第56話 新しい武器と魔導書
――翌日。
三人で昼食を食べながら、昨日の鉱山での出来事を振り返った。
「ハルドさんのお陰で無事目的を達成できました。改めて感謝します」
食事を終えた三人は店の外へ出ると、そこでハルドと別れる。
その後、カイルとアイリスは馬車に乗ってファーガスト武具店に向かう。
アイリスにはファーガストに鉱石を買い取ってもらい、さらに武器を製作してもらうためだと説明した。
店に到着すると、カイルは馬から降りてアイリスは荷台で待機する。
カイルは工房の奥へと入り、ファーガストを見つけて挨拶した。
「ファーガストさん、キンゼート鉱山の鉱石を持ってきたので一緒に確認してください。表の馬車に積んでいます」
「まさか本当にあの鉱山へ行ってきたのか?」
「はい、行ってきました」
「はは! 大した奴だな!」
カイルはファーガストと一緒に工房の外へ出て、馬車の荷台へと向かった。
アイリスは荷台の鉱石を見に来たファーガストと目が合うと挨拶する。
ファーガストは鉱石の欠片を一つ手に取り、じっくりと眺めた。
他の鉱石の破片も手に取って同じく眺める。
「良い品質だ。これは紛れもなくキンゼート鉱山のものだな。……詳しい話は工房の中でしよう」
カイルとファーガストは再び工房の中へと入っていき、二人は机を挟んで対面し椅子に座る。
「あれだけ鉱石があれば助かる。相場よりも若干高値で買い取るぞ」
「それでは相場の半額でいかがでしょうか?」
「半額!? それは願ってもないことだが、危険まで冒して採掘してきたんだろ? カイルが損するだけなんじゃないのか?」
「そこでファーガストさんに一点お願いがあります」
「なんだ?」
「俺の武器を作ってください」
「そういうことなら任せとけ! だが、完全特注品はあの鉱石を全部無料でくれたとしても作製できねえ」
(それだけ高額なのか。ファーガストさんに完全特注品を依頼するには資金が全く足りないな)
「だから既製品を加工したものでどうだ?」
「ありがとうございます! ぜひお願いします!」
ファーガストはカイルが装備している武器を目で追って確認した。
「作る武器は……ショートソードか?」
「はい」
「なら三日後に来てくれ、それまでに仕上げておく。何か希望はあるか?」
「希望? そうですね、ダガーと同じような感覚で扱えるといいですね」
「わかった!」
製作依頼を済ませたカイルは、鉱石の売却代金を受取ると工房を出て馬車に戻る。
「どうだった?」
馬車の荷台に戻ってくるとアイリスがカイルへ興味深そうに前のめりで尋ねた。
「武器を作ってもらえることになった。三日後に完成だそうだ」
「おー! それは楽しみだね!」
嬉しそうなアイリスの表情を見て、カイルも微笑んだ。
「よし、じゃー宿に戻るか」
――三日後。
カイルは昼頃、ファーガスト工房を訪れた。
「おー、カイルか! 約束の品、できてるぞ」
ファーガストは工房の奥から、布に丁寧に包まれた剣を持ってくる。
それを机の上に置き、布を取り除くとショートソードが姿を現した。
カイルの持っているショートソードと形はほぼ同じだが、細部に装飾が施されている。
(何かしらの効果がエンチャントされているのだろうか?)
「少し、振ってみてもいいですか?」
「構わんぞ、好きにしろ」
カイルは剣を手に持ってみる。
ファーガストから少し離れて周囲の安全を確認後、実戦を想定して素振りした。
(先日購入した既製品のショートソードよりもさらに軽い!)
「以前使ってたダガーと同じ感覚で使えます。これもエンチャントの効果なんですか?」
「それはわからん。なんせ雷、氷、炎とか目に見えてわかるもの以外は確認しにくいからな」
カイルはファーガストに礼を言うと、彼はその言葉に深く頷いた。
「こっちに鞘もあるから持って行け。カイルの店開店の前祝いってところだな!」
そう言ってファーガストは、めでたいことだと大きく笑う。
「では店が開店した後、また来ます。その時は武具の取引をよろしくお願いします!」
「おー、わかった! それじゃー、またな!」
カイルはファーガストへ改めて礼を言って、工房から外へ出ると馬車へ乗り込んだ。
(このままロムトリアに戻ってもいいが、店完成はまだ先だ。それまでに何かできることはないか?)
「アイリス、この周辺の町の図書館で行きたいところはあるか?」
「うーん、今は特にないかな」
カイルはふと以前ファーガストの武具を買い取ってもらった蒐集家のことを思い出した。
(あの人ならもしかして魔導書も蒐集しているのでは?)
