第58話 新築

 ――翌日の早朝。


 ラズエムを出発し、ロムリア王国のロムトリアを目指す。


 到着後休憩してから、ラグフェット工務店に向かった。


 工務店に到着すると中の従業員が応対し、ラグフェットは本日たまたま不在だと説明する。


 カイルは用件を伝えると、すでに店は完成しているとのことだった。


 先程、ラグフェットが不在だと伝えてくれた従業員に付き添ってもらい店へ向かう。


 大通りを歩いていくと、以前は雑草の生えた空き地だった場所に、木造二階建ての立派な新築の建物が佇んでいるのが見えてくる。


 カイルの店となる建物の前まで近づき一向は立ち止まった。


 工務店の従業員から鍵を受け取って店の中へ入る。


 中に入ると、建材に使われている木の香りがすーっと鼻腔を駆け抜け、この建物が新築であることを主張していた。


 建物は一階が店舗、二階を住居にしてほしいと事前に打ち合わせしており、その通りに施工されている。


 従業員曰く、専門的な質問には答えられないとのことだったので、一通り確認が済んだ後に店の引き渡しを終えた。


 カイルは従業員に礼を言い、その場は解散となる。


 従業員が帰った後、カイルとアイリスは店の外へ出て建物の外観を眺めている。


 カイル達はしばらく感慨にふけり、店の中に戻ろうとした頃には茜色に空が染まっていた。


 二人は扉を開けて、店の中へと入る。


 歩くとところどころ床の軋む音がするが、それすらも愛おしいとカイルは感じた。


 店は完成したが、開店までにやっておくことがある。


 商品の仕入れと陳列、クルム達スタッフの教育、取引先や関係者への手紙の発送、近所に配る新規開店の宣伝チラシの作成などだ。


 これらを全て終えてからでないと開店はできない。


 チラシの作成はアイリスに担当してもらい、それ以外は全てカイルが担当する。


 明日から各々の担当する仕事に取り掛かることにした。


 二階には部屋が三つあり、それぞれ寝泊りに利用できる。


 その為、店にいる場合は宿に泊まる必要がない。


 カイルとアイリスは近所の飲食店で家完成の宴をして帰ってくると、それぞれの部屋で就寝した。


 ――翌朝。


 窓から差し込む朝日はカイルの目を覚まさせた。


 ベッドから起き上がり、窓の方へ近づくと外の様子を眺める。


 窓から見える大通りは朝ということもあり、昼間のような人通りはまだなかった。


 景色はカイルが旅で利用する宿の部屋から見るものと特段変わったところはない。


 だが、今のカイルにとっては特別だった。


 自分の店を所有し、その部屋の窓から初めて眺める朝の風景だったからだ。


 カイルは景色を眺めながら、改めて自分の店を所有したことを実感する。


 景色を堪能した後、部屋の扉へと向かい扉を開けて廊下へ出た。


 廊下を挟んで正面に部屋があり、扉をノックする。


 扉が開くと中から就寝用の服を着たアイリスが目をこすりながら出てきた。


「おはよう」


 アイリスはまだ半分まどろみの中といった雰囲気で挨拶をし、カイルも挨拶を返す。


 それから二人は二階から一階に下りた。


 一階店の奥は在庫保管用の小部屋になっている。


 そこには机と椅子が置いてあり、かまどや調理台も設置されている。


 アイリスは椅子に座り、カイルは調理台に向かい朝食の準備をする。


 カイルはフライパン、卵とベーコンを持ってくると、かまどに火をつけて目玉焼きの調理を始めた。


 過熱したフライパンの上へ卵を割って落とすと、音を発しながら透明な白身が色を帯びていく。


 続けてベーコンを焼くと食欲をそそる香りを放つ。


 調理中にアイリスの様子を伺うと、椅子に座ったまま目を閉じて眠っている。


 完成した目玉焼きと焼いたベーコンを二つの木皿に盛り付けた。


 その二つの皿をテーブルへと運ぶ。


 一方の皿をアイリスの目の前、もう一方を自分が座る側に置く。


 皿が置かれた音に反応してアイリスはようやく目を開ける。


「目玉焼き作ってくれたんだ。ありがとう」


「まだ眠たそうだったからな」


 そう言いながらカイルはアイリスにナイフとフォークを渡す。


 カイルも椅子に座り、二人はナイフとフォークを慣れた手つきで使い目玉焼きとベーコンを頬張った。


「目玉焼きにベーコンの塩気がちょうどいい具合に合わさって美味しいね」


「なんせ素材にはこだわってるからな。それと俺の調理がうまいってのもあるけどな!」


