第3章

第64話 始動

 ――ロムリア王国某所。


 石造りの部屋の中に三人の男がテーブルを囲み、椅子に座っている。


 部屋の中は松明の明かりで薄暗く照らされていた。


 三人の内、二人は武器を携え傭兵のような出で立ちで、一人は何の変哲もない町人のような格好である。


 傭兵風の男の片方が、町人風の男へ報告内容を話すよう促す。


「それでは報告を聞きましょう」


「はい、サークリーゼ様。ドルゴス様が戦死されたとのことです」


「……ドルゴス? 誰でしたっけ?」


 サークリーゼと呼ばれた男は首を傾げ、とぼけたような顔をして町人風の男へ尋ねた。


「アリューム城の管轄責任者です」


「……あー! 思い出しました。それでなぜ?」


 サークリーゼの記憶の奥底へ仕舞われていたので、引っ張り出してくるのに少々時間がかかった。


「何者かが城に侵入して、そこで戦闘になったようです」


 その侵入者とはカイル達のことである。


「まー、そうでしょうね。続けてください」


 町人風の男は淡々と説明を続ける。


「あのドルゴス様を倒すほどなので、相手は相当の手練れだと思われます」


 ドルゴスはメルフィスの傭兵レオニードと戦い命を落とした。


「倒した相手がどこの誰かは分かりませんが、今後出会う機会があれば私がなんとかしましょう。他には?」


「報告は以上です」


「そうですか、報告ありがとうございました」


 報告を終えた町人風の男は、椅子から立ち上がると足早に部屋から出て行った。


 部屋に二人だけとなるとサークリーゼは立ち上がり、近くの棚から酒とグラスを二つ取り出してテーブルの上に置く。


 それから、椅子に座り二つのグラスへ酒を注ぎ、一方を正面の傭兵へ、もう一方を自分の正面に置いた。


 サークリーゼは孤児院で育ち、幼少から剣術の才能にあふれ院内で評判になっていた。


 その類稀なる才能は、孤児院へ偶然訪れた当時の騎士団長の目に留まる。


 ロムリア王国騎士団の入団試験を難なく突破し、見習いとして入団する。


 孤児院での自分の名前は便宜上つけられたものだったので、入団時に騎士団長からサークリーゼと名付けてもらう。


 名前はロムリア王国の歴史上に登場する英雄の一人、サークから取られた。


 騎士団所属後は、モンスター討伐や紛争解決でその才能と実力を如何なく発揮し、瞬く間に副騎士団長の座にまで駆け上がる。


 二十歳で結婚すると二人の息子を授かり、順風満帆な家庭を築く。


 やがて次期騎士団長の最有力候補になり、将来ロムリア王国の護り手となることを国から嘱望されていた――はずだった。


 ある日、転機は突然訪れる。


 イラベスク商会から国のために活動する新しい商会を立ち上げるため、出資してほしいと依頼を持ち掛けられたことがきっかけだった。


 ロムリア王国内でイラベスク商会は、三本の指に入るほどの知名度である。


 サークリーゼは国のためならということで、喜んで第一出資者として名乗りを上げた。


 しかし、後に立ち上げた新商会が違法行為に手を染めていることが判明する。


 イラベスク商会は無実を主張し、サークリーゼはその発起人としてやり玉にあげられた。


 サークリーゼの独自調査で、ある次期騎士団長の有力候補者がこの事件に一枚かんでいることがわかる。


 彼は仕組まれた罠であると無罪を主張するも、すでに商会と有力候補者は結託済で裏から手を回し対策済みだった。


 その為、一連の事件は彼に全ての罪を擦り付ける形で国内に明るみとなる。


 国民に衝撃が走り、それからサークリーゼとその家族に対する風当たりが厳しくなっていく。


 ある日サークリーゼが帰宅すると、異変に気付いた。


 家の中は明かりがついておらず静寂で、呼びかけても誰も反応しない。


 大広間に明かりを灯すと、そこにはすでに冷たくなった家族の亡骸が三体あり、そばに遺書が置いてあった。


 妻と息子たちは重圧に耐えきれず自ら命を絶ったのだ。


 彼が今まで積み上げてきたものが、突如として音もなく無情にも崩れ去る。


 その瞬間、もう自分以外は誰も信用しないと心に固く決意した。


 そして、彼はこの国で培ってきたもの全てを捨てた――復讐に必要なものだけを残して。


 彼はすぐさま有力候補者の屋敷へ行き、その家族もろとも自分の家族と同じ運命に遭わせた。


 同日、ロムリア王国を去る――復讐を果たしに戻るその日まで。


