第98話 突然の訪問

 ――数週間後。


「カイルさん、スタッフの面接希望の方が来てます」


 一階で接客をしていたクルムが二階に上がり、事務所にいるカイルへ報告する。


 (今は店舗スタッフの募集は出してなかったはずだが? でも直接店を訪ねてくるのは珍しいな、話だけでも聞いてみよう)


「分かった。二階の応接室に通してくれ」


 カイルは仕事をきりの良いところで中断し、応接室へ向かう。


 中へ入ると、若い男性が椅子に座っていた。


 男はカイルが入ってくると立ち上がり挨拶をする。


 カイルは男とテーブルを挟んで対面して座った後、互いに自己紹介をした。


 キールゼンと名乗った男はカイルよりも三歳年上だった。


「急に訪問して申し訳ないです」


「いえ、気にしないでください。店舗スタッフへの応募で面接希望と聞いていますが間違いないでしょうか?」


「はい、面接で合っています」


「では――」


 キールゼンはカイルが話し始めるのを遮って言葉を続けた。


「ですが、面接はあなたが私にではなく、私があなたにするのです。カイルオーナー」


 (初っ端から随分と高圧的な人だな)


「……どういう意味でしょうか?」


 カイルはキールゼンの失礼な物言いに反応せず、落ち着いて返事する。


「最近、カイル商会とアマルフィー商会がキンゼート鉱山の所有権を得たと知りました」


「はい、その通りです」


「失礼ですが、共同とはいえカイル商会程度の規模で鉱山を所有するなど前代未聞です」


 (ほんと失礼だけどな)


「たまたま運がよかっただけです」


「運……いや、確かにそれもあるかもしれない。ですが、私がこうして来たのは、カイル商会、いやカイルオーナーに強い興味を持ったからなんです」


「それはありがとうございます。申し訳ないですが、先ほどから話が見えないのですが……」


「おっと、失礼しました。結論から話しましょう。私の力を商会とカイルオーナーに貸しましょう!」


「……気持ちは嬉しいのですが、私はまだあなたの名前と年齢ぐらいしか把握していません。それと残念ですが店舗スタッフは現在募集してないです」


「えー、存じております。店舗スタッフとしてではありません……経営幹部としてです」


「経営幹部……」


「そうです。私、最近までランドリフ商会で働いていました」


「ランドリフ商会って、あの三大商会の?」


「王国内では、そう呼ばれているようですね」


「なら、ここを選ばなくてもミンレ商会やイラベスク商会、三大商会以外なら中堅商会もあるでしょう?」


「いえ、私はカイル商会のような微風が吹けば一瞬で吹き飛ぶような零細商会を三大商会に並ぶ……いや、それ以上に成長させたいのです!」


 (言葉の節々は若干気になるが、熱意みたいなのは伝わる。だが、キールゼンの話は本当なのか?)


「熱意は十分伝わったのですが、即決しかねます」


 カイルはまだキールゼンを信じられなかったため、このまま相手が引き下がってくれることを願った。


「カイルオーナー、チャンスは今しかありません。すでに私はミンレ商会、イラベスク商会から採用の打診を受けています」


 キールゼンはカイルの顔をじっと見据えながら、話を続ける。


「……もし、ここで断るなら、私はその足でミンレ商会かイラベスク商会に行きます」


 (少しでも自分を高く売る気か……? それともここまで言い切るのは相当自信があるからなのか?)


「………………わかりました。それなら試用期間を設けます。そこで採用するか判断します」


「ふっ、それで問題ありません」


 両者は握手を交わす。


 ――面接から一か月後。


 キールゼンには最初簡単な仕事から頼んでみたが、どれも要領よくこなした。


 徐々に仕事の量や難易度を上げていったが同じく平然とこなす。


 カイルは三か月ほど様子を見ようと考えていたが、問題ないどころか期待以上の働きだったため、採用することに決めた。


 (面接での話、嘘ではなかったようだな)


「さすがだな、キールゼン」


「当然です」


「今日から試用期間は終わりだ。正式に採用することに決めた」


「わかりました」


 (今後は徐々に経営側の仕事も担当してもらう。真価が発揮されるのはここからだな)


 カイルはまだ彼の経営幹部としての仕事ぶりを見たわけではないので、彼を完全には信用しておらず、仕事ができるのか懸念を抱く。


 それは杞憂になりつつあった。


 キールゼンは面接時のような物言いでカイルに発言していく。


 ――夕方、事務所。


「さすがファーガスト製のブランド力、よく利益を上げている」


 キールゼンがルマリア大陸の店舗の売上実績リストを見ながらカイルに話しかける。


「武具の取り扱いを始めたのも、ルマリア大陸で販売開始したのも見事な判断です」


 カイルは静かに頷く。


「この売上高、何か斬新な仕組みを取り入れているのですか?」


「それよりも――」


「はぐらかさないでください」


「……ちょいと仕組みに魔法を組み込んである」


「魔法? 私を馬鹿にしてるんですか?」


 キールゼンは苦笑しながら話す。


「信じなければそれでも構わない」


 カイルは淡々と返事した。


「何かの比喩のようですが……まぁいいでしょう。それとオーナーもう一つ」


「なんだ?」


「オーナー呼びを今からでも全スタッフにも徹底させるべきです」


「俺が名前で呼んでくれと皆にお願いしている」


「今後新しいスタッフが増員されたら、あなたを舐めてかかり、威厳がなくなるかもしれない」


「これを変えるつもりはない」


「全く……理解しかねますね。……では、私のみ引き続きオーナーと呼ばせてもらいます」


 ――数日後。


 カイルはアマルフィー商会からの出資を受けてからずっと新しい船の調達に奔走していた。


 最初に船を購入した時も気になっていたが、現在は状況がさらに悪化している。


 購入できる船が全くないのだ。


 カイルは販売店の店長に疑問をぶつけてみた。


「ここ最近、急に需要が増えてきましたね。噂によると海賊の被害や海難事故が増加しているようで……」


 (金はあるけど、船がないとは……別の意味で困ったな。それにしても、また海賊か……)


 カイルは情報を提供してくれた店長に礼を言い、事務所へと戻る。


 事務所に戻るとコーヒーを飲みながら思考にふけった。


 (今後利益を上げていくためには船が絶対必要だ。でも船がない。ならどうするか?)


 しばらく考えた後、一つの結論を導き出す。


 (造るしかないな!)

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