第119話 公表

 ――数日後。


 帝国軍との海戦での撃沈を免れたロムリア海軍の僅か数隻となった残存船が母港へと帰還する。


 ロムリア海軍は敗北の報を伝えるため、すぐさま馬を王都へ走らせた。


 帝国軍は拠点の設営が完了し、ロムリア王国領内へ侵攻を開始する。


 侵攻途中にある村や町を占領し、突然の襲撃に住民たちは成すすべもなく降伏していく。


 略奪などは固く禁じられていたが、前線の兵士を完全に掌握することはできていない。


 生き残り、拘束を免れた人々は、帝国軍襲撃と略奪などの惨状を他の村や町へ伝達していく。


 同時に前線付近にいた商人たちも情報共有を行っていった。


 ――後日、ロムリア王国での会議。


 長方形のテーブルが部屋の中央に置かれ、その周囲を取り囲むように椅子が配置されている。


 その椅子へ王と参加者二十数人が座り会議が行われた。


 参加者は皆、ロムリア海軍敗北の報を受け動揺している様子だった。


 (対帝国戦に向けて育ててきたロムリア海軍が、こうもあっさり敗北するとは……)


 王は気丈にふるまうも、自慢の海軍を退けられ、内心落胆していた。


「同盟国の軍はまだ合流できぬのか?」


「もうじき準備が整うとアルバネリス王国、グラント王国より報告を受けております」


「帝国軍は現在どのあたりまで侵攻しておるのだ?」


 参加者の一人が、帝国軍の現在位置を伝える。


 さらに帝国軍が王都に到着するまでは四十日ほどかかる予測であると付け加えた。


「兵力の規模は?」


「約3万ほどと報告を受けております」


「3万!? わが軍の動員兵力数の約3倍ではないか!」


 参加者の一人が驚き声を上げる。


「国民にはロムリア海軍が敗北したことは伏せておく」


「……僭越ながら意見させて頂きます。海軍敗北を伏せたままでは、帝国軍上陸の説明がつきませぬ」


「国民を動揺させてはならん」


「……しかし……このままではいずれ王都にまで侵攻されます」


「レティルスよ」


「はっ!」


 ロムリア王国騎士団長のレティルスが王に呼ばれ返事する。


「意見を聞かせてくれ」


「同盟国の援軍が到着次第、速やかに合流。その後、王都へ侵攻される直前で迎え撃つのがよろしいかと」


「ではそのように手配せよ」


「はっ!」


「お待ちください、王」


「どうしたジグマイヤー」


 本会議には、セルバレトに代わりイラベスク商会オーナーのジグマイヤーが参加している。


「帝国軍の侵攻が一方向からとは限りません。王都の防衛にもいくらか兵力を割くべきです」


「軍事の素人が口出しするな!」


「そうだ!」


 ジグマイヤーへ向けて一斉にヤジが飛ぶ。


「私は可能性を提示したまで。決定は王に委ねます」


「……レティルスの直属部隊は王都の守備に回す。できるか?」


「……はい、問題ありません」


 レティルスは王に返事してからジグマイヤーを鋭い視線で一瞥する。


 帝国軍への対応が決まり、会議は終了した。


 ――翌日。


 ロムリア王国は戦況についての公式発表を行う。


 その内容はロムリア海軍は激戦の末、帝国海軍を見事撃破したというものだった。


 王都中で勝利の歓声が湧きあがり、熱狂に包まれる。


「ほら、やっぱり当初の噂通りだったじゃねーか」


 事務所でレイジーンがキールゼンに話しかける。


「もう前の話を忘れたのですか? あなたは頭の中まで筋肉でできているようですね」


「なんだとー!」


「二人とも落ち着いてください」


 レーティナが二人の仲裁に入る。


 事務所内が騒がしくなる中、カイルは一人考え込んでいた。


 (王国の発表は本当なのか? 信じていいのか?)


「キールゼン」 


「はい」


 レイジーンとレーティナとの会話に加わっていたキールゼンは、カイルに視線を合わせて返事する。


「少し打ち合わせをしたい」


 カイルとキールゼンは椅子から立ち上がり応接室へ移動する。


 応接室に入ると、テーブルを挟んで対面して座った。


「王国の発表についてどう考えている?」


「嘘……と見るべきでしょう」


「なぜ分かる?」


「すでに帝国軍が領内への侵攻を開始したという情報を商人たちから得ています。加えて海軍の母港に戻ってきた船はたった数隻だったという情報も」


「……俺が集めた情報も整理していくと、ロムリア海軍が敗北した可能性は高い」


 キールゼンは静かに頷く。


「海軍が敗北したとして問題は上陸した帝国軍が今、どのあたりにいるかということだ……」


「そうですね……」


 商人たちの間でも情報が錯綜しており、二人はどの情報が正確なのか決めあぐねていた。


「もう少し情報を集めて精査してみないとな」


 二人は打ち合わせを切り上げて事務所へと戻る。


 カイルはその日の仕事が終わった後、全スタッフを集めて打ち合わせの内容を報告した。


 具体的な対応については後日話すと付け加える。


 ――数日後。


 情報を精査していった結果、帝国軍のおおよその位置が特定できた。


 それと同時に占領された町や村の惨状も克明に伝わってくる。


 どこまで真実かは不明だが、中には思わず眉をひそめたくなる話もあった。


 商人たちの情報では帝国軍は王都まで侵攻するであろうという予測だ。


 カイルはそのような状況下において、商会の経営をどうするかの決断に迫られていた。


 (いつまで商売を続ける? もう逃げる段取りをした方がいいのか?)


 この頃になると、王都の国民にも少しずつ情報が伝達されていく。


 しかし、ロムリア王国騎士団は健在であること、同盟国の援軍もすぐに到着するとのことで真剣に考える人は少なかった。

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