第138話 約束の果て
「降下派はこの星の生態系に大きく干渉しました。これはルール違反であり、禁忌です」
「レスクシオラ星から見るとルール違反かもしれませんが、我々の星から見ると文明発展に寄与しているとも考えられます」
「カイルさんのおっしゃられるように物事は表裏一体です。……これを見てください」
ノーアがテーブルに向かって手をかざす。
すると、カイルたちが囲んでいるテーブルの上に名簿リストのようなものが浮かび上がった。
「文字まで同じなんですね」
「カイルさんたちが普段使っている言葉や文字は、降下派が地上で文化圏を築き上げた結果である……と考えるのが自然かもしれませんね」
カイルは納得して頷く。
「私は最後の義務を果たさねばなりません」
「最後の義務……?」
ノーアは名簿リストに視線を向ける。
「これは全乗組員の名簿リストです」
「全ての行に取り消し線がついていますね」
「はい、取り消し線がついている乗組員はすでに亡くなっています」
彼女はリストを下方へとスクロールさせていく。
どの行にも取り消し線が引かれている。
さらにスクロールさせていくと、ある地点で止まった。
カイルとアイリスが目を凝らしてリストを見ると、一件だけ取り消し線が引かれていない行を見つける。
「ここだけ取り消し線が引かれてないですね。なぜですか?」
「まだ生存しているからです」
「えっ! レスクシオラ星の人ってそんなに長寿なんですか?」
「長寿どころかマナの少ないこの星では長くは生きられないはずです」
「では、なぜ?」
「それは分かりません」
「このリストの情報が間違っているということはないですか?」
「その可能性は限りなく低いです」
「失礼しました」
「いえいえ、話が長くなりましたね。カイルさんとアイリスさんへのお願いというのは、この生存者を見つけてほしいのです」
「何か手掛かりになるものはあるのでしょうか?」
「あります。その為にアイリスさんに魔法を一つ授けます」
ノーアは椅子から立ち上がるとテーブルから離れ、両手を広げても障害物に当たらない場所へ移動する。
「さぁ、アイリスさん。こちらへ来てください」
アイリスも椅子から立ち上がり、ノーアの近くへ歩いていく。
ノーアはアイリスの額に手を当てる。
カイルは二人の様子を近くで見守っているが、何も変化はない。
「終わりましたよ」
ノーアに促されて再びカイルたちは椅子に座る。
「何も起こらなかったように見えたのですが、魔導書がなくても新たな魔法を覚えられるのですか?」
「魔導書は知識を得るために使います。つまり、素養ある者が知識を身につければ魔法は使えます」
「さっき額に手を当てたことで知識を得た……ということですか?」
「そういうことです。今、アイリスさんの記憶に知識をインストール……記録しました。魔法の使い方をイメージできますか?」
「不思議ー。さっきまで知らなかったのにまるで本を何度も読み込んだかのように知識が頭の中に入ってる」
「うまくいったようですね。授けた魔法はサーチです。これで対象の所在地が調べられます。生存者の情報は後で伝えますね」
「ノーアさん、ここからサーチの魔法で調べられないのですか?」
「サーチで調べられる範囲は限られていますので、地上へ降りて調べる必要がありますね。しかし、私はこの艦から離れることができません」
「だから俺たちに依頼されたわけですね」
「はい」
サーチに必要な生存者の情報を教えてもらった後、カイルとアイリスはノーアに礼を述べる。
「では少し休息を取ったら地上へと戻ります……あっ! 地上へ戻る方法がなかった……」
「出発される際に声をかけてください。準備しておきます」
「何から何までありがとうございます!」
――二日後。
「ノーアさん、お世話になりました」
「二人とも初めて会った時と見違えるほどいい表情ですね。ではこの髪飾りを身に着けてください。これで地上へ戻れます」
二人はノーアから髪飾りを受け取って身に着けた。
「お揃いでとっても似合ってますよ」
隣同士で並んでいるカイルとアイリスは互いに一瞬目があった後、照れ笑いした。
「浮遊の魔法と同じ効果が得られます。通常、浮遊の魔法はこの高度では使えませんが、その髪飾りは特別です」
「ありがとうございます」
「寒さや風圧なども制御してくれる優れものですよ。ただし注意点が一つあります」
「何でしょうか?」
「高性能ですが、何度も使えません。今回と次回来訪時の二回と考えてください」
「分かりました。……ん? 次回来訪した時にまたこの髪飾りを頂けるのでしょうか?」
「この道具の在庫はもうありませんが、戻る方法はあります」
「それを聞いて安心しました。……それじゃー、俺たちはそろそろ地上へ戻ります」
「浮かび上がることを意識してください。そうすると身体が宙に浮くはずです」
カイルたちはノーアの助言に従って意識を集中させると、二人の体はふわっと浮きあがった。
「本当に宙に浮かんだ! 魔法使いになったみたいだ」
