第99話 模索
――翌日。
カイルは王都近辺で最も有名かつ、活発な造船所へ向かった。
王国で使用される船舶の約半数がここで建造されているとも言われている。
さっそく造船所の事務所に向かう。
「申し訳ございませんが、新規発注は現在承っておりません」
カイルは具体的な話をする前に受付の担当者から門前払いされた。
(取り付く島もなかったな。仕方ない、一旦出直そう)
何も収穫がないまま、事務所へと戻る。
その後、数日掛けて様々な造船所に訪問するが建造してくれるところはなかった。
(どこも予約で一杯か……そもそも小さな商会は相手にしてくれないか、いずれにしても厳しいな)
さらに数日掛けて思いつく限りの造船所へ訪問してみたが、全て断られてしまう。
(ちょっと手詰まりだな……マグロックさんに一度相談してみよう)
後日、マグロックの事務所を訪れた。
「船の建造か……すまんが全く見当がつかん」
「急に訪問してすみません。ありがとうございました」
(マグロックさんでも心当たりがないんだな)
カイルは事務所を出て次の案を考える。
(船の建造……建造……ファーガストさんなら何か知ってるかもしれないな)
今度はファーガストの工房を訪れた。
「船の建造なー……心当たりならある」
「ほんとですか!」
「設計図があればドワーフに依頼すれば造ってくれるかもしれん。だが問題は材料の木材調達だな」
「あっ!」
「気付いたか?」
「はい。造船用の木材は三大商会が抑えているので調達できない。木材だけを販売してもらうことはできないわけですね」
「そうだ。造船は三大商会の木材を使用して、造船所が建造する仕組みになっているからな」
「ということは、三大商会以外から木材を調達し、ドワーフに建造依頼する必要があるということか……」
「そういうことだな」
「木材は少量でも取り扱いのある商会を探して、少しずつ集めてくるしかないですね」
「それも一つの手だな。……だが、他の手もあるといえばある」
ファーガストは別の可能性を提示するが、若干歯切れが悪い印象で話す。
「何かそれはそれで別の問題を抱えていそうですが、もしよかったら教えてください」
「エルフと交渉して木材を調達する方法だ」
「エルフ……ですか」
「だが、エルフはドワーフと仲が悪い」
「なるほど、造船にドワーフが関わっていることが分かれば、協力してくれないかもしれないというわけですね」
ファーガストは首を縦に振る。
「船一隻建造するだけなのに問題が山積みですね」
「先が思いやられるだろうが、うまくいくといいな。まー、まずは設計図の入手が先だな」
カイルはファーガストに礼を言い事務所へと戻る。
(設計図か……どうやって入手するんだ?)
後日、再び各造船所へ行き、今度は設計図を売ってほしいと交渉を持ち掛ける。
案の定、どの担当者も呆れた顔をしてまともに取り合ってもらえなかった。
(まー、そりゃそうだよな。大事な設計図をおいそれと売ってくれるわけないよな)
カイルは手詰まりになってきており、船の建造を諦めようかと思い始めていた。
事務所に戻るとクルムとすれ違う。
「おかえりなさい、カイルさん。どうしたんですか、浮かない顔して?」
「おー、クルムか。ちょっと船の設計図のことでな……」
「船の設計図がどうしたんですか?」
「商会の船を建造しようとしててな。そのためにどうしても設計図がいるんだ」
「なるほど……そういえば、よくお店に来る常連さんが船の設計の仕事がどーのこーのって言ってたような……」
「ほんとか、クルム!」
カイルは思わず大きな声を出してしまう。
「わっ! びっくりした」
「すまん。さっきの話本当か?」
「はい、たぶんそんなこと言ってたような気がします。今度聞いてみましょうか?」
「頼む」
「わかりました」
クルムはニコっと微笑んで返事する。
「クルム、声変わりしてから急に男らしくなったな」
「あんなことがあったから、俺もしっかりしなきゃって思ったんです」
クルムは唇を噛み締め、右手をぐっと握り締めながら話す。
「レイジーンにも鍛えられてるみたいだしな」
「そうですね」
「このままいけば、そのうち立派な傭兵になれるぞ」
「ははは! 商人辞めてるじゃないですか! それにカイルさんやレイジーンさんには敵いませんよ」
「どうだろうな。それじゃさっきの件、頼んだぞ」
――後日。
クルムが二階の事務所の扉を開けて中へ入ってくる。
「カイルさん、先日話してたお客さん来ましたよ。船の設計図のー」
「おー! すぐ行く!」
カイルは準備し、一階に下りるとクルムと話すカイルより十歳ほど年上に見える青年の姿が見えた。
「あっ! カイルさん。こちらがマルスライトさんです」
互いに挨拶を交わす。
「設計図ねー。ここで話すのもなんだから、今度私のラボへ来なよ」
