第17話 初めての傭兵契約

 ここは登録されている傭兵と契約する施設になる。


 契約の形態は多岐にわたり、一依頼毎や年間契約などが存在する。


 今回のFランク運搬依頼は安全性の高い道のりなので危険度は最も低い。


 カイルの実力であれば、本来傭兵を雇う必要はない。


 それでも傭兵を雇うのは、一度雇う経験をしておきたかったからである。


 これが今回依頼を受けたもうひとつの大きな理由だ。


 傭兵によって契約金が異なるので、目的に合った人物を選ぶ。


 通常の流れとしてはまず、依頼内容と報酬から傭兵を雇うかどうか検討する。


 雇うのであれば、契約金の支払いでどこまで報酬、利益を削るのかを計算しなければならない。


 傭兵契約受付所の建物自体はこじんまりとしていた。


 中に入ると、数人の依頼主と思われる者、カウンターを挟んで向こう側に係の者がいる。


 傭兵がここで待機しているわけではないようだった。


 カイルは受付係から初回説明を受けた後、提示された傭兵のリストにざっと目を通す。


 リストには名前の他、年齢、戦闘スキル、得意分野、契約金、特記事項といった項目があった。


 しかし、文章だけなのでいまいち要領がつかめない。


 例えば、ベルクやサザーンレベルなら? もしくはレオニードほどのレベルなら? 全く見当がつかなかない。


 適当に決めるわけにもいかないので、カイルは係の人へ相談してみた。


 受けた依頼の内容を説明したところ、いくつかの助言をしてもらう。


 その助言を元に三名まで絞り込む。


 (ある程度の経験者で契約金はFランク基準で高すぎず、安すぎずで選ぶか)


 最終的に四十二歳、中年男性の傭兵ダームルを選び、契約書に署名して契約金を支払う。 


 受付所に支払った契約金は手数料がいくらか差し引かれて傭兵に報酬として支払われる仕組みになっているのだろうとカイルは考えた。


 (依頼受注と傭兵雇用の流れは概ねつかめたな)


