第90話 店内の二人

 レイジーンは話し始める。


「……まずは……妹を……ソフィナを看病してくれてありがとう」


「ソフィナ……兄がいると言ってたが……まさか!」


 カイルは驚き、一瞬目を大きく開いた。


 レイジーンは黙って頷く。


「……妹は元気にしているのか?」


「あぁ」


 カイルは安堵の表情を浮かべる。


「それと……俺はあの時、確実に死んでたはずだ。それなのに不思議と傷まで消えて、この通り生きてる。……カイルが助けてくれたんだろ?」


「どうだろうな」


 カイルの返事を聞いたレイジーンはカバンから何かを取り出し、テーブルの上に置く。


 包まれている布を取り現れたのは、カイルのよく知っているダガーだった。


「俺の倒れていた傍の地面に刺さってた。……カイルなんだろ?」


「……俺じゃない。知り合いに優秀な医者がいてな。その人がたまたま通りがかっただけだ」


「ソフィナのこともだ。カイルに看病されてからずっと元気なんだ。原因不明の病で、つい最近までほとんどベッドの上で過ごしてた」


「確かにできる限りのことはやった」


「俺は何をやっても駄目だった。もちろん、医者にも診てもらって薬も色々試した」


「……」


「…………けど、全部効果はなかった……」


 かき消えそうな声で話した後、俯く。


「……」


「それが急に! カイルに看病してもらって元気になるなんて……そんな偶然があるか?」


 レイジーンは「急に」のところを強調して話す。


「……」


 カイルはレイジーンの問いかけに返事せず黙って聞いている。


「致命傷だった自分の傷が治っている。そして妹が急に元気になった。そこで気付いたんだ」


「……」


「ソフィナから看病してくれた時、カイルと一緒にアイリスって女の子もいたと聞いた。……その女の子、もしかして魔法使いなんじゃないのか?」


「どういう意味だ?」


 黙って聞いていたカイルが魔法使いという言葉に反応する。


「サークリーゼ様……いや、サークリーゼが魔法を使うところを見たことがある」


 (あのシュバリオーネを持っていた男か)


 サークリーゼのことは先日の宴会でシフから聞いていた。


「最初は信じられなかった。でも今はわかる、魔法使いは本当にいるんだなって」


 (その通りだが、アイリスが魔法使いだということは明かせない)


「……俺はあんたのことを信用していない」


 カイルは冷たく言い放つ。


「…………俺は取り返しのつかないことをしてしまった……許してくれとは言わない……」


 レイジーンはカイルの目をじっと見据えながら話す。


「………………」


 カイルも彼の目を見据えるが言葉は紡がない。


 店内に張り詰めた空気が満ちていく。


「実は今日、妹も連れてきているんだ。…………だから妹にだけは真実を教えてやってくれないか?」


 懇願するような目でカイルに訴えかけた。


「………………」


「………………」


 両者の間に沈黙が流れる。


「……今、傭兵を喉から手が出るほど求めている」


 沈黙を破ったのはカイルの声だった。


「それは……つまり……」


「サークリーゼたちとの関係は?」


「今後一切関わらない」


「計画は王国にばれている。身バレはしていないのか?」


「大丈夫……と言いたいところだが確証はない」


 カイルは重要事項を確認した後、しばし思考する。


「…………真実を話そう。その代わり、これからあんたの力を貸してもらう」


 レイジーンはカイルの言葉を聞いて、ようやく緊張の糸がほぐれた。


「ありがとうカイル。俺の力でよければ存分に使ってくれ」


 カイルはアイリスの治癒魔法に関することをレイジーンに説明した。


「そういうことだったのか。……ということは妹の病は治ったんだな?」


「それはわからない……。俺たちは医療の専門家じゃないからな。もう一度医者に診てもらうのがいいかもしれないな」


 カイルの意見に賛成し頷く。


「アイリスさんは店にいないのか?」


「今日は所用でいないから後日紹介する。話は以上だ、レイジーンさん」


「よしてくれ、レイジーンでいい」


 レイジーンは苦笑しながらカイルに訂正を促す。


「なら俺も今まで通りカイルと呼んでくれていい」


 話の切りがついたところで、ふとカイルはテーブルに置かれたダガーに視線を送る。


 ダガーを手に取り、レイジーンの顔に視線を合わせた。


「このダガーはレイジーンに譲る」


 カイルは右手に持ったダガーをレイジーンの前に差し出す。


「本当にいいのか?」


 カイルは頷く。


「なら遠慮なく使わせてもらう」


 レイジーンはダガーを受け取り、自らのカバンにしまい込む。


「レイジーン」


「なんだ?」


「サークリーゼとの戦いの時、そのダガーで援護してくれてありがとな」


「さぁ? 何のことやら?」


 レイジーンはとぼけた表情で返事する。


「誤魔化すのが下手だな」


「カイルもな」


「ふっ」


 カイルが軽く微笑むとレイジーンも微笑み返す。


「これからよろしく頼む!」


「あぁ、よろしく!」


 カイルが右手を差し出すと、レイジーンも自身の右手で彼の手を握り、二人は固く握手を交わした。


「ところでカイル。妹のことなんだが、この店で働かせてやってくれないか?」


「構わないぞ」


「ありがとう。ソフィナも喜ぶ」


 カイルは軽く微笑みながら頷く。


「さっそくだが、妹をここに連れてきていいか?」


「頼む。そういえば俺の店の場所、なぜわかったんだ?」


 レイジーンは椅子から立ち上がる。


「妹と二人で必死になって調べたんだ」


「ニッ」と微笑むと、視線と体をカイルから店の入り口に向け、外で待っているソフィナを呼びに行った。

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