第60話 資材置場での戦闘

 ――翌日の夜。


 カイルとアイリスは夕方頃に資材置場近くへ到着した。


 資材置場は町の外れにあり、現在は周囲に人の気配は全くない。


 木造の建物は扉もなく資材を雨風からある程度凌ぐための簡易的な造りだった。


 辺りを見渡してみるが、ラグフェットとベリトースの姿はまだ見えていない。


 カイルはベリトースとは一緒に行動せず、彼が過激な行動に出た場合は仲裁に入る予定で考えていた。


 穏便に済ませる様子なら頃合いを見計らって姿を現し、そのまま参加する流れである。


 そこからうまく話し合いに持ち込もうと考えていた。


 入り口の様子が確認でき、かつ相手からは死角になりそうな場所を確保する。


 カイルは隣にいるアイリスに一段落するまでは姿を見せず、様子を伺ってほしいと伝えた。


 日は落ちて辺りがだいぶ暗くなった頃、ラグフェットは姿を現す。


 彼は建物の中へ入り、ランタンを設置して明かりを灯す。


 それから少し待つと、今度はベリトースが建物に近づくのを見つけた。


 ベリトースをよく見ると、前日カイルと話していた時には持っていなかった剣を腰に携えている。


 (ラグフェットと交渉する気はなさそうだな……)


 ベリトースが建物に入ったのを確認すると、カイル達も相手から死角になるよう入り口に近づく。


 カイルは入り口の柱に隠れ、そこからそっと顔を出して建物内にいる二人の会話の様子を伺う。


 会話の内容は良く聞こえないが、口調から察するにまだ穏便にやり取りしているようだった。


 そのままカイル達は様子を伺っていると、だんだんとベリトースの声に怒気が混じってくるのを感じ取る。


「俺は仲裁してくる。アイリスは周囲の様子と、ここから覗いて中の様子を確認しておいてほしい」


「わかった」


 小声で話すと、アイリスも同じく小声で返事する。


 カイルは建物の中に入り、ベリトースとラグフェットが会話している方へと向かう。


 ベリトースがラグフェットへ罵声を浴びせているところへカイルが近づき、その気配に二人が気付く。


 二人がカイルの方へ視線を向ける。


「ラグフェットさん」


 カイルはさらに二人に近づきながら、ラグフェットの方に視線を合わせて呼びかけた。


 突然現れたカイルに対してラグフェットは何故ここにいるのかと驚いた表情をしている。


「カイルさん! あんた本当に来てくれたんだな」


 ベリトースの言葉を聞いたラグフェットは、ようやく状況を理解した。


「君たちは一体何が目的だ?」


「まだしらばっくれるのか!」


 声を荒げるベリトースをカイルがなだめる。


「待て、落ち着け」


「カイルさん、俺はもう我慢できねー!」


 そう言ってベリトースは鞘から剣を抜いて両手持ちで構えてラグフェットを見据えた。


「おい、ラグフェット。この剣、誰が製作したかわかるか?」


「私は謎かけに付き合っているほど暇ではない」


 ラグフェットは自分に対して剣を向けられた緊張で息をのむが、冷静さを失わずに答えた。


 ベリトースはラグフェットの返事を無視して人物名を告げる。


 その名前を聞いて、ラグフェットの口元がひきつった。


 カイルはその人物が誰なのかは知らない。


 (会話の内容から察するに、その剣の製作者も被害者というわけか……)


「俺が全財産をはたいて手に入れた剣だ!! くたばれー!!」


 ベリトースは両手持ちした剣を頭上に掲げて、ラグフェットへ向けて走り出す。


 威勢はいいものの、その姿は剣の扱いに慣れていない様子だった。


 対してラグフェットは、一歩も動けず立ちすくんでいる。


 カイルは瞬時にショートソードを鞘から抜いて、すかさずベリトースとラグフェットの間に入る。


 ベリトースがラグフェットの体目掛けて剣を振り下ろす。


 建物内に金属同士がぶつかる音が鳴り響く。


 カイルはショートソードでベリトースの斬撃を受け止めた。


「カイルさん、邪魔するな!!」


 憎悪に満ちた表情でカイルをにらみつける。


 カイルはショートソードで、ベリトースの剣の刀身を横から叩いて衝撃を与えた。


 その衝撃でベリトースの手から剣が離れて彼の足元に落ちる。


 カイルはベリトースに背を向けて、ラグフェットの方を向く。


 ラグフェットは言葉には出さないものの明らかに恐怖で怯えた表情をしている。


「ラグフェットさん、交渉し――」


 突如カイルの背中に激痛が走った。


 ベリトースは剣でカイルの背中を一突きする。


 (ぐっ!)


「邪魔するんなら、あんたも道連れだぁぁぁ!!」


 相手が剣術の素人とレザーアーマーのお陰で傷は浅い。


 (防具を新調しておいてよかったな)


 カイルは再びベリトースに相対する。


「残念だが、かすり傷だ!」


 カイルは声を張り上げてベリトースに告げた。


 わざわざ声を張り上げたのは、アイリスへ軽傷で無事だという意図を伝えるためでもある。


「うわぁぁぁぁ!!」


 ベリトースは奇声を上げながらカイルに斬りかかる。


 それをカイルはさらりとかわす。


 続けて剣をがむしゃらに振って攻撃してきた。


 数度目の斬撃をショートソードで受け止める。


 (くっ! さっきよりも攻撃が重いな)


 なおもベリトースは奇声を上げながら、カイルに斬撃を繰り出す。


 彼は一向に落ち着く様子はなく、むしろ理性を失い獣のような荒々しさをむき出しにしていく。


 二人が戦っている様子を見ていたラグフェットは隙を見て逃げ出そうとしていた。


 そのラグフェットの様子をアイリスが入り口の柱からそっと顔を出して監視している。


 ラグフェットが一歩ずつ後ろへ下がるのを確認すると、アイリスは魔導書を取り出す。


 一旦建物の中へ入り、ラグフェットからは死角になるような位置へ移動すると魔法詠唱を始めた。


「パラライズ」


 今にも走って逃げだそうとしていたラグフェットの体が麻痺し、その場で身動きがとれなくなる。


 (な、なんだこれは! か、体が痺れて動かん!)


