第89話 再会

 ――闘技場での戦闘後。


 カイルたちとの戦闘で受けた傷の治療を済ませたサークリーゼは、林の中を駆け抜けていた。


 計画練り直しのため、バティスとの合流地点へと向かう。


 (カイルですか……私が人に興味を持つとは……奇妙なこともあるものですね)


 サークリーゼは微かに笑みを浮かべる。


 ――闘技場での戦闘から三日後、某所。


 カミールはレスタとの戦闘から離脱し、バティスと合流していた。


 バティスたちの隠れ家は複数あり、この施設もその一つである。


 部屋は地下にあり、大人が20人ほど入れる室内は松明の明かりのみで薄暗い。


「遅かったな、何があったんだ?」


「途中で邪魔が入った」


「詳しく聞かせてくれ。それとサークリーゼ様とレイジーンは?」


 カミールはバティスへ闘技場で戦闘になったことを報告する。


 その際、サークリーゼとレイジーンとはぐれたことも併せて報告した。


「なるほど、まずは二人の到着を待とう」


 カミールの報告が終わり、二人が椅子から立ち上がる。


 ――突如、建物内に複数の足音が響き渡った。


「ん? なんだ?」


 その足跡はバティスとカミールがいる部屋へと近づき、扉の前で一旦止まる。


 次の瞬間、勢いよく扉が開く。


 続けて甲冑を来た集団が10名程ぞろぞろと入ってきた。


「動くな!」


 兜に角が付いているリーダーらしき人物が、集団から一歩前へ出て二人に対峙し声を上げた。


 (……ロムリア王国騎士団か! ちっ! もう嗅ぎつけてきたか!)


 バティスは苦渋の表情を浮かべる。


「我々はロムリア王国騎士団。国家反逆罪でバティス、お前を拘束する!」


 (まだ諦めるな。カミールと協力すれば何か突破口はあるはずだ)


 バティスはカミールに視線を合わす。


 彼の視線に気づいたカミールはすぐに視線を逸らした。


 (ん? どういうことだ?)


 カミールはゆっくりと歩き出す。


 その間、バティスを取り囲む集団は微動だにしない。


 彼の足取りはバティスの正面で止まった。


「……ふっ」


 カミールの口から失笑が漏れる。


 (……?)


「国家反逆罪で拘束されるのは、なぜあんただけなんだ?」


「……カミール……まさか!」


「俺はなー、この国がどうなろうと知ったこっちゃない」


「何!?」


「金さえもらえればなんでもいいんだ」


「計画を漏らしていたのか!」


 バティスは声を荒げる。


「あんた、本当に国を変えられるとでも思っているのか?」


「……」


 バティスは無言でカミールの顔を睨みつける。


「おいおい、本気かよ。はっはっはっ!」


「……」


 バティスは俯き、下唇を噛み締める。


「こいつ一人だけか? 他の主要人員は誰だ?」


 リーダーがカミールに尋ねる。


 (サークリーゼはともかく、レイジーンの戻りが予定より遅すぎる。あいつは死んだか)


「……サークリーゼが戻ってくるはずだ。それと――」


「サ、サークリーゼ!? も、もしかしてあの!?」


 リーダーはサークリーゼの名前を聞くと、カミールの言葉をさえぎって話し出す。


 明らかに動揺しており、みるみるうちに顔面蒼白になっていった。


「き、聞いてないぞ」


 リーダーがボソッと呟く。


「……よし! こいつを拘束して撤収だ」


 (なんだこいつ? 職務放棄か? まー、金さえもらえればなんでもいいが)


 バティスはリーダーの合図で取り囲まれている兵士たちに拘束された。


 (サークリーゼ様、申し訳ございません。ですが……必ず!)


 ここで抵抗をしても無意味であり、今は耐え忍ぶときだと判断し、おとなしく連行された。


 ――闘技場での戦闘後、深夜。


 レイジーンは王都の自宅へと帰ってきた。


 周囲はすっかり夜の静けさに包まれている。


 (明かりがついている。ソフィナはまだ起きているのか)


 部屋の中へ入るとソフィナが気付き、椅子から立ち上がる。


「おかえりなさい、お兄ちゃん」


「遅くなったな、ソフィナ」


 ソフィナはレイジーンに手が届く距離まで歩き出す。


「あれ? 今日帰ってくる予定だったっけ?」


「仕事が早く片付いたんだ。それよりソフィナ、こんな時間まで起きてて身体は辛くないのか?」


「うん。カイルさんとアイリスさんに看病してもらってから、ずっと調子がいいの」


 ソフィナは元気そうにニコッと微笑む。


「……ん? 今カイルって言ったか?」


「うん。お兄ちゃん、カイルさんのこと知ってるの?」


 レイジーンはソフィナにカイルの身体や服装の特徴を説明する。


「うん、ぴったり。すごい、知り合いだったなんて! お仕事仲間なの?」


「…………あぁ……そう」


 (だった……)


 ふり絞って出した声は震えていた。


 自らの愚かさを完全に悟る。


 同時に全身から力が抜け、そのまま谷底へ落下していくような感覚に陥った。


「お兄ちゃん?」


 レイジーンの頬を涙が伝う。


 彼は目の前の彼女を両手で優しく抱きしめる。


「ソフィナ……俺は……俺は……!」


 涙で声がかすれるレイジーンをソフィナは無言で優しく抱きとめた。


 ――翌日の昼、王都のカイルの新店。


 アイリスとシフは所用で店内にはいない。


 クルムは建材に使われている全ての木材が新鮮な香りを放つ店内で、開店準備を行っていた。


「ふん、ふん、ふーん。あったらしいお店はきれいですよー」


 即興の歌を口ずさみながら商品陳列を行う。


 ――コンコンコン。


 店内に扉をノックする音が響く。


「はーい」


 クルムが扉に向かい対応する。


「――こちらに座って少々お待ちください」


 クルムは店の奥で作業をしているカイルを呼びに行く。


「カイルさん、来客です」


「わかった、すぐ行く」


 カイルは作業を切り上げて来客テーブルへと向かう。


 椅子に座っている来訪者を見て立ち止まり、思わず声を上げる。


「レイジーン!」


「カイル、今日は話があって来たんだ」


「どういうことだ?」


 カイルは神妙な面持ちでレイジーンの顔を見た後、彼と対面するように椅子へ座った。


「クルム、急にすまないが買出しに行ってきてくれないか?」


「はい、わかりました」


 カイルは紙を用意すると、そこへ必要なものをペンで書き込んでいく。


 クルムはカイルから紙と購入代金を受け取ると店から出て行った。


 店内にはカイルとレイジーンの二人だけとなる。

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