第118話 海戦

 ――二か月後。


 噂は遂に真実となった。


 ロムリア王国はユーファリア帝国との戦争決定を正式に公表する。


 王都は異様な熱気と歓喜で溢れ返った。


 まだ開戦していないのにもかかわらず、酒場は連日盛り上がり、すでに戦勝したかのような雰囲気に包まれている。


 対してカイルの事務所には張り詰めた空気が漂う。


「おい、本当に戦争するのかよ……」


 レイジーンは王都中で配布されている開戦決定の通知を読みながら呟く。


 彼以外にも事務所にいる人は皆、通知を手に持って真剣な表情で一字一句読んでいる。


 カイルはこの日以降、状況へ迅速に対応するため情報収集に一層力を入れた。


 いつ開戦するのか、開戦後の戦況はどうなっているのかには特に注視している。


 この日以降、徐々に海上規制が敷かれていき、自由に航行ができなくなっていった。


 また陸上の移動にも制限が加えられていく。


 ロムリア王国外への移動が原則禁止され、他国でも商売をしている商人たちにとっては厳しい状況になりつつあった。


 ――翌月、ロムリア海軍の母港。


 帝国海軍との海戦に向けて戦闘船が続々と集結してくる。


「これほどの数の戦闘船が一堂に会するとは壮観ですな、提督」


「相手はユーファリア帝国海軍だ。最後まで気を緩めるな」


 近年、ロムリア王国では大きな海戦はなかった。


 にもかかわらず海軍力の増強を行ってきたのは帝国を仮想敵国としていたからである。


 帝国との交易が盛んになるにつれて、その強大さを脅威と感じ始めたことが原因だった。


 万が一帝国との戦争に突入した場合、水際で抑えて一切上陸させないのが現国王の方針だ。


 長年の取り組みがようやく実り、そして試される。


 帝国との海戦を目前に控え、入念に準備してきたロムリア海軍提督は武者震いが止まらない。


 ――後日。


 本日がロムリア王国へユーファリア帝国からの使者が到着して半年が経過した日になる。


 ロムリア王国は正式回答を帝国にしなかった。


 つまり、本日を境としてロムリア王国とユーファリア帝国は戦争状態に突入する。


 数日後、前線のロムリア海軍の偵察船は帝国軍の戦闘船を発見した。


 帝国軍の動きは迅速であったが、その動きはすぐにロムリア海軍の母港へと伝達される。


 偵察船の報告では帝国海軍もロムリア海軍と同じガリオン船で構成されているとのことだった。


 ロムリア海軍はできる限り帝国海軍を領内に引き寄せる作戦を展開する。


 帝国海軍が長距離航海で疲弊したところを迎撃する狙いだ。


 ――ロムリア海軍の偵察船が母港に帰還した翌日。


 ロムリア海軍のガリオン船団は母港を出港する。


 出港した船から隊列を組んでいき、綺麗な単縦陣を構成した。


 綺麗に一列に並び陣形が一切乱れないことから高い練度が窺い知れる。


 ――後日の昼。


 遂に両海軍は互いの船影を視界にとらえた。


 ロムリア海軍は単縦陣で大砲の有効射程範囲まで接近していく。


 徐々に帝国海軍の船団の全容が明らかになってくる。


 形こそガリオン船のようであったが、より大型でロムリア海軍の船とは明らかに砲門数が異なっていた。


 帝国海軍の船は大砲を多く配置することにより砲撃戦に特化した仕様となっている。


 相手が同規模のガリオン船だと考えていた船員たちは若干動揺を隠せなかった。


「数と練度で優っている。いつも通りにやればよい」


 ロムリア海軍提督は冷静沈着に指示を出していき、距離を詰めていく。


 帝国海軍の船を大砲の射程圏内にとらえると、提督は船員に砲撃の指示を出す。


 提督の座上する旗艦から轟音と共に初弾が発射される。


 それを合図に各船からも次々と砲撃が開始された。


 直後、帝国海軍の船からも砲撃が開始され、両海軍の間でついに砲撃戦が始まった。


 ――数時間後。


 ロムリア海軍のガリオン船は、その大半が海の藻屑として消えていた。


 対して帝国海軍の損失はほとんどない。


 事前の予測通り、船の数と練度ではロムリア海軍が帝国海軍に優っていた。


 にもかかわらずロムリア海軍が敗北した理由は大きく二つある。


 まず、総砲門数で帝国海軍が上回っており、次に各砲の命中精度が優れていた。


 本海戦でロムリア海軍の旗艦は撃沈され、本船に座上していた提督も戦死する。


 海戦終了後も帝国海軍はアルバネリス王国とグラント王国の増援を警戒したが、一向に現れる気配はなかった。


 帝国海軍の戦闘船は後方に控えている輸送船団と共にロムリア王国を目指す。


 ――後日。


 帝国海軍はロムリア王国領内の上陸地点へと到着する。


 まず、海軍の兵士が上陸し襲撃を警戒したが、ロムリア王国軍の姿はなかった。


 その後、後方の輸送船団も合流し、船内から兵士が次々と上陸を開始する。


 それから兵士たちは物資の積み下ろしと拠点の設営を始めた。


「隊長の持っているその細身の剣、綺麗ですね」


 設営の休憩中に、とある帝国軍の部隊の隊長が武器の手入れをしている最中、部下が話しかける。


「遥か東の国で使われている武器だ」


「こんな綺麗な武器、生まれて初めてみました。なんて名前の剣なんですか?」


「ユキシグレって名前だそうだ。東部戦線に配属されている友人からもらった」


「東部戦線……あっちではまだ戦争が続いてるみたいですね。ところでこの剣……綺麗ですけど実戦には使えなさそうですね」


「何言ってるんだ? こいつで戦うんだよ」


「えっ! こんな細身の剣でですか? きっと相手はフルプレートアーマーで武装してますから折れますよ?」


「……ちょっとお前、俺の正面に立ってみろ」


 隊長の指示に従って部下が移動する。


 正面に立つと隊長は雪時雨を両手持ちで構えた。


「な、何をするんですか? もしかして俺を斬るつもりですか!?」


 部下は怯えた表情で隊長を見るが、彼は返事をしない。


「じ、実戦で使えないなんて言ってすみませんでした!」


 次の瞬間、雪時雨を振り下ろす。


 部下は一瞬目をつぶり、恐る恐る開いていく。


 体のどこからも出血や痛みはなかった。


 ふと足元を見ると、自分が装着している鎧の金属部分の一部が切り裂かれて落ちている。


「あー! お、俺の鎧が!」


「普通なら折れてしまうかもしれない。だが、ユキシグレには鎧も切り裂ける特殊能力が付与されている。だからこいつで戦えるのさ」


「……俺の全財産でこしらえた鎧が……」


「なぁに、心配するな。すぐに新しいのが手に入る。武具も酒も女もな!」

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