 アイリスは魔法効果が発動しているのを確認すると、入り口には戻らず建物内の死角へと身を隠す。


 カイルはベリトースに最初会ったときから元々気性が荒いとは思っていたが、剣を構えてから急激に変化したことに違和感を感じていた。


 攻撃をかわしながら彼が握っている剣に視線を合わせる。


 (もしかして、あの武器が原因なのか?)


 カイルはファーガストの話を思い出した。


 (確か、呪いがエンチャントされることもあると言ってたな。力の代償に理性を制御できなくなっているのか?)


 ラグフェットの方を一瞬見ると、自由に体が動かせない状態になっているのを確認した。


 (たぶんパラライズの魔法をかけてくれたんだな。良い判断だ)


 カイルはベリトースの顔を見据える。


 (後はベリトースを無力化させるだけだな)


 腕力がエンチャントの効果で上昇しているものの、動きは剣術の素人そのものである。


 カイルはベリトースの剣の間合いへ一気に飛び込む。


 彼は当然斬りかかってくるが、それがカイルの狙いだった。


 剣をショートソードで受け止めてから、刀身に衝撃を加え再び手から剣を弾き落とした。


 ベリトースはカイルの反撃が来ることも全く気にせず剣を拾おうとする。


 カイルは剣を拾わせまいと、ベリトースの腹に手加減して蹴りを繰り出した。


 彼は普段体を鍛えているわけではないので、地面にひれ伏して腹をおさえながら苦しそうにもがく。


 すかさずカイルはベリトースとラグフェットの死角になる建築資材の後ろに隠れてショートソードを鞘にしまう。


 そして鞄から紙とペンを取り出した。


 建築資材に紙を押し付けて下敷き代わりにする。


 その紙にペンで「ベリトースにスリープの魔法」と書いて折りたたむ。


 折りたたんだ紙をペンに括り付け入り口の方向へ投げる。


 アイリスは入り口付近にはいなかったがカイルの行動は見えていた。


 投げられたペンを拾いに行き、括り付けてある紙の内容を読む。


 内容を把握して死角からベリトースへスリープの魔法をかける。


 カイルはベリトースが眠ったことを確認すると紙とペンを鞄にしまい、ラグフェットの元へ歩いていく。


「つ、次は私の番かね?」


 ラグフェットの体は仰向けで地面に寝そべる状態で麻痺しているが、言葉は普通に話せた。


 ゆっくりと無言で近づいてくるカイルを怯えた表情で見る。


 ラグフェットの額からは汗がにじみ、体を動かせない恐怖で顔がひきつった。


 カイルはラグフェットの目の前で立ち止まるとしゃがんで彼の顔を見据える。


「今の仕事のやり方なら、また襲ってくるかもしれんな。……だが、二度は助けんぞ」


「……き、君もベリトースの仲間なんだろう?」


「俺は自分の店を当初の予定通りに建ててもらえればそれでいい」


「………………申し訳ございませんでした……明日さっそく手配します」


 その言葉を聞いたカイルは立ち上がり、ラグフェットに背を向けて入り口に向かおうとする。


「あ、あの……」


「まだ何かあるのか?」


 カイルは振り返ってラグフェットの顔を見た。


「体が痺れて動けませんので、手を貸してもらえませんか?」


 体の麻痺はアイリスの魔法パラライズによるものである。


 カイルは時間経過で魔法の効果が切れるのを把握しているので、話しかけられるまでは放置して帰ろうと考えていた。


「それは知らん……が、麻痺に効く薬ならちょうど持ってる」


 カイルは後方で様子を伺っているアイリスへ聞こえるように話す。


「売ってください。お願いします……」


 ラグフェットは懇願するような目でカイルに訴えかけた。


 カイルは鞄から水分補給用の水が入った容器を取り出す。


「これは即効性の治療薬だ」


 そう言ってカイルは容器の栓を開け、中の水をラグフェットの頭上からかける。


 二人の様子を隠れて見ているアイリスは、ラグフェットにかかっているパラライズの魔法を解除した。


 ラグフェットは自身の手足を自由に動かせるようになる。


「ありがとうございます。代金はいくらですか?」


「代金はいい。その代わりきっちり仕事を頼む。……それとベリトース達の話にも耳を傾けてやってくれ」


 ラグフェットはカイルに約束し再び礼を言うと、建物から外へ出て工務店の方向へ歩いて行く。


 アイリスは辺りを見渡してラグフェットがいなくなったのを確認すると、カイルの元へ駆け寄った。


「ありがとう、アイリス。助かった」


「麻痺治療薬すごい効き目だね! カイルのお店のチラシにも看板商品として掲載しなくちゃ!」


「ただの飲み水を治療薬として販売するとか悪徳商人かな? 店主の感覚が麻痺してそう」


「麻痺治療薬が一番必要なのは店主だったの!」


 二人はラグフェットの件が解決しつつあることを喜び合う。

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