第170話 勇み立つ者 7
ヤファスが瞬きした瞬間、視界に映る景色が様変わりする。
(えっ!? さっきまで転送装置の中にいたのに、もう異世界に来たってこと!?)
周囲を見渡すと小高い丘の上に立っており、辺り一面に草原が広がっていた。
大空には疎らな雲たちが優雅に泳いでいる。
自身の服装は転移前とは異なる布の服になっており、右手にはいつの間にかショートソードが握られていた。
(おー、初期装備までくれるなんて、さすが博士! 気が利くな)
爽やかな風が吹き抜け、心地よさを肌に感じながら風景を眺める。
(本当に異世界に来たんだなー)
ずっと憧れていた情景に感無量となり、立ち尽くす。
ふと、目を凝らすと遠くに町が見えた。
(とりあえずあの町に行ってみるか。……っとその前にアレ、やっちゃいますかぁ)
ヤファスが左手を正面に伸ばし、地面と平行になるようかざす。
(ポーズとか適当だけどな)
「ステータスオ――」
突如、背後から草を掻き分けて自身へ向かってきている気配を感じる。
(やっぱりいますよねぇ、モンスター。……さぁ来いよ! スライム!)
ヤファスは気配のする方へ振り返った。
「えー!?」
気配の正体は愛くるしい軟体生物ではなかった。
(こ、こういうのって最初の敵はスライムとかじゃないんですかぁ? こんなのバグでしょ!)
スライムとは似ても似つかぬヤファスの倍ほどの身長かつ二足歩行のモンスターだった。
筋骨隆々としたモンスターが、棍棒を右手に携えながら咆哮を上げる。
「無理無理無理! こんな狂暴そうなモンスターと戦うなんて!」
彼は脱兎のごとく逃げ去り、丘を駆け降りる。
モンスターも彼を獲物と定め、背後から追走してきた。
(俺、まだチュートリアルすら済ませてないんだぞ! そもそも、そんなのがあるか知らないけど!)
必至で逃げるが、その差はどんどん縮まっていく。
(初戦闘でボス戦かよ! ってかなんて足の速さだよ!)
振り返ると目前にまで迫っていた。
(くそ! このままじゃ! 戦う!? 平謝りする!?)
再び振り返ると今度はモンスターと目が合ってしまう。
その直後、ヤファスは突然金縛りにあったように走るのを止めて、そのまま立ちすくんでしまう。
(ひ、ひぃ! やっぱり怖い!)
モンスターも立ち止まり、両者が対峙する。
「すんません! すんません! すんません!」
言葉が通じるかどうか考える間もなく、許しを請う言葉を繰り返し絞りだす。
モンスターには全く通じず、棍棒を叩きつけようと振り上げる。
(これ絶対許してくれないパターンだ!)
「うわぁぁぁぁ!!」
ヤファスは最後の抵抗と言わんばかりに剣をがむしゃらに振り回す。
突如、モンスターが悲鳴を上げる。
彼の振り回すショートソードの剣先が命中したのだ。
相手が怯んだのを見て、ヤファスは間合いを詰めて無我夢中で斬りかかる。
「わぁぁぁぁ!!」
斬撃が次々とモンスターの身体へと刻まれていく。
ダメージが蓄積されていくと、ついに仰向けで地面へと倒れ込んだ。
反撃してくる様子はない。
その状況を認識すると、ようやく我に返り攻撃の手を止めた。
「一 転 攻 勢」
ニヤリと笑みを浮かべ、剣先を地面に突き刺すよう両手持ちする。
仰向けに横たわるモンスター目掛けて真っ直ぐ剣を突き刺す。
「おらぁ!」
さらに突き刺す。
「反撃して来いよ! おらぁ!」
ひたすら突き刺す。
「おい、聞いてんのかぁ! 雑魚がよぉ!」
すでに事切れているモンスターへの攻撃を数十回繰り返したところで手を止める。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
乱れた呼吸を落ち着かせる。
(ちょっと熱くなりすぎちゃったな)
「でもお前が悪いんだ! 俺に逆らうからこうなったんだぞ! 分かったか、この!」
モンスターの死体を思い切り蹴った。
直後、ヤファスの正面にリザルトウィンドウが表示される。
(おっ? さっきの戦闘結果か? 本当にゲームみたいだ)
ウィンドウには取得経験値が表示され、レベルアップとそれに伴うステータス上昇が通知されていた。
「おっ! さらにスキルゲット。スキル名は経験値取得アップ。効果は……オーバーキル時、取得経験値1.1倍から1.5倍のランダムか。ラッキー!」
(スキルはレベルアップ時以外にも、特定の条件を満たせば取得できるらしいな。取得するまで条件が分からないって……隠し要素みたいなもんか)
モンスターを無事倒した安堵感と疲労感が同時に込み上げ、その場に座り込んだ。
(さっきのは少しやり過ぎた感がしたけど、そのおかげで新しいスキルを取得できたからセーフ! 正当防衛、正当防衛!)