 カイルは冗談を言ってアイリスのジト目を期待したが、彼女はつっこまずにニコニコしている。


 その表情からカイルはアイリスが本当に満足してくれたようだと感じた。


 眠気が完全に消し飛び食事を終えた二人は、皿を片付けた後、仕事の準備を始める。


 カイルは今まで取引してくれた人々に手紙を書いており、その中にはマグロックやクルム達も含まれている。


 隣に座っているアイリスを見ると真剣な表情で作業に取り組んでいるが、反面作成しているチラシの内容はマスコットのような猫の挿絵が入っていてゆるい感じだった。


 それから毎日、二人は開店までの準備に取り組む。


 いつものように昼間カイル達が一階で作業していると店の扉をノックする音が聞こえた。


 カイルは椅子から立ち上がり、店の奥から入り口にある扉まで歩いていく。


 扉を開けるとマグロックが立っていた。


 彼は店の中へ入り、カイルへ労いの言葉をかけると手に持っていた花束を渡す。


 カイルは礼を言って受け取った花束を店の奥に置いてから、マグロックの立っているところへ戻ってくる。


「開店はまだ先なのか?」


「はい、もう少し先です。商品の準備やスタッフの教育などの準備をしてからですね」


「ちょっと前まで俺のギルドで新人だったカイルが、自分の店を持つまでになるとはなー」


 マグロックは感慨深そうな表情をしつつ、どこか嬉しそうだった。


 それから店内を見渡しながらゆっくり歩き始める。


「しっかし、新築はいい香りがする――ん?」


 歩いていたマグロックが壁を見て立ち止まる。


 それから首と体を動かして周囲の壁も見渡す。


「どうしました?」


「よく見ると壁の塗装、素人が塗ったみたいなムラがあるな。かなり雑じゃねーか?」


 カイルも壁へ近づいて確認してみる。


 (言われてみれば確かにそんな気もする)


「言われるまで、こんなものかと思ってました」


 次にマグロックは壁をコンコンと小突いてみる。


 店内に薄い木の板をノックしたような音が鳴った。


「……音が軽いな。壁も薄くないか?」


 カイルも同じように壁を軽く小突いてみる。


 音以外にも、手に伝わる感触から壁が薄いであろうと容易に想像できた。


 店の奥で開店告知のチラシを作成しているアイリスは、壁をノックする音が気になって顔を覗かせる。


「どうしたの?」


 アイリスはカイル達の方を向いて尋ねる。


「あの女の子は、この店で働く予定のスタッフか?」


 (マグロックさんはアイリスのこと知らないんだったな)


 カイルは奥でこちらへ顔を覗かせているアイリスを呼んでマグロックに軽く紹介した。


 紹介されたアイリスはマグロックに挨拶する。


「カイルが先日訪問した俺の仕事場の壁より薄い。……ちょっと外に出て店の周囲も見てみるぞ」


 アイリスも加わって、三人で店の外へ出る。


 店内から外へ出る際、ところどころで床が軋む音を発する。


 マグロックが予想した通り、外壁の塗装も雑ですでに剥がれかけている箇所もあった。


 再び店内に戻るとマグロックは中を一通り見渡し、建物の構造を支える柱の数が明らかに少ないと話す。


「数年後……いや運が悪けりゃ一年後に倒壊してもおかしくないぞ。……もしかして建築費用ケチったのか?」


「確かに相場より二割ほど安かったのですが、顧客獲得のために安くしていると納得できる説明でした」


「そうなのか。いくらで発注したんだ?」


「金貨700枚ですね」


「金貨700枚!? この施工内容で? ……すまんな、難癖をつけるわけではないんだ」


 マグロックは予想外の金額がカイルの口から発せられたので驚きの表情を隠せなかった。


「それは分かっているので大丈夫ですよ」


 マグロックは、この品質なら金貨200枚、高くても300枚ほどだと話す。


「ふむ……いったいどこの業者に依頼したんだ?」


「ラグフェット工務店です」


「ラグフェット? 聞いたことないな」


「最近立ち上げたと言っていましたね」


「……いい加減な仕事をする業者に捕まったな。これからどうするんだ?」


「一度工務店に相談してみます」


 それからしばらく店の奥でマグロックと雑談して彼が帰った後、カイルとアイリスはラグフェット工務店に向かう。

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