 カイルは依頼主の元へ積荷を回収しに行った後、傭兵と合流した。


「あんたが雇用主のカイルさんか?」


「そうだ」


「お、まだ若造じゃねぇか。行商人始めたばっかか? ……あー、Fランクの依頼受けてるってことはそういうことだよな」


 互いの自己紹介を済ませ、さっそく積荷を載せた馬車はラズエムへと向かう。


「それではラズエムまでの道中よろしく頼む」


「おー! 任せとけ!」


 カイルとダームルは王都を出発した。


「Fランクの依頼に傭兵を雇うなんてあんた金持ちだな」


「今回初めて受けた依頼だから慎重なんだ」


「けど、あんたの判断は正しい。用心に越したことはねぇ。いくら安全といっても盗賊やモンスターに襲われることはあるからな」


 今回、依頼報酬から傭兵契約金を差し引くと赤字になるがダームルには伝えなかった。


「そんときは盗賊でもゴブリンでもバシッとやっつけてやるから安心しな」


「わかった、その時は頼む」


 ラズエムには道中三日ほどかかるので、どこかで宿泊する必要がある。


 今回は傭兵がいるので野宿を選択した。


 片方が寝ている時は、起きているもう片方の人間が積荷を護衛する。


 何者にも襲われることなく道中二日目の朝を迎えた。


 目的地までは道なりに進んでいけばよく、しばらく進むと森が見えてくる。


 森の木々は盗賊やモンスターが隠れるのに絶好の場所なので、襲われないよう馬車の速度を上げて駆け抜ける。


「森も抜けたし、あとどこかで一泊したら目的地だな」


 森を抜けてしばらく進むと道の近くで川が流れているのを見つけた。


 川のほとりで馬車を止め、荷台を背にして二人は休憩を取る。


 水が流れる音が良く聞こえて時間の流れを忘れてしまいそうな感覚になる。


 十分に休息が取れて、そろそろ出発しようかと考えていたところ何か雄たけびのようなものが聞こえた。


 最初は遠くの方でしていたので、気にしなかったが徐々に声が大きくなっているのを感じた。


 荷台を背にしており、声はその向こう側から聞こえてくる。


 カイルとダームルは立ち上がると声の聞こえる方を確認する。


 すると、二人の視界に声の主がはっきりと映り込む。


「じょ、冗談じゃねぇ! ジャイアントゴブリンじゃねぇか!」


 ジャイアントゴブリンは獲物を見つけたかのように馬車へ向かって一直線に走ってきている。


 ゴブリンよりも強力な個体だが、カイルは一体だけなら過去に撃退した経験がある。


「ひぃー、あんなモンスターがいるなんて聞いてない! お、俺は帰らせてもらう!」


 ダームルは一目散に逃げだす。


 (逃げてくれた方がむしろ助かる)


 カイルはモンスターと対峙しながら、初めて受けた依頼を何とか成功させたいと考えていた。


 そのためには何としてでも積荷を守らなければならない。


 相手はカイルよりも大きく1.5倍ほど身長差があった。


 カイルは自らモンスターに近づいていき積荷に損害が出ないよう配慮する。


 モンスターはカイルが間合いに入ると頭上目掛けて手に持った巨大なこん棒を振り下ろす。


 動きが大振りなので、カイルは余裕でかわす。


 続けて横振りのこん棒が、カイルの体を狙うが命中しない。


 モンスターは何度も攻撃を仕掛けるが、動きを読まれて空振りする。


 空振りに怒りを覚えたのか、モンスターの挙動一つ一つに力がこもる。


 (そろそろか)


 カイルはダガーを引き抜くと、さらに大振りの挙動になったモンスターの足に斬撃を与える。


「グォォォ!」


 モンスターが体勢を崩したところへ、さらにもう片方の足にも斬撃を加える。


 振り回すこん棒に当たらないよう慎重に避けながら、カイルはサクサクと足へ斬撃を繰り出す。


 ダメージの蓄積でジャイアントゴブリンは倒れる。


 倒れたところへすかさず飛び乗り、心臓目掛けてとどめの一撃を与えるとモンスターは動かなくなった。


 カイルはモンスターが装備しているこん棒や防具を確認してみたが、売り物にはならないと判断した。


「お、終わったようだな」


 少し離れた岩の影に隠れて見ていたであろうダームルが姿を現す。


「あんた逃げたんじゃなかったのか?」


「あ、あれは作戦よー。一旦逃げて相手を引き付ける。そして不意を突いて、こう! バシッと一撃の予定よー! いやー、手柄取られちゃったなぁ」


 (相手は作戦にのってこなかったようだが……積荷は守れたからいいか)


 ダームルはバシッと一撃を入れる予定のくだりを激しく動きながら、まだ力説していた。


 それをさっき実践してほしかったと思いつつ、カイルは積荷を守れたことへの安堵に包まれた。


「カイルさんよー、あんたそれだけ戦えるんだったら傭兵もできるんじゃねぇか?」


「俺にはこっちの方が性に合っている」


「商人だけに性に合ってるってか! だはは!」


「……」


 その後は順調に進みラズエムに着いた。


 運搬先に着くと依頼の積荷を降ろして指定の場所へ運び込む。


 作業が完了すると運搬先の人間から報酬をもらい、Fランクの運搬依頼は完了した。


 本来であれば、王都ラグラントの依頼受付所まで戻って報告することで、依頼達成の実績として認められ証明書が発行される。


 また、依頼毎にポイントが設定されており付与される。


 たくさん依頼をこなし、ポイントを蓄積することで次のランクや高難易度の依頼を受注できる。


 カイルの目的は依頼受注と傭兵雇用の流れを把握することだった。


 今のところ実績には興味なく、報告のためだけに王都ラグラントへ戻るのは手間だと考えていた。


「あんたの依頼だったら割引するぜぇ! 次の依頼も待ってるぜ! じゃあな!」


「ありがとう……」


 ダームルは気分を良くして去って行った。

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