第78話 新しい馬車の購入

 テーブルの上のコーヒーカップを片付けると三人は椅子に座った。


 今日は店が定休日なので差し迫ってやることは特にない。


 三人はそのまま会話を楽しむ。


 (さっそく新しい馬車を購入しに行くか)


「アイリス、付き合ってくれ――」


 カイルの言葉を聞いたエリスが一瞬、はっ!として両手で口元を抑えながら驚く。


「わ、私、お仕事しなくちゃ」


 エリスは椅子から立ち上がり二人から離れていく。


「き、急にそんなこと……言われても……」


 アイリスはしどろもどろになりながらカイルに返事する。


 カイルは続けて馬車の話につなげて話すつもりだった。


 しかし、エリスが勘違いして部屋から出ていき、それを見たアイリスが反応してしまう。


「……あっ! そ、そういう意味じゃないんだ……。その……新しい馬車を買いたくて……って意味で……」


 カイルは慌てて言葉を訂正するも後の祭りだった。


 自分の発した言葉に思慮が足りていなかったことを反省する。


 (あー! やってしまったー!)


 二人の間に気まずい空気が流れる。


「……そんなのお店に車輪付けて移動したらいいでしょー」


「あのー、もしかして怒ってます?」


 カイルは恐る恐るアイリスに尋ねる。


「怒ってないもん!」


 アイリスはぷいっとそっぽを向く。


「ごめん、俺が悪かった。機嫌直して……ダメ?」


 彼女はそっと横目でカイルの表情を窺う。


「……ダーメ」


「ダメかー」


 カイルはがっくり肩を落とす。


「…………ふふふ、ダメじゃないよ」


 アイリスはいたずらっぽく微笑む。


 彼女の言葉を聞いてカイルの表情が途端に明るくなった。


「ごめんね、カイル。ちょっといじわるしたくなっちゃったの」


「俺の方こそほんとごめん!」


「うん。じゃー、今度一緒に新しい馬車見に行こうね!」


「ありがとな」


 ――夕方。


 エリスは仕事が終わり、店内奥の部屋に戻ってきた。


 彼女は部屋にカイルがいるのを見つけ、周囲にアイリスがいないことを確認して彼へ話しかける。


「カイルさん……あの、どうでした?」


「どうでしたって? それになんで小声なんだ?」


「ほら、さっきの……こ、告白……」


「違う、違う。あれは言葉の綾だ。次の定休日に新しい馬車を買いに行くから付き合ってくれってことだ」


「そうだったんですね。あそこで言っちゃうなんて、すごい大胆だなって思ってたんですよ。……それでどうなんですか? 本当のところは?」


「ほら、前に言った通りそういうのじゃないって」


「やっぱり、そうですよね。そっかー、そっかー」


 エリスは一人で納得してうんうんと頷く。


 (納得してくれたみたいだからそっとしておくか)


