第45話 ドーム内での戦闘

 ドームの中にいるのはカイルとモンスターだけになった。


 (逃げる……隙はなさそうだな)


 カイルはゴブリンなど比較的小型なモンスターとの戦闘には慣れている。


 さらに自身より大きいジャイアントゴブリンとの戦闘経験もある。


 だが、今回はそれよりも遥かに大きく、ダガーのみで相手するには分が悪いと感じていた。


 初めて見るモンスターということもあり、まずは相手の動きを観察する。


「ニンゲン……ニオイ……スル」


 (何! こいつ喋ったぞ! しかも俺に理解できる言葉で……なら会話できるか?)


 カイルは相手へ聞こえるように声を張り上げた。


「俺はあんたと戦う意思はない!」


 しかし、モンスターは言葉が聞こえてないかのように無反応であった。


 (だめだ。聞こえているはずだが……。あえて無視しているのか? 俺の言葉は理解できないのか?)


 何度か呼びかけてみるが反応は同じであり、モンスターはゆっくりとカイルへ近づいてくる。


 カイルは相手に対話する意思がないと判断し、戦う方針へと切り替えることにした。


 モンスターは攻撃の間合いにカイルが入ると、大きく振りかぶりパンチを繰り出す。


 その攻撃はその巨体ゆえ、大振りであった。


 ジャイアントゴブリンとの戦闘経験で身に着けた要領で、軽々と初撃をかわす。


 (このまま相手に攻撃させてスタミナ切れを狙うか)


 モンスターから繰り出されるパンチを次々とかわしていく。


 (あの攻撃を一発でももらうと、ひとたまりもないな)


 パンチをかわしながら、こちらが攻撃できる隙を狙う。


 モンスターは初撃から数えて数十発パンチを放っているが、疲れを見せる気配は全くない。


 カイルは全てのパンチをかわしながら、相手の豊富なスタミナ量に目を見張った。


 衰えを見せず、同じペースで次々に繰り出されるパンチをかわすカイルの顔は、徐々に疲労の色が濃くなってきている。


 (このままではこっちの体力が先に尽きてしまう)


 相手の動きを観察していたカイルは、攻撃が力任せのパンチのみであることを把握した。


 今度は懐に入って足を集中的に狙う作戦へ切り替える。


 懐には容易に潜り込むことができ、ダガーで素早く切りつけた。


 しかし、多少出血こそするが、皮膚が思いのほか固く攻撃がうまく通らない。


 (どこか弱点はないのか?)


 カイルは相手の周囲を回るように攻撃をかわしながら、体をじっくり観察する。


 明確な弱点らしきものは頭部ぐらいしかなかった。


 相手はカイルの倍以上の巨体であるため、ダガーでは攻撃が届かず頭を狙うのは非常に困難である。


 戦闘開始直後は軽快な動きのカイルであったが、今では間一髪での回避になるぐらい疲労していた。


 対してモンスターは一向にスタミナの衰えを見せない。


 モンスターの剛腕が凄まじい速さでカイルの体へ真っ直ぐ向かってくる。


 (回避が間に合わない!)


 カイルはとっさにダガーで相手の攻撃を受ける防御態勢を取った。


 全身を駆け巡るであろう激しい衝撃に備える。


「バインド!」


 カイルの後方から声が聞こえたと思った直後、モンスターへ蔓のようなものが絡みつく。


 その効果によって繰り出されるパンチの速度が弱まり、ダガーで受けきることができた。


「カイルー! 大丈夫?」


「あぁ、なんとかな! アイリス! 無事でよかった!」


 声がする方向には魔法を放ったアイリスが立っている。


 その傍らにはロゼキットもいた。


 (ロゼキット、どうやら救出に成功したようだな)


 モンスターの腕がバインドで拘束されている間、カイルは後ろに下がり少しモンスターと距離を取った。


 (しかし、このままでは埒が明かないな……あれを使ってみるか)


 カイルは身に着けている鞄の中へ手を入れ、道具を一つ取り出した。


 音玉である。


 これはギルド マグロックに所属していた頃、仲間のレスタから特製という触れ込みで金貨1枚支払って購入したものだ。


 通常の音玉の価格から考えれば、非常に高価な買い物であった。


 (さて、こいつがぼったくりでなければいいが)


