第43話 新大陸での商談
建物の中にいる人へ商談に来た旨を伝えると二階へと案内される。
部屋に入り、しばらく待機していると本日の商談相手フロミアが現れた。
彼女は話始めるが、言葉の意味をカイルは理解できない。
すかさずロゼキットが通訳を始める。
最初に商談の目的、カイルはルマリア大陸の出身ではなく、この国の言葉を話せないこと、ロゼキットはその為の通訳士であることを説明した。
説明を受けたフロミアは通訳を交えて商談を進めていくことに了承する。
話題は商談の中身へと移った。
「先に結論からお伝えしますと、現在は取引できません」
「現在は……ということは何か問題でもあったのでしょうか?」
フロミアの表情が険しくなる。
「もうとっくに期限を過ぎているのに、我々の荷馬車が戻ってきていないのです」
「盗賊かモンスターの類に襲われたのか、途中で事故に遭ったのか……」
「はい、まだ詳細はわかりません。こちらの対応に人手が足りておらず、今あなたと取引できる状態ではないのです」
「そういう事情でしたか。ということは人手不足の問題が解決すれば、取引して頂けるということでしょうか?」
「……そうですね」
「具体的には何の人出が不足しているのでしょうか?」
「事故調査と取引先への納品です」
「では我々の馬車に積み込んで代わりに取引先へ納品し、その途中で事故の調査をしてくるというのはいかがでしょうか?」
「それは難しいと思います。この辺りは治安があまり良くないですから。商人が襲われることは珍しくありません」
「はい。それはこの国に来てから理解しています」
「積荷の護衛を必ず付けることを約束できますか? それと護衛費用の負担は一切できません」
「その点については積荷を守りつつ自衛できる術はありますので、ご心配には及びません」
「お気持ちはわかりますが、言葉だけでは信用できません。失礼ですが、一商人が護衛もつけず積荷を守れるとは到底思えませんので」
(ここまで来て易々と引き下がるわけにはいかない)
カイルは金貨が入った袋を取り出すと、すっと立ち上がる。
袋を持ってフロミアに近づくと、それを彼女の目の前へ差し出した。
「これはどういうことですか?」
「調査を完了し、無事取引先へ納品して戻ってくれば預けた金貨を返してもらい新規取引して頂く。期日までに我々が戻ってこなかったら、その金貨は全てあなたに差し上げます」
「なんと……正直これだけの金貨があれば、護衛の一人や二人雇うことは造作でもないでしょうに。……あなたの覚悟は本気ということですね」
カイルは静かに頷く。
「…………」
フロミアはしばらく沈黙しながら熟考した。
「……わかりました。我々が把握している情報を今からお話します」
「ありがとうございます!」
話の中で夫婦で商いをしていることがわかった。
妻のフロミアは商談、取引先への納品は夫と役割を分担しているとのことであった。
一通り説明が終わると、三人はフロミアに礼を言い退室する。
それからフロミアの指示のもと、納品物を馬車の荷台に積み込んだ。
「納品後に事故に遭ったのかもしれませんが、もし取引先へ未納品であれば納品よろしくお願いします!」
カイルはフロミアと握手して無事帰還することを約束する。
そして、彼女はカイル達に背を向けると建物の中へ戻っていく。
「ありがとう、ロゼキット。通訳してくれて助かった!」
「まぁねー。ところでカイル、あんなに金貨を預けてしまってもよかったのかい?」
「相手から信用を得るにはあれぐらいしないとな。ましてや俺は異国の人間だから特に」
「なるほどねー」
「ロゼキットはこれからどうする? 現地で聞き込みが必要になるかもしれないから一緒に来てくれると助かるが……」
「どうしようかねー。聞いてるとなんか物騒な感じするからねー」
「もちろん無理にとは言わない」
ロゼキットは腕を組みながら思案した。
「この商談の決着がつくまでは責任持つよ。確かに危険だけど、カイルなら守ってくれそうだし」
「ありがとう」
フロミアから教えてもらった情報によると納品先の町には馬車で行ける道は一つしかないとのことだった。
その為、道なりに進んでいけばどこで行方不明になったかが分かるかもしれないと説明してくれた。
カイル達が乗った馬車は目的地に向かって走り出す。
しばらく進むと道幅が狭くなっていく。
場所によっては、馬車がすれ違うことすら困難な程の道幅になっていた。
やがて崖をくりぬいたような岩肌が露出した道に差し掛かる。
上を向くと馬車がもう一台通れそうな高さの位置に天井があり、右側は走っている馬車の横にまだ人が二人すれ違って通れるほどの位置に壁がある。
顔を少し左に向ければ海が見え、落下防止のための柵は設置されてない。
馬車での通行時に左側に寄ってしまえば、いつ落下事故が発生してもおかしくない造りだった。
カイルは荷台の様子に目を配る。
ロゼキットはくつろぎ、アイリスは魔導書を読み込んでいた。
険しい道を抜け、さらに進むと集落が見えてくる。
だが、カイルは集落の光景に違和感を覚えた。
(破壊されている?)
