最終章

第139話 去就

「さっそくキールゼンも誘って宴会の準備だ!」


 レイジーンが音頭を取る。


「――何が宴会ですか?」


 一階の賑わいを聞いて二階からキールゼンが様子を見に下りてきた。


 階段を下りると、まっすぐカイルへと向かい、彼の正面で立ち止まる。


「無事戻ってきたことについては安心しました」


「キールゼン、心配かけてすまなかった」


「カイルオーナー…………あなたには失望しましたよ」


「失望したと言われたのは、これで二回目だな」


「あなたはカイル商会の創業者だ。店舗展開も順調で利益も上げており、ここまで成長させたのはあなたの実力と功績。それは認めましょう」


「なら、いいじゃねーか」


 レイジーンが口をはさむ。


「しかし! 現状はどうか?」


「現状? 二人とも無事に戻ってきて、一番いい結果だろ!」


「否! 娘一人にうつつを抜かすとは愚の骨頂! 商会を完全に私物化しているではないですか!」


「お前! いくら何でも言いすぎだ! 今度という今度は許さんぞ!」


 レイジーンは激昂するが、カイルは静かにキールゼンの話を傾聴する。


「あなたは戦争が始まってから商会や経営のことを常に考えていたのですか?」


「考えていた……考えていたが……」


「その気の迷い……あなた一人のわがままでスタッフたちは振り回され、路頭に迷うのです」


「キールゼン……」


「それだけでなく、あなたは戦争特需を全て棒に振った。……私は気付いたのです」


「気付いた?」


「私の興味はあなたという人間にではなく、あなたが仕事で出した実績に対してのみだったということにです。それも期待できないのでは、もはや興味など皆無!」


「何が言いたい?」


「この際、はっきり言いましょう。あなたのオーナーとしての役目はすでに終わったのです」


「俺にオーナーの座を下りろと?」


「そういうことです。……去就についてはあなたの意思を尊重します」


「ちょ、ちょっと待てよ! 無事に帰ってきて早々、それはないだろ!」


「…………キールゼンの言う通りだ」


「おい、考え直せ! この商会のオーナーはカイルなんだぞ。キールゼンの言葉に従う必要なんてないだろ」


 レイジーンは唐突な発言に驚きながらもなだめようとするが、カイルは視線を合わせるだけで返事をしなかった。


「カイルさんが商会を去るなら俺もついて行きます!」


「それはダメだ。クルムの目標は俺と一緒に仕事をすることじゃなくて、立派な商人になることだろ?」


「まだ……まだカイルさんから教えてほしいことがたくさんあります!」


「それなら俺よりキールゼンの方が適任だ」


「俺は……俺はカイルさんから教えてもらいたいんです!」


「……すまんな、クルム。その気持ちに応えることはできない……」


「カイルさん……」


 クルムは肩を落として俯いた。


「護衛は必要だろ? 俺は無理矢理にでもカイルについていくぞ」


「レイジーンがこの商会からいなくなったら、誰がソフィナを……みんなを守るんだ?」


「それは……ソフィナも一緒に……」


「レイジーンは商会に必要な人材だ。みんなで商会とキールゼンを支えてやってほしい」


「商会を去ってこれからどうするんだ?」


「また一から新しく始めるさ」


 エリスとソフィナがアイリスに駆け寄る。


「アイリスさんも行ってしまうの?」


「うん、もう決めてるの」


「せっかく元気に戻ってきて……また一緒にお仕事できると思ったのに……」


 エリスとソフィナが交互に話しかけた。


「ごめんね……」


「ううん。末永くお幸せに」


「またいつでもお店に来てくださいね」


「ありがとう」


 ――数日後。


 カイルは正式に商会のオーナーをキールゼンに託した。


 退職金として数年は自由に旅できるほどの資金を得る。


 店の扉を出たところでレイジーンとクルムとの最後の挨拶を交わす。


「レクタリウスはメルフィスに返却しておきたい。代わりに俺の剣を使ってくれ」


「こっちの剣は元々借り物だったからな。カイルはいいのか? その……くそださネーミングの……」


「カイルソードな。なんならレイジーンソードに改名してもいいぞ」


「いや、それは遠慮しておく。……じゃーな、カイル、アイリスさん。元気でな!」


 レイジーンは屈託のない笑顔で手を差し出す。


 カイルとアイリスも笑顔を返し、固く握手を交わした。


「カイルさん、これを受け取ってください」


 クルムは小袋をカイルに手渡す。


 中には金貨が数十枚入っていた。


「約束覚えていたんだな」


「あの時に助けてもらった対価をやっと支払うことができました」


 カイルたちは別れの挨拶を済ませると、店に背を向けてゆっくりと歩き始める。


 レイジーンとクルムは二人の背中が見えなくなるまで見送った。


 カイルとアイリスは彼女の両親の宿泊先へ向かう。


 アイリスが生還したことを既に彼らは知っているので、今回は旅に出ることの挨拶だった。


「俺たちはまだやらなくてはならないことがあるんです」


「分かりました。旅のついでに寄ったら二人の顔を見せてください」


 アイリスの両親はアルバネリス王国で新たに飲食店を開く予定である。


 その話を聞いたカイルは退職金の中から、いくらか彼らへ出資した。


 両親との会話を終えると、アルバネリス王国を出発する前にマルスライトのラボへと立ち寄る。


「出発するのか?」


「はい」


「……空島で何かあったんだな?」


 カイルはマルスライトの顔をじっと見るが、問いには答えず沈黙を貫く。


「話せない内容なら無理に話さなくていい」


「すみません」


「二人とも……幸せにな!」


 マルスライトは爽やかな笑顔で二人を祝福した。

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