 後方にいるアイリスのところへ行って点火してからでは、導火線が短すぎた。


 だからといって、アイリスをカイルのいる前方へ近づけさせるのは、モンスターに接近しすぎるため危険だとカイルは判断する。


 カイルはその場で音玉を右手の手のひらの上に乗せ、そのまま腕を自身の体の横へ肩と平行になるよう真っ直ぐ伸ばす。


「アイリス、こいつの導火線に点火してくれ!」


 カイルは声を張り上げて自身の顔と体の正面をモンスターに向けたまま、後方にいるアイリスへ援護を要請した。


「やってみる!」


 アイリスは導火線の先に意識を集中させた。


 ここから導火線までの距離は十メートル以上は離れている。


 点火に失敗すれば、カイルが窮地に陥ってしまう。


 アイリスの手は緊張で震えるが、今度は自分が彼を助けると自身に言い聞かせる。


 深呼吸すると震えも自然に収まった。


 目標に狙いを定め――


「ファイアボルト」


 最小威力で放つ。


 アイリスの指先から放たれた細い糸のような火矢が、吸い込まれるように目標へ飛んでいき――点火。


 導火線は小さな火花を出し始めた。


「みんな耳をふさげ!」


 点火を確認したカイルは、モンスターの体を目掛けて投げつける。


 特製音玉はモンスターの胸辺りで爆発した。


 耳をふさいでいても感じ取れるほどの轟音がドーム内に響き渡る。


 それと同時にモンスターを包み込むように煙が立ちのぼった。


「今だ! アイリス、あいつの動きを封じてくれ!」


 アイリスは魔法の詠唱を開始する。


 煙で目標はしっかり見えていなかったが、相手は巨体なのでおおよその位置は把握していた。


「バインド」


 モンスターの両足にバインドの効果が現れ、動きを封じ込めようとする。


 するとモンスターはバランスを崩し仰向けに倒れた。


 その音がカイル達の鼓膜を刺激する。


 だが、拘束が弱く相手の動きを完全には封じ込められない。


 暴れて拘束を振りほどこうとする。


 その状況を見たアイリスは、さらなる追撃の魔法詠唱を行う。


「フリーズ」


 今度は体が足元から上半身に向かって凍結していく。


 相手は首のあたりまで凍結し、完全に身動きが取れなくなった。


「カイル! これでどう?」


「十分だ!」


 アイリスは魔法の詠唱を終えると、ふっと力が抜けたようにふらつき、地面にぺたんと座り込んだ。


「大丈夫かい、アイリスちゃん?」


 ロゼキットがアイリスに近づいて心配そうな表情で声をかける。


「えへへ、魔法の連続詠唱で魔力を使いすぎたみたい」


「あとはカイルに任せよう」


 アイリスとロゼキットはモンスターに突っ込んでいくカイルをじっと見守る。


 仰向けに倒れているモンスターの頭部へ一直線に駆ける。


 その脳天目掛けてカイルは渾身の一突きを放った。


「……ニン……ゲン……」


 カイルはモンスターの口元が動き、また何か喋ったような気がした。


 そのままモンスターは絶命し、完全に動きが止まる。


 カイルは戦闘が終了したことを確認すると、乱れた呼吸を落ち着かせる。


 それからアイリスとロゼキットの元へ歩き出した。


「カイルー! 無事でよかったー!」


「アイリスこそ無事で安心した」


「ロゼキット、ありがとう。……それでローブの男は?」


「まぁねー。でもローブの男は取り逃がしちゃった」


「アイリスが無事ならそれでいい」


「さっき、爆発した玉みたいなのは何だったの?」


 アイリスが不思議そうにカイルへ尋ねた。


「あれはな、音玉といって俺の仕事仲間の『ぼったくり』商人から買ったんだ」


「そのぼったくり商人さんにも感謝しないとね」


 カイルの心の中でレスタに感謝していることと、ぼったくりをそっと訂正したことは二人には内緒にしておいた。


「それにしてもすごい爆発だったね。一家に一個は欲しいぐらい」


「一家に一個って防犯用かな?」


「投げたら家まで壊れちゃうけどね。あっ! でも、家がなくなったら泥棒も来なくなるよ」


「なるほどー! さすがアイリスちゃん!」


「なるほどー! じゃねーよ」


 カイルが笑いながらロゼキットへツッコミを入れる。


「けどー……カイル……家……ないよね……」


「確かに馬車の荷台が家……ってあるわ! 帰ってないだけだ!」


「えー、ほんとぉー? ふふふ」


 アイリスが楽しそうに微笑む。


「いやー、でも本当にみんな無事でよかったよ」


「そういえば、どうやってアイリスを助けたんだ?」


「モンスターにはお手上げだけど、普通の人間相手なら護身術の心得ぐらいはあるさ。だから……こう……ぱぱっとね!」


「……なんかよくわからんが、うまくいってよかった」


 三人は事件が無事解決したことを喜ぶ。


「そろそろ戻るか」


「……あれ? 今光ったような……何かしら?」


 アイリスはモンスターの足元に何かが落ちているのに気付いた。


 カイル達は近くに寄って確認し、それを回収する。


「……すっかり辺りは暗くなってしまったな。フロミアさんには明日事情を説明しに行こう」

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