「ありがとうございます」
マルスライトのラボへ三日後に訪問する約束を取り付けた。
「――では、カイルさん。また後日な」
買い物袋を両手で抱えて店から出ていった。
「ねー、ねー、カイル。私も一緒に行っていい?」
近くで聞いていたアイリスがカイルに話しかける。
「興味あるのか?」
「うん。ラボってどんなところなのかなーって」
――三日後。
カイルとアイリスはマルスライトのラボを訪問した。
「おー! カイルさん、ようこそ我がラボへ!」
マルスライトにラボ内へと案内されると、二人は時々驚きの声を上げながら周囲を見渡した。
ラボ内には何の用途に使われるのかよくわからない実験器具が所狭しと並んでいる。
棚には船の模型が並んでいたが、それ以外の発明品や試作品のようなものも置かれていた。
「船以外の研究もされているのですか?」
「あぁ、趣味でな」
「見て、カイル。鉄の船が水に浮かんでるー!」
アイリスは水槽に浮かぶ船の模型を指さしながらカイルに話しかけた。
「鉄って水に浮かぶんだな」
「今は木造船が主流だけど、鉄を大量生産できる技術が確立されたら、鉄鋼船が主流になる時代が来るかもな。あと鉄に見えるかもしれないが、厳密には違う」
カイルとアイリスは感心しながら頷く。
マルスライトは二人に椅子へ座るよう促した。
「そういえば、船の設計図の件だったな。詳しい話を聞こうか」
そう言いながら、マルスライトは二人とテーブルを挟んで対面して座る。
カイルは船の設計図が必要な理由を説明した。
「なるほど、ちょっと待ってな」
マルスライトは椅子から立ち上がり、奥の部屋へと消えていった。
しばらくすると、大量の設計図を両手に抱えて戻ってくる。
設計図をテーブルの上に置くと、ズシリと重量感のある音が室内に響いた。
「好きなの持って行ってくれ」
マルスライトはカイルとアイリスの顔を見ながら、テーブルに置かれた設計図を手のひらで指す。
「えっ? こんなに簡単に頂いていいんですか?」
カイルは予想以上に大量に持ち込まれた設計図に驚きながら確認する。
「もちろん条件はあるぞ」
マルスライトは無邪気な笑みを浮かべた。
「どんな条件なのですか?」
「ラボの研究費用を出してくれ」
「わかりました、できる限りの支援はさせて頂きます。ところでマルスライトさんはずっとここで研究をされてるんですか?」
「今は独立しているが、元々ロムリア王国海軍技術部で船の設計をしていたんだ」
「既に独立されてるとは、素晴らしい技術力を持っているんですね」
「現在王国で使用されてる戦闘船は、だいたい私の設計と言っても過言ではない。それと独立したのはロムリア王国にくっそ腹立ったから」
(この人も王国に不満を持っているんだな)
マルスライトは続けて話す。
「ったくガリオン船の設計ばかりさせやがって!」
マルスライトは腕を組みながら不満そうに喋る。
「ガリオン船の設計もされてたんですか!?」
「おー、やってたぞ。興味あるのか?」
カイルの言葉に反応し組んでいた腕を解くと、彼の方へ体が若干前のめりになった。
「はい! ガリオン船っていったら最新鋭かつ最大規模の商船です。商人だったら誰でも憧れます」
「そうか、商用と軍用どちらにも活用されるからな。商人にも人気があるよな」
「はい。なので、ガリオン船の設計ばかり担当させられることに不満があると聞いて少し驚きました」
「俺は戦闘船の設計がメインだからな」
「ガリオン船も戦闘船ではないのですか?」
「確かにそうだが、戦闘船ならより砲撃戦特化にすべきだというのが私の持論だ。だから大型化、複層化して多くの大砲を配置できる設計にする必要がある。今のガリオン船じゃダメなんだ。それを王国はわかってねーんだよ!」
カイルは静かに頷きながら話を聞いている。
「……すまん、つい熱くなって語りすぎてしまった」
「いえいえ、新たな知見を得られてよかったです」
「それじゃー、奥の部屋にいるから設計図が決まったら声かけてくれ」
「ありがとうございます!」
マルスライトは離席すると、奥の部屋へと消えていった。
「カイルが設計図見繕ってる間、ラボを見学して待ってるね」
カイルはアイリスに返事すると、設計図の選定を始めた。
たまにアイリスの方を見ると、歩きながら時々立ち止まってラボ内に置かれているものを不思議そうに眺めている。
「終わったぞー」
選定が終わり、アイリスに話しかける。
「不思議なものがたくさんあったよ。船の模型とか気になってちょっとだけ触っちゃった」
「あんまり色々触ると怒られるぞ」
「壊してないから大丈夫だよ」
カイルとアイリスはマルスライトに礼を言ってラボを離れた。
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