第100話 ドワーフとエルフ

 ――後日。


 (次はドワーフとエルフとの交渉だな)


 ドワーフとエルフは亜人族と呼ばれ、それぞれ独自のコミュニティを形成している。


 ドワーフの街とエルフが住んでいる森は互いに隣接しているが、王都からはかなり遠い。


 基本、王都に在住している亜人族は特別な事情がない限りはいない。


 その為、カイルが行商人を始めてから彼らに遭遇したのは数えるほどである。


 ――事務所。


「キールゼン、しばらく店を離れる。その間、頼んだぞ」


「わかりました」


 キールゼンはカイルのサポートができるほどに経営幹部としての仕事ができるようになっていた。


 (俺が留守の間、ある程度経営を任せることができるのは本当に助かる)


 仕事に関しては良い人材を採用できたと考えていた。


 カイル、アイリス、レイジーンの三人は支度を済ませると目的地へ出発する。


 ――三人が出発してから数日後の日中。


「なー、カイル。ちょっといいか?」


 休憩中にレイジーンはカイルが一人でいるところを見計らって話しかけた。


「ん? なんだ?」


「新しく採用したキールゼンのことなんだが」


「キールゼンがどうかしたのか?」


「どうかした……というほどでもないんだが……」


「なんだ、歯切れが悪いな。はっきり言ってくれていいんだぞ?」


「…………スタッフからの評判があまり良くない」


「何か理由があるのか?」


「色んなスタッフから話を聞いた限りでは、言ってることは確かにその通りで正しいんだとさ」


 カイルは頷き、レイジーンが続けて話す。


「だが、伝え方というか、態度というか……つまり、スタッフを物としてしか見てない物言いってことだ」


 (最初からかなり失礼な物言いだったからな)


「結構スタッフから頼られてるんだな、レイジーン」


 カイルがレイジーンに笑みを浮かべて返事する。


「俺は傭兵の立場だから色々相談しやすいのかもな。それとすまんな、船のこともあるのに厄介ごとを一つ増やしちまって」


「気にしなくていい、教えてくれてありがとう。事務所に戻ったら考えてみる」


 その後、カイルたちは長旅を経てドワーフの街へと無事到着した。


 大通りの街路には石畳が敷き詰められており、その両脇には石造りの建物が並ぶ。


 建物自体は質素な造りに見えたが、簡単には崩れそうにない重厚感を感じさせる。


 カイルたちが宿泊する宿の部屋の中にある調度品は、過度な装飾が抑えられつつも繊細さが宿っていた。


 一切の手抜きが無く、熟練職人の為せる技である。


 ――翌日。


 宿を出たカイルたちは朝早くから情報集を開始する。


 聞き込みをした結果、街に造船所がないことが分かった。


 (街に港がない時点で薄々感づいていたが……どうする?)


 カイルは少し考えた後、造船所から視点をずらして、街一番の職人ドワーフを探すことにする。


 情報収集にほぼ半日を費やして目的の職人は見つかった。


 気づけば夜になっていたので、明日の朝から行動することにする。


 ――翌日の朝。


「遠路はるばるここまで来たんだ。アイリスの調べもの、何か新しい情報が見つかるかもな」


「そうかもねー」


「俺が交渉している間、そっちの調べものするか?」


「うん、ありがとう」


「なら、夕方になったら宿で合流しよう。それから何か美味しいもの食べに行こう」


「どんなお店があるんだろー、楽しみ!」


 念のため、彼女の護衛にレイジーンをつけることにした。


 カイルはアイリス、レイジーンと別行動を取り目的地へ到着する。


 互いに挨拶を済ませると、カイルは本題を話し始めた。


 船を建造について確認すると、設計図さえあれば造れるとあっさり回答をもらえたので拍子抜けした。


「ありがとうございます、フラーギさん! 船の木材ですが、エルフたちと交渉して調達予定です。そこについては……問題ありませんか?」


「別に構わんぞ。本当にエルフから調達できるならな」


 (エルフとの交渉は難儀しそうだな)