「ふっ……」


「どうかされましたか?」


 正面に座る傭兵がサークリーゼへ尋ねた。


「いえ、昔のことを思い出しましてね、つい……」


 あえて丁寧な口調で話しているのは、自分を律する意味が込められている。


 そうでもしなければ、ロムリア王国とイラベスク商会への復讐心が灼熱の炎となって今にも溢れ出しそうだったからだ。


 感情をあまり表情に出さないのとは裏腹に、彼の瞳の奥には静かな復讐の炎が渦巻いている。


「それでは仕事の後の一杯といきましょう」


 二人はグラスを重ね合わせると、それぞれ注がれた酒を口にした。


「私はあなたを見込んでいるのですよ……レイジーン」


 サークリーゼはグラスをテーブルの上に置くと、正面に座っている傭兵風の男、レイジーンの目を見て話し始める。


「……はい、ありがとうございます。サークリーゼ様」


 レイジーンは若干間をおいてから返事する。


 彼はサークリーゼが少なくともある程度の実力は評価してくれているとは考えていた。


 しかし、サークリーゼの言葉を額面通りに受け取って良いのか、まだ本心がつかめていない。


 まだ初めて出会ってから日も浅く、じっくり話すのは今回が初めてだったからである。


「次のルマリア大陸での仕事も手伝ってもらいますよ」


「……わかりました。ところでガストル達は無事に辿り着けるでしょうか?」


「辿り着けなければ、それまでだったということです」


 レイジーンと同じく元ギルド マグロックの傭兵であるカミールがガストルの護衛に向かい、共にルマリア大陸へ渡った。


 サークリーゼとレイジーンもこの後に、この大陸へ渡る予定だ。


「ルマリア大陸での仕事が終われば、ガストルと合流し、カミールと護衛を交替してください。もちろんあなただけじゃなく他の護衛もつけます」


「ありがとうざいます」


 その後、ガストルとレイジーンは思いもよらぬ形でカイルと再会することになる。


「あー、それと……もし彼が何かしら不穏な動きを見せた時は……分かっていますね?」


「……はい」


 レイジーンは自身の腰に携えているショートソードの鞘を掴んだ。


 ――サークリーゼとレイジーンがルマリア大陸に渡り一週間が経過した。


 二人はエンボリオ火山のふもとに来ていた。


 この山は標高約3,000mあり、この辺りでしか群生していない動植物がいる。


 それら動植物を交易品として管理する利権を最近イラベスク商会が取得したという情報をサークリーゼは入手した。


 正面に商会の所有している施設群が見えてきた。


 二人がルマリア大陸に来たのは、この施設へ訪れることが目的である。


 空模様は曇天で昼間にも関わらず暗く、いつ雨が降ってきてもおかしくなかった。


「少し急ぎましょうか、レイジーン」


「わかりました」


 施設の周辺は柵で囲われており、全て木造でいくつかの棟に分かれていた。


 二人は正面玄関へと向かうと、警備の傭兵が二人立っているのを確認する。


 サークリーゼとレイジーンは正面から堂々と近づいていく。


「なんの用件ですか?」


 警備が二人へ尋ねる。


「ここの責任者と話がしたくて来ました」


「申し訳ございませんが、個人の方は全てお断りしております。商会の方で商談希望なら、証明できるものを提示してください」


「そうですか……私、こういうものです」


 サークリーゼは応対した警備の傭兵を斬り伏せた。


 さらにその隣の警備にも斬撃を浴びせ、斬られた傭兵達は反撃する間もなく倒れる。


「中に入りましょう。まだ施設内に傭兵がいるはずです。ここからはあなたにも働いてもらいますよ」


 レイジーンは鞘からショートソードを抜いて返事する。


 二人は正面玄関から敷地内に入ると、一番大きな建物を目指して一気に駆け出した。


 施設の中にいる人間は、見知らぬ人間二人が抜剣しながら走っている光景を見て、ただならぬ異変を感じ取る。


 それは他の労働者にも伝播していき、施設内は混乱の様相を呈した。


 サークリーゼとレイジーンは武器を持って抵抗してくる人間、つまり傭兵のみを斬り伏せていく。


 施設内の傭兵たちは周辺にモンスターが現れた際の討伐要員として常駐している。


「いやはや、なんとも手ごたえがありませんね」


 レイジーンもサークリーゼの意見に同調し頷く。


「イラベスク商会ともなれば、傭兵の契約金も金貨100枚はくだらないでしょうに」


