第65話 買付と報告
カイルの店は開店から一か月が過ぎ、初日の多忙さこそないが、日々来店客数は安定していた。
新規開店しても来客は初日か開店した週のみで、その後は客足が途絶える場合もある。
売上と利益も順調に伸びており、リピーターになってくれる顧客もまだ若干ではあるが皆無ではない。
店の経営はひとまず軌道に乗り始めたと判断できる状況になっていた。
店内ではクルムとエリスが活発に動いている。
彼らは仕事に慣れて接客だけでなく会計もこなせるようになっていた。
カイルは閉店後、仕事の片づけが終わってから、クルムとエリスを店の奥の部屋へ呼ぶ。
「クルム、エリス。店で働いた今月分の給金だ」
カイルは給金の入った袋をクルムとエリスそれぞれに渡し、二人の一か月間の働きを労う。
「三日後から買付に行ってくる。その間、店をクルムとエリスに任せようと思う」
買付はもう少し先を予定していたが、予想以上の売行きだったため在庫不足にならないよう早めに行動することにした。
また、この機会にアマルフィーにも報告しておこうと考えている。
「はい、わかりました!」
クルムは笑顔で頼もしい返事をする。
カイルは子供達だけに任せるのは若干不安ではあった。
しかし、姉弟二人で協力して取り組み、仕事の慣れも早かったので任せてみることに決める。
カイルは万が一の時のためにクルムへ傭兵契約用途の金貨を渡しておく。
――三日後の朝。
店の横には馬車の保管庫が備え付けられている。
出発の準備が整うとアイリスは荷台に乗り、カイルは馬に乗る。
「気を付けて買付に行ってきてくださいね!」
クルムとエリスに見送られながら、馬車は店から離れていく。
まずはポートリラへ向かい、そこから船に乗ってルマリア大陸に渡る。
船は予定通り出港し、途中モンスターに襲われることもなく無事ルマリア大陸の町、オンソローへ到着する。
町に着くと、依頼受付所に向かい、そこでロゼキットの名前を見つける。
翌日、近所の飲食店でロゼキットと再会する。
「おー、カイルにアイリスちゃん、久しぶりだね!」
「久しぶりだな」
再会を喜び合い、三人で食事しながら互いの近況を報告しあう。
ロゼキットの方は、新しい仕事が見つかって取り組んでいると話す。
カイルの近況を聞かれたので、自分の店を開いたことを伝える。
ロゼキットにはそれを手紙で伝えようとしたが、送り先を聞いていなかったので説明が遅れた。
「おめでとう!」
カイルの話を聞いたロゼキットはいつも以上の笑顔になる。
「今回も通訳をしてほしくて呼んだんだ。引き受けてくれるか?」
「わかった、いいよ」
ロゼキットは即答した。
「即答だな。今取り組んでいる仕事はいいのか?」
「それはこっちで何とかするから大丈夫、大丈夫」
「そうか、それは助かる。それとあと二つ話があるんだ」
「どんな話?」
カイルはゆくゆく買付を別の人間が行うことになることを説明した。
その人間を自分の時と同じように通訳して助けてあげてほしいと話す。
別の人間というのはクルムのことを想定している。
二つ目はカイルの通訳の仕事を優先的に受けてほしいということだった。
「もちろん、大丈夫だよ」
「ありがとう!」
ロゼキットは二つとも快く了承してくれた。
「これからまた忙しくなるねー」
「そうだな、よろしくな!」
飲食店を出た三人は、フロミアに面会する。
「カイルさん、開店おめでとう!」
フロミアはカイルの顔を見るなり笑顔で出迎え、カイルの国の言葉で開店を祝福する。
積荷の打ち合わせをした後、以前フロミアからもらった試供品のコーヒー豆のことについて聞いた。
「コーヒー飲んでみたんですね。苦いけど美味しかったでしょう?」
「美味しかったです。在庫があるのなら正式に買付させて頂きたいです」
「在庫はありますよ。ただ、カイルさんもご存知だと思いますが、コーヒーを作るには調理器具が必要です」
「はい」
「その調理器具の在庫がないのです」
(コーヒー豆だけ買付けても、肝心のコーヒーが作れなければ店で売るのは難しいな)
「そういうことなら今回はコーヒー豆を一袋分だけ買付できますか?」
(店で自分たちが飲む分だけ買付しよう)
一袋と言ってもだいたい10Kgほどあるため、十分すぎるほどの量である。
フロミアは商人同士の取引ではほとんど発生しない一袋単位にも応じてくれた。
その後、馬車へ買付けた特産品を積み込んで港へ向かう。
ロゼキットとは一旦別れ、カイルとアイリスは船に乗り込んだ。
――出港した翌日。
カイルとアイリスは食堂で夕食を食べていた。
「ここでの食事もすっかり慣れたね」
「船内にいると、食事はここでしか食べられないからな」
「そういえば、フロミアさんのところへ買付に行くのをクルムに任せる話だけど、護衛はどうするの?」