休憩を終えると町へ向かって歩き出す。
喜び、嬉しさ、楽しさ、期待感といった感情が一気に込み上がって混ざり合う。
「うおぉぉ!! 異世界ぃぃ!!」
その感情は突如暴発し、言葉と化して放たれる。
かくしてヤファスの異世界での冒険が幕を開けた。
――――――
「アルメリナ、この瞬間からお前は奴隷じゃなくなった。そして同時にお前は俺のものだ。まずは……そのぼろぼろの服の着替えからだな」
「お、俺は別に女の子と話慣れてないわけじゃないからな! ほら……め、飯行くぞ!」
「新しく仕立てた服、似合ってるぞ。俺専属のメイドになる準備は整ったな。これからメイドとして相応しい言葉遣いもじっくり教えてやる」
――――――
「俺を庇って……アルメリナ……そんな……」
「俺のチー……じゃなくて俺の力で助けた。お前の身体は半分以上機械になってしまったが……」
「あぁ、また俺と一緒に冒険ができる」
――――――
「食糧難? ふむ、ではオークの肉をトンカツにしてはどうだろうか?」
「俺の読んだWEB小……文献では皆できてた。だからできる!」
「できないできないって……お前ら…………いい加減にしろ!! 理屈じゃない! 頭で考えずに身体を動かせ!」
「ゼシリカって言ったか? 何きょとんとした顔してるんだ? バッター液作るぞ!」
「お前ら、トンカツぅ!! バッター液ぃ!! 挙句の果てには賢者やら天才やらリアクションがいちいち大袈裟なんだよ。これ普通だから。やれやれ、先が思いやられるぜ」
――――――
「国家が敵になる!? 相手の事情なんざ知らねーな、そんなの俺が全部ぶっ潰してやる! だから俺と一緒に来い、メフィアーネ!」
「できっこないって? 俺ならできる! いや、むしろ俺だからできる! 俺の力ならな!」
「なっ! できただろ? …………おいおい、泣くなって。……お前に涙は似合わねーよ」
――――――
「クソザコが クソザコすぎて クソザコよ」
「えっ? これが何かって? 俳句だけど」
「いやさ、あまりにも敵が弱すぎて吟じてしまったわ」
「皆してすげーすげーって褒めても何も出ねーぞ。この俳句の出来が素晴らしいのは分かるけどさ」
「実はな、この俳句は下の句と組み合わせることで短歌という名の完全体となる」
「えっ? 下の句も教えてほしいって? どうしようかなー……ヒント、クソザコざっこ……って半分言っちゃったじゃないか」
「俺の考えた短歌を国歌にしたいって? いいぜ!」
――――――
「ハーレムって呼ぶのなんつーか直球っていうかさー、まるで俺が女の子を侍らせてるみたいだろ?」
「だから、これからはハーレム改め、嫁ージング!」
「これは俺のためじゃなくてお前たちのことを慮って考えたネーミングだ」
「そこまで考えてくれてる俺が優しいって? おいおい、それじゃ今だけ優しいみたいじゃねーか。俺は常にお前らのことを考えてるからな」
――――――
「はっ? 俺が勇者なんだが。あー、なるほど……あいつはかませ勇者って奴だな。正義を振りかざして……俺が一番嫌いな存在だ!」
「まー、かませだけに最後はあっけなかったな。とはいえ爽快感だけはカンストしてたけどな!」
「ははははは! やっぱりゼシリカとメフィアーネもそう思ってたか!」
――――――
「あれが伝説のドラゴン!? つい倒しちゃったけど、あれ大きいトカゲじゃなかったの?」
――――――
「ついに魔王の城まで来たか。アルメリナ、ゼシリカ、メフィアーネ準備はいいな? いくぞ!」
「ふぅー、なかなか強敵だったな」
「そうだ、俺たちの絆の勝利だ!」
――――――
「ステータスカンスト達成か。……そんじゃー、一度戻るわ」
「えっ? みんなどうしたの、きょとんとした顔して?」
「あっ! 伝えるの忘れてた。俺、異世界人だったんだよ。みんな、今まで黙っててごめんな」
――――――
(戻ってきたけど、やっぱり博士はもう逝ってしまってたか)
(準備完了だな。それでは次の異世界へ出発ー!)
――――――
「ここが次の異世界か。この宝石を使えば、嫁ージングもここへ呼べるか」
「はい、魔王討伐完了っと!」
「まさか、魔王に娘がいたとはな。ベルナと言ったか? 俺たちと一緒に来い」
――――――
「それじゃ、また一旦元の世界に戻るわ」
――――――
(ミッションコンプリート! これから自由を満喫するぞ! ってか今までも割と自由にしてたけど)
(それにしても異世界楽しかったなー。あっちでは色々あったし、しばらくここで過ごしてからあいつらを迎えに行くか)
(ここって各施設とかそこそこ充実してるんだよなー。よし、久しぶりにリーアちゃんのライブコンサートを鑑賞するか!)
(今の俺ならレスクシオラ星の美少女全員落とす自信あるわ。でも悲しいかな……ここには俺しかいないんだよな。才能を発揮できない環境って辛いよね。あー、ほんと辛い)
(転生してレスクシオラ星に戻れたら異世界での武勇伝を小説にしたいな)
――――――
(ん? この施設に侵入者? ここ海底なんだが)
(誰だあいつ? レスクシオラ星の生き残りか? そんなわけねーよな……ってことは現地人か)
――――――――――
――――――――
――――――
――――
――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます