第79話 実家への訪問
――スタッフ面談日の前日。
カイルは無事小屋を完成させた。
(テーブルと椅子も設置したら準備完了だな)
全ての準備が完了すると、エリスを呼び報告する。
「エリスがこの前言ってた案、実際にやってみることにしたんだ」
「あっ! 覚えててくれたんですね」
「しばらくは俺がやってみて、反応が良かったらスタッフを増やしてみようと思う」
「わかりました」
――面談当日。
(思ってたよりも希望者が多かったな)
カイルの店は町で少し人気が出てきており、店で働いてみたいと考える人も若干数増えていた。
また、募集に未経験可と書いておいたので、それも希望者が集まった理由の一つだった。
最終的に希望者は十名になり、その中から一名を採用する予定で考えている。
全ての希望者と面談を終えたカイルは、二階の部屋で採用者の検討を始めた。
しばらく比較検討した結果、エリスよりも年上の女性を採用することに決める。
カイルは依頼受付所に採用者が決まったことを報告しに行った。
三日後に店に来てもらい、正式に契約する段取りになる。
――夕方。
カイル、アイリス、エリスの三人が店の奥の部屋で夕食を食べている。
「エリス、新しい人の採用が決まった。三日後、店に来るからな」
「そうなんですね、ありがとうございます!」
「今回は早く決まったんだね」
アイリスがカイルへ嬉しそうに話す。
「そうだな。面談した時に皆、店のことを知っていたから少し知名度が上がったのかもしれないな」
「おー、じわじわ人気になってきておりますなー。カイル店長」
アイリスはどこかの商会にいそうな会長のような声真似をしながらカイルに話す。
「はい、ありがとうございます。アイリス会長」
「うむ、次はどこにお店を出すのかね?」
「ポートリラですね、会長」
「ふふふ」
エリスは二人のやり取りが楽しくて思わず笑い始めた。
――三日後。
新しいスタッフの採用が無事決まった。
アイリスは店内でエリスを手伝い、カイルは外の小屋でコーヒーを販売する。
小屋のことは事前に宣伝していなかったが、来店してくれた顧客はだいたい気付いてくれた。
アイリスには割引券付きのチラシを作ってもらっていたので、小屋に近づいてカイルへ話しかけてくれた人に宣伝用として配る。
また、彼女にはコーヒーの調理器具が入荷した旨の張り紙も作ってもらったので、小屋の目立つところに貼った。
「おっ! 調理器具入荷したのか」
張り紙を見た顧客がカイルへ話しかける。
「はい、少量ですが入荷しましたよ」
「よし、一台もらおうか」
「ありがとうございます!」
(さっそく一台売れた!)
翌日も調理器具が一台売れて、コーヒー自体の販売数も若干増えた。
その後、調理器具は一週間経過しないうちに完売する。
(クルムが帰ってきたらコーヒー関連の追加買付してもらうよう伝えないとな)
――数日後の昼頃。
カイルは小屋でコーヒーの準備をしていると店の常連客に話しかけられる。
「あれ? カイルさん。ここで何してるんですか? あっ! もしかして店長クビになって……ここで新店を?」
「えー、実は……って違いますよー」
「ははは! 冗談だよ。それじゃー、一杯もらおうかな」
「ありがとうございます」
コーヒー販売に一区切りつくと、カイルは店内に戻る。
店内では新しく加わったスタッフが、一生懸命仕事を覚えようと取り組んでいるのが目に映った。
ちょっとしたミスが発生した時は、アイリスとエリスでうまく助け合っていく。
カイルは、その状況に感謝しつつ同時に微笑ましい光景だと感じた。
その後も新人は日々仕事に慣れていき、店は滞りなく運営できた。
(よし、この調子で二号店の出店資金を貯めるぞ)
――半年後。
カイルの店は順調に売り上げを伸ばし、ポートリラへ出店する資金も集まった。
クルムの買付もトラブルなく順調に取り組めていると報告を受けている。
また、店に新しく加わったスタッフもすっかり仕事に慣れていた。
この間にコーヒーの販売スタッフも新たに採用している。
(そろそろ俺とアイリスが新規開拓で店から抜けても大丈夫そうだな)
夜、カイルはアイリスの部屋を訪れた。
「アイリス、そろそろ二号店出店の準備をしようと思う」
「いつ出発するの?」
「三日後に出発だな」
「わかったよ!」
「それとしばらく王都に戻ってないだろ? 実家に寄って行くか?」
「うん、ありがとう」
