第61話 訪問者

 カイルはベリトースの傍らに剣が落ちているのが視界に入った。


「ベリトースの剣を処分してくる」


 (迂闊に手で触らない方がいいな)


 カイルは柄の部分を足で蹴り飛ばしながら、人目に着かない場所へ移動させる。


 (ここに放置しておけば、雨ざらしになってそのうち錆びてくるだろう)


 剣を廃棄したカイルは、アイリスの元へと戻る。


「カイル、さっき刺されたところ大丈夫?」


 アイリスはベリトースに刺された傷の状況を心配していた。


「大丈夫だ。こんなの傷薬をつけたらすぐ治る」


「いいから見せて」


 心配そうに見るアイリスの表情にカイルはしぶしぶレザーアーマーを脱ぎ、背中の傷口をアイリスに見せた。


 アイリスは魔導書を取り出して左手に持ち、右手を傷口にかかげる。


「我が魔力、清らかなる緑光となりて、汝の傷を癒さん! ヒーリア」


 魔法が発動すると傷口付近が緑色に発光し、みるみるうちにふさがっていく。


「どうなってるのか見えんが、痛みが引いていくのは分かる」


「これで大丈夫だよ!」


「ありがとう!」


 (痛みが全くなくなった。治癒魔法も習得したんだな)


 カイルは再びレザーアーマーを身に着けた。


「そう言えば、治癒魔法の詠唱がいつもより長かった気がするけど、魔法によって違うのか?」


「うん、高度な魔法になるほど詠唱に時間がかかるの」


「魔法にも色々決めごとがあるんだな……そうだ、そろそろベリトースを起こすか」


 アイリスはスリープの魔法を解除すると、カイルはまだ寝ているベリトースの体を軽く揺さぶる。


 ベリトースの体が少し動き反応すると、彼は体をゆっくりと起き上がらせる。


「……お、俺は…………あっ! ラグフェットは?」


 カイルはベリトースが寝ている間の経緯を説明した。


 ベリトースは剣をラグフェットに突き付けたところまでは覚えていて、それ以降は覚えていないと話す。


 その剣については危険だから処分したと説明する。


 彼は全財産をつぎ込んで購入したこともあり、素直に納得はしなかった。


 カイルは現に剣を突きつけた以降の記憶がないことが、危険であることの証明だと説明する。


 そこまで話すとベリトースは、ようやく処分された理由を理解した。


 続けてカイルはラグフェットにベリトース達の件の再検討依頼をして了承済みだと彼に話す。


 話を聞くと、ベリトースは幾分安心したような表情になり、カイルへ感謝の礼を述べた。


 そこで解散となり、カイル達とベリトースは各々の帰路へと着く。


 ――翌日の昼過ぎ。


 カイルの店にラグフェットが尋ねてきて、改めてカイル達に謝罪する。


 それから工事の日程について打ち合わせした。


 もちろん工事にかかる追加費用は一切発生しない。


 ラグフェットは打ち合わせが終了すると、ベリトースの所にも赴くと話し店から去っていく。


 後日、ベリトースはラグフェットと話がうまくまとまったとカイルへ報告しに来た。


 その後、工事は滞りなく進み、工事完了日に店の看板を無料で作って持ってきてくれるという粋なはからいもあった。


 開店準備も順調に進み、開店予定日まであと二週間に迫った頃、カイル達が店で作業していると扉をノックする音が聞こえる。


 カイルは扉を開けに行くと、外にはクルムとエリスが立っていた。


「クルム、エリス!」


 二人は元気な表情をカイルに見せた。


「カイルさーん」


 クルム達が返事をした後、クルムの姉エリスではない女性の声で呼びかけられる。


 声の主がクルムの後ろへ立っており、それは以前、クルム達の件で手伝ってくれた傭兵のサリアだった。


「あの件以来だな。もしかして、クルム達を護衛してくれたのか?」


 サリアが頷いて返事した。


「この子達が、依頼受付所の係りの人へ必死に説明していたのをたまたま見かけたんですよ」


 サリアは話しながらクルム達の方を見る。


 彼女は彼らから詳しい内容を聞き、カイルの店までの護衛依頼だと分かったと話す。


「それで私もカイルさんのお店が見たかったので、一緒に来ちゃいました!」


 サリアはおどけた感じで微笑みながら話す。


 (彼女の実力なら金貨10枚では割に合わないだろうな。格安で請け負って護衛してくれたんだな)


