第77話 客船での再戦

「モ、モンスターだ!!」


 船員は乗客たちに襲撃を知らせる。


 カイル達が船体中央デッキに到着した頃には、モンスターは船体後方から船内に乗り込んでいた。


 (またオクトドンか……ん?)


 デッキにいるオクトドンは片目を喪失していた。


 (あいつは……もしかして以前船で襲ってきた奴と同じか?)


 オクトドンは自身の近くにいる乗客へゆっくりと近づいていく。


「ほ、ほんとにモンスターが襲ってきた!」


 クルムは恐怖に怯えた表情でモンスターを見つめる。


「シフさん、あいつは俺に相手させてください。クルムを頼みます」


 以前取り逃がしているため、カイルはここで決着をつけたかった。 


「わかりました。クルム、私と一緒に船首の方へ行こう」


 クルムは恐怖で顔が引きつっていたが、シフの落ち着いた口調を聞いてなんとか返事する。


「は、はい」


 シフとクルムはカイルから離れ、船首の方へ移動し始めた。


 カイルはオクトドンへと駆け出す。


 (今はアイリスのエンチャントサンダーは使えない。……が、以前よりは俺自身の力でも渡り合えるようになっているはずだ)


 オクトドンはカイルの気配に気付くと、標的を乗客から彼に変更する。


 カイルは斬撃の間合いに入る直前に鞘からショートソードを抜く。


 オクトドンはカイルの斬撃を封じようと触手を絡みつけようとする。


 触手がカイルの体へ巻き付く直前に斬撃で切り払われた。


 斬り落とされた触手がデッキの上で微かに蠢く。


 モンスターは撤退するどころか触手を激しく動かしカイルの体を絡め取ろうとする。


 しかし、モンスターはカイルを捉えることができない。


 (今回は逃げないのか)


 カイルは触手に拘束されないよう巧みに回避しながら斬撃を加え、触手を次々斬り落としていく。


 触手の約半数が斬り落とされたところで、オクトドンは攻撃の手を止めた。


 そこでようやく撤退を始める。


 残った触手だけでは移動が困難になり、人間の歩行速度より遅くなっていた。


 カイルはオクトドンの片目に向けて斬撃を繰り出す――命中。


 両目と約半数の触手を失ったモンスターは方向感覚を失い、その場で蠢き始める。


 カイルはオクトドンの胴体を中心に斬撃を重ねていく。


 相手の体が軟体のため、相変わらず手ごたえは感じられない。


 構わず斬撃を繰り出し、徐々に動きが鈍くなることでダメージが蓄積されていることを実感できた。


 しばらくすると、オクトドンの動きが完全に停止する。


 遠巻きに戦闘の様子を見ていた乗客達は決着がついたことに安堵の表情を浮かべた。


 船内が落ち着きを取り戻そうとした時――


 再び船体に衝撃が走った。


 (まだ他にもいるのか!)


 海面から触手が現れ、船内へと侵入する。


 その触手は、直前に戦ったオクトドンのものより大きい。


 モンスターの触手が船のデッキの手すりに絡まる。


 木製の手すりに圧力がかかり、悲鳴のような軋み音を発し始めた。


 (まずい! 船体が壊れる! 本体はどこだ?)


 カイルは海面に視線を向けると、オクトドンの本体が浮上してくるのを発見した。


 (さっきの個体よりも大きい。ここからじゃ本体に攻撃が届かない。どう対処するか?)


「今度は私がモンスターの相手をしよう」


 いつの間にかカイルの隣にシフが立っていた。


「シフさん、いつの間に!」


 シフはカイルに頷くと船のマストを軽い身のこなしで器用に登っていく。


 彼はあっという間にマストの頂上に到達した。


 カイルも船内の触手を斬りつけてシフの援護をする。


 シフは護衛用に持ってきていたショートソードを抜き、眼下のオクトドンを見据えた。


 (シフさんは何をするつもりなんだ?)


 カイルは触手を斬りつけながら、空を見上げてマストに登っているシフの動向を確認する。


 次の瞬間、シフは海面目掛けてダイブした。


 (飛び降りた! あの高さから!)