アイリスと話した後、エリスにも報告した。
――三日後。
「それじゃー、店の方よろしく頼む!」
「気をつけて行ってきてくださいね」
カイルとアイリスはエリス達に見送られながらポートリラへと向かった。
ポートリラに到着すると、宿を確保して工務店探しをする。
ラグフェット工務店に発注した時の二の舞にならないよう慎重に情報収集を行う。
数日間情報収集をして無事に依頼する工務店が決定した。
ポートリラは全体的に相場がロムトリアよりも安いので費用を抑えられる。
店の建築発注を済ませ、代金を先払いした。
「……今度は大丈夫だよね?」
アイリスは若干不安そうな表情をしながらカイルへ話しかける。
「あぁ、今回はじっくり調べたからな」
「うん、そうだね」
カイルが返事すると彼女は笑顔になり、表情から不安が消し飛んだ。
「ポートリラでの用事は済んだし、明日の朝、王都へ向かおう」
翌日の朝、カイル達はポートリラを出発する。
予定通りに王都ロムヘイムスへ到着すると、宿を確保して馬車を保管した。
それからカイルはアイリスと一緒に徒歩で彼女の実家へ向かう。
「二人に私が攫われたこととか話しちゃダメだよ」
「わかった」
カイルは一言返事を返す。
「カイルどうしたの? さっきからだんまりしちゃって。あっ! もしかして緊張してる?」
「ま、まぁな」
実家の飲食店はちょうど定休日だった。
アイリスが鍵のついている扉を開けて中に入る。
カイルも彼女の後ろに続いて入った。
「ただいまー! 帰ったよー」
アイリスの声を聞いた母親が二階から降りてくる。
「アイリス、お帰りなさい。それにカイルさんも元気そうで……あっ! お店開いたんですってね。手紙読みましたよ」
「はい、アイリスにも手伝ってもらって無事に開くことができました」
「それを聞いて私も嬉しいわ。カイルさん、改めておめでとう!」
「ありがとうございます!」
カイルの隣に立っているアイリスもニコニコしている。
「二人とも疲れたでしょう? 二階に上がってくつろいで。夕食の準備もしなくちゃ、今日は何にしようかしら?」
アイリスの母親はカイル達の突然の帰省に言動が慌ただしくなり始めていた。
「突然訪問してしまってすみません」
「いいのよ、元気な顔が見られるだけで嬉しいから」
その日の夕方、カイル、アイリス、アイリスの両親の四人は二階で夕食を囲んだ。
「なかなかカイルさんの店に行けなくてすまないね」
アイリスの父親は申し訳なさそうな表情でカイルに話す。
カイルはここへ来る途中、全くアイリスの実家へ帰らずに彼女を連れまわしていたことに気付く。
自分のことで精一杯になり、彼女のことまで考える余裕がなかったのを今更ながら反省している。
彼はそれを両親から指摘されること、そしてこれ以上娘を連れまわすなと言われることを覚悟していた。
(ここでアイリスと別れることになるかもしれないな)
彼自身そうなって欲しくはないと願っているが、こればかりは自分では決められない。
せめて予め想定しておけば、少しでも心の傷は浅くなるだろうと考えていた。
カイルは短い間ではあったが彼女と過ごした日々に感謝しつつ、万感の思いで両親へ謝罪する。
「娘の望んだことだからね。気にすることはないよ。ははは!」
父親の言葉を聞いたアイリスがカイルの隣でうんうんと頷いている。
カイルは良い意味で想定外の返事をもらい、安堵と感謝の感情が交じり合い体中に満ちていく。
彼の心を押し潰すかのごとく重くのしかかっていたものは、すとんと転げ落ちてやがて見えなくなった。
緊張で強張っていた彼の表情には笑顔が徐々に戻ってくる。
「カイルさんの商売が順調そうで何よりだよ。ゆくゆくは王都にも店を出すのかい?」
「はい、二号店はポートリラで現在新店建築中です。三号店は王都に出す予定ですね」
「おー! 素晴らしい!」
カイルの店が順調な滑り出しをしているのを聞いて、アイリスの父親の表情には笑顔が零れた。
「アイリスの調べ物の方は成果あったのかい?」
「うーん、こっちは今のところはまだかなー」
「急ぐことはない。自分の気が済むまでやってみなさい」
「ありがとね」
アイリスは父親に微笑む。
その後、四人はカイル達の商売と旅の話で盛り上がる。
カイルがアイリス達と別れて宿へ戻る頃には、すっかり夜中になっていた。
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