 カイルは後でサリアに追加報酬を渡そうと考えていた。


「護衛してくれてありがとう! クルム達も長旅で疲れただろう? 店の中で話そう」


 カイルはクルムとエリス、サリアの三人を店の中へ招く。


 一気に店内が賑やかになり、奥で作業をしていたアイリスも様子を見に来た。


 アイリスはクルム達の姿を確認すると、安堵の表情を浮かべている。


 それからカイル同様、彼らが無事到着したことを労う。


 ふとカイルはアイリスとサリアは互いに面識がないことに気付き、彼女へサリアのことを軽く紹介した。


 まだ商品が陳列されていない店内を見渡しながら、各々は綺麗!、いい香り!などと嬉しい感想を述べていく。


 (店の修繕工事が間に合ってよかった!)


 カイルは安心した表情を浮かべたところで、ふとアイリスと目が合う。


「ふふ、カイルもクルム達が無事に到着してほっとしてるんだね」


「あ、あー。そうだな」


「カイル?」


「ん?」


 アイリスがカイルの耳元でささやこうとし、彼も耳を近づける。


「工事が間に合ってよかったね」


 (さっきの表情でばれてたか!)


 アイリスの方を見ると、彼女は声を出さずに笑っていた。


 カイル達は店の奥の部屋に移動して椅子に座ろうとするが、今部屋に五人いるのに対して椅子は四人分しかない。


「椅子が足りないな。俺は立ってるよ」


 カイルは調理台の方へ向かい紅茶を淹れる準備をする。


 ティーカップを五つ用意し、そこへ作った紅茶を注いでテーブルへと運んだ。


 (カップが五つあってよかった)


 椅子に座っている四人は美味しそうに紅茶を楽しみ、カイルも壁を背にしてもたれながら同じく味わう。


 カイルの淹れた紅茶はなかなか好評だった。


「店長さん! 紅茶お代わりください!」


 アイリスが笑顔でカイルの方を向いて頼んだ。


「ここに開店するのは飲食店だった? 早く改装工事しないと!」


 カイルはそう言うと、紅茶を淹れる準備を始める。


 その後も彼らは談笑を続けた。


 サリアは部屋の窓の外へ視線を向け、空が夕日に染まりつつあるのを確認する。


「あー楽しかった。そろそろ私は帰りますね」


 帰ろうとするサリアにクルムとエリスは、改めて護衛してくれたことへの礼をした。


 サリアは微笑んで返事すると、椅子から立ち上がり入り口の扉へと向かう。


 カイルは彼女を扉の外まで見送るため一緒についていく。


「それじゃ、カイルさん。また依頼よろしくね!」


 立ち去ろうとするサリアに、カイルは金貨10枚が入った小袋を渡そうとする。


「これは追加報酬の金貨10枚だ。これで正規の依頼報酬と同等の相場になるだろう。受け取ってくれ」


「いえ、これは私が勝手にやったことですから気にしないでください」


 彼女は袋を受け取ろうとしなかった。


「依頼内容と実力に見合った報酬を支払いたい。護衛してくれたことは本当に感謝しているんだ」


「……ありがとうございます!」


 少し考えた後、カイルの話に納得して頷き、今度は快く受け取る。


 彼女は笑顔でカイルに手を振ると彼を背にして大通りを歩いて行った。


 カイルは再び店内へと入ると、アイリスにクルムとエリスが、ここへ来るまでの道中のことを話している。


 カイルは皆が飲み終わった紅茶のカップを片付けると椅子に座った。


「明日からクルムとエリスには徐々に仕事を覚えてもらうからな」


 クルムとエリスが元気よく返事する。


「二階の部屋が一つ空いていて寝泊まりできるから、二人一部屋で自由に使ってくれ」


 クルムとエリスはカイルに礼を言った後、互いの顔を見てにこにこしている。


「今日は二人が無事に着いた祝いだ。今からどこかで美味しいもの食べに行こう!」


「やったー!」


「アイリスどこかお勧めの店への案内頼む」


「まかせて!」

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