第113話 定例会議と報告
――エルフの森での一件が解決した頃、ロムリア王国王都城内での定例会議。
会場は現ロムリア王が王位についてから、場にいる全員が未だかつて感じたことのない張り詰めた空気が漂っていた。
定期的に開催されている会議なので 通常ここまで緊張感があるものではない。
その理由は国家を左右する事態が発生しない限り、参加しない方針に決めている王が直々に参加していることだった。
本来ならば緊急会議となるはずであったが、定例会議の日程とたまたま近かったこともあり、あくまで通常の会議という体で行われる。
これは、これから話し合われる内容を可能な限り外部に漏らさないようにする意図もあった。
会議開催に至った経緯は、先日ロムリア王国にユーファリア帝国からの使者が訪れたことから始まる。
ユーファリア帝国は海を隔てて遠く離れた大陸内に位置しており、ロムリア王国のある大陸やルマリア大陸とも異なる。
その為、ロムリア王国から帝国に行く方法は船しかない。
ロムリア王国と帝国の交流や交易は近年増加してきている。
また、技術水準はカイルたちが旅してきたどの国々よりも若干高い。
まず使者は帝国の商船が海賊船に砲撃され撃沈されたと口を開く。
直後、近くを通りかかった帝国籍のガリオン船数隻が海賊船を拿捕した。
最初、帝国側は彼らを海賊だと思っていたが、調査を進めるうちにロムリア王国籍の船だと判明する。
この時点でロムリア王国が国家ぐるみで海賊行為をしていたことが帝国側へ明るみになった。
海賊行為が繰り返されていたのを帝国は以前から把握しており、警戒していたと使者は補足する。
ロムリア王国側も誤解であると伝えるが、帝国で独自に調査をしていた結果と説明し、取り合わないと通告した。
使者はさらに言葉を続ける。
そして、この言葉こそが問題であり、会議を開いた目的であった。
「この行為は帝国への宣戦布告とみなし、正式な回答が得られない場合は実力行使も厭わない。回答までの猶予は半年。これは最初の通告であり、また最後の通告である」
重苦しい雰囲気の中、会議の参加者各々が順番に発言し始める。
「海賊行為を口実に技術的優位を活かして国を乗っ取る気ではないのか?」
「いや、ここは直ちに謝罪して事を荒立てないようにするべきだ」
「我が国の海軍力は帝国にも引けを取らない。制海権を握ってしまえば、帝国と言えど講和に応じるはずだ。むしろその為に海軍力増強を実施してきたのだ」
「制海権と簡単に言うが、帝国との国力にどれだけ差があると思っているんだ?」
「私の調査結果によると開戦初期に対峙する戦闘船の数では我々が有利だ。緒戦に勝利して我が国に有利な条件で講和に持ち込む」
「万が一、帝国の一個艦隊を撃破したところで後方にはまだ数個艦隊は控えているのだぞ?」
「我々にはアルバネリス王国を始めとして同盟国もいる。我らが結束すれば帝国にも対抗できる!」
「それを加味してもだ! 我々には半年しか猶予がないんだぞ」
「半年も準備期間があれば十分ではないのか?」
「むしろ半年も猶予を与えてくれたと考えるべきだ。ここは冷静になって落ち着こう」
「我々は冷静だ。そして半年もあれば戦争に向けて十分準備できる」
「通告が強硬であるのを鑑みると、帝国は有事に備えて以前から入念な準備をしているはずだ。我々は今からやっと準備に取り掛かる。たった半年で帝国に対抗できる十分な戦力を集結させられるものか!」
互いの主張がぶつかり合い、会議は平行線をたどる。
「そもそもイラベスク商会が事の発端。王国の利益になるからと説き伏せ、分けのわからん集団をコマに使って海賊行為なぞさせよってからに」
会議が始まってからほぼ開戦の是非についての話題だったが、突如流れが変わる。
「そうだ、セルバレト! この責任どう取るつもりだ?」
テーブルを挟んで正面にいるセルバレトへ数人が声を荒げながら話す。
