第52話 情報収集と決断

 目的地のロムトリアに着くまで途中数回ゴブリンに襲われる。


 しかし、王都で一時しのぎ用に購入したダガーで難なく撃退し、ロムトリアに到着した。


 店を開くには、まず土地と次に建物の所有が必要だ。


 この国においては共に資金さえあれば所有は容易であり、その資金は手元の金貨約千枚でまかなえる。


 カイル達は活動拠点となる宿を確保した。


 アイリスは過去、この町の図書館へ訪れたことがあると話す。


 もしかしたら、書籍が更新されてるかもしれないと話し、彼女は図書館で情報収集することに決めた。


 宿の前で別れたカイルは取引所を中心に自身に必要な情報収集を行う。


 その後は、互いに昼は情報収集して日が落ちてくる頃に宿へ戻るのを数日繰り返す。


 カイルの欲しかった情報は数日で容易に集まった。


 (入手した情報は、ほぼ事前に想像していた通りだな)


 収集を終えたカイルは宿へと戻る。


 アイリスの部屋をノックすると中から彼女の声が聞こえた。


 部屋に入り椅子に座ると、互いの近況を報告する。


「アイリスの方は順調か?」


「うーん、目新しい情報はなかったね。カイルは?」


「欲しい情報は大体集まった。この街に店を出すことになりそうだ」


「王都には出さないの?」


「それも考えたが競合が多すぎる。まずはこの街に出店して地盤を固めたい」


 アイリスは続けてカイルの話を聞いた。


「正直、王都や他の町の方がいい条件の部分もあるけどな。その辺は足を動かして補うさ」


「お店開店に向けて一歩前進だね!」


「そうだな。次は建築業者の選定だな。明日から図書館はどうする?」


「明日からはカイルと一緒に行動するよ」


「わかった」


 カイルは首を少し右へ動かして窓から見える外の様子を確認する。


 民家の明かりが灯り、周囲を照らしているのが見えた。


 再び正面のアイリスの方へ視線を合わせる。


「日も落ちてきていい時間だし、夕食にしよう!」


「うん!」


「どこか行きたい店あるか?」


「ふっふー、よくぞ聞いてくれました」


 既に行きたい店は決まっていたようで、アイリスは楽しそうに話す。


 その後二人はアイリスの案内で希望の店に行き、食事と会話を楽しんだ。


 ――翌朝。


 二人は早朝から街で建築業者の情報収集をしていた。


 カイルは建築の依頼など人生で初めてするので、何を判断基準に選定すればいいのか十分に理解していない。


 その為、できるだけ多くの情報を集めようとしていた。


 (おそらく価格と質のバランスを見極めることが重要かもしれないな)


 ギルド加入時に考えたことは今回にも多少応用できそうだと考えていた。


 業者の情報収集を開始してから数日後の昼頃、カイル達は業者と話し終えて建物から出てきたところへ見知らぬ男性から声を掛けられる。


「あのー、すみません。突然失礼します」


「はい、何でしょうか?」


「私、ラグフェットと申します。もしかして商人さんかなと思いまして声掛けさせて頂きました」


 そう言ってラグフェットと名乗った男は、名刺を一枚取り出しカイルに渡す。


 カイルは受け取った名刺に目を通す。


 (ラグフェット工務店、代表兼営業担当ラグフェットか)


「ここの業者は店舗の建築を得意にしています。それでもしかして、この街で出店を考えられてるかと思いまして」


 ラグフェットは先程、カイル達が出てきた建物を手で指し示しながら説明する。


「現在検討中ですね」


「やはりそうでしたか! この近くに我々の仕事場があります。もしよろしければ、そこで少し話させて頂くのはいかがでしょうか?」


 カイルはアイリスの様子を確認したが、特に意見はなさそうだったので話を聞きに行くことに決めた。


「わかりました、案内お願いします」


 カイル達はラグフェットの道案内で仕事場へと向かった。


 建物に着つくと応接室に案内される。


 待っていると、工務店の従業員からカイルとアイリスへ紅茶を振る舞われた。


「お待たせしました」


 ラグフェットが応接室に入り椅子に座ると、カイル達に建築内容の説明をする。


 内容については他の業者とだいたい同じだったが、一点だけ他とは異なる長所があった。


「説明ありがとうございます。他と比べて価格が二割ほど安いのはどうしてなんですか?」


 カイルは気になった点を単刀直入に聞いてみる。


「色々回られて相場をよくご存じなんですね。おっしゃる通り二割ほど安くさせて頂いております」


 ラグフェットは、まだ立ち上げたばかりで知名度がないと話す。


 その為、新規顧客を獲得し、継続顧客になってもらうために利益をぎりぎりまで削っているとも苦笑しながら話した。


 (こつこつとやっているわけだな。聞いている限りでは互いに利益がありそうだ)


「そういう理由だったんですね。今日は説明して頂いてありがとうございます」


「いえ、こちらこそ急に話しかけたにも関わらず、ありがとうございます」


「それでは数日以内に改めて訪問します。もしそれまでに訪問しなかったら縁がなかったということで」


「かしこまりました」


 カイルとアイリスは礼を言って、建物の外へ出た。


「アイリス、さっきの話聞いてどう思う?」


「うーん、ちょっと無理してそうな感じはしたけど、人は良さそうな感じだったね」


「そうだな」


 カイルは相見積もりをとって価格交渉しようとは考えていなかった。


 こちらから相手へ過剰に譲歩させたり、無理な要求を飲ませたりすると今後の関係に禍根を残すからである。


 だから、最初に最もよい条件を提示したところへ決めることにした。


 ラグフェットの提案は競合とほぼ同じ条件で価格が二割安く、その理由も納得できるものである。


 (決まりだな)


 ――数日後の朝。


 カイル達はラグフェットのところへ向かう。


「正式に依頼することに決めました」


「ありがとうございます!!」


 カイルはラグフェットと固く握手をかわす。


 最初にラグフェットから提示された条件で値引き交渉はせず契約することにする。


 通常なら金貨九百枚ほどのところ七百枚での発注になった。


 この中には土地代も含まれている。


 立地についても既に調査済みで、日当たりが良く人通りも多い大通り沿いを確保できた。


 建築開始から完成までには数か月かかると説明する。


 説明内容を了承し契約書に署名した後、金貨七百枚を支払う。


 それから詳細の打ち合わせを行った。


「では完成までしばらくお待ちください」


 契約を全て完了し、ラグフェットと別れカイルとアイリスは宿へ戻る道を歩く。


 訪問した時はまだ朝で日は明るかったが、今ではすっかり日が落ちて景色は様変わりしていた。


「あんなにいっぱい金貨あったのに、一瞬でなくなっちゃったね」


「まぁな。……にしては嬉しそうだな」


「だってこれで数か月後にはカイルのお店ができるんでしょ。カイルだっていつもより嬉しそう」


「……正直嬉しい」


 カイルの顔から無意識に溢れ出ていた嬉しさが、アイリスには伝わっていた。


「人間、正直なのが大事なのだよ。……今すぐ美味しいものが食べたい! カイルのお金で!」


「正直すぎるだろ!」


 二人は一旦宿へ戻り、それから飲食店へと向かった。

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