集落の入り口まで近づくと、その異様さが際立っていた。
(山賊や盗賊の仕業にしては家屋の壊れ方が尋常じゃない。モンスターの襲撃にでもあったか?)
木造の家屋はほとんど破壊されており、家の骨格すら失われているものもあった。
家の周辺には犠牲になったであろう人々が横たわっている。
カイルは広場で馬車をとめ、荷台の二人に声をかけた。
「中継地点の集落に着いたんだが、どうも様子がおかしい」
アイリスとロゼキットは荷台から降りると破壊の惨状を目の当たりにした。
「こいつはひどい……」
ロゼキットが呟く。
「カイル、まだ生き残ってる人がいるかもしれないから探してみようよ」
アイリスの提案で周囲の調査を始める。
三人が探し始めてから数分後、車輪の残骸を発見した。
続けて馬車の荷台の残骸らしきものも見つかった。
「どうやらここで事故に遭ったようだね」
ふとカイルは半壊している家屋に目をやると、中からそっと顔を出し、こちらを覗いている少年を見つけた。
「おーい、もう大丈夫だぞー」
「どうしたの?」
「生存者を見つけた」
少年は若干安心したのか、姿を現してカイル達の方へ歩いてくる。
「大丈夫か?」
カイルの問いかけに少年は頷く。
「一体何があったんだ?」
「モ、モンスターが突然集落にやってきて……」
三人は集落が破壊されている原因を改めて理解した。
「生き残っている人は他にいるのか?」
「た、たぶん。近くの洞窟へ避難してると思う」
「なぜ君はそこへ逃げなかったの?」
アイリスが少年に尋ねた。
「こ、怖くて……動けなかったんだ」
「もしかしたら襲われた商人達もそこへ避難しているかもしれないな。その洞窟に案内してくれないか?」
「うん、わかった」
少年は最初怯えていたが、カイル達と話すうち徐々に落ち着きを取り戻した。
カイル達は少年に案内されて避難場所の洞窟へと向かう。
同じような視界で方向感覚を失いそうになる森の中を進むと、一行の行く手をさえぎる崖が目の前に突如現れた。
その岩肌に黒くぽっかりと口を開いている洞窟の入り口が見える。
洞窟の入り口は鉄格子になっており、それが緊急時のみ使われることを表わす。
少年が洞窟の中へ呼びかけると、しばらくして奥から足跡が聞こえてくる。
奥から松明を持った村人が現れ、声の正体が少年であることを確認すると鍵のかかった扉を開けた。
村人はカイル達を洞窟の中へと招き入れる。
奥に進むと生き残った村人たちが集まっているのを確認でき、幸い少年の両親も健在だった。
「この中にフロミア氏の積荷を運んでいた商人はいませんか? 我々はフロミア氏からの依頼で来ました」
カイルは村人たちが集まっている方へ向かって尋ね、ロゼキットが通訳して伝えた。
「はい」
二人の男性が返事した。
「無事で何よりです。失礼ですが、どちらがフロミア氏の夫ですか?」
「いえ……それが……」
積荷はカイル達の正面にいる二人の男に加えて、フロミアの夫の三人で運んでいたと説明する。
だが、モンスターに襲われた際、各々が散り散りになり無我夢中で逃げた。
彼らはたまたま合流できたと話す。
「ということは、フロミア氏の夫はここには合流しておらず、まだ行方が分かっていないということですね?」
「そうですね……」
「わかりました、ありがとうございます。ちなみに、その集落を襲ったモンスターというのは?」
特徴は二足歩行の巨体で武器は持たず、己の腕力でねじ伏せる感じだったと彼らは話す。
そのモンスターがどこに行方をくらませたかは、逃げるのに必死でわからないと恐怖をにじませた口調で話しながら首を横へ振る。
