第57話 治癒魔法の魔導書

「治癒魔法ってことは傷を治療したりできるってことか?」


「たぶんそうだと思う」


 魔導書によると治癒魔法の習得は難しく、初級魔法を難なく使いこなせる程度の前提知識が必要だとアイリスは話す。


 また、治癒魔法を乱用すれば、使用者の周辺で医療に携わる人間の職を奪うことになる。


 それは恨みを買うことにもつながるため、ずっと秘匿されてきたそうだ。


 (おそらく一般には出回っていない魔導書なのかもしれないな)


 その後も二人は調査したが、見つかった魔導書は治癒魔法について書かれた一冊のみだった。


 調査を終えて魔導書以外の本を元の場所へ戻した二人は、地下室から地上へ上がる。


 それから結果を応接室でウィルと妻に報告した。


「目的の魔導書は見つかりましたか?」


「はい」


 カイルは頷いて地下室から持ってきた一冊の魔導書をテーブルの上に置き、ウィルと妻に見せた。


「この本を販売してもらうことはできませんか?」


 カイルは断られることを前提で二人に交渉してみる。


「私は構わないですよ」


 ウィルの妻が即答した。


「あ、ありがとうございます! 金額はいくらをご希望でしょうか?」


 カイルは相手からあっさり返事をもらえたことに一瞬返答の言葉に詰まった。


 金額については通常こちらから希望額を伝えるものである。


 今回は吹っ掛けることはしない取引相手だと理解しているので、相手の販売希望額を先に確認した。


「いえ、お代は結構ですよ。その代わりと言っては何ですが、また今度珍しい武具が手に入ったら夫のところへ持ってきてあげてください」


「ありがとうございます! 今後手に入ったら優先的に連絡します」


 カイル達は礼を言ってウィルの屋敷を後にした。


 馬車に戻る途中、カイルはふとアイリスの方を向く。


 アイリスは手に入った魔導書を大事に両手で抱き抱えて歩いている。


「嬉しそうだな!」


「だって新しい魔導書が手に入ったんだもん!」


 カイルは魔法のことはよく分からないが、アイリスの表情を見ていると自分まで嬉しくなった。


「魔法を発動するとき、いつも魔導書を手に持ってるけど、それがないと発動できないのか?」


「魔法を発動するには触媒が必要なの。それが魔導書。触媒になるものがあれば、たぶん魔導書じゃなくてもいけるのかもね」


 それを聞いたカイルはショートソードを右手で鞘から抜いて、左手の掌を刀身に近づけて目を閉じる。


 魔法発動を頭の中でイメージした。


「ファイアボルト!」


 カイルは魔法を詠唱し、火矢が形成され前方へ飛んで――いくことはなかった。


「どうしたの急に?」


「……いや、魔法発動できるかなと思って……」


「おっきいアイスアローの魔法は私に飛んできたよ!」


「寒ない!」


 二人は冗談を言い合いながら、馬車に着き乗り込む。


 (さて次の目的地はどうする?)


 カイルは馬車の馬の上で次の目的を思案していた。


 (そういえば依頼のランクはまだEだったな。Dまで上げておくか)


 ルマリア大陸でも一度依頼をこなしたが、いまだEランクのままだった。


 二人はグラント王国にある依頼受付所を巡り、順調に依頼を受注してこなす。


 Eランクの依頼は、今のカイル達にとってはどれも難しいものではなかった。


 アイリスの手助けもあり、着々とこなしていき難なくDランクに到達する。


 その間に月日は過ぎ、カイルの店完成の期日が近づいていた。


 (そろそろロムトリアへ戻るか)


