第91話 飲み会

 ――三日後の昼、マグロックの事務所前。


 カイルは事務所の扉をノックする。


 しばらくすると扉が開き、マグロックが顔を見せた。


「おー、カイルか」


「こんにちは」


 カイルが挨拶すると、マグロックは部屋の中に入るよう促す。


「マグロックさん、その前に会わせたい人がいます」


 カイルから少し離れて立っていたレイジーンが彼の横に立つとマグロックの視界に入る。


「マグロックさん……」


「レイジーン……」


 一度自分を殺害しようとした人物が突如目の前に現れ、マグロックは一言呟いたまま立ち尽くす。


「…………とりあえず二人とも中に入れ」


 しばし間があった後、カイルとレイジーンはマグロックに事務所の中へと案内される。


 マグロックは二人へ椅子に掛けるよう促した。


 カイルとレイジーンは隣に並んで椅子に座り、テーブルを挟み対面してマグロックが椅子に座る。


 カイルは話を切り出し、マグロックにレイジーンと共に行動することとなった経緯を説明した。


 マグロックは時々頷きながら落ち着いて傾聴する。


 全ての話を聞き終えた後、マグロックはゆっくりと口を開いた。


「わかった」


 話にピリオドを打つかのように一言だけ紡ぐ。


 カイルとレイジーンはその後に続く言葉を待つが室内に沈黙が流れる。


「……二人とも何きょとんとした顔してるんだ? もう済んだ話だろ」


 その言葉を聞いてレイジーンは椅子から立ち上がった。


「マグロックさん! 本当に……本当に申し訳ございませんでした!」


 深々と頭を下げるレイジーン。


「顔を上げてくれ。過去にとらわれるより、これからの未来をどうするかだ」


「……はい」


 レイジーンは顔を上げ、ゆっくりと椅子に座る。


「カイル、レイジーン。明日の夜は予定空いてるか?」


「はい、大丈夫です」


「おー、そうか。なら飲み行くぞ」


 マグロックの誘いに二人は快諾した。


「そうだ! レスタにも声かけてみよう。まだ王都で活動しているはずだからな」


「それなら、俺が声かけときますよ」


 カイルは提案したが、マグロックは用事のついでだということで申し出を断る。


「わかりました、では明日」


 二人はマグロックと一旦別れ事務所を後にした。


 ――翌日夕方。


 カイルは待ち合わせ場所の飲食店前に到着する。


 (他はまだ来てないみたいだな)


「よっ!」


 しばらく待っているとカイルは背後から声を掛けられる。


 振り返ると道化師のような恰好をしたレイジーンが立っていた。


「はっはっはっ!」


 カイルは合流早々思わず笑ってしまう。


「これでも頑張って考えたんだぞー」


「いやー、すまん」


 念のため、目立たない格好で来るように頼んでいたが、不意打ちを食らった。


「マグロックさんとレスタはまだ来てないみたいだな」


「道化師は来てるのにな」


「傭兵な」


 他愛もない会話をして待っていると、すぐにマグロックとレスタが合流した。


「レスタ」


 レイジーンは店の前に近づいてくるレスタへ声をかける。


「おっ! レイジーン先輩、ちーっす!」


 レスタは気さくに挨拶する。


「……何も聞かないのか?」


「堅苦しいことは無しですよ、レイジーン先輩」


「もう俺はお前の先輩じゃない。だからレイジーンでいい」


「了解です! あっ! じゃー一つだけ聞いていいですか?」


 レイジーンは静かに頷いて返事する。


「……傭兵辞めて道化師になったんですか?」


「……」


「おい、二人とも店に入るぞ」


 マグロックの呼びかけにレイジーンとレスタは会話を中断し、店の入り口に視線を向ける。


 視線を向けるとカイルとマグロックが先に店内へ入ろうとしていた。


 四人はテーブルを囲み料理と酒を注文すると、やがて店員が次々運んでくる。


 料理は空腹を満たし心に充足感を与え、酒は会話を一層弾ませた。


「えっ! カイルの傭兵になったんですか?」


 レスタが驚いた表情でレイジーンの顔を見る。


「あぁ」


「おい、カイル。どうやって説得したんだよ?」


「秘密だ」


「ヒントだけでも教えてくれ……なっ?」


「レスタ、その辺で勘弁してやれ。……レイジーン、カイルを支えてやってくれ」


 マグロックがレイジーンに話しかける。


「はい、元よりそのつもりです」


「よし! 久しぶりに元ギルドのメンバーが集まったんだ……つっても半分ぐらいだがな……まっ! 細かいことは気にせずパーっとやろうや!」


 マグロックはビールを一気に飲み干した。


 レスタがすかさず店員にビールの追加注文をする。


「そうだカイル、これからどうするんだ? 四店舗目も出すのか?」


 レスタがカイルに尋ねた。


「それもあるが、まずは商会を立ち上げようと思ってる」


「おいおい、どんどん俺の先を行きやがるなー。まー、そうした方が今後は大きな取引相手とも商売しやすいかもな」


 その後も各々の近況を話しながら楽しい宴は深夜まで続く。


 四人は会計を済ませ、外へ出る。


 ひんやり冷たい夜風がカイルたちの酔った体には心地よく感じた。


「話が盛り上がってつい飲みすぎちまったわー」


「そうだな。こんなに楽しく話したのは久しぶりだったな。なっ! レイジーン?」


 レスタにマグロックが返事し、レイジーンへ振る。


「そうですね、俺もこんなに楽しめるとは思いませんでした」


 レイジーンは笑顔を返した。


「じゃーな、カイル。新店開店の日にまた顔見せるわ」


 レスタは手を振りながら宿へと帰って行き、マグロックも続けて去っていく。


 二人と別れたカイルとレイジーンは同じ方向に歩き出す。


「店が開店した後はクルムの護衛を本格的にやってもらう」


「任せてくれ」


「あぁ。それとソフィナのことだが、護衛中はしばらく家を空けることになる。一人で寂しくないのか?」


「ずっとそういう生活だったからな。慣れてるとは思う」


「もしよかったら店の三階の部屋を住居として使ってくれ。クルムとエリスもいるから少しは寂しさも紛れるかもしれない」


「ありがとう、話しておく」


 ――翌日の昼、店内。


「彼女がアイリスだ」


 レイジーンの隣にカイルが立ち、対面するアイリスを紹介した。


「あの時は眩しかったでしょ。ごめんね」


 アイリスはルマリア大陸での戦闘のことを振り返って話す。


「……あの時の……いや……今は君が一番眩しい」


「急に口説くなよ」


 カイルが横槍を入れる。


「違う、そういう意味じゃない」


「ふふふ、これからよろしくね。レイジーンさん」


「ソフィナと俺を助けてくれてありがとう! これからよろしく頼む」


 レイジーンは手を差し出した。


「ん? ソフィナ? ……えっ? そうだったの!?」


「俺も最初聞いたときはびっくりした」


 納得したアイリスはゆっくりと手を差し出し、レイジーンと握手を交わす。

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