第36話 ギルド長との別れ
――翌日、カイルはマグロックと話をするためギルドの建物に訪れていた。
いつもの部屋の奥にマグロックは座っている。
カイルは部屋に入り用意されていた椅子に座るとマグロックの顔を見た。
「おはようカイル。昨日はぐっすり眠れたか?」
「はいと言いたいところですが、マグロックさんのことが気になって寝付けませんでした」
「ワシのことは気にするな。また最初から出直すさ」
「……マグロックさんはこれからどうするんですか?」
「ワシか? まずは目の前に残っている仕事を片付けてからだな。それに取引先への説明もしなきゃならん。それからだな、次のことを考えるのは」
昨日よりも落ち着いているマグロックを少し安心したが、カイルの前で気丈に振る舞う演技をしているだけかもしれないと感じ、まだ不安は残っていた。
「……その……変な気だけは起こさないでくださいね。マグロックさんから見たら、今俺にできることなんて無いかもしれませんが何か手伝えることがあれば言ってください」
「がはは! 大丈夫だから、気にすんなって!」
その返事を聞くとカイルは思い切って事件のことについて聞いてみた。
「俺はまだ新人でギルドメンバーのことをよく理解していませんが、ガストルさんはなぜあんな行動を取ったのでしょうか?」
カイルの言葉を聞いた後、マグロックは少し思案してから回答する。
「……本人から直接聞いたわけじゃないから想像になるが、日ごろから鬱憤が溜まってたのかもしれないな」
マグロックは自身の仕事にかかりきりで、ギルドメンバーへの配慮が欠けていたと話す。
その為、ガストルの気持ちをうまく汲み取ってあげることができなかったと悔しそうに話した。
(行商人をやっている時には考えたこともなかったな)
カイルはもう一つ疑問に思っていることを尋ねる。
「カミールさんとレイジーンさんは元々裏切る予定だったんでしょうか?」
「……それについてはワシもわからない。ワシは彼らを信用していたし、何か厳しい対応をした記憶もないのだが……」
「新人の俺がこんなこと聞くのは失礼かと思って、自分なりに考えてみたんですが、さっぱり分からなくて……」
「構わんよ。当然の疑問だろうしな……まー、そうだな。事前に分かってたら対策できたからな」
マグロックは諦めと後悔どちらも入り混じっているかのような表情を浮かべていた。
「……ところでカイル」
「はい」
「ギルド加入時に支払った金貨30枚、返すぞ」
カイルは加入金が戻ってくるとは思いもよらなかったので驚きの表情を隠せなかった。
「それはありがたいのですがマグロックさんも辛い中、本当にいいんでしょうか?」
「いいに決まってるだろ。カイルも手持ち資金が無いままギルドを飛び出すのは不安だろ?」
「そこまで俺のこと考えてくれてありがとうございます」
「ワシのギルドを選んでくれたんだからな。感謝してるぜ」
マグロックは金貨30枚が入った袋をカイルに手渡した。
「カイル俺が聞くのもなんだが、これからどうするんだ?」
「具体的には決めていませんが、行商人に戻ろうと考えています」
「……迷っていたのを半分後押ししたのはワシだからな……すまんかった」
「大丈夫です。ギルドでの経験は自分にとって役に立ちました」
「そうか……カイルこれを持って行け」
マグロックは一旦椅子から立ち上がると、近くにある棚の引き出しから一枚の封筒を取り出しカイルに手渡した。
「これは?」
「中に紹介状が入っている。個人では取引できない相手だが、ワシの紹介なら話は別だ。そことうまく商売ができれば取引の規模も大きくできるかもしれんな」
カイルは行商人の時は個人相手の取引しかしていなかったが、組織相手の取引ができる可能性が見えてきた。
厳密には個人相手しかしていなかったのではなく、できなかったのである。
組織相手の取引は紹介を通じてか、対ギルドがほとんどであり、駆け出しの行商人ではまず相手にしてくれない。
個人に比べて売買の規模が大きくなるため、カイルの商売に対して良い影響を与える。
「加入金の返還だけでなく、紹介状まで頂けるなんて……本当にありがとうございます!」
「今のワシにできるのはこれぐらいだ。これでワシの伝えたいことは全部だ」
最後にマグロックはカイルに対して商売の成功を願い、そして労いをする。
カイルはマグロックに礼を言ってから握手すると部屋から出て行った。
玄関の受付までやってくるとロザリーが椅子に座っていた。
「あら、カイルお疲れ様。……今日であなたともお別れね」
「そうですね」
「短い間だったけど、ありがとうね。またどこかで会ったらよろしくね」
「こちらこそ、いい経験ができました。ありがとうございます」
カイルはロザリーとの別れの挨拶が済むと、建物の外へ出た。
外へ出てから後ろを振り返り、建物を自身の視界に納める。
(このギルドの建物に来るのも今日で最後か……)
期間にしてたった数か月だったが、カイルはギルドへの愛着がわいていた。
そんな名残惜しさに後ろ髪を引かれそうになりつつも、前へ向かって新たに歩み始める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます