第171話 勇者

 ヤファスの持つ聖剣イヴァルダーが輝きを放ち始める。


 (これが聖剣の真の形……)


 光が失われると聖剣は真聖剣へと変貌を遂げていた。


 (二度の魔王戦ですら姿を現さなかった伝説の剣……これもあいつらが託してくれたのか)


「いける! これなら!」


 ヤファスは真聖剣の柄を固く握り締め、空中へと浮かび上がる。


「あなたに身体強化と斬撃強化の魔法を付与します」


 ミーリカがサークリーゼへ話しかける。


 サークリーゼは頷いてリバル・フィンを構えると、彼女は魔法を詠唱し始めた。


「ありがとうございます。私の強化魔法より強力ですね」


「まず私が魔法で先制攻撃を仕掛けますので、直後追撃をお願いします」


 ミーリカは話した後に空中へ視線を向ける。


「なるほど、理解しました」


 サークリーゼは彼女の視線の意図を瞬時に把握し返答した。


「これで終わらせましょう」


「ええ」


 ミーリカが再び魔法詠唱を開始すると、サークリーゼは剣を握り締め、空に浮かぶヤファスを見据える。


「我が魔力、時の流れに干渉する存在となりて、静止せよ! クロノスドライブ」


 魔法発動後、周囲の事象全ての動きが停止したように空気が一変する。


 ミーリカはふわりと空中へ浮かび上がりヤファスへと間合いを詰めていく。


 間合いに入ると、攻撃魔法を次々に詠唱していった。


 詠唱後、魔法は周囲と同じく静止するが、ミーリカはその状況に目もくれない。


 空中で静止しているヤファスの周囲へ次々と魔法を設置していく感覚であった。


 ヤファスは魔法効果消滅と共に全周囲からの飽和攻撃に曝される算段である。


 (そろそろ効果が切れるわね。これで仕上げ)


「アンダーマイン」


 ヤファスへ弱体化魔法をかけて 一連の魔法攻撃を締めくくる。


 (くっ!)


 ミーリカは自身の身体に何かが重く圧し掛かったように感じた直後、倦怠感が全身を襲う。


 (何……これは……アンダーマインの効果が……) 


「ははははは! やっぱりそういう能力だったのか!」


 静止していたはずのヤファスの口から言葉が発せられる。


「まだ魔法発動中……なのに……なぜ動ける……の……?」


「なぜって? あいつらとの愛と絆のおかげだよ」


「……」


「俺もさっき気付いてな。まさか、動けるなんて驚いたぜ」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


「お前のその呼吸が乱れた様子を見るに、さっき俺にかけようとした魔法は弱体化の類か。反射しといてよかったな」


「はぁ……はぁはぁはぁ……」


 ミーリカは疲労感が蓄積していき、呼吸が荒くなっていく。


「この状況でさすがに反射できるとは思ってなかったからラッキー。お前、展開次第ではこっち側へ来れたのに選択肢ミスったよな。ははははは!」


 ヤファスは勝ち誇った表情を浮かべながら高笑いする。


「まぁ、その息遣い正直興奮するし、状況次第ではもっと乱れさせてーところ……だが!」


 (後は頼みます)


 ミーリカは地上で静止しているサークリーゼを一瞥した。


 ヤファスは左手を真上に掲げる。


「こいつはどこまでもお前の姿を追尾するから逃げ場はねーぞ」


 ミーリカの身体を包み込むほど大きな光球を生成しながら話す。


「俺に逆らった罰だ。消えろ」


 真上に掲げた手をゆっくり正面へ移動させ、光球を彼女へ向かって放つ。


 同時に彼女が仕掛けた魔法攻撃の射線上から上空へ退避する。


 ミーリカは自身の強大な魔力が仇となり、疲労困憊の表情を滲ませ体力の限界を迎えつつあった。


 現状で詠唱可能な魔法は限られているが、直に迫ってくる光球への抵抗を試みる。


 魔法詠唱を開始した直後、静止していた時が再び活動を始めた。


 光球は射線上にいるミーリカへ向かって直進し、そのまま壁にぶつかると消滅する。


 射線上にミーリカの姿はなかった。


 ヤファスの眼下では爆炎が渦巻き、爆音が鳴り響く。


 周囲に煙が立ち込め、彼の視界を奪っていった。


 間髪入れずにヤファスの視界の先、灰色の煙の中で何かが一瞬光る。


 サークリーゼによる神速の刺突――ヤファスの回避。


「これがぁ! 俺のぉ! 俺たちのぉ! 全身全霊の一撃だぁぁぁぁ!!」


 遂にヤファスの斬撃がサークリーゼの身体へ直撃。


 彼の身体が雲煙の中へと沈む。


 視界が晴れていくと、サークリーゼが地面に倒れ込んでいるのが確認できた。


 反撃してくる様子はない。


「はぁ……はぁ……終わった……」


 乱れる呼吸を落ち着かせるヤファス。


 空間が静寂に包まれる。


 しばし間をおいて、ヤファスが地上へと降下を始めた。


 (ん?)


 ふと何かが反射したような感覚が彼の視界に入ってくる。


 (鏡? こんなものいつの間に?)


 彼の見知らぬ鏡が空中に浮遊している。


「目障りだ」


 鏡を破壊しようとすると、一瞬そこへ何かが映った。


「なっ!?」


 声を上げたと同時、ヤファスの頭部を強烈な衝撃が直撃する。


 崩した姿勢を整えながら、発生した事象を頭の中で整理した。


 ヤファスの視界に飛び込んできたのはキネティックアーマー。


「カイル!!」


 アーマーの再装着を完了したカイルの渾身の蹴りが炸裂したのだ。


 ヤファスは即座に反撃に転じようとするが、直前に膨大なマナを消費しており僅かに反応が鈍る。


 カイルの拳がヤファスの顔面に迫り――直撃。


 拳を振り抜いた先に力なく落下していくヤファスが映る。


 真聖剣も彼の手から離れ、自由落下していった。


 全ての力を使い果たしたヤファスに反撃する気力は既に残されていない。


 カイルが着地すると静かな空間に音が響く。 


 その音は戦いの終わりを告げる鐘のようであった。

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