第44話 ローブの男

 カイルはロゼキットの的確な指示で先回りし、町の外へ出たところで待機している。


「彼らは必ずここを通るはず」


 この道は幅が広いため、馬車の荷台を障害物として設置しても、その隙間を通り抜けられてしまう。


 カイルとロゼキットは馬車を降りると、荷台の中にある障害物になりそうなものを見繕って道に設置し始める。


 馬車を障害物とし、空いている隙間を別の障害物で塞いで馬車の通行を妨げる算段であった。


 設置を完了した直後、カイル達へ向かって馬車が前進してくるのが見える。


「来たな!」


 馬車はぐんぐんカイル達に迫って来る。


 減速する気配はなく、そのまま道に設置した障害物を突っ切ろうとする勢いだった。


「あいつら突っ切る気か!」


 設置した障害物の正面で待ち構えていたカイルは危険を察知すると、さっと横に飛んで間一髪で激突するのをかわした。


 直後、アイリスを乗せた馬車は障害物をものともせず、跳ね飛ばしながら進む。


 先回りには成功したが、馬車を停止させることには失敗した。


「追うぞ!」


「ありゃ、そうとう追い詰められてるね」


 二人は再び馬車に乗り込む。


 カイル達の馬車と追いかけている馬車との距離はだいぶ離されているが、視認できる位置にはいた。


 馬車の追跡を続けているうちに、辺りの景色は夕焼けに染まり日が落ち始める。


 しかし、その間互いの馬車の距離は一向に縮まっていなかった。


 (あいつらいったいどこまで逃げるつもりだ?)


 そう考え始めた頃、ようやくアイリスを乗せた馬車の速度が落ち始めた。


 カイルは徐々に距離を詰めていく。


 だが、カイルの馬車の馬は呼吸が荒くなっており、明らかに疲弊しているのが見て取れる。


 (こちらもそろそろ限界だな……)


 カイルは馬が限界を迎えた時に備えて、別の追跡手段を思案し始めていた。


 ふとカイルの視線の先に、石を積み重ねて造られたドームのような建造物が見えてくる。


 そのドーム状の建造物は大小いくつかあり、まばらに配置されていた。


 ほとんどは劣化が進行し、天井や壁は崩落して遺跡のような様相になっている。


 速度を落とした馬車は、その中で最も大きく劣化の少ないドームの前でようやく停止した。


 (馬の疲労が限界か? それともやっと観念したか?)


 停止した馬車から降りると、ドームの中へ入っていく。


 カイルも馬車をドームの前で停止させ、ロゼキットと一緒に中へと入った。


 ドームの中央付近に、アイリス、そして彼女をさらった三人の男に加えて黒いローブを着た人が立っている。


 黒いローブの人は、頭にフードを被っており顔が良く見えなかった。


 アイリスは縄で縛られており、身動きが取れない。


「んー! んー!」


 口には布のようなものを押し込まれ、自由に喋ることができない状態にされていた。


「その娘をこちらへ」


 ローブの男がアイリスをさらった三人の男達に話しかけた。


 男達はローブの男へアイリスを引き渡す。


「その女の子を解放しろ」


 カイルは冷静さの中に静かな怒りを含んだ口調で話す。


「君ー、この顔に見覚えはないかね?」


 ローブの男は頭にかぶっているフードを取ってカイル達に素顔をさらした。


「見覚えないな」


「……それは残念だ。ではこう言えばどうかな? あのオクトドンを退けるとは実にお見事でしたな。確かに魔法のように見えたのだがねぇ。ちなみにその道具を売ってもらうことはできんかね?」


 その言葉を聞いてカイルは思いだした。


「そうか! あんたは確か……船でアイリスに話しかけてきた男だな! アイリスの魔法が狙いか?」


「希少な魔法使いなら商売になる。さらにこれほどの美少女となれば……」


 ローブの男は不敵な笑みを浮かべた。


 カイルは解放しろと伝えても、相手が素直に受け入れるとは考えていなかった。


 ますは、交渉すると見せかけて、相手の隙を窺いながら対応する作戦を取ることにする。


「取引しよう。そちらの要求を教えてほしい。こちらの要求は、その子の解放だ」


「だめだ。取引などしない」


 (乗ってこないか)


 カイルはダガーに手をかけようとする。


「おっと動くな。隣のあんたもだ」


 ローブの男はカイルの隣に立っているロゼキットにも念押しする。


「それ以上近づけば、この娘の命の保障はない」


 そう言ってローブの男はナイフをアイリスの顔に近づける。


「お嬢さんも下手に動かない方がいい。せっかくの美しい顔が傷ものになってしまう……へへ」


 ローブの男はアイリスを商売道具にしようと企んでいるため、彼女を傷つけないだろうとカイルは考えている。


 しかし、万が一のこともあり下手に動くことはできない。


 カイルは次の一手が繰り出せないことで焦燥感に駆られ始めていた。


 (何か手はないか)


 手に汗がじわりと滲む。


「よーし、そのまま動くなよ」


 ローブの男達はアイリスを連れてじりじりと後退し始め、カイル達からゆっくり遠ざかっていく。


 ――突如、カイルの右手方向から衝撃音が響く。


 その場にいる全員が一斉に音のする方へ視線を向けた。


 視線の先ではドームの壁が一部崩壊している。


 外の景色が見えており、扉のない新たな入り口と化していた。


 そこへ巨大な何かが立っている。


 牛の顔に似ている巨人のようなモンスターであった。


 人間の倍以上の大きさであろうかという巨体は、ゆっくりとドーム内に侵入してくる。


「な、なんだあいつは!」


「に、逃げろー!」


 三人の男達はカイル達が入ってきた入り口の方へ走り出した。


 (奴ら、俺達をおとりにする気か?)


 モンスターは、逃げる様子を目で追っている。


 そして、モンスターの視界の中にカイル達が入った。


 カイルと目が合うと、モンスターは逃げる三人の男達への興味を失う。


 ローブの男は、これを絶好の機会と言わんばかりにアイリスを肩に担いで逃げ始める。


 それにカイルが気付き、ローブの男を一瞬目で追った。


「カイル! アイリスちゃんの方は俺に任せてくれ!」


 ロゼキットが提案する。


「ロゼキット、頼む!」


 そう言った直後、ギルド マグロックでの出来事がカイルの頭を一瞬よぎった。


 (……余計なことを考えるな。今はこいつの対処が先だ)


 すぐにカイルは正面のモンスターへの対処に思考を切り替える。


 ローブの男は壁の崩壊個所からドーム外へ脱出を試みようとしていた。


 そこはモンスターの侵入前から崩壊しており、人が二人ほど通れる穴になっている。


 ローブの男がアイリスを担いでその穴から逃走し、ロゼキットが後から追跡していく。


 カイルは正面にいるモンスターの顔を見据える。

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