 傭兵達を斬り伏せながら、建物内の階段を駆け上がり、三階の責任者の部屋の前に到着する。


 扉には鍵はかけられておらず、そのまま開けて二人は中に入った。


「やけに外が騒がしいがどうした? ――なんだお前たちは?」


 部屋に入ってきた二人を施設の労働者と勘違いしそうになった責任者らしき男が話しかけてくる。


「あなたがここの施設の責任者ですか?」


 サークリーゼが正面の責任者らしき男へ問いかける。


「質問しているのはこっちだ」


 男は怖気づくこともなく、強気な態度で話す。


「おやおや、随分余裕ですね。ご希望でしたら、この部屋も騒がしくして差し上げましょうか?」


「ふん! お前達も運が悪かったな」


「ほー、それはどういう意味ですか?」


 突如、男は指をパチンと鳴らすと奥の扉が開く。


 その扉の奥から剣と全身を甲冑で武装した一人の屈強な人間が部屋に入って来る。


 責任者らしき男を庇うようにしながら正面に立ち、サークリーゼとレイジーンに対峙する。


「今日偶然ここに来ててな。彼は元ロムリア王国騎士団の若手有望株。商会本部が引き抜いたそうだ」


 兜で顔全体が覆われていたため性別は不明だったが、男の説明で甲冑の中身が男性であることが判明した。


「お前ら、そんな軽装で侵入してくるとは、ピクニックにでも来たつもりか?」


「言葉を選ばないと、後で後悔することになりますよ」


「お前らがな!」


 甲冑の男が正面に立っていることもあり、責任者らしき男はさらに強気となって言葉を吐く。


「レイジーン、ここはあなたのお手並みを拝見させてもらいましょうか」


「わかりました」


 サークリーゼは後ろに下がり、レイジーンが傭兵と対峙する。


 甲冑の男はロングソードを両手持ちで構え、レイジーンはすでに抜剣しているショートソードを構えた。


 数度の鍔迫り合いをした後、レイジーンは鎧で覆われていない弱点を狙い、甲冑の男を難なく打ち取る。


「お見事です」


 戦いを観戦していたサークリーゼが、微かに表情筋を動かしてレイジーンに拍手する。


「……ありがとうございます」


 サークリーゼとレイジーンは再び、責任者らしき男へ視線を合わせる。


 男は目の前で起こったことが信じられない様子で呆気にとらわれていた。


「さて、もう一度聞きますが、あなたがここの責任者ですね?」


「……そ、そ、そうだ」


 責任者は自分に言葉が投げかけられていることに気付くと、ようやく我に返る。


「あなたルマリア大陸出身の方ですか?」


 サークリーゼはロムリア王国の言葉を片言で話す責任者に確認した。


「お、俺は現地採用なんだ。だから見逃してくれ」


「あなた個人は特に問題ないのですけどね。商会の方がですね」


「じゃー、見逃してくれるのか?」


 男は一筋の光を見たかのような表情をする。


「いえ、そういうわけにはいけません」


 サークリーゼはあっさりと即答した。


「それじゃー、なんで出身を聞いたんだ?」


 瞬時に絶望へと引き戻されるも、必死に相手へ食い下がる。


「ちょっとした好奇心です」


「お、俺はあなたのことは知らない。あなたと商会で何があったのかも本当に知らない」


「責任者には責任を取ってもらわないといけません」


「今回のことも絶対秘密にする。なぜこんなことになってるか意味不明なんだ! だから見逃してくれ!」


 横でやり取りを見ていたレイジーンはサークリーゼの対応について多少やりすぎとは思っていた。


 だが、自分もここに来るまで傭兵を斬り伏せてきたことを考えると、止める術を持たない。


「では外に出ましょう」


 責任者を斬り伏せたサークリーゼは、表情一つ変えずレイジーンに話しかけた。


 二人は階段を下りて、建物の外へ出る。


「これで仕上げです」


 サークリーゼは音玉のようなものを取り出す。


「これに火をつけて施設内の建物に投げ入れていきましょう。あっ! 爆発に巻き込まれないように気を付けてください」


 音玉を投げる直前には、施設内にいた労働者達は全てすでに避難を開始しており、建物内にはいなかった。


 二人は分担して作業し、施設内で次々と爆音が鳴り響き、木造の建物は崩れ落ちていく。


「こんなものでいいでしょう。さて、雨が降ってくる前に帰りましょう」

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