カイルは視線を足元に向け、地面から足が離れているのを確認しながら話す。
「飛行するには飛びたい方向や速度を意識してください。最初はゆったり飛ぶことを意識するのが良いでしょう。多少慣れが必要ですが、地上へ着くまでにはコツを掴めるはずです」
「分かりました。やってみます」
「では依頼の件、お願いしますね」
「分かり次第、また伺います」
カイルとアイリスは手をつないでノーアに背を向けた。
それからゆっくりと同じ速度で飛行を始め、彼女から遠ざかっていく。
少し進んだところで二人は振り返り手を振ると、彼女も手を振り返した。
「降りながら飛行の練習しようか」
「うん」
二人はつないだ手を一旦離す。
旋回したり、速度を上げたり下げたりしながら自由に飛び回る。
しばらくすると飛行に慣れていき、コツを掴んだ二人は再び手をつなぐ。
「楽しいね!」
「こんな気分久しぶりだ!」
二人の眼下に雲海が見えてくる。
カイルはアイリスの片方の手もつなぐ。
二人は両手をつなぎ、見つめ合って雲と平行になるよう飛行する。
「私たち雲の上を泳いでいるみたい」
そして抱擁しながら、頭を地上へ向けて雲の中へと垂直に入っていく。
雲を抜けると抱擁を解いて、片手つなぎに戻す。
眼下には地上が映る。
「王都が見えてきた」
「みんなびっくりするかな?」
「きっとな」
二人は少し速度を上げて地上の王都を目指して降下していった。
――カイルを空島へと送り出してからしばらく経過後。
レイジーンは見事一人でゴブリンの群れを退け、クルムたちを守り通した。
彼らは馬車に乗り込み王都へと戻り、マルスライトも同行する。
「君たち、もう一度確認するが本当に後悔はしていないのか?」
「そのつもりだ」
マルスライトの問いかけにレイジーンが即座に答える。
彼が即答したのは、ここにいる他の人間が全て自分よりも若く彼らに答えさせるのは酷だと判断したからだった。
「明日までに戻ってこなければ……カイルは……」
「縁起でもないことを言わないでくれ」
「私もそうなってほしくはない。もしもの話だ」
「すまない。気が立っているみたいだ」
「構わん、気にするな。それと私が言うのも何だが、商会の今後をどうするか考えておいた方がいいぞ」
彼らはカイルを送り出したものの、皆成功の確率は限りなく低いことを理解している。
現実を直視するマルスライトの言葉は頼もしくもあったが、同時に現実から目を逸らすなという警告でもあった。
皆、自分の行動や気遣いがカイルを追い込んでいったのではないかと心に罪悪感を抱えている。
それはレイジーンも同じで万が一彼が戻ってこなければ、彼らが抱えている罪悪感を自分一人で背負う覚悟はできていた。
――数日後の昼。
王都の店の一階には主要メンバーが集まっていた。
カイルを送り出して以降は、店を一時閉店させている。
マルスライトの話した期限になってもカイルは返ってこず、店内は重苦しい雰囲気に包まれていた。
「ここにいるみんなも……カイルも……自分にできることを精一杯やったんだ。誰も気に病むことはない」
レイジーンが集まっているメンバーに声をかける。
主要メンバーの一人であるキールゼンは唯一不在だった。
現状、カイルの代わりに動けるのは彼だけであり、商会の経営に尽力している。
――扉をノックする音が店内に響く。
「……定休日の看板出すの忘れたか?」
「俺が出ます」
レイジーンの発言にクルムが反応すると、椅子から立ち上がり扉へと向かう。
鍵を外して扉を開ける。
「……カイルさん!」
クルムの沈んだ表情が一気に明るくなった。
彼の言葉を聞いたレイジーン、マルスライト、エリス、ソフィナも椅子から立ち上がる。
「みんな、遅くなったな!」
「私もいるよー」
アイリスが彼の隣からひょこっと顔を出した。
「アイリスさんも!」
カイルとアイリスが店内に入ると、クルムたちが二人をあふれんばかりの笑顔で囲む。
「みんな、心配させてすまない。アイリスもこの通り元気になった」
ついさっきまで笑顔だった皆は、目に涙を浮かべている。
「二人とも……本当に無事でよかったです」
「アイリスさんが……アイリスさんが……こんな奇跡があるなんて」
エリスが涙声で話すとソフィナも続ける。
「人生で二度……いや三度も奇跡を目撃するなんてな」
レイジーンも感極まって涙が零れそうになっていた。
「カイル」
マルスライトはカイルにそっと手を差し出す。
「よくやったな! おめでとう!」
カイルは彼の手を固く握る。
「ありがとうございます! マルスライトさん」
「二人ともここ数日碌に食べてないんじゃないか?」
レイジーンがカイルに話しかける。
「そうだなー。意識したら急に腹が減ってきた」
「何か食べたいものはあるのか?」
「うーん、とりあえず干し肉かな」
「それだけじゃ腹膨れないだろー。宴会だ、宴会! ぱーっとやろうぜ!」
カイルたちは笑顔に包まれ、彼らの歓喜の声が店内に響き渡った。
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