「王の御膳であらせられる。そのような世迷言、万死に値するぞ!」
「高圧的な態度で他者の意見をねじ伏せられると思うなよ、セルバレト」
ロムリア王国騎士団長レティルスが間に入り発言する。
彼は普段参加しておらず、定例会議という名の緊急会議のため特別に招集された。
(ちっ! レティルスがいては、いつものようにはいかんか)
「私は――」
「二人ともそこまでだ」
セルバレトの言葉を遮り、王が口を開く。
「期限までまだ猶予がある。もうしばらく考えたい。本件は最高機密扱いとしつつ、同盟国との調整を進めよ」
書記が淡々と内容を紙に書き記していく。
「本日の会議はここまでとする」
王は椅子から立ち上がると、部屋から出ていった。
一旦会議は終了して解散し、後ほど王の決定を待つこととなる。
――後日、イラベスク商会のオーナー部屋。
夜は更けており、五階建ての商会の建物にはセルバレトとイラベスク商会オーナーのみが残っていた。
オーナーは部屋に鍵をかけ誰も入ってこないようにし、また周囲で誰も盗み聞きしていないことを確認する。
一通り確認を済ませると、部屋の棚からグラスを二つ取り出す。
グラスをテーブルに置くと、今度はワインの瓶を棚から取り出しテーブルに置く。
それから椅子へ腰かけると、セルバレトもテーブルを挟んで正面の椅子に座った。
オーナーはワインを開封し、それぞれのグラスに注ぐ。
「年代物だ」
「頂きます」
オーナーがワインに口をつけると、セルバレトも続けて一口飲んだ。
「どうだ?」
セルバレトへ感想を求める。
「これほどの高級品は普段嗜むことがありません。ですが、非常に美味! これだけは分かります。これからもっとワインについて勉強させて頂きます」
「見識を広げておくに越したことはない。それでは報告を聞こうか」
セルバレトは定例会議の報告を始める。
「…………ジグマイヤーオーナー申し訳ございません。隠蔽工作が裏目に出ました」
一通り報告し終えた後、少し間をおいて最も伝えたくない話を切り出す。
「いや……この事態、逆に活用する」
ジグマイヤーが感情に任せて罵倒する人間ではないことは把握していたが、今回ばかりは覚悟していた。
しかし、想定外の反応にセルバレトは若干返事する反応が遅れる。
「……活用? 帝国と戦争するのをですか?」
「分からんか? 商機ということだ」
「商機……つまり武器を売る……ということですね」
ジグマイヤーが静かに頷く。
「我々にとってはどちらが勝っても構わん。王国側が勝てばそれでよし。帝国側が勝てば鞍替えも視野に入れる」
「……なるほど。ですが、王はまだ開戦を決めかねております」
「まず、先代……名誉オーナーを説得する」
「あの呆けた老人を? 申し訳ないですが、意図が分かりかねます」
「君はイラベスク商会生え抜きの人材だろう? 一体何を学んできたんだ?」
ジグマイヤーは目を細めてセルバレトの顔を見る。
「も、申し訳ございません……」
「現ロムリア王は先代を懇意にしている。王国の発展にも寄与してきたからな。そんな功績のある彼の意見なら、いくら王でも無碍にはできないはずだ」
「そこまでの関係だったとは……考えが及びませんでした」
「先代の説得には私があたる。君は引き続き出資金を活用して、関係各所に対して我々へ有利に動くよう働きかけろ」
「分かりました」
「利用できるものは全て利用する。ミンレ商会、ランドリフ商会を突き放し、一強へと躍り出るまたとない機会だ」
「はい! 必ず!」
その後、二人はワインを嗜みながら打ち合わせを行った。
話に区切りがつくとセルバレトは椅子から立ち上がり、扉へと歩いていく。
「では失礼します」
一礼して部屋から出ていった。
ジグマイヤーは残ったワインを一気に飲み干す。
(真の強者はこのイラベスク商会、唯一つでよい!)
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