彼らは取引先への納品は既に済ませており、その帰りに襲われた。
その為、カイル達が納品先へ向かう必要はなくなり、商人二人を荷台に乗せて一旦フロミアの元へ戻る。
道中でモンスターや盗賊などに襲撃されることはなく、運がカイル達に味方した。
数日後の昼頃、無事フロミアのところへ帰還する。
彼女はカイル達と商人二人の無事を確認できて喜んだが、その中に夫の姿がないことで一瞬落胆の表情を見せた。
商人二人は夫とはぐれてしまったことを謝罪した後、けれども必ず夫は見つかると彼女を元気づける。
「……そうね、きっとどこかに隠れているのよ。そのうちひょいっと元気な姿を見せてくれるはずだわ」
フロミアは負の感情に押しつぶされないよう気丈に振る舞う。
「カイルさん達も無事で本当によかった。約束通り預かっていた金貨は返します。それと新規取引の件、よろしくお願いします」
フロミアに礼を言うと、彼女は取引の詳細について準備するので、後でもう一度来てほしいとカイル達へ伝えた。
カイル達は、一旦フロミアの元を離れる。
「フロミアさんの旦那さん、早く帰ってくるといいな」
アイリスは心配そうな表情でそっと呟く。
「そうだな」
呟きが聞こえていたカイルも一言呟く。
「……いやー、カイル! 商談成立おめでとう!」
「やったね、カイル!」
「二人ともありがとうな! ところでアイリス、ここから図書館は近いのか?」
徒歩で行くには遠いが、馬車ならあまり時間はかからないとアイリスは話す。
カイルは図書館近くの宿を取りに行くことにした。
宿を取った後、アイリスは図書館で調べ物をし、カイルとロゼキットはフロミアのところへ向かう。
調べ物が終われば宿に戻り、カイルとロゼキットも仕事が終わり次第、宿に戻る段取りである。
図書館近くの宿を確保し、三人は宿の外の大通りを歩いていく。
「それじゃーまた後でねー」
アイリスはカイル、ロゼキットと別れ、大通りから右手の路地へと入り図書館へ向かう。
「今からフロミアさんのところへ戻ると、ちょうどいい時間になるな」
「そうだね。さて、これから忙しく」
「きゃぁぁぁ!!」
アイリスが歩いて行った路地の方から悲鳴が聞こえる。
とっさにカイルとロゼキットは悲鳴が聞こえた方へ走り出す。
路地に入るとアイリスが三人の男達に拘束されているのが見えた。
アイリスはカイル達が助けに来たことに気付く。
「カイルー!!」
「おい!! 何やってんだ!! 離せ!!」
カイルの制止を振り切り、男たちはアイリスを拘束したまま、反対側の大通りに用意されていた馬車の荷台へ乗り込む。
乗り込みが完了すると、馬車は動き始めた。
カイルとロゼキットも男達を追って反対側の大通りに出るが、逃走する馬車は二人をあざけり笑うように遠ざかっていく。
(もしかして、先日からずっと俺達をつけていた奴か!)
カイルは逃げた男達を追跡するため、自分の馬車へ向かう。
ロゼキットも後ろに続く。
カイルは馬にまたがると後を走っていたロゼキットに話しかける。
「ロゼキットを巻き込みたくない。悪いが解決するまで仕事の件は一旦保留だ。フロミアさんにもそう伝えておいてくれ」
「この辺りの地図はだいぶ覚えたからね。こっちから行くと先回りできるよ」
そう言ってロゼキットは馬車の荷台に乗り込む。
「場合によっては荒事になるかもしれん。いいのか?」
「アイリスちゃんが目の前でさらわれたんだ。黙って帰るわけにはいかないね!」
「ありがとう、助かる!」
二人は馬車でアイリスをさらった男達が乗った馬車を追跡する。
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