「店に戻ったら護衛の募集をかけてみようと思ってる」
「キンゼート鉱山でお世話になったハルドさんみたいに、いい人が来てくれるといいね」
「そうだな」
船は順調に予定航路を進みポートリラへ入港した。
カイル達はロムトリアの店へ戻る前に、アマルフィー商会へ向かう。
屋敷の前に到着し、馬車を止める。
「報告するだけだから、アイリスは荷台の中で待っててくれ」
カイルは荷台にいるアイリスに話しかける。
「カイル、ちょっと待って」
「ん?」
アイリスは荷台で紙に何かを描いている。
描き終わった紙を手に持って彼女自身の顔の前へ掲げた。
そこには可愛い猫の絵が描かれている。
「がんばってニャー!」
アイリスは語尾にニャーをつけて猫っぽく話した。
「なんだよそれー」
アイリスは楽しそうに笑っているカイルを見てニコニコしている。
「それじゃ、行ってくる」
アイリスはアマルフィーへの報告を前にして不安の表情を浮かべていたカイルを勇気づけた。
カイルの不安は遠い彼方へ飛んで行き、気合を入れて屋敷の中へと入っていく。
応接室で待機していると、アマルフィーが姿を現す。
「お久しぶりですね、カイルさん」
「はい」
前回は手厳しく断られていることもあり、実際にアマルフィーを目の前にすると緊張してくる。
アマルフィーから椅子へ座るように促された。
「ここにいらしたということは『信用の答え』が見つかったということですね」
「はい、今日はその報告に来ました」
「わかりました。それでは聞かせてもらいましょうか」
カイルはアマルフィーの顔をしっかりと見据えてから話始める。
「自分の店を持つことが信用と考えました。それが答えです」
それから開店資金を集めるため、ルマリア大陸に渡ったことも説明した。
「……………………」
部屋に沈黙が流れるが、その間カイルは視線をそらさずにアマルフィーをじっと見る。
「……素晴らしい!」
アマルフィーが称賛の声を上げると笑顔になり椅子から立ち上がり、カイルに歩み寄る。
カイルの横へ立つと手を差し出した。
彼も椅子から立ち上がり、その手を取って握手を交わす。
「それじゃ商談成立ということで、これからよろしく!」
そこでカイルはようやく緊張の糸が緩んだように感じた。
アマルフィーは最初に会った時のような柔和な表情でカイルに敢えて厳しく対応したと説明する。
併せて、それにも関わらず途中で諦めず無事乗り越えてくれたことを労った。
「この後商談があるから、詳しい話は後日でもいいかな?」
「はい。今日は報告にのみ来ましたので、取引については後日また改めてよろしくお願いします」
アマルフィーに礼を言って屋敷を出る。
青空の上で輝く太陽を遮る雲はひとつもなかった。
大地を優しく照らす日光と周囲の草木を揺らす爽やかな風は、このままピクニックへ出かけたい気分にさせる。
今後はアマルフィー商会でしか取り扱っていない商品や特産品の買付ができるようになった。
これにより競合に対して差別化を図れ、幾分有利に商売を展開できる。
加えてルマリア大陸の特産品とファーガスト製の武具を品ぞろえに含めれば、より盤石になるだろうとカイルは考えていた。
(武具だけは客層が違うから売り方を考えないといけないな)
馬車へ戻ると、アイリスのいる荷台へと向かう。
「どうだった?」
「無事取引できることになった」
「おめでとうニャー! あっ!」
アイリスは思い出したかのように猫の絵が描かれた紙を顔に当てる。
「おめでとうニャー!」
「ありがとな!」
アイリスは紙の横からひょこっと顔を出してカイルに微笑んだ。
「それじゃ店に戻るか!」
「うん!」
アマルフィーの屋敷を出発した馬車は、幾度かの夜を超えて予定通り夕方にロムトリアへ到着した。
(そろそろ店は閉店する頃だな)
馬車を店の前に停止させると、閉店準備をしていたエリスがカイル達に気付き笑顔で出迎えてくれる。
「お帰りなさい、カイルさん!」
「ただいま」
カイル達は一旦馬車を降りて、店の中へと入ると、クルムがカウンターにいた。
クルムはカイル達の姿を見ると、ほっとしたような表情を見せた後、笑顔になる。
互いに挨拶した後、カイルは店の外に止めてある馬車を保管庫へと移動させた。
それからカイルとアイリスで積荷を店の中へと運び始める。
閉店作業が完了したクルムとエリスも途中からカイル達を手伝った。
運搬を終えると四人は店内奥の部屋の椅子に座ってテーブルを囲む。
カイルはクルム達から不在の間の状況を報告してもらうが、特にこれといってトラブルはなかったと彼らは話す。
(子ども達だけに店を任せることへの不安は杞憂だったな)
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