第112話 視界の先
(俺の身体は消えてしまったのだろうか?)
カイルはゆっくりと目を開けると、視界の先にはアイリスがいた。
彼女はまだ目を瞑っている。
つないだ手を放すと、彼女も目を開けた。
次に宝石へ視線を向けると輝きは失われている。
(何が起こった?)
それから周囲の状況を確認する。
不足しているメンバーは誰一人いなかった。
(エルフの森も破壊されていない)
何も変化がないことを確認したカイルは、ふと空を見上げる。
すると先日、ヒースラルドを助けた女が空中に浮遊していた。
「なんとか間に合ったようね」
カイルと視線が合ったミーリカは彼に話しかける。
「あんたが助けてくれたのか?」
「そういうことになるわね」
「ヒースラルドの仲間じゃなかったのか?――」
「ミ、ミーリカ……なぜ……?」
カイルとミーリカの会話にヒースラルドが割って入った。
「あなたたちと戦う気はないわ。あとは私に任せてくれる?」
ミーリカはヒースラルドに返事せず、カイルへ問いかけた。
「……わかった」
カイルは少し間をおくと、深く頷いてミーリカの提案を承諾する。
「ありがとう。……あなた、ちょっと待って」
彼女はゆっくりと地上へ降下していき、カイルの正面で僅かに浮遊した状態になる。
「これを受け取って」
ミーリカはローブのポケットからブローチのようなものを取り出してカイルへ手渡した。
「これは?」
「もし、今後あなたに生命の危機が訪れた時、そのブローチを握り締めて私の名前を心の中で叫んで。きっと助けになれると思うわ」
「なぜこれを俺に?」
「ヒースラルドがあなたとあなたの仲間に迷惑をかけたお詫びよ」
「……ありがとう。確かミーリカと呼ばれていたが、それがあなたの名前か?」
「そうよ。あなたは?」
「俺はカイル」
「カイルさんね、覚えたわ」
カイルたちはミーリカとヒースラルドを残して商館へと戻っていく。
「なんとか助かったな、アイリス」
戻る道中でカイルはアイリスに話しかけるが、彼女はぷいっとそっぽを向いた。
「どうしたんだよ?」
「カイルはああいう女の人がいいんだー」
アイリスは再びカイルに視線を合わせて話す。
「ち、違うって」
カイルはアイリスに視線を合わせたまま、慌てた表情で訂正する。
「違わないもん。プレゼントまでもらって嬉しそうだったしー」
「あれは迷惑をかけたお詫びって言ってただろ」
「ほんとかなー」
アイリスはジト目でカイルの顔を見る。
それから頬を軽く膨らませてカイルから視線を逸らした。
「それにしてもカイル、女の子にモテモテだなー」
レイジーンが二人に近づき会話に入る。
「そんなことないって」
「さっきの状況で? やっぱ商会のオーナーともなると格が違うわ、格が!」
レイジーンはカイルの肩をぽんぽんと軽く叩いた。
「そこは関係ないだろー」
「カイル、良い仲間を持ったな。行商人の頃とは別人のようだ」
「僕もカイルさんに再会してからずっと思ってました」
「メルフィス、ロミリオ、俺のことを買いかぶりすぎだ。俺がここまでやれてるのはアイリスやレイジーン、それに仲間たちが支えてくれてるおかげだからな」
「おっ! 嬉しいこと言ってくれるじゃねーか」
レイジーンが嬉しそうな表情をしながら話す。
カイルはレイジーンを見てからアイリスに視線を合わせる。
彼女と視線は合わなかったが、その横顔はとても嬉しそうな表情をしていた。
――エルフの森。
ミーリカはヒースラルドを伴って町から外へ出ていた。
空中を浮遊して移動し、休憩できそうなところを見つけ下降していく。
地面に着地するとミーリカはヒースラルドの手を放す。
着地した場所は森の木々が空を覆いつくすほどではなく、見上げると星空が見えている。
ヒースラルドは脱力し、地面へ仰向けになって夜空を見上げていた。
「なぁ、ミーリカぁ……俺はどこで間違ったんだろうな?」
「私にそれを聞くの?」
「……」
「愚かな人……」
「……分からないんだ、本当に……」
ミーリカはしばらく間を置いてから話し始める。
「他人のことばかり気にして、自分自身に関心がないの。だから自分の理想と現実に気付いていないのよ」
「それは周りが俺の邪魔ばかりするから……」
「レクタリウスとガンビオルがあってようやくほぼ丸腰の兄を不意打ちのような状況で打ち取った」
「そうでもしないと相手にならなかった……」
「カイルさんたちにすら勝てなかったわ」
「あれは違う……」
「何が違うの? はっきり言うわ……あなたは弱いのよ」
「お、俺はアルバネリス王国で副騎士団長まで務めたんだ」
「それは立派なことだと思う」
「なら弱くないだろ……」
「いいえ、弱いわ。そこで満足して……いえ、そうなったのをいいことに自身の研鑽を怠って武具や道具、私のような人を頼ってばかり」
「副騎士団長にまでなったのは自分の実力だ」
「それが分かっていたなら、なぜずっと自分の実力で勝負しなかったの?」
「それは……」
「何かうまくいかないことがあれば、自分を顧みず、相手を恨み復讐することでしか表現できない」
「……」
「ねぇ、まだ私に言わせるの?」
「辛いことを言わせてすまなかった……」
「そういう気持ちを私以外の人にも向けられたらよかったのよ」
「…………今からでもやり直せるか?」
「やり直す機会は何度もあったわ。……今からではもう遅すぎる……何もかも」
「なら俺はどうしたらいいんだ?」
「知らないわ。これはあなた自身が選んだ結末よ」
「ミーリカぁ……」
「もうこれ以上あなたと話すことはないわ」
ミーリカは空中へ浮遊し始めた。
「俺を置いていかないでくれ」
「私は今のあなたに興味なんて全くないの」
「ミーリカぁ……最後に聞いてくれ……」
「……何よ?」
「俺はな……ミーリカのことが好きなんだ……好きで好きで仕方ない」
「今それを言うの?」
「本気なんだ……おかしいか?」
「おかしいわ」
「それでも構わない……返事を聞かせてくれ……」
「…………これで本当におしまい。もう二度と私の前に現れないで」
ミーリカは空高く舞い上がり、ヒースラルドの視界から消えて飛び去って行く。
森の中で一人取り残されたヒースラルドはしばらく茫然自失となっていた。
「ははっ! ははははは! アハハハハ!」
現実を受け入れられず笑いでごまかそうとする。
漆黒に包まれた森に不気味な笑い声が木霊した。
しばらく続いた後、しばし沈黙が訪れる。
「………………あぁぁぁぁぁぁ!!!」
今度はやり場のない怒りや悲しみの感情で、断末魔のような叫びと共に手足をばたつかせ地団太を踏む。
森が再び静けさを取り戻したのは真夜中になってからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます