできた大人じゃない」


「なら……ちょっとぐらい……俺の好きに……自由にしてもいいだろ…………ちょっとぐらい……」


 ヤファスは若干冷静さを取り戻したかのように声の調子を落とす。


 カイルはヤファスの顔をじっと見たまま言葉を紡がない。


「…………俺を力でねじ伏せて……屈服させて……話がしたいって? ははは…………その後、殺すくせによ……」


 しばし間をおいてからヤファスが語り掛ける。


「そんなことするわけないでしょ」


 突如、カイルの背後から女性の声が会話に加わる。


「ミーリカさん、無事だったんですね!」


 カイルは振り返って彼女の無事な姿を確認すると、安堵の表情を浮かべながら感嘆の声を上げた。


 ミーリカはサークリーゼの傍に向かい、負傷している彼へ治癒魔法をかける。


「あなたを力でねじ伏せて屈服させた後に殺すですって? それをしたらあなたが私たちにやろうとしてたことと同じになるわ」


「俺ならそうする。ってか今までもそうやってきた」


「だから嫌なのよ」


「……意味が分からん」


「別に理解しなくてもいいわ」


「とにかく俺は殺されないってことか。……信じていいんだな?」


「……ええ」


「そうか…………カイル……」


「なんだ?」


 ヤファスとミーリカの会話を静かに聞いていたカイルが急に呼びかけられ反応する。


「驚くかもしれないが……俺は駆け出しの小説家なんだ。次回作の構想中にこっちへ来ちまってな。書籍化するのが目標なんだ」


「素敵なことだと思う」


「そこでだ……一つ相談がある」


「何だ?」


「俺の執筆する物語にカイルを出してもいいか?」


「構わん。だが、俺を出しても面白いとは思わない」


「もちろん、主人公は俺だからな。それともう一つ。キャラの扱いだが……」


「どうした?」


「怒るなよ?」


「……話してくれ」


「……まだ構想もしていないが、場合によっては蹂躙され、ざまぁみろ! って展開になるかもしれん。ようするに俺にとって都合がよく、かつ気持ちよくなる展開になる」


「現実で同じことをしなければ俺は構わないと考えている。あんたの頭の中、創作の中でなら俺をどう扱おうと自由だ」


「ありがとう」


「ただ、それを世に出した時に人々がどういう反応をするかまでは分からん」


「ふっ、心配は無用だ。俺のいた星じゃ、こういう作風かなり人気なんだぜ」


「あんたの作品を支持してくれる人がいて、あんたの作品で誰かの心が救われ、満たされるなら構わない」


「後で読んで文句言うなよ?」


「読める機会があるのか?」


「……ないな」


「あんたはこれからどうするんだ?」


「異世界へ戻って執筆活動に専念する。それにあいつらも待ってるしな」


 ヤファスはゆっくりと起き上がろうとするが、うまく力が入らない。


 よろけて倒れそうになるところへカイルがすっと手を差し伸べる。


「ありがとな」


 ヤファスは彼の手を取り立ち上がった。


 ふらつく彼へ今度は肩を貸す。


「悪いな……別の部屋に異世界への転移装置がある。そこまで連れていってくれ」


「ミーリカさん、サークリーゼさんを頼みます。俺は彼を送り届けてきます」


「一人で大丈夫かしら?」


「なぁに、心配するな。もう闘う気力は残っていない」


 ヤファスの案内に従って部屋まで移動し始める。


「さっきの女の子……メイド服のようなものを着た……」


「アルメリナのことか?」


「彼女は一緒に連れていってあげないのか?」


「俺一人しか転移できないから無理だな」


「それなら俺が彼女を地上へ連れていった後、墓を建てて埋葬する」


「ずいぶん丁寧な対応だな。あいつはお前に敵対してたんだぞ?」


「俺なりの責任の取り方だ」


「ふっ……好きにしろ」


「……ところでヤファスさん、マナの収集を止めてもらう件だが」


 アルメリナの話題がひと段落着いたところでカイルが再び本題を切り出す。


「ん? マナの収集がどうした?」


 カイルは再度ヤファスへ説明する。


「つーか、お前そんなこと言ってたか?」


「むしろ何度話してもはぐらかされてる感じだったが……」


「悪いが全く覚えていない」


 (覚えていない?)


「しっかり反応して言葉を返してたが、本当に覚えていないのか?」


「あぁ、覚えていないというよりも本当に今初めて聞いた話だ。……あっ、この部屋だな」


 ヤファスが部屋の扉を指さす。


 (どういうことだ?)


 二人は室内へと入ると、ヤファスはカイルから離れる。


 それから慣れた手つきで端末を操作し始めた。


「ヤファスさんが最後の生き残りなんだ。何か知らないのか?」


 転移準備作業を始めるヤファスへ背中越しに話しかける。


「って言われても本当に知らねーもんは知らねーからなー」


 (嘘をついているようには見えないが……)


「ここにはヤファスさんだけしかいないんだよな?」


「そうだ俺しかいない。でもさ俺が原因なんだったら、もうすぐいなくなるから解決だろ…………よし、完了っと!」


 準備が完了したヤファスは装置の中へと入りこむ。


「そもそもここは何なんだ? なんでこんな施設が海底にあるんだ?」


「さぁ? 知らねー。昔は俺以外の人も住んでたみたいだから住居として使ってたんでしょ」


 転移装置が起動し始める。


「クソザコがー クソザコすぎてー クソザコよー クソザコざっこー クソザコ祭りー」


「なんだそれは?」


「ふっ……勇者、賢者そして歌聖とまで呼ばれた男が残した短歌だ。今となっては俺への皮肉になっているがな。……じゃーな、カイル」


「ヤファスさん、待ってくれ! まだ聞きたいことが!」


 カイルの声で装置が停止するはずもなく、返事をもらえないままヤファスの身体は消え去った。

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