第15話 蒐集家との商談

 グラント王国三番目の規模になる町ロークへ来ている。


 ここへ来る途中二番目の規模となる町ラズエムにも寄ったが武具の販売にはつながらなかった。


 ロークは王都ラグラントよりもさらに奥地へ位置している。


 ラグラントの時と同じ要領で情報収集し、貴族と富裕層に訪問した。


 三件目で話を聞いてもらえたが、取引成立には至らない。


 今は五件目の訪問で屋敷の中へ案内されているところである。


「商談へ入る前によろしければ私の蒐集品をご覧になってください」


 訪問時、互いの挨拶でウィルと名乗った富裕層がカイルへ提案する。


「ありがとうございます」


 カイルは商品知識を得る良い機会だとして喜んで受け入れた。


 案内された部屋には部屋のいたるところに武具が展示されており、それは壁一面にも及んでいる。


「こんなにたくさん蒐集されている方とは初めて出会いました。並の武具店よりも品ぞろえ豊富ですよ」


「ははは! 夢中になって集めていて、気付いたら今のような状況になっていました」


 ウィルは少し照れながら説明した。


「ちなみに展示してある部屋はここだけじゃないんですよ」


「え? まだあるんですか?」


「はい。もちろん!」


 カイルは別の部屋にも案内してもらい所狭しと飾られている蒐集品の数に圧倒される。


 最初は武具だけかと思っていたが、ウィルは他にも様々な名品や珍品を集めていた。


 部屋ごとに蒐集品の種類が分けられて飾られている。


 一通り部屋の蒐集品を紹介してもらった後、少し休憩を挟み商談に入った。


 カイルは王都ラグラントでの経験を踏まえ、刻印はないが本物であることも全て説明する。


 説明を終えるとウィルは熟練した鑑定師のような要領で武具を一つ一つ丁寧に確認していく。


 全ての武具を確認し終えると、カイルに結果を伝える。


「これは間違いなく本物ですね。ファーガストの作風をここまで精巧に真似できる者は聞いたことがありません」


「ありがとうございます。ただ、先程も申し上げました通り、刻印がありません」


「はい、把握しています。……失敗作が市場に出回ることは滅多にありません。ですので希少価値が高く、専門に蒐集している人もいます」


 カイルは初めて本物であると理解してくれる人に出会えて嬉しかった。


「かしこまりました。補足説明して頂きありがとうございます」


「それでは交渉に入りましょう」


 最初は商人側から相場より高めの金額を提示し、徐々に価格を下げて互いの妥協点を探りあう。


 ここでいきなり相場を無視した金額で吹っ掛けると、即交渉終了になることもある。


 商人の経験と実力が如実に表れるところだ。


 しかし、カイルにはそこまで駆け引きできるほどの経験や実力もない。


 ましてや今回、武具においては初めての交渉である。


 カイルはウィルに通常の店頭販売価格よりも三割安く希望販売価格を提示した。


 正規品にも関わらず刻印がないことを考慮した結果である。


「では、カイルさんが提示された価格の三倍で買います」


 カイルは値切り交渉が来るものだと思っていたので、意図を汲み取れず混乱した。


「私にとってはありがたい提案ですが、ウィルさんにとっては余分に代金を支払うことになります。つまり損をしていると感じるのではないでしょうか?」


「それぐらいの価値があって当然と考えています。確かに欲しい商品をできるだけ安く手に入れられるのは嬉しいと思います」


「はい、私もそう思いました」


「私は少々考えが異なっています。欲しいものだからこそ、自分の納得した価格で手に入れたい。……ただの自己満足ですけどね」


 カイルは人それぞれ多様な価値観があることを改めて認識した。


「ありがとうございます! ウィルさんが、その価格で納得して頂けるのなら、何も異論はありません」


「礼を言うのは私です。失敗作という滅多に入手できない貴重な商品たちを遠路はるばる運んできてくれてありがとうございます!」


 二人は売買契約書に署名した後、握手を交わし取引成立を祝った。


「カイルさん、旅の疲れもあるでしょう。飲み物とお菓子を摘まみながら少し休憩されて行ってはどうですか?」


「ありがとうございます、それではお言葉に甘えて」


 ウィルは話し相手ができて、とても嬉しそうにしていた。


 数分後、部屋の扉が開くとウィルの妻が飲み物と菓子を運んでくる。


「どうぞ、お口に合うかわかりませんが」


「ありがとうございます」


 カイルはウィルから武具を中心に収集品の由来や歴史、雑学などを説明してもらい知識を深めた。


 話にひと段落着いたところで、こんな大量に蒐集しているのならもしや?と思いカイルが質問する。


「ウィルさん、空翔石ってご存知ですか?」


「はい。神の遺物『アーティファクト』の一つですね。それがどうかされましたか?」


 カイルは即座に反応できるウィルの博識さに感心した。


「空翔石を手に入れたいという知り合いがおりまして。それで入手する方法を探しています」


「私も実物を見たことはありません。書物で読んだことがある程度ですので本当に実在するのかすら不明ですね」


 (これほどの蒐集家でも実物を見たことがないのか)


「ありがとうございます。……それではいい時間になってきましたので、そろそろ出発します」


「あー、そうだね。いつの間にかこんな時間に……。私の話を聞いてくれてありがとう」


「こちらこそ、貴重なお話をたくさん聞かせて頂けて感謝しています」


「お知り合いの方、空翔石手に入るといいですね。私も何か情報を入手したら連絡しますよ……といってもカイルさんに連絡しようにも行商人だからどこにいるかわかりませんね」


「あはは、そうですね」


 カイルはウィルとその妻に見送られながら屋敷を後にした。

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