「隣のグラント王国のロークに行けば新しい魔導書が見つかるかもしれない」
「どうして?」
アイリスは不思議そうな顔をしながらカイルに尋ねる。
「その町に以前武具を取引した蒐集家が住んでいるんだ。もしかしたら魔導書も蒐集しているかもしれない」
「そういうことなのね。次はその町に行ってみよ!」
カイル達はロークへと向かう。
町へ着くと、以前武具の取引をしたウィルの屋敷を訪問する。
屋敷に向かうと、ちょうど玄関の前にウィルの妻がいた。
「お久しぶりです。カイルです」
「あなたは確か……以前夫と武具の取引をしていた方ね」
「そうです。今日は旦那さんに用件があってきました」
「少し待っててくださいね」
そう告げると、ウィルの妻はカイル達に背を向けて屋敷の中へと入っていった。
しばらく待っていると、ウィルが屋敷の扉から出てきた。
「おー! カイルさん、お久しぶりです。どうそ、中へ」
カイル達は屋敷の中へと案内された。
部屋へと向かう通路を歩きながらウィルは、隣を歩くカイルが装備しているショートソードをじっくり観察している。
「カイルさんが装備されている剣はファーガスト製の……既製……いえ、一部加工の特注品ですね?」
「さすが詳しいですね」
「ははは! いつの間にか分かるようになってしまいました」
ウィルは自身の予想が的中して嬉しそうに話す。
一向は廊下を歩き何度か角を曲がった後、応接室に到着した。
部屋の中にはテーブルと椅子が設置されており、ウィルに促されて全員が着席する。
それから間もなくウィルの妻が紅茶と菓子を運んできた。
カイルとアイリスは目の前に運ばれてきた菓子を一口頬張る。
「このお菓子美味しい!」
「お嬢さんにも気に入ってもらえてよかった。この菓子は妻が作ったんです」
そう言ってウィルは妻の方を見る。
妻はウィルと視線が合い、それからカイル達へニコっと微笑んだ後に部屋から出て行った。
紅茶と菓子を堪能しながら、しばし談笑した後、カイル達は本題を話始める。
「今日はどういったご用件ですか? 珍しい武具をお持ちになられたとか?」
「武具の取引というわけではなく、教えてほしいことがあって来ました」
「そうなんですね、私に答えられるものでしたら」
カイルはウィルに魔導書の蒐集をしていないか尋ねてみた。
「ごめんなさい。残念ながら私は魔導書には一切興味ないのですよ」
申し訳なさそうな顔をしながら答える。
「ですが、妻は読書家なので何か知っているかもしれません」
そう言ってウィルは再び部屋に妻を呼び、カイル達の話に入ってもらう。
妻の話を聞くと、地下の倉庫に古い書籍を大量に保管しているとのことだった。
全て妻自身で独身時代に各地を巡って集めたものだと話す。
(そういうところは夫に似てるんだな)
妻の話を聞いてカイルは心が和んだ。
地下の書籍を見せてほしいと交渉したところ、快諾してもらえた。
カイルとアイリスはウィルの妻に地下室へ案内してもらう。
(地下にもまだいくつも部屋があるんだな)
妻は、いくつかある部屋の中の一室に入り、真っ暗な部屋にランタンを設置して明かりを灯す。
カイル達も続けて部屋の中に入る。
「ここに書籍を保管してあります。では、心ゆくまで調べて行ってくださいね」
二人は妻に礼を言い、それを聞いた妻は優しく微笑むと部屋から出て行った。
部屋の中の壁は幅一メートルほどの本棚がざっと見ただけで数十台あり、ぎっしりと埋め尽くされている。
保管されている本の量から計算すると、とても一日で調べ切れる量ではない。
地下は静寂に包まれており、図書館にいるような錯覚を覚える。
「俺は魔導書の区別はつかんが、とりあえず表紙がそれっぽいのを調べてみる」
「うん、お願い」
カイルとアイリスは分担して調べ始める。
魔導書っぽいものとそれ以外に分けていく。
「読めない文字のものもあるね。どこで書かれた本なのかな?」
(アイリスが読めないなら俺が読めるはずもないな)
「どれどれ?」
カイルがアイリスから本を受け取りパラパラとページをめくる。
「あー、これかー。懐かしいなー」
「カイル読めるの?」
「全く分からん!」
「なによー、それー。知ってるかと思ったじゃない」
カイルは笑いながら謝ると、それを見たアイリスも笑う。
二人はその後も時間を忘れて調べものに没頭した。
誰かが階段を降りる音が、地下室内に響く。
足音はカイル達のいる部屋の扉の前で止まり、入り口の扉がゆっくりと開く。
カイル達は扉の方へ視線を向けると、ウィルと彼の妻が立っていた。
「まだ調べてたんですね。いつまで経っても上がってこないので気になって」
ウィルがカイル達に話しかける。
「すみません。つい夢中になって調べてました」
「大丈夫ですよ。……今日は日も落ちてきましたので、続きは明日にされてはいかがでしょうか?」
「そんなに時間経ってたんですね。お気遣いありがとうございます」
カイル達は翌日以降も引き続き調査を続ける。
調べ始めてから数日経過したある日、アイリスはカイルに一冊の本を手に持ちながら話しかけた。
「カイル、これもしかしたら魔導書かもしれない」
「ほんとか!」
カイルは魔導書のような本の表紙を見ながら感嘆の声を上げた。
アイリスが内容を軽く読んだ感じによると、治癒魔法について書かれているのではないかと説明する。
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