 カイルは自身の店が建つロムトリアへ戻る前に、ここグラント王国で寄っておきたい町があった。


「アイリス、ロムトリアへ戻る前にラズエムへ寄って行く」


「わかったよ。グラント王国に来てるから商品の買い付けするの?」


「それもあるが、もう一つ用事がある」


 カイル達を乗せた馬車はラズエムへと向かう。


 途中のモンスター襲撃をものともせず、目的のラズエムに到着した。


 昼過ぎに到着した二人は、馬車を宿にとめて町を歩いている。


 アイリスはどこへ行くのだろう?という表情をし、周囲をキョロキョロしながらカイルについていく。


 しばらく歩くと一軒の民家の前で立ち止まり、扉をノックする。


 少し待つと扉が開き、中から少年が出てきた。


「久しぶりだな!」


 少年の元気な顔を見て安心する。


「カイルさん!」


 少年はクルムといい、以前依頼で彼の父親の借金の肩代わりとしてさらわれてしまった彼の姉を救出している。


「どうぞ、中へ入ってください」


 カイル達はクルムに部屋の中へと案内される。


 そのまま二階に上がると姉のエリスが椅子に座っていた。


「あっ! カイルさん、お久しぶりです」


 挨拶するとエリスは立ち上がり、紅茶を淹れる準備を始める。


 カイルとアイリスは椅子に座り、アイリスへ少年たちとの出会いと経緯について話す。


 アイリスはカイルの話を興味深そうに聞いている。


 話し終えた頃、エリスが紅茶を淹れてカイル達に振る舞った。


 それからクルムとエリスも椅子に座り、四人でテーブルを囲む。


「カイルさんがまた訪ねてきてくれるなんて嬉しいです!」


「最近はどうなんだ? うまく生活できてるか?」


 クルム達に近況を尋ねる。


「おかげさまで元気に暮らせています」


「それはよかったな」


「はい。それで最近は商人になるための勉強の一環で、近所の商店で下働きをさせてもらっていました……」


 (下働きをさせてもらっていた?)


「今はそこで働いてないのか?」


 詳しく聞くと現在は働いていた店がつぶれてしまい、働き先を探しているということだった。


 カイルは他に働き先はないのかと聞いたところ、隣町まで行く必要があるそうだ。


 さらに町の近隣ではモンスターが出没し、少年が独りで行動するのは道中危険だと話す。


 (それならちょうどいい機会だな)


「……今度自分の店を開店するんだが、そこで手伝いしてみないか?」


「おめでとうございます! いいんですか?」


「もちろんだ。もしよかったらエリスも一緒に来ないか?」


 カイルはエリスの顔を見た。


 エリスはクルムの顔を見て、彼の表情を確認した後に決断の返事をする。


「よろしくお願いします」


 (店の準備ができたら改めて手紙を出すか……いや、クルム達は護衛無しでロムトリアまで来るのは難しいだろうな)


「決まりだな。ただし、ひとつ条件を出す」


 そう言うとカイルは金貨袋からを金貨を十枚取り出しテーブルの上に置いた。


「こ、これは?」


 クルムはカイルが目の前に急に金貨を置いたので驚く。


「店の準備ができたら手紙を出す」


「はい」


 返事をするが、目の前の金貨と話が結びつかず要領を得てないような表情をしている。


「そして手紙を受け取ったら、この金貨で町の依頼受付所で傭兵を雇ってロムトリアまで来るんだ。それが俺の店で働く条件だ」


 クルムは自身の頭でカイルの話を一旦整理し理解した後、元気よく返事した。


「わかりました!!」


 威勢の良い返事にカイルが頷く。


 一通り話が済んだ後、四人は紅茶を飲みながらしばらく談笑した。


「エリス、美味しい紅茶ありがとう」


「どういたしまして」


「俺達はそろそろ宿にもどるよ」


 カイルとアイリスは椅子から立ち上がると、一階へ降りる階段へと向かう。


 一階に降りると扉に向かい、玄関から外へ出る。


「それじゃー、首を長くして手紙が届くのを待ってます」


 家の扉の前でカイル達はクルム達との再会を約束して一旦別れた。


「クルム達無事に来られるかなー?」


 宿へと戻る道中でアイリスが心配そうな表情でカイルの横顔を見て話す。


「護衛さえ雇うことができれば無事たどり着ける。本当に働く気があるなら、なんとしても護衛を雇うだろう」


「それで相手が本気かどうか見極めるの?」


「そうだな。万が一、彼らの気が変わって金貨が戻ってこなくても別に構わないさ」


 アイリスはカイルの話に納得して正面を向く。


 二人の視線の先に宿が見えてきた。

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