 ダイブした先にはオクトドンの本体がいる。


 モンスターは上空からの攻撃には気付かず全く対応できない。


 シフの剣はモンスターへ深く突き刺さる。


 剣は弱点へ突き刺さり、カイルが斬りつけている船内の触手は、急に力が抜けたように動きを止めた。


 シフはオクトドンの本体を足場にして素早く突き刺した剣を引き抜く。


 (シフさんを助けないと!)


 カイルは海中へ取り残されるであろうシフを救出して、船内に戻ってこれる手段を考え始めた。


 しかし、彼の心配は杞憂だった。


 シフは船内に向けて跳躍する。


 オクトドンの本体から船内までは距離と高さがあるため、普通に跳躍しただけでは決して届かない。


 シフの体は大きく弧を描き、無事船内へ着地した。


 触手はオクトドン本体に船外へ引っ張られるようにして共に海中へ沈んでいく。


 シフの元へカイルが駆け寄る。


「シフさん!」


「カイルさん、怪我はないかい?」


「はい、大丈夫です。シフさんこそ」


「こっちは少し服が濡れてしまった」


 シフは苦笑しながらカイルに話す。


「マストから飛び降りた時もそうですが、さっきの跳躍は……もしかして、シフさんも魔法が使えるのですか?」


「……少しだけだがね」


 カイルとシフは次の襲撃を警戒したが、それ以降モンスターの気配はなかった。


 船内は今度こそ落ち着きを取り戻す。


 二人はシフの指示で船内に隠れていたクルムと合流する。


「もう大丈夫だぞ」


 カイルの言葉を聞いたクルムは一安心した表情を浮かべた。


「カイルさんはあんなのといつも戦っているんですか」


「いつもじゃない。けど商人を続けてたら、いずれあんなモンスターと出会うかもしれんぞ」


「そうですね……」


「怖くなってきたか?」


「正直怖かったです。……でもこれで挫けたりしません!」


「万が一襲われたとしても、さっきみたいにシフさんが守ってくれる」


「はい!」


 その後はモンスターに襲われることなく、ポートリラに入港する。


 店に戻る途中でアマルフィー商会にも立ち寄り、アマルフィーにもクルムを紹介した。


 屋敷から出て馬車に戻る途中、クルムは若干興奮した口調でカイルに話す。


「いよいよ商人の仕事って感じがしてきました!」


「これからもっと忙しくなるぞ」


「はい! でも僕みたいな子供が大人の人と一緒に仕事してもいいのかなって……」


「クルムはしっかりやっている。そこは気にしなくていい」


 ロムトリアの店に戻るとアイリスとエリスが出迎えてくれる。


「お帰りなさい」


「ただいま」


 アイリスがニコっと微笑むとカイルも笑顔を返す。


 積荷の積み下ろしが終わると、店の中に入り、奥の部屋のテーブルを囲んで椅子に座る。


 (あっ! また椅子買うの忘れた)


 五人いるのに対して椅子は四つしかない。


 カイルは四人に椅子へ座るよう促してコーヒーを淹れる準備をする。


「こーんな大きなタコに襲われたんだよ!」


 クルムは椅子から立ち上がり両手を目一杯広げてモンスターの巨大さをエリスに説明する。


「タコってこの前襲ってきたのかな?」


 アイリスがカイルに尋ねた。


「そうだな、片目を失って大きさも似てたから同じ奴だったのかもしれない。……倒した後、もっと大きいのが出てきたんだけどな」


「えっ! そうなの?」


「そっちはシフさんが倒してくれた」


 カイルの一言でどうやって倒したのか?と聞き返すまでもなくアイリスは納得した。


 五人はカイルの淹れたコーヒーを味わいながら談笑を楽しんだ。


「コーヒー美味しかったです。僕たちはそろそろ出発しますね」


「クルム、今日はここに泊って休んで明日出発でもいいんだぞ?」


「ありがとうございます。店で休憩したら出発するってシフさんと決めていました」


「わかった、それならクルムに任せる。シフさん、クルムを頼みます」


 シフはカイルへ頷く。


 カイル達はクルムとシフを乗せた馬車を見送った。


 彼らの馬車が見えなくなるとカイルとアイリス、エリスは店内へと戻る。

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