 ――次の定休日。


 カイルとアイリスはロムトリアの馬車取扱店を訪れていた。


「どんな馬車にするの?」


「丈夫で手頃な価格のものかな。それと前より積載量が増えるといいな。アイリスは何か希望あるのか?」


「ふかふかのベッドがあって、調理場も完備してるの!」


「家かな? ……ん? まさか前に言ってた店に車輪をつけるくだりは冗談じゃなかったのか!」


「ふっふっふー」


「早く工務店に依頼しなくちゃ!」


 カイルとアイリスが冗談を言いながら店内を見て回っていると店員が話しかけてきた。


「楽しそうに話されてますねー。お二人を見てるとこちらまで楽しくなりそうです。どのような馬車を検討されているのですか?」


 カイルは商売用に使用する馬車を探していると店員に伝える。


 店員は既製品と特注品があり、特注品は価格が高く納品まで時間がかかると話す。


 カイルは最初から既製品を購入する予定だった。


「中古の馬車も取り扱いあるのですか?」


「はい、ございますが現在は台数が少ないですね」


「案内してもらってもいいですか?」


「かしこまりました。こちらです」


 カイル達は中古馬車の展示場に向かう。


 展示場に到着すると、正面に数台の中古馬車が並んでいるのが見えた。


 店員の説明を聞きながら、馬車の細部を確認していく。


 どれも価格は安いが、カイルが以前使用していた馬車よりも状態が悪く購買意欲は湧かなかった。


「ちょっと痛みが激しいな」


「そうだね」


「とするとやっぱり新品だな」


「かしこまりました。では新品の展示場へご案内いたします」


 新品の展示場に移動すると、カイルの希望条件を伝えて合致するものを選んでもらう。


 カイルの選んだ馬車は以前と似た形であったが、積載量は新馬車の方が微増となっている。


 また、新加工技術により重量が今までの同じ積載量の馬車より若干軽くなっていると店員は説明する。


「アイリス、この馬車はどうだ?」


「いいと思うよ。前の馬車と同じ感覚で使えそうだね」


「そうだな。それじゃ、これを購入します」


「ありがとうございます。同時に馬も購入されますか?」


「はい、お願いします」


 カイルは購入手続きを全て済ませると、そのまま馬車に乗って店に戻ってきた。


 出発した時は昼頃だったが、店へ戻る頃には夕方になっていた。


 馬車を保管庫に止めて店内へと入る。


 二人が店の奥で椅子に座って会話しているとエリスが二階から降りてきた。


「カイルさん、アイリスさん、お帰りなさい。馬車の方はどうでした?」


「新品の馬車にした。乗って帰って外に止めてる」


「どんな馬車なのかな?」


「一緒に見に行こう」


 カイル達は店の外へ出て保管庫に向かう。


「わー! 綺麗! 素敵!」


 エリスは両手を合わせ目を輝かせながら馬車を見つめている。


 ――夜。


 カイルはエリスの部屋を尋ねた。


 扉をノックすると、しばらくして扉が開く。


「カイルさん、どうしたんですか?」


「少し話がしたいんだ」


 カイルは部屋の中に入ると近くの椅子に座った。


 エリスもテーブルを挟んで彼の正面に座る。


「クルムが買付担当で店からいなくなって寂しくないか?」


「少し寂しいですけど、今はカイルさんやアイリスさんもいますから大丈夫です。あんなに生き生きしている弟を見るのは初めてなので応援してあげたいんです!」


「それなら良かった。ただな……俺とアイリスも新規開拓に行くから店を離れることになるんだ」


「そう……ですよね……それなら私一人でお店頑張らなくちゃ!」


 エリスの言葉からは意気込みを感じるものの、同時に表情には不安も表れていた。


「エリス一人で全部対応するのは大変だと思う。……そこでだ! 新しい店舗スタッフを採用しようと考えている」


「新しい……スタッフですか」


「明日から募集をかけてみる。新スタッフが決まるまで俺達は店にいるから安心してくれ」


「わかりました、ありがとうございます。いい人が来てくれるといいですね」


「そうだな。……急に来てすまんかったな」


「私の方こそ、気を遣ってもらってすみません」


「クルムとエリスには感謝してるんだ、いつもありがとな」


「えへへ」


 エリスは嬉しそうにカイルへ微笑んだ。


 ――翌日の昼。


 募集内容は以前傭兵募集に使ったものを下地に作成したので、あまり時間はかからなかった。


 完成後、依頼受付所に向かう。


 採用が決まらなければカイルも買付先の新規開拓ができないので優先事項に設定している。


 希望者には今日から七日後に店へ来てもらい面談する予定だ。


 ――翌日。


 カイルは早朝から木材を調達するために街中へ繰り出していた。


 目的の木材を確保し、馬車に積み込むと店へと戻る。


 店に到着し、木材を荷台から降ろす。


 (よし、コーヒー販売用の小屋を作るか)


 店が建っている土地はカイルが所有しているので、どのように活用しても自由である。


 小屋、椅子、テーブルを設置して店外で販売し、空いている土地を有効活用することにした。


 小屋の中にコーヒーの調理器具を置き、ここでコーヒーを販売する。


 広さは中に一人入ってコーヒーの提供が難なくできる程度だ。


 近所の買出しから戻ってきたアイリスが作業中のカイルを見つけた。


「カイル、何してるの?」


「この木材で小屋を作ってるんだ」


「小屋? カイルの別荘?」


「立ち寝専用の別荘かな? コーヒーが販売できるようになっただろ?」


「うん」


「それで前にエリスが店で飲食店みたいにコーヒーを出してみたらどう? って言ってたから、この小屋で販売してみようと思ってな」


「そういうことね」


「最初は店内でやろうかと考えてたけど、ちょうどここの土地が空いているからな」


「何か手伝うことある?」


「今は大丈夫かな、ありがとな」

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