「では、交渉がうまくいけば改めて訪問します。それとフラーギさん、もう一つ相談があります」


「なんじゃ?」


 カイルはキンゼート鉱山で拾った錆びた剣をフラーギに見せた。


「この剣の錆びを取ることはできますか?」


 フラーギはカイルから剣を受け取ると、真剣な目で細部を確認していく。


「……できるぞ」


「相談してよかったです。ぜひ、お願いします」


「ワシは昔ロムリア王国に仕えていて、騎士団の専用装備もこしらえていた。こういうことは得意じゃ」


 カイルはフラーギとの交渉がうまくいくと、宿へと戻りアイリスたちの帰りを待った。


 夕方、アイリスとレイジーンも宿へ帰ってきたので、三人で飲食店に向かう。


 店内で食事しながら、本日の成果を報告しあった。


「ドワーフとの交渉うまくいってよかったね」


「うまく行き過ぎてちょっと拍子抜けしたけどな。アイリスの方はどうだったんだ?」


「成果あったよ。新しい魔法を習得できそう」


「空島のことも何か分かったのか?」


「うーん、ちょーっとだけね」


 久しぶりに進展があったと聞いたカイルは軽く感嘆の声を上げる。


「おー! 少し進展したんじゃないか?」


「う、うん。カイル、次はエルフの森に行くんだよね?」


「そうだな。情報によると森の中にいくつか村があるらしい」


「明日、近いところから一つずつ当たっていこうぜ」


 カイルたちは食事と会話を楽しみながら明日以降に備えた。


 ――数日後。


 カイルたちはエルフの森の入口へと来ていた。


 森の中は馬車で移動できないので、近くの宿に保管している。


 事前に入手した地図を確認しながら、慎重に森の奥へと進んでいく。


「どこ向いても同じ風景ばかりじゃねーか。エルフたちはよく道に迷わないな」


「彼らは俺たちと比べて感が冴えてるらしいからな、迷ったりしないんだろう」


 カイルたちはうっそうと生い茂る森の中を進み、日没前に目的地の村に到着した。


「なんとか日が暮れる前に最初の村に着いたな」


「ここから帰れって言われても帰れる自信ないわ」


 レイジーンは自分たちが入ってきた村の入り口の看板を見ながら話す。


 村と言っても森の中にぽつぽつと住居が点在する程度である。


 中には木の上に住居が作られ、そこから地面へ梯子がかけられているものもあった。


 王都やその周辺ではまず見られない様式であったため、カイルたちは興味深く周囲を見渡しながら村内を歩く。


 その後、カイルたちは無事宿を確保し、翌日行動を開始する。


 ――翌日。


 村長と交渉をしたが事前の予想通り、きっぱりと断られた。


 基本、人間とも交渉せず、ましてやドワーフが関わっているとなれば尚更であると話す。


 また、エルフは自給自足で生活しており、他者の助けは必要ないとのことだった。


 これは取引でエルフ側へメリットを提示してもほぼ無意味であることを暗に示していた。


 カイルたちは最初の村での交渉を諦める。


 次の村、さらに次の村でも結果は同じだった。


 森の貴重な資源を金で調達するなど、森を汚すだけでなく、彼らを冒涜する行為と認識されていたのだ。


 カイルは交渉中のエルフたちの言葉の節々から滲み出る怒りをまざまざと感じ取る。


 しかし、彼らの事情は理解しつつもカイルは簡単に諦めなかった。


 行く先々の村で粘り強く交渉を行うも、未交渉の村は残り少なくなってきている。


 成果を上げられないまま、いよいよ最後の村に訪れた。


 村一帯は木々がなく、人間たちが住むような開けた土地になっており小さな町といった雰囲気である。


 住居や建物の数も多く、外を出歩くエルフたちも目立ち、少し散策しただけで人口が多いことが見て取れた。


「ここでもダメだったら、もう手がないな……諦めて戻ろう」


 カイルの意見に二人は静かに頷いた。

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