第18話 少年の依頼

 ――翌日、カイルは町を出発する予定だったのだが、その前に一つ試してみたいことがあった。


 朝のうちに市場で集めた材料で何かをせっせと作っている。


 作っていたのは看板で、書かれていた文言は『あなたの荷物を国境付近まで運搬代行します』だった。


 通常、このような依頼は依頼受付所に登録して応募を待つ。


 しかし、カイルは受付所を通さずに自分で募集できるのではないかと考えたのだ。


 (予想通り誰も来ないな……)


 依頼受付所に登録するのは、施設の後ろ盾があるからである。


 どこの誰だかわからない者に依頼する人間はまずいないだろう。


 一時間ほど立ち尽くしているが、誰一人として近づいてこない。


 カイルはもう一時間ほど待って誰も来なければ露店を畳んで町を出発しようと思案していた。


 それからも話しかける者すらおらず、刻々と時間が過ぎて行った。


 そろそろ潮時かと思い始めた頃、一人の少年がカイルに近づいてきた。


「あのー」


「依頼か?」


「はい。運んでほしいものがあるんです……」


「依頼なら歓迎だ。何を運びたいんだ?」


「……それは秘密です」


「なぜ?」


「……」


 少年はカイルの質問には答えなかった。


「積荷の中身が分からないと運ぶことはできない。中身が違法なものかもしれないからな」


「そこを何とかお願いします!」


「ダメなものはダメだ」


「そ、そんなぁ……依頼受付所には絶対相談するなって言われて……それで……」


「それで?」


「……運んでくれる人を探しているんです……」


 カイルは少年が話す内容の意図がいまいち掴めなかった。


「……すまない。依頼の話は無しだ。他の人を当たってくれ」


 カイルは露店の看板を片付けようとする。


「話、話だけでも聞いてください!」


 少年がカイルへ必死に食い下がる。


「わかった、落ち着いてくれ」


 まずは少年をなだめる。


 少年が落ち着くとカイルは穏やかな口調で話しかける。


「家は近所なのか?」


「はい」


「それじゃ家まで案内してくれ。そこで話を聞こう」


「はい! わかりました」


 互いに自己紹介を済ますと、カイルはクルムと名乗る少年を馬車の荷台に乗せた。


 クルムの案内で大通りを進む。


「ここです」


 飲食店のような店構えになっている建物の前で馬車は止まった。


 馬車が留められる場所を探すると二人は降りて家の前まで来る。


 しかし、扉は閉まっており中に人がいる気配はなく静まり返っていた。


「両親は飲食店をやっているのか?」


「そうです、父さんの店でした……」


「店でした?」


「はい。今は店をやっていなくて……父さんもいなくなって……」


 今は家に少年が一人で住んでおり、飲食店はやっていないと説明する。


 クルムが扉を開けて中に入ると、カイルも後へ続く。


 家の中は薄暗く、しばらく掃除していないようで椅子やテーブルには埃がかぶっている。


 木製の棚には料理を盛り付ける食器が数枚積み重なって保管されているのが見えた。


 二人は店の奥に進むと二階へ続く階段を上がる。


 二階はある程度掃除されているようで、二人は部屋の中ほどに設置している机まで歩く。


 クルムは机の横にある椅子へ座るようカイルに話しかける。


 クルムもカイルと対面する位置の椅子へ座り、二人が着席したところでカイルは話の続きを始める。


「……積荷の中身が言えないということは知られるとまずいものを運んでいるんだな?」


「……」


「それが分からないことには話が次に進まないぞ」


「……はい、わかりました……話します。……中身はラグシーなんです」


 (ラグシー? ビムレスが飼っていた王国で取引が禁止されているサルか)


 カイルはクルムが頑なに中身について説明しない理由を把握した。


「けど、なぜそれを運んでいるんだ?」


 カイルが質問すると、クルムは自身の知る範囲で経緯を懸命に説明する。


 話を整理すると、父親が作った借金返済の肩代わりとして少年の姉が債権者に連れ去られてしまった。


 クルムは借金を返し姉を取り戻すために、債権者からラグシーの運搬をさせられていたことがわかった。


 違法な行為なので、依頼受付所に相談することもできず途方に暮れる中、偶然カイルを見つけたと話す。


「だいたい話はわかった。つまり姉を助けるためにラグシーの運搬をしていたわけだな?」


「……はい」


「理由はわかったが、俺にできることはない……」


「そ、そんなー!姉ちゃんを……姉ちゃんを助けてください!」


 クルムは涙で潤んだ瞳になり正面に座っているカイルを見つめる。


「対価は支払えるのか?」


「た、対価って?」


「つまり……わかりやすくいうと金だ」


「……お金はありません」


「対価が支払えないのなら、俺がその依頼を受ける利益がない。……この話は本当にこれで終わりだ」


 カイルは話を切り上げて椅子から立とうとする。


「待ってください! お金はありませんが……その代わりあなたの元で一生働きます! 雑用でも何でもします! だから! だからお願いします!!」


 クルムは自分が提供できる対価を考えて必死にカイルへ訴えかける。


 ひたむきさがひしひしと伝わったカイルは、今度こそ絶対に帰ろうと思っていた気持ちを抑えこめた。


 しばし沈黙した後、クルムに尋ねる。


「…………姉が今どこにいるのかわかるか?」


「はい、わかります」


「……依頼料……安くないぞ